ディストピアのネット友達が優秀すぎる   作:名無しのペロリスト

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偏向報道に違いない

 私が新居に引っ越してから、少しだけ時が流れる。

 仮想空間で、マザーというちょっと変わった人と友人になった。

 

 現実では殆どベッドで横になり、部屋に引き籠もる毎日だ。

 特に何かが起きるはずもない。

 

 一応は仕事扱いなので、過酷な肉体労働に従事しなくて済むのは幸いだ。

 

 しかし周囲では色々あったようで、自分が引っ越してきたマンションに入居希望者が殺到したらしい。

 私が仮想空間に居る間、管理人のナンシーさんから空いていた部屋が全部埋まったと、そのようなメッセージが届いていた。

 ログアウトし、食事中にチェックして気づいたのだ。

 

 けれど白湯を飲んで一服している時に、新しい入居者の人たちが、わざわざ引っ越しの挨拶をしにきたのは驚いた。

 

 私は無難に、こちらこそよろしくと返事をする。

 誰も彼もがゴツい人ばかりで、こんな外周付近の格安マンションを借りるようには見えない。

 

 気づけたのは、自分が短い間とはいえ、特権階級が集まっている中央に居たからだろう。

 まあ外出する余裕はなかったので、寮の窓から外を見て知っただけだけど、それでも彼らが中級、もしくは上級市民なのは雰囲気で察した。

 

 服装は質素だが、清潔だし屈強だ。

 見た目は普通の人間だけど、注意深く観察するとサイボーグ化の手術をした痕跡がある。

 

 あとは言葉遣いが丁寧だったり、こんなシティの掃き溜めのような場所に住む人たちではない。

 

 不思議なのは、私にやたらと気を使っていることだ。

 表面上は普通の接し方だけど、引っ越してきた人は男性も女性も居るが、全員が成人している。

 

 しかし自分の中身はともかく、見た目は子供である。

 前世では中学一年生の女子だし、もうちょっとこう砕けた感じというか、年少に接するような感じなのが普通なので、逆に不自然なのだ。

 

 彼らが何故そのような態度を取るのか、理由は全くわからない。

 でも正直、居心地が悪かった。

 聞いても教えてくれそうにないし、知ってどうするという感じだ。

 

 まあ私は部屋から滅多に出ないので、今後関わることはないだろう。

 

 そういうことで、引っ越しの挨拶が終わったら部屋に引き籠もる。

 さっさと仮想空間に潜らせてもらう。

 

 寝ていれば呼び鈴が鳴っても気づかないし、同じマンションに住んでいても顔も名前も知らないことは良くあることだ。

 

 あとで管理人のナンシーさんに教えてもらえば、それで良かった。

 たとえ彼らの正体がレジスタンスでも、自分には真偽を確かめられないし、変な新興宗教団体のように勧誘して来なければ、ただちに影響はないはずだ。

 

 

 

 そう考えて普段通りに過ごし、次の日の朝になる。

 食事をしながら、片手間で管理人のナンシーさんにメールの返事を出すと、すぐに返信が届いた。

 

 どうやら周辺地域に住んでいた人たちが次々と引っ越したり、空き家を購入して新しい人たちが、ドカドカ入居してきているらしい。

 

 マジでどういうことなのとしか、言いようがなかった。

 正直、理解不能すぎて怖い。

 

 私も正体不明のビックウェーブに乗って、今すぐ引っ越したほうが安全なのではとビビリまくってしまう。

 

 でも、賃貸料金は支払い済みだし、貯金に余裕があるわけでもない。

 余計な出費は避けるべきだし、自分は基本的に部屋に籠って仕事をして、危険な外に出ることは滅多になかった。

 

 いくら引越しの挨拶をした間柄とはいえ、それ以降は顔を合わせることはない。

 

 犯罪者でもなければ、周囲の人たちの素性や目的に興味もなかった。

 平穏無事なディストピア生活が送れれば、それで良しとする。

 

 まあ美味しい飯と娯楽があればなおヨシだが、それは追々だ。

 

 幸い家から一歩も出なくても生活できる。

 そのことに深く感謝するが、現時点では状況が良くわからない。

 

 問題なしとわかるまでは、出歩かないほうが良いだろう。

 

 だが、仮想空間に潜ってばかりで運動不足になる。

 ある程度の筋トレを行い、万が一ヤバいことに巻き込まれたら、逃げ切れるだけの足の速さとスタミナをつけておくべきだろう。

 

 サイボーグ化すれば、定期的なメンテナンス以外必要なくなるし、凄く強くなれる。

 でも私は人体改造する気はないし、学校では無料だけど実際には奨学金なので、あとで返済しないといけない。

 

 まあ貯金残高がカツカツで、そんな余裕はないから考えるだけ無駄である。

 

 取りあえず筋トレを終えて、良い汗をかいた。

 壁が薄いので、気をつけていても隣の部屋に聞こえてしまいそうだ。

 心底申し訳なく思うし恥ずかしいが、今のところは壁ドンや苦情は出ていない。

 

 なので今後もなるべく音を出さないように気をつけつつ、いつものようにシャワーを浴びてさっぱりする。

 

 その後、トイレを済ませて水分補給をしたあと、ベッドに横になって仮想空間に潜るのだった。

 

 

 

 いつものように、向こうのベッドで目を覚ます。

 よっこらしょと起き上がって家の外に出ると、見計らったようにマザーがログインしてきた。

 

 場末のサイトだからか、相変わらず彼女以外は入ってこない。

 

 私も別に、これといった活動をしているわけでもない。

 一応、都市への貢献が認められ、職業として登録されてはいる。

 だがやっていることは地味だし、人に見せるようなモノでもない。

 来場者が少なくても問題はなく、気心が知れた友人の語らいのほうが気楽で良い。

 

 

 

 なお今日は、石窯を創造して薪に火をつけて、ピザを焼いていく。

 

 現実でこの製法をするには、私の資金力では足りない。それも圧倒的にだ。

 下級市民の自分は、恐らく一生やることはないだろう。

 

 それでも、新しいパン作りのヒントになるかもと考えたのだ。

 各工程を一つずつ思い出しながら、丁寧に調理していく。

 

 ここしばらくは、味と栄養を両立しつつ、現実でも再現可能なパンを試行錯誤して焼いていた。

 

 だがたまには、コストや栄養度外視の、高カロリーの塊を作りたくなる。

 

 下級には無理でも、お金持ちの中級や上級市民は再現、もしくは購入可能にまで落とし込めるかも知れない。

 例えば本場のピザを切り売りしたり、ピザパンにしたりなどだ。

 

 

 

 そんなこんなで調理を続けて、あとは時々火加減を見るだけになる。

 私はようやく一息ついた。

 

 怪我はしなくても五感をオンにしているので、近くだと熱さを感じる。

 少し離れた場所に椅子を創造し、よっこらしょと腰掛けた。

 

 そこで、興味津々といった表情で石窯を観察しているマザーに、おもむろに話しかける。

 

「最近、身の回りが騒がしいんだけど」

「何かあったんですの?」

 

 お互いに、砕けた言葉遣いでも良いことになった。

 なので今では、特に気を使うこともなく普通に会話をする。

 

「私のマンションに大勢引っ越してきたり、近隣住民が次々新しい人に変わったりと、どう考えても不自然なんだよね」

 

 薪は燃え方や時間経過で、温度が変化する。

 自動化できないので、単純に早送りすれば良いわけではない。

 火加減には気をつけないとけない。

 

 私は石窯から視線を逸らすことなく、隣に座っているマザーに続きを話していく。

 

「私が住んでるのは外周付近だし、引っ越す魅力は全然ないんだよ」

 

 私のような下級市民で、貯金もあまりなければ住む理由にはなる。

 しかし新しく越してきた人は中級、もしくは上級の市民も混ざっているかも知れないのだ。

 

 一応は質素な衣服を着用し、不自然でないように装ってはいる。

 注意深く観察すれば、佇まいや雰囲気から、只者ではないとわかってしまう。

 

 なので、一つの可能性とはしては、この辺りで仕事をする予定がある。

 その際に拠点が必要だから、私の家の周りに引っ越してきたのだ。

 

「何か理由があるんだろうけどさ。

 私もまだ死にたくないし、引き籠ってやり過ごすよ」

 

 時々、石窯の中を確認して、ピザを焼き過ぎないように気をつける。

 

 少なくとも挨拶に来た人たちは、皆強そうだった。

 普通に考えればレジスタンスか協力者の調査、もしくは襲撃計画を察知したかだろう。

 

 だが周辺地域の治安は、別に急激に悪化はしていない。

 私が住み始めた当初から危険な状態だが、表通りは注意していれば歩けるので、まだマシなほうだ。

 

(やっぱりレジスタンスが水面下で活動してるのかな?)

 

 これ以上踏み込むと不味いと思った私は、口には出さずに心の内で思案する。

 

 もしそうなら、私とは関わりのないところでお仕事をして欲しいものだ。

 そしてこの推測が事実なら、引っ越してきた時期は最悪である。

 

 私は渋い表情に変わり、大きな溜息を吐く。

 

「何だか大変そうですわね」

「私は基本的に引き籠もってるけど、もし巻き込まれたら嫌だなぁ」

 

 部屋に引き籠もって一歩も外に出なくても仕事はできるので、外に出て過酷な労働をしなくて済むのは良い。

 しかし絶対に安全という保証がないのが、外周付近の恐ろしいところである。

 

 

 

 できることなら、彼らの仕事が問題なく終わって、さっさと撤収してもらいたい。

 とにかく、しばらくは何が起きるかわからなかった。

 外出を控えるに越したことはないだろう。

 

 私がそんなことを考えていると、マザーがふとした疑問を口に出す。

 

「ところでアリサ。このピザなのですが、石窯や薪がないと駄目ですの?」

「上級市民が持ってるかは知らないけど、オーブンでも焼けるよ」

 

 この世界では氷河期以前の知識や技術、その大半が失われている。

 ネットの海に断片的に残っていたり、上級市民が保有していたりするが、そんなに多くはない。

 

 私は引き続きピザ作りをしながら、マザーに見えるように半透明のウインドウを空中に表示する。

 

 そこには、本日のニュースが大きく映し出されていた。

 

「話は変わるけどさ」

「何でしょうか?」

 

 ここで一旦言葉を切る。

 続いて若干引きつった表情になり、少し迷いながら続きを話す。

 

「どうしてアリサベーカリーが、オープン予定になってるの?」

 

 半透明のウィンドウには、セントラルシティのニュースが流れていた。

 

 ここは全シティの中でもっとも巨大で、人口が多い場所だ。

 前世の日本で例えるなら、東京都である。

 

 ちなみにアバシリシティは地方だけど、ギリギリ町に含まれるレベルだ。

 大型量販店やチェーン店は存在しても、中級や上級市民が集まっている中央付近にしかないという悲しさである。

 

 

 

 それはそれとして話を戻すが、半透明のウィンドウには、アリサベーカリーオープン予定地が映っていた。

 

 さらに完成予想図まで用意されている。

 実際に食料生産工場のラインを変更し、入口を改装しただけだ。

 例えるなら前世でもあった工場直売店で、パン屋というもパン工場かも知れない。

 

 そんなニュースを、顔立ちが整った美しい女性キャスターが、心底嬉しそうに紹介していた。

 どうでも良いけど、オープンしたら彼女も買いに行く予定らしい。

 

 しかも私が住んでいるアバシリシティにも、出店である。

 今回は全都市に店を出す予定らしいので、うちにも来るのだ。

 

 確かに私とマザーで草案をまとめて、提出はした。

 けれど、いくら何でも通るのが早すぎる。

 

 色んな意味でおかしいと思って尋ねると、彼女はあっけらかんと返事をした。

 

「申請したら通りましたの」

「そっ、そっかー。通っちゃったかー」

 

 将来的には、パン屋ができたら良いなとは思っていた。

 だが普通は、もっと段階を踏んでいく。

 利根川のカツ丼のように、色んな意味でぶっ飛びすぎている。

 

 

 

 上級市民や統括AIが、有益であると判断した結果なのだろう。

 しかし、いくら何でもフットワークが軽すぎるので、疑問は尽きない。

 

 そもそも、都市のリソースはカツカツのはずだ。

 どれだけ熱心に説明や説得をしようと、常に失敗による損失を覚悟しなければいけない。

 

 ゆえに確実に成功するか現状維持以外、そう簡単には選べない。

 なので、新事情を始めるのはとても難しいのだ。

 

 仮想空間をほんの少し拡張する程度なら、エネルギーも殆ど必要ない。

 そっちは可能性としてはあり得ることなので、運が良かったで済ませられる。

 

 しかし現実世界でパン屋を開くのは、いくら何でも無謀な賭けすぎた。

 分の悪い賭けは嫌いじゃなかったり、狂気の沙汰ほど面白い上級市民でも居るなら、まあわからなくもない。

 

 

 

 だが不幸中の幸いなのは、私たちは草案を提出しただけだ。

 実際の経営は、許可を出した上層部が行う。

 

 それに、都市統括AIは優秀と聞いている。

 無能なら、とっくに人類は絶滅してるからだ。

 

 今回もきっと、万事抜かりなくやってくれるだろう。

 

 そもそも私は責任者でもない下級市民だ。

 それでも、大きな溜息を吐き、言わずにはいられない一言を口にする。

 

「しかし、普通は試験をしてからじゃないの?

 何でいきなり全シティに出店なんて、無謀なことしたのかな?」

 

 最初は、成功率の高い都市で様子を見つつ、少しずつ完成に近づけていく。

 だが何をトチ狂ったのか、初手で全シティに出店である。

 

 最終的に許可を出す、都市統括AIがとうとうぶっ壊れた。

 私はそんな可能性を、大真面目に考えてしまう。

 

 けれど、この発言を聞いたマザーは少しだけ不機嫌になった。

 続いてニュースを見たあと、私に視線を向けて発言する。

 

「ですが、市民の反応は好評のようですわよ?」

 

 マザーは、何か問題があるのかと言わんばかりに、豊かな胸を張った。

 さらに半透明のウインドウを移動させて、私にもっと良く見ろと言わんばかりに近づけてくる。

 

 そこには配給されたコッペパンを食べた市民に、率直な感想を聞いている様子が映し出されていた。

 

 インタビューに答えているのは、中級市民の若い男性のようだ。

 何やらとても興奮している。

 

「初めてコッペパンを食べたときの衝撃は、今でも忘れられません!

 世の中には、こんなにも美味しいパンがあったのかと体が震え! 感動の涙が出たほどです!」

 

 本人は至って真面目なようで、その言葉に嘘はなさそうだ。

 これでは、否が応でも注目が集まるというものである。

 

 シティの行政府も、かなり期待しているらしい。

 ニュースでバンバン取り上げらており、新作のパンが開発されるたびに大体的に報道されるのだ

 

 しかし私はこれを怪訝な顔をして眺め、ポツリと呟く。

 

「偏向報道かな?」

「列記とした事実ですわよ!」

 

 マザーはそういうが、このディストピアの世界には、報道機関が一つしかない。

 

 なので、ニュース映像が細工をするのは権力者なら容易である。

 大本営発表のように、負けてるのに勝ってることしか言わないことも可能だ。

 

 それに前世よりも科学力が高いため、パッと見て本物かどうかを判断するのも難しい。

 

 だが、この世界の食事が不味いのは事実だ。

 中級市民の発言にも納得できなくはなく、取りあえずそういうものだという感じで話を進める。

 

「でもコッペパンでこれだと、惣菜パンを食べたら腰を抜かすんじゃない?」

「あり得ますわね」

 

 マザーがニュース映像を見ながら、私の発言に一理あると頷く。

 取りあえずコストの安いパンで市民の反応を見て、アリサベーカリーの宣伝も行う。

 

 格差や社会主義が極まった、どん詰まりがこの世界だ。

 きっと全シティに出店するパン屋は、国営企業のような扱いなのだろう。

 

 前世なら、国営のパン屋って何だよとツッコミを入れるところだ。

 まあそれはそれとして、私は話題を変える。

 

「……それにしても」

 

 私はニュース映像を見ながら、呆れた表情で率直な感想を口にする。

 

「パンの話題でここまで盛り上がるとは、社会現象過ぎて怖いわ」

 

 明るいニュースは、パン関連ぐらいだ。

 あとはレジスタンスによる破壊活動や事故や事件の暗い話題ばかりである。

 

 その前には上級市民の息子や娘が生まれたり、新しくペットを飼ったり秘蔵のコレクション等の自慢話も、一応は明るいニュースになっていた。

 

 だが、やはりあまり評判はよろしくなかったようだ。

 ここ最近は、連日パンばかりである。

 あまりに多いので、耳にタコができそうだ。

 

 それはそれとして、そろそろ良い焼き加減になってきた。

 会話を中断して、石窯からピザを取り出し、丁寧に切り分けてマザーと一緒に美味しくいただくのだった。

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