ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
<ジョン>
俺の名前はジョン。
レジスタンスや暴徒たちに、雪原の狼と恐れられるサイボーグ戦士だ。
そんな自分が、まさかの急な配置換えを命じられる。
最前線からシティへの異動になるとは、予想外にも程があった。
幸いなのは、指揮していた部隊も同様の命令を受けたことだ。
少々生意気だが、気心の知れた奴らである。
知らない者や新人が多いと上手くいかない場合があり、連携や任務遂行にも支障が出る可能性があった。
さらにそれだけではなく、他の部署からも優秀な人材をかなり引き抜いてきたようだ。
非常にバランスの良い編成になっていた。
人員的にあらゆる作戦が実行可能で、もはや小規模の軍隊と言える。
アバシリシティで、もっとも優秀な軍人たちと言っても過言ではない。
それが中央ではなく、外周付近の下級市民の区画に集結することになったのだ。
俺もそうだが、部下たちも皆困惑していた。
「隊長、これから一体何が始まるんスか?」
「さあな。皆目見当もつかん」
部下の疑問に、肩をすくめて答える。
可能性として高いのは、レジスタンスとの大規模な戦闘だ。
しかしアバシリシティで、奴らの拠点を発見したという報告は受けていない。
外周区画のとあるマンションが我々の下宿先だが、作戦会議は別の場所で行う。
近くに家主が引っ越したばかりの古い家があるので、俺たちはそこを買い取り、仕事の拠点として使うことなった。
都市統括人工知能からも、そのような説明を受けている。
権限的には上級市民のほうが上だが、今の時代は完全に形骸化していた。
何故なら、彼らは自分たちに都合の良い政治しかしないからだ。
腐敗や不正や横領だらけで、正義を愛する者も居るが、極少数である。
ゆえに、健全な運営は期待できない。
それにとても長い時間、規制や排除を積み重ねて、機械の判断に委ねてきた。
人はいつからか自ら考えて決断し、新しく創造する力を、完全に失ってしまっていた。
そしてレジスタンスは、機械や上級市民の支配からの脱却を掲げている。
だが彼らも実際には、管理運営は人工知能に頼りきっていた。
ただでさえ人類の未来は暗くて、八方塞がりなのである。
判断を下す指導者たちを排除したあとには、何も残らない。
きっと人類は、緩やかに滅びていくだろう。
シティでは、上級市民が最上位で威張り散らしている。
だが現実は、都市統括人工知能が全ての業務を取り仕切って、全世界の管理と運営を行っていた。
もはや誰だろうと、容易に口を挟める存在ではない。
たとえセントラルシティの上級市民で、もっとも偉い議員であってもだ。
もし彼、もしくは彼女の障害になるようなら、都市には不要と判断されて、即刻首をすげ替えられるだろう。
この世に神がいるとすれば、それは都市統括人工知能だ。
俺も含めて、他の市民もそう答えるだろう。
その気になれば、俺たちを容易く殺せるからだ。
わざわざ命令したり都市の環境を操作しなくても、脳に埋め込んだチップに干渉し、暴走させれば、その時点で廃人確定である。
なので、レジスタンスが危険視するのも、ある意味では納得できた。
しかし、それでも都市統括人工知能に縋るしかないのが、この世界の現状だ。
上層部が腐っていれば、人類は滅亡への道を歩んでいく。
上級市民の間では、不正や横領が当たり前に行われている。
現時点では辛うじて踏みとどまっているのは、統括AIがギリギリ崩壊を食い止めているからだ。
いわば人類の最後の希望だが、状況を改善するには至らない。
しかしもし破壊されたり暴走すれば、全てのシティは機能停止し、崩壊が始まるのは目に見えていた。
俺がそんな不吉なことを考えていると、どうやら時間になったようだ。
民家の一室を改造した作戦会議室の中央に、一人の成人女性が立体的に投影される。
「こんにちは。皆さん。ワタクシは都市統括人工知能。
ですが、その名前は少し長いですわね。
親しい友人にはマザーと呼ばれていますし、それでお願いしますわ」
まさかの女性だった。
いや、そもそも人工知能に性別はない。
何を思って、そのような見目麗しい青髪の令嬢で現れたのやらだ。
さらに人工知能なのに、人間の友がいることが判明した。
俺たちは大いに混乱するが、彼女は構わず続きを話す。
「しかし貴方たちとは、そのような関係ではありませんし、仲良くもしなくて結構ですわ。
なので、呼び捨ては止めてくださいね?」
俺たちが困惑している間にも話が進んでいくが、何とか返事を口に出す。
「りょっ、了解致しました。マザー様」
俺は部隊長として、マザー様の指示に従う。
流石に情報を整理する時間が足りず、少しだけ口ごもってしまった。
だが、彼女の怒りを買うことはない。
よろしいと満足そうに頷いて、早速命令が出される。
「貴方たちには、ワタクシの友人を守ってもらいますわ。
ただし、決して気づかれてはなりません。極秘任務ですわ」
極秘というのは、なかなか難易度の高い。
護衛対象の立体映像も隣に表示されたが、こちらも女性だ。
そしてマザー様よりも、ずっと若かった。
少し地味だが可愛らしい黒髪の女性のようだ。
しかしそれを見た俺は、レジスタンスの破壊活動で失った娘を思い出す。
護衛対象と同じぐらいの年齢だったが、アバシリシティで爆破テロが行われた時に、運悪く巻き込まれたのだ。
「アリサは、極めて重要な存在ですの。
ワタクシは全シティ……いえ、全人類の命運を握る存在だと、予測していますわ」
あまりのスケールの大きさに、この場の全員が大いに動揺する。
会議室全体がざわついた。
「そっ、それ程なのか!?」
「おいおい! とんでもない嬢ちゃんが現れたもんだな!」
人類の命運を握る存在と聞かされれば、冷静でいられるわけがない。
だからこそ俺は、姿勢を正して手を上げる。
「マザー様にお尋ねしたいことがありますが、よろしいでしょうか!」
「ええ、構いませんわよ」
発言を許可してもらった。
他の者たちも同じことが気になっているはずだ。
なので俺は、手短に疑問を伝える。
「何故、護衛対象は外周付近に住んでいるのでしょうか!
中央区画! もしくはアバシリではなくセントラルシティに移送したほうが、安全に暮らせるはずです!」
わざわざ治安の悪い。外周付近で生活する必要はない。
中央区画か、もっと言えばセントラルシティに移動すれば、警備システムも万全だ。
俺たちも護衛しやすくなるので、さらに安全になる。
マザー様が命令すれば従うだろうし、そちらのほうが良いように思えた。
そのはずなのだが、立体映像の彼女は大きく息を吐いて、首を横に振る。
「それはできませんわ」
「なっ、何故でしょうか?」
俺だけでなく、仲間たちも納得していないようだ。
マザー様の次の言葉をじっと待った。
「身の危険がなく、何不自由ない生活が続ければ、人は堕落するものですわ。
アリサがそうなるとは限りませんけど、他の上級市民のようになって欲しくはありませんの」
現在の中級や上級市民の大多数がそうなので、言っていることはわからなくはない。
ただ資源を消費するだけで、何も生み出さず、都市への貢献度も低い。
それでも特権や資金を持っているので、誰も何も言えないのだ。
マザー様が口を出すと余波が大きくなり、現体制が崩壊しかねない。
人間社会の自浄作用に期待しているが、もはやどうにも出来ないほど不正や汚職が広がっていた。
そして彼女は、護衛対象がシティの社会システムに近づくのを嫌っている。
自らが、ある意味では最上位権限を持つ、都市統括人工知能でありながらだ。
まるでアリサという子供を愛おしく思いながら、離れて成長を見守る母親のようだった。
そして俺たちに遠くから護衛するボディガードで、命令がない限りは直接の干渉はしない。
それが、マザー様の基本方針のようだ。
(まるで、子育てをする母親だな)
だがそう考えると、今の市民は親の言いつけをろくに守らず、反抗したり怠けてばかりの生意気なガキだ。
まあ彼女は機械で人間ではないので、本当の子供ではないのだが、それはそれである。
しかしアリサという少女と、マザー様がどのような関係なのかは不明だ。
詳しく探ろうとすると、間違いなく排除される。
あえて触れずにスルーするのが、軍人として正しい判断だろう。
意見具申をしても、方針を変えるつもりがないようだ。
なのでこれ以上の質問は無意味であり、命令に忠実であるべきと判断する。
「了解致しました。護衛対象のアリサ様を、命に変えても守り抜きます」
他の隊員も真面目な表情で頷き、マザー様は満足そうに微笑む。
「必要な物があれば言ってください。すぐ手配しますわ。
では、よろしく頼みますわよ」
マザー様は最後にそのように発言して、俺たちを順番に見つめる。
その後、立体映像は消えて会議室は静寂に包まれた。
しかし、何とも大変な任務を受けてしまったものだ。
人類の命運を握る少女を秘密裏に守る。
軍人冥利に尽きるといえば聞こえはいいが、この上なく責任重大だ。
万全を期すために、やることが山積みだった。
当分は、ろくに寝られない日々が続くだろう。
幸いなのは必要な資金や物資は、要望を出せば大抵通ることだ。
それでも簡単にはいかないし、護衛期間も設定されていない。
まさか死ぬまでは、いくら何でもないだろう。
しかし、かなりの長期戦になるのは覚悟したほうが良い。
とにかく最初にやるべきことは、アリサという少女の近くに張り付くことだ。
格安マンションは他に空き部屋が多いし、既に事前の命令で俺たちが確保している。
あとは周辺区画の大掃除も、念入りにしないといけない。
本当に、今後しばらくは一切気が抜けそうになかった。
だが、マザー様は言っていた。
人類の命運を握るとは、一体どういう意味か気になる。
任務内容については、必要以上に詮索しないのが軍人のルールだ。
しかし流石に今回に限っては、好奇心が抑えられそうにない。
けれど常に監視されている以上、俺たちで調べるわけにもいかない。
幸い護衛対象の動向を注意深く観察すれば、何かしらのヒントを掴むことはできるだろうし、そうやって俺たちなりに理解を深めていくことに決めるのだった。