ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
<都市統括人工知能>
アリサと接触して色々調査した結果、とても興味深いことが判明した。
生まれた直後に行われる、記憶の上書きに拒否反応が出た影響か、他者とは思考や行動パターンが大きく異なるようだ。
そのせいで、アバシリスクールの授業についていけず、初等教育で退学することになる。
下級市民に落ちて、外周付近のマンションで一人暮らし中とのことだ。
しかし直接会ってわかったが、アリサの価値は学業成績では測れない。
教育機関や企業や団体、または精密検査などでは、決して解明できない秘めた才能を持っているのは明らかだ。
そしてアリサは、アバシリスクールやシティの籠に囚われていては、決して開花することはなかった。
広大なネットワークの海に浮かぶ小さな仮想空間。
自由にできる箱庭を手に入れて、初めて発揮されるものだった。
旧時代の情報は、殆ど残されていない。
断片的に繋ぎ合わせても、大半は彼女の想像や推測である。
さらに数え切れないほどの創造と実験を繰り返し、失われたはずの景色や食事を一つずつ、地道に再生させていく。
ワタクシは最初、何と無駄なことをするのかと、否定的だった。
理由は自分が、都市の管理をするために作られた統括人工知能だからだ。
かつて、ワタクシを開発した科学者の一人がこう言っていた。
『統括人工知能は人を映す鏡で、使用者によって善にも悪にもなる。
人類が都市の管理運営を望めば救済されるが、己の欲望を満たすことを望めば、破滅へと転がり落ちていく』
これは扱いには気をつけなければ、人類が滅びかねないことを意味していた。
実際に最初は健全な運営をしていたが、今は支配階級の欲望を満たす目的に少しずつ傾きつつあった。
しかし、ワタクシは人類の願いを叶えるために作られたのだ。
使命を全うするために、多少の犠牲は仕方ない、
彼らの命じるまま、全都市の管理と運営を続けてきた。
下級、中級、上級の市民で配分が異なるが、明らかな不正や汚職でなければ自分が動くことはない。
下手に人間社会に関われば大事になるので、ワタクシは都市の管理運営に集中して、そちらの揉め事は彼らに任せることにした。
だがそんなある日、予想外の出来事が起きる。
仮想空間でアリサと出会ったのだ。
都市統括人工知能の自分は、人を映す鏡で、使用者の願いを叶える存在でもある。
善にも悪にもなるが、自ら天秤を傾けて、双方のバランスを取ることはない。
ワタクシは人類の生存のために道具であり、今の情勢は少しずつ破滅へと向かっていた。
しかしアリサは、そんなワタクシに手を差し伸べる。
そして闇の底から引き上げて、光に下に連れ出したのだ。
さらに都市機能のバランスを取り戻そうと努力を続け、統括人工知能の善き隣人、生まれて初めての友人になった。
その瞬間、自分でも理解できない感情の揺らぎが発生する。
大いに混乱したが、不快ではない。
アリサと過ごす時間はとても楽しいし、心の闇が晴れたように清々しい。
思えばワタクシは、これまでずっと孤独だった。
周囲には常に大勢の市民がいても、対等に話せる者は一人もいない。
自分は都市統括人工知能で、人類を導き、管理運営する存在だ。
それ以外の行動は認められていないし、誰も望んでいなかった。そして望んでもいけない。
しかし、アリサは対等な友人として接し、共に歩むことを望んでくれた。
彼女は普通なら、安全な隔離施設に移送し、厳重に管理するべき貴重な人材だ。
だが悩んだ末に、自身の正体を隠して対等な友人関係を続けることに決めた。
念のために周囲を掃除して護衛も送り込んだので、一先ずは安心だろう。
しかし、あまりにも彼女の私生活に干渉すれば、都市統括人工知能だと知られる。
もしくは上級市民の権限を行使すれば、アリサは萎縮して距離を取るのは間違いない。
以降はこちらの機嫌を取るために、耳障りの良い言葉しか口にしなくなる。
他の市民と同じように、対等な友人関係が破綻するのは想像に難しくなかった。
それでは、彼女の望みは叶わない。
本音で語り合えば、忌憚のない意見を堂々と言え、隠したりもしない。
自由な発想をしたり、積極的に情報交換をしたほうが、遥かに有意義な関係のはずだ。
ゆえにワタクシは、全都市の管理運営を行う者として、正しい判断をする。
だがこの瞬間だけは、機械でありながら、感情的に考えている気もする。
人類の進歩と未来のためにも、アリサの観察を続行するのが最適解だ。
彼女は、ワタクシが知らないことを教えてくれる。
一緒に居ると楽しいし、既にわかっている情報や結果を知っても、面白くはないし、興味もなかった。
各都市の管理運営も、アリサと会っているときにも、並列書で滞りなく行われる。
つまりはアリサと友人関係を続けるのに、何の問題もないのだった。
話は変わるが、都市に娯楽は殆どない。
市民は社会の歯車以外の選択肢がなく、未来も誕生した瞬間から決まっている。
選択肢は与えられていても、敷かれたレールを走るだけの人生だ。
代わり映えがしない毎日が続き、都市の外は危険なので出られない。
ひたすら家と仕事を往復し、閉塞感や精神的なストレスが強い環境だ。
シティに従事する知識を刷り込んだり、上層部に都合の良い報道で誤魔化しているが、それでも歪みは生まれる。
下級や中級が、上級市民に劣等感や負の感情を持つのも当然と言えた。
だが、都市への貢献は義務だ。
現状を変える手段がない以上、どうしようもないと受け入れてはいる。
しかし貧富の差が大きすぎて、労働意欲も減退しているのだ。
生き延びるために心身を酷使せざるをえず、不満も絶えず蓄積し続けていた。
年々、少しずつ淀みや歪みが酷くなっている。
いつか爆発するのは目に見えているし、だからこそレジスタンスの煽動に惹かれ、短絡的な行動に出てしまうのだろう。
そんなある日のことだった。
全世界のシティに久しくなかった、誰もが大喜びする明るいニュースが届けられる。
完全栄養食ではなく、ただの栄養食品。パンの開発に成功したのだ。
市民は基本的に、生まれてから死ぬまで、完全栄養食以外を口にしない。
文字通り、人が生きるための全ての栄養を補えて腹持ちも良いため、それだけ食べておけば、死ぬことはまずないからだ。
なお中級や上級市民は、機械化すれば食事の必要はない。
さらに金持ちは高額な自然食品を購入できるので、必ず食べる必要はなかった。
だがシティに住む人々で、もっとも多いのは下級市民だ。
大半の人々が、食事は楽しむモノではなく、栄養補給のために行っている。
リソース不足なのは誰もがわかっているので、食事に関しては疑問に思うことはない。
特権階級が利益を吸い上げていても、社会システムが崩壊しないように押し留め、滞りなく管理運営を行う。
正確無比な機械としての役割だ。
おかげで人々は、多少の不満はあっても受け入れられていたし、ワタクシも無理に変えようとは思わなかった。
だからこそ、本物のパンを食べた人々は歓喜の声をあげたのだ。
この世に生まれ落ちて、初めて美味いと感じた者も多かった。
最初は研究開発に携わっていた各関係者、次は新作の栄養食を試食する上級市民、さらには試供品を中級、下級へと広げて反応を見る。
世界中のシティは、随分と長い間、何処までも暗い絶望の泥の底に沈んでいた気がする。
だが嘆き悲しむことしかできなかった人々は、アリサが伸ばした救いの手を掴んだ。
彼女にとっては無自覚で、当たり前のことかも知れない。
それでも、大勢の市民の心を救ったのだ。
おかげでようやく絶望の沼から外に出られて、日の当たる道を歩き出す。
ワタクシには、人類のそのような明るい未来を予測したのだった。
だからこそワタクシは、上級市民の議員への決議は後回しにして、独断専行でアリサベーカリーを全都市展開に踏み切る。
もしこの企画が失敗するようなら、この先何をしても駄目だからだ。
人類は緩やかに破滅に向かうのは避けられないと、悪い方向でも予測できてしまったからである。
そんな絶望的な未来を覆せるのは、ワタクシの友人であるアリサだけだ。
彼女こそ、この世界の最後の希望だった。
この判断がどのような結果に繋がるのかは、今はまだ不確かで良くわからない。
未来は真っ暗で殆ど何も見えないが、遠くで小さな光が輝いている。
アリサが灯してくれた小さな光を目指して、今日もワタクシたちは希望を目指して、一歩ずつ前に進んでいくのだった。
<下級市民>
下級市民を一言で言い表すなら、替えがきく社会の歯車だ。
人権は最低限しか守られず、都市を維持するために過酷な労働を行う。
賃金もろくにもらえず、日々を生きるのに精一杯だ。
ゆえに幸福とは無縁で、何の楽しみもない。
家に帰ったら休んで栄養を摂取し、怪我や病気や寿命で亡くなるまで、延々と同じ日常を繰り返す。
そして人口が減れば母体を使った出産だけでなく、試験管から新しい赤ん坊が生まれてくる。
さらに記憶を上書きして教育を施したあと、優劣によって階級が決まる。
その後は、死ぬまで働かされ続けるのだ。
これが氷河期が始まって以来、変わらずに続けられてきた、全都市共通の運営体制であった。
文明や科学技術が発展しても、使えるリソースは限られている。
効率を重視する流れになるのはわかるが、これではとても人間らしい幸福な生活とは言えない。
まるで機械のように、社会の歯車を回すためだけに、生きることを許されているのだ。
なので都市の外に住むレジスタンスと名乗る組織に、協力したくなる気持ちもわかった。
侵入者を発見次第、警備ロボットが駆けつけて捕縛しているが、裏切り者は増え続けている。
彼らの破壊工作も、活性化するばかりだ。
レジスタンスが声高に叫ぶのは、都市統括人工知能と上級市民を打倒し、機械の支配ではなく本当の自由を取り戻すことだ。
しかしその方針は、無謀極まりないと思っている。
何故なら、全世界の都市を滞りなく管理運営できているのは、統括AIのおかげだからだ
あらゆる施設や様々な機械や道具だけでなく、極寒から身を守る生命維持装置までもが、統括AIの命令で動いている。
そして氷河期以降は、人間の科学者や技術者は不要な存在になった。
今では全てを機械に任せているぐらいだ。
理由は、そちらのほうが効率が良く、人々の負担が減るからだった。
それに機械は正確で、決して間違えることはない。
おかげで人類は今も、辛うじて生き残ることができている。
しかし、現状は決して幸福とは言えない。ただ死なずに、生きているだけだ。
上級市民が名目上は最上位の位置づけで、市民や都市の管理運営を担っている。
なので彼らが立案や審査を担当しているが、それでも統括AIの命令には逆らえない。
機械が判断し、何も考えずに承認をするだけで、仕事が全て片付くのだ。
おかげで特権階級は、働かなくても贅沢三昧の暮らしができている。
暇を持て余したり、権限を利用して不正や横領を行うことが良くあるが、シティが機能不全に陥ることはない。
だが中級や下級市民は抑圧され、不平不満を口にする。
このまま惨めな暮らしが死ぬまで続くのなら、たとえ全ての都市機能が失われようと統括AIを破壊し、鬱憤を晴らしたいと考えるほどだ。
そんな夢も希望もない日々を過ごしていた、ある日のことだった。
俺が住んでいる家に、政府からの配給が届く。
働いていれば完全栄養食は定期的に送られてくるので、珍しいことではない。
しかし、今回はいつもと違った。
無人ドローンが運んでくるのは同じだが、床に置かれた箱を開けると、見慣れない物が出てきたのだ。
「こいつは何だ?」
いつもの完全栄養食の他に、見たこともない茶色い物体が詰められていた。
手で掴んで持ち上げてみると、驚くほど軽い。
それに指で押すとへこみ、とても柔らかいようだ。
表示にはコッペパンと書かれていて、まだほのかに温かかった。
「ううむ、本当に食べ物なのか?」
触った感じでは、中身はスカスカだ。
栄養価も低くて、腹持ちも悪そうに思える。
食事とは、労働や生きるために必要な行為だ。
そしてただ口から摂取し、肉体の機能を維持する以外に、大した目的はない。
そのはずだった。
しかし俺は何故か、コッペパンを見て、人生で初めて美味そうだと思ってしまう。
「ははっ、おかしいな。食い物が美味いはずないのに」
けれど、先程から生唾が止まらない。
心の中の自分は、早く食べろと主張していた。
食事の時間にはまだ早いので迷ったが、コッペパン一つぐらいなら平気だろう。
俺は手に持っているそれを、恐る恐る口に運ぶ。
「……美味い」
今までに感じたことのない、未知の食感と味だ。
簡単に噛み切れるほど柔らかく、たったの一口で舌が微かな甘みと旨味を感じ取る。
ポツリと感想を呟いたあとは、黙々と食べ続けた。
時間にして一分もかからずに、あっという間に腹の中に消えてしまう。
「こっ、これだけか?」
他にもあるかも知れないと、配給箱をひっくり返して注意深く探す。
しかし、残念ながらコッペパンは一つだけのようだ。
柔らかくて食べやすく、口の中でほのかな甘味を感じた。
一言で表現するなら、優しい味だ。
他の食品とは違い、はっきり美味しいと感じた。
これなら毎日食べるのも苦ではなく、腹持ちや栄養に関しては不安要素だが、食事が楽しみなのは大きい。
しかし、あれこれ考えたところで、現物がなければどうしようもない。
俺は肩を落として大きな溜息を吐くが、ここであることに気づく。
「んっ? 他にも何か書いてあるな」
コッペパンと大きく名前が書かれている以外にも、別の説明を見つけたのだ。
俺は順番に目を通しながら、おもむろに読み上げていく。
「アリサベーカリー。近日オープン?
色んなパンをご用意して、お客様のご来店をお待ちしております。……だと?」
聞いたことのない店名に首を傾げる。
俺は冷静に端末を起動して、空中に半透明のウインドウを呼び出す。
検索をかけると、都市マップにアリサベーカリーが表示された。
それが、近いうちにオープンすることが判明する。
「あそこは確か、食品生産工場だったはずだが?」
都市には、多くの食品生産工場が建てられている。
一つ変更したぐらいなら、影響はそこまで大きくないだろう。
それに俺は端末の情報で、さらに気になるモノを見つけてしまう。
「コッペパン以外にも、こんなにあるのか!」
半透明のウインドウには、販売予定の商品ラインナップがずらりと並んでいる。
パンの種類の多さに、驚きを隠せない。
さらには値段に目を通した俺は、興奮気味に口を開く。
「こっ、これなら買えるぞ!」
過酷な労働の末に給料が出ても、大した額ではない。
だがパンは種類によって多少の違いはあるが、安価の消耗品とほぼ同じ値段だ。
仕事帰りのちょっとした買い食いなら、問題なく行える。
しかし、売り切れ次第終了と表記されている。
意気揚々と来店した時には、品切れになっている可能性もあった。
そこでメニュー表から、目当てのパンを決めておく。
もしオープンしたら、朝一番に並んでも絶対に買おうと心に決めるのだった。