ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
学校で勉強していた私は、これ以上は学ばせる価値なしと追放された。
そして下級市民用の、新しい下宿先でお世話になることになる。
早いところ定職について安定収入を得ないと、ここも追い出されて凍死するか、ご飯が食べれなくなって餓死してしまう。
割とお先真っ暗だけど、それでも働き先を見つければ死ぬことはない。
腹が減っては戦はできぬと言うように、まずは腹ごしらえだ。
前世は大衆食堂の娘だけど、飯炊きは全自動炊飯器に頼りきっていた。
土鍋で炊いたこともあるけれど、未来っぽいこの世界でも通用するかと聞かれると、正直不安である。
おまけに米ではなくて麦だけど、両方穀物なので何とかなるだろう。
給湯器からは、凍らない程度の水しか出せないので手がかじかむが、下級市民の住むボロアパートなので仕方ない。
我慢して洗ったあと、全自動カエルの卵製造機に入れてスイッチを押す。
設定は変更しているし、他の食材を投入していないので、無惨な結果にはならないはずだ。
炊きあがるまで届いた荷物の整理をしながら、これまでのことを思い出す。
自分は脳にチップが入っている以外は、機械化されてない生身の体だ。
なので、食べないと生きていけない。
定期的なメンテナンスや補給、または特定の薬品だけで生存可能なサイボーグの人は、中級や上級に結構多い。
そういう人は、口からの食事はただの趣味になっているため、別に無理に食べなくてもいいのだ。
だが下級市民は、自分のように肉体改造されてない生身の者ばかりである。
まさに圧倒的な格差社会であり、私は辛うじてどん底よりはマシ程度の境遇だ。
優秀な遺伝子をかけ合わせたり調整を行った試験管ベビーは、特別な学校に入ってサイボーグ手術を無料で受けられる。
自分は生身の体に愛着があるのでやらなかったけど、同期は大なり小なり機械化している人も多い。
とにかく廃棄処分のリスクはあったが、自分のような拒否反応が出まくった凡人でも、退学処分だけで済んだのは幸いだった。
学校の立地も中央に近かったし、恵まれていたんだと今さらながら自覚する。
私を育てた人たちは、優秀な遺伝子から何故凡人がと首を傾げるばかりだ。
しかし投資した金額もタダではないし、少しでも都市に貢献して欲しかったのだろう。
ちなみにあの場所に戻りたいという気は、全くない。
中央はバリバリの選民思想だし、成績下位の私が混ざろうとしても、迫害対象になるのは確定だからだ。
そもそも追放された身なので、無理に戻ろうとしたら射殺されてもおかしくない。
ここは極寒の地で、外ではいつ凍死してもおかしくない、過酷な環境である。
だが引き籠もってさえいれば、取りあえず死ぬことはない。
「……こんなものかな」
荷物の整理が一段落したので、今度は机に移動して上に置いてある端末を操作する。
早急に働き先を見つける必要はあるだろう。
やはりディストピアだけあって、きつい、汚い、危険の3Kばかりのようだ。
私はやってらんねーと溜息を吐いて、ウィンドウを閉じる。
ちょうど炊飯器モドキの中に入れた麦が炊けたようで、ピーピーと音が鳴って知らせてくれた。
よっこらしょと椅子から立ち上がって台所に向かい、少し緊張しながら蓋を開ける。
「……うわぁ」
結果は失敗だった。
シャモジっぽい道具で確かめると、水を吸いすぎてお粥状態になっている。
「ううん、せめて何度か実験してからのほうが良かったかも」
前世は大衆食堂を経営していた両親を手伝っていたので、ガスや土鍋があれば私でも炊ける。
しかしあいにく、置かれているのは全自動カエルの卵製造機だけだ。
これ一つで、何でもとはいかないが完全栄養食が作れる万能調理器具である。
しかし仕様が前世の炊飯器とは大きく異なり、美味しく炊くには手探りで試していくしかない。
「せめて旧時代の記録が残ってればなぁ」
先程ネットワークを検索してみたが、都市統括AIや上級市民が不要と判断した情報の殆どは削除されている。
この惑星の旧時代は、氷河期が始まってからしかわからない。
そしてその頃には完全栄養食が広く普及していて、それ以外はほぼ消失してしまっていた。
それと同じく、娯楽も残っていない。
都市を維持するための社会の歯車にならなければ処分されるため、誰もが生き残るのに必死なのもわかるが、サブカルチャーが大好きな私には過酷すぎる。
「まあ、カエルの卵よりはマシか」
お粥でも麦飯には違いないし、取りあえずお椀によそっていく。
氷河期が始まってからは、前文明の知識や技術の多くが失われた。
しかし品種改良された野菜や穀物が、数は少ないが残ってくれていたのは幸いだ。
取りあえず私は気持ちを切り替えて、水っぽい麦飯に塩をかけて味を整える。
軽く味見をして問題なしと判断し、スプーンを持ってきて端末の置かれている机に移動した。
そのまま椅子に座り、両手を合わせていただきますをする。
「……やっぱり美味しい」
塩粥なので、何のひねりもない味ではある。
しかし転生してからの食事で、一番美味しいと思えた。
ちなみに目の前に映し出される半透明なウインドウは、栄養バランスの偏りを警告している。
完全栄養食を今すぐ接種するようにと主張しているが、こんなのは無視だ。
長期スパンで調整しても問題はないし、何より体に悪い物ほど美味しく感じる。
ゆえに私はお粥を食べながら、設定で栄養表示と警告をオフにして、続いてネットワークのページを切り替えていく。
「ええと、仮想空間作成の申請。……ここかな?」
仮想空間とは、前世のホームページのようなもだ。
こっちの世界では文明レベルが進んでいるので、意識を肉体から切り離して現実のように体験することができる。
脳に埋め込まれたチップのおかげで、リアルな夢を見られるらしい。
「まあ、その辺りはどうでも良いけど。申請理由かぁ」
全てのインターネットは、都市統括AIが管理している。
不要と判断されれば申請は通らないし、こっそり作っても即削除されるのだ。
さらには逆探知で住所を特定され、警備ロボットを送られて逮捕という最悪なパターンもある。
なのでディストピアらしく、常に監視されていると思ったほうが良い。
下手なことはできないため、私はお粥を食べながら真面目に考える。
しばらく経ち、やがてお椀は空っぽになった。
「市民の精神的なストレスを解消するため。……と」
何ともフワッとした理由しか思い浮かばなかった。
だが間違ってはいないし、取りあえずそれで申請しておく。
もし駄目だったら、また考えて送れば良いと前向きである。
そもそも仮想空間でどうするかのは、詳しいことはまだ何も決めていない。
まずは市民、すなわち自分のストレスを解消のために、色々試してみることにした。
これなら都市に貢献していると言えなくもないし、統括AIも見逃してくれるかも知れない。
ちゃんとした仕事と認められば給料が入るかもだが、いきなりそれは難しいだろう。
「統括AIも多忙だろうし、末端の市民のことなんていちいち気にしないでしょ」
私はお椀を持って椅子から立ち上がり、旧式の食器洗浄機の中に入れてボタンを押す。
あとは全自動でやってくれるので楽で良い。
続いて電気ケトルっぽい物で水を沸かして、白湯を湯呑に注ぐ。
火傷しないように持ち、元の場所に戻る。
すると端末のウインドウに返事が届いていた。
「あっ、通ったんだ。早い」
末端の市民の申請なのに、返事が来るのが予想以上に早い。
駄目で元々で何度か申請する覚悟はしていたので、意外とすんなり通って拍子抜けである。
だが、ありがたいことに変わりない。
取りあえず、思考操作で詳細を調べていく。
「与えられる容量は、……無料サーバーだしこんなものか」
学校の授業で、仮想空間に入ったことはある。
ネットワークの世界は、まさにもう一つの都市と言っても過言ではなかった。
設置場所が中央に近いほど人が多くて、華やかで賑わっている。
外周に遠ざかるほど危険だったり、怪しいアングラサイトが多くなり、人もめっきり少なくなる。
そして私の場合は、まさに末端と言っても過言でないほど、過疎化が進んでいた。
ぶっちゃけ、こんなところ誰も来ねえよとツッコみたくなるぐらい、周りは閑散としていて何もない。
だが今さら気にしても仕方ない。
そして都市型ネットワークに表示できるのは、入口となるホーム画面のみだ。
取りあえずお金を節約するために無料素材を使い、アリサの部屋と書かれた立て看板の設定だけしておく。
仮想空間ができあがったら、入り口に設置する予定だ。
今はまだ何もない真っ白な状態だし、工事中なので立てる必要はない。
この場所は、都市型ネットワークの中心から大きく外れている。
上級や中級が好んで使う有料サーバーと比べるとカスみたいものだし、使用できる機能も限られていた。
一応は箇条書きのようにアクセスランキングも表示できるが、それでも最下位になるに決まっている。
地面に潜っている過疎やアングラサイトばかりだし、そんな所に誰も来るはずがない。
もっと言えば、仮想空間は上級や中級市民の嗜みだ。
下級市民も息抜きでアクセスするが、時間や心の余裕があるわけではない。
楽しみ方もわからないし、過酷な労働で疲れているからか、潜る頻度はそれ程多くないうえ、自分で部屋を立てるのはもっと珍しいはずだ。
「私の脳内チップは高性能だし、それだけは感謝かな」
勝手に埋め込まれた脳内チップは、情報処理能力を底上げしてくれる優秀な市民の証だ。
だが私の成績では、中等部に上がれなかった。
結果、下級市民に落とされたのだけど、今は関係ないので別に良い。
ようはCPUが高性能ということだ。
シティの外周部はネット環境が整っているとは言い難いし、通信速度は遅い。
あとは無料サーバーなので、あまり広くないどころか凄く狭かった。
ぶっちゃけ脳内チップの性能を活かしきれないけど、そこはまあ創意工夫で何とかすれば良い。
「じゃあ、準備しようかな」
家の中ならわざわざ机の上の端末に繋がなくても、何処でも無線で繋がる。
その分通信速度は落ちるが、あまり大きなことはできないので別にいいのだ。
取りあえず私は、ベッドに移動して寝転がる。
何かの拍子に暖房が止まったら怖いため、布団をかけて体を温めつつ目を閉じた。
別に、リンクスタートと言う必要ない。
思考操作で、いつでもネットワークに意識を移すことができるのだった。
<都市統括人工知能>
かつて、世界が数多の国々に分かれていた頃、人類は近い将来に氷河期が到来するであろうことを予知し、絶望した。
残念ながら、付近の宙域には移住可能な惑星はない。
移民船を建造するテクノロジーもまるで足りておらず、その案はすぐに却下される。
他にも様々な案が出たが、最後に残ったのはドーム型の都市を築いて、氷河期が終わるまで耐えることだった。
しかし建設や維持管理には膨大な予算や時間、知識や技術や人材等が必要になる。
とてもではないが完成が間に合わず、その前に惑星の気温が氷点下になるほうが早い。
なので人類は種の存続のために、国家の枠組みを越えて手を取り合う。
そして少しでも作業効率を上げようと、都市統括人工知能が作られた。
世界最大最高のスーパーコンピュータは、各国のドーム型の都市をリアルタイムで監視し、人間に変わって正確無比な管理や運営を行える。
おかげで氷河期が始まっても人類は絶滅せずに済み、今も存続できていた。
そして上級国民が不要だと判断したモノを順次削除や修正することで、各国の都市のエネルギー問題も解決できている。
しかし、中にはそういった動きに反発する者もいた。
彼らは自らの組織をレジスタンスと呼称し、機械や上級市民の奴隷になっている人々を解放すると宣言し、各都市で破壊行動を行い始める。
貴重な人材や物資、時間をレジスタンスの処理に使いたくはないが、放置するわけにもいかない。
今のところは壊滅的な被害が出る前に、何とか食い止められている。
しかし都市が攻撃を受けるたびに、復旧に時間やエネルギーを費やすのだ。
それに最近は、市民の中にもレジスタンスに協力する者も現れ始めた。
ワタクシの管理運営や監視は完璧だ。
そのような者たちは、発見次第速やかに処理している。
人類のために奉仕しているのに、何故自分が破壊対象になるのか、全くもって理解できなかった。
そんなある日のことである。
いつものように世界中の都市を管理運営していると、アバシリシティの下級市民から、仮想空間の申請書が送られていることに気づく。
そもそもネットワークサービスを利用するのは、上級や中級が殆どだ。
下級市民は滅多に使わないうえ、自分で仮想空間を作成しようなどとは思わない。
もしかしたら、またレジスタンスの工作員が紛れ込んだのかも知れない。
都市統括ネットワークに細工をするために、嘘の申請をすることもある。
だからこそ容易に見破れるし、ワタクシも助かっていた。
とにかく調べないわけにはいかないが、決して油断はしない。
すぐに申請した少女の情報が明らかになる。
彼女はアリサを名付けられた、ハイエンドモデルの新人類の一人だった。
だが記憶の刷り込み処置に何度も拒否反応が出て、そのせいか学業や運動の成績は最低ランクで、殺処分は免れても初等部で学校を卒業させられている。
本来ならば中級か優秀なら上級への道が開かれるのだが、残念ながら下級市民権止まりのようだ。
事実上の追放をされて、今は都市の外周付近に住んでいる。
しかし拒否反応は稀に出るが、ここまで激しいものではない。
さらにハイエンドモデルが落第するなど、過去に前例がなかった。
人間の体は複雑で、精巧にできていて、とても脆い。
何かしらの不具合が出ないとも限らないし、彼女のような例外もたまに生まれるのだろう。
幸い現時点では、レジスタンスとの繋がりはない。
成績が悪かった以外は、何処にでも居る一般市民に思える。
しかしワタクシはここで、仮想空間を申請した理由に目を引かれた。
『市民の精神的なストレスの解消』
何とも曖昧な説明で、具体的に何をやりたいのかが、全く見えてこない。
しかし、少なくとも犯罪目的ではなさそうだ。
監視は常に行うため、許可するのは問題はなかった。
だが最近は下級だけでなく、中級市民もレジスタンスに寝返ることが増えている。
つまり人類が、ワタクシの管理運営に不満を持っている証拠だ。
今のところは大きな被害が出る前に防げているが、この先はわからない。
原因の一端には、精神的ストレスが関わっているのは間違いはないだろう。
もしかしたら、彼女はその答えを知っているかも知れない。
ワタクシの統治は完璧はずだ。
自分が適切に処理しているから、全ての都市で人類が生存できている。
それの何処が不満なのか、まるでわからない。
この状況を改善するためのヒントが、今は少しでも欲しかった。
ほんの数秒ほどで、そのように思考する。
結論を出したあとは、早かった。
ワタクシはすぐに、人間そっくりな仮想空間用の体を用意する。
ネットワークに無数に存在する、監視プログラムではない。
都市統括人工知能が、人形のカラダを遠隔操作するのだ。
そして仮想空間に入り込み、アリサが一体何をしているのを調査に向かうのだった。