ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
完全栄養食品の製造工場を、パン工場に変更した。
全シティでアリサベーカリーがオープンすることが、正式に決定したのだ。
ただし、まだ試行錯誤の段階なので各都市一店舗ずつである。
それでも私にとってはやり過ぎなのだが、マザーにとっては少ない方らしい。
なお、完全栄養食の素材や設備を一部流用し、調理工程を大きく変えている。
納得いくものができるまで時間はかかったが、味のしないカロリーメイトよりも色々な面で改善されていた。
しかしコストもその分だけ増えるし、栄養バランスは偏る。
現時点では、小腹が空いた時に食べる用だ。
主食にするには、パンだけでは足りない。
それに工場の一部のみ使用しているため、生産も少量であった。
だからしばらくはアリサベーカリーという、工場直売店のみで販売を行う。
市民の反応次第で、増産や計画の見直しなど、随時修正を加えていくのだ。
気をつけているのは、リソースが限られているので、少しでもコストや価格を下げて、生産効率を上げることだった。
なので見た目や味もシンプルなものばかりで、前世を知る私としては種類も少なく思えたが、事情が事情なので仕方ない。
集客効果は期待できなくても、全シティ同時オープンするため、最初の一歩としては大きすぎるのだった。
そして時は流れて、いよいよオープンの日がやって来る。
私は、いつもよりも少し早めに仮想空間にログインすると、すぐにマザーが入室してきた。
二人でパン屋の計画を立てたのだ。
彼女もオープン初日の様子が、気になるのも当然である。
私たちは簡単な挨拶以外は、特に何も喋らない。
でも心なしかソワソワしてしまうし、取りあえず半透明のウインドウを空中に表示する。
さらに椅子と机を用意し、座るように促す。
画面を大きく拡張すると、いつもの朝のニュースを流れた。
ちょうどアリサベーカリーの店内の様子を、テレビカメラで撮影している。
時間的に開店間近なので、仕事着を着こなす女性店員たちが、忙しそうに準備を進めていた。
なお、働いているのは全員がアンドロイドだ。
人間のスタッフは一人もいない。
一応、最初は募集していたのだ。
しかし審査に合格し、就職して指導を受ける者たちが、例外なくパンの盗みや横領を行った。
そのようなニュースが連日報道され、上級市民に提出したマザーも頭を抱え、最終的に 食事の必要がなく、命令に忠実なアンドロイドたちに任せることになる。
ちなみにアリサベーカリーでは、制服の着用が義務付けられ、全員がメイドであった。
理由は重火器を持ったゴツい兵士よりも、優しそうな女性のほうが市民のストレスを抑えられるからという、かなり苦しい理由である。
しかしかつては主人のお世話や屋敷の管理やその他雑用などを行う、列記とした職業だ。
少なくともアニメや漫画からそういうイメージがあるので、店員がメイドさんでも別におかしくはない。
実際に審査に通ったし、問題はない。
マザーも、仮想空間で会議に付き合ってくれた。
なので上級市民が納得するように、上手い感じに草案をまとめてくれたのだろう。
何にせよ、忙しなく作業している大勢のメイドさんの姿は、とても可憐で素晴らしいものだ。
ただしスペック的には、素手で暴徒を鎮圧できるほどの戦闘力を持っている。
機械が人間よりも弱いわけがないし、どんな客が訪れるかわからないので、備えは必要だからだ。
流石にレジスタンスの襲撃はないだろうけど、万引きなどは普通にありそうだった。
そのために至近距離の銃弾に数発は耐える、特殊ガラスのケースにパンが収納されている。
店構えとしては、少し規模が大きい町のケーキ屋さんっぽい。
欲しい商品を言えば、店員さんが裏から取ってくれる。
それ自体は良くあるが、襲撃や暴動を警戒しないといけない時点で、色んな意味で治安がヤバい。
そんなことを考えていると、またカメラが切り替わる。
胸元に桜の花びらの名札をつけ、そこに店長と書かれたメイドさんがインタビューされる。
ショーケースに並んでいるパンを順番に説明をしていくが、演出の力の入れ方が半端ではない。
具体的には製造過程や栄養表示や味や食感など、実際に食べた際の感想まで映像として流れるのだ。
思えば新作のパンが完成するたびに、試食した開発関係者や上級市民が狂喜乱舞していた。
毎日のように報道されていたので、私も良く覚えている。
全シティニュースで、明るい話題がそれしかないのかと言わんばかりに、繰り返し流れていたのだ。
まあ特権階級の自慢話やホームビデオを見ても、退屈で視聴者受けしないのはわかる。
特に惣菜パンが人気で、ソースの配合はとても苦労したが、初めて合成肉のハンバーガーを食べた開発者が、あまりの美味さに驚きすぎて転倒して気絶する有様だ。
上級市民は辛うじて踏み留まったが、それでも口からヨダレが止まらなかった。
今は乳製品の開発を行っているようで、牛乳は特権階級の飲み物として生き残っていた。
しかしそれ以上の加工は行われていなかったため、クリームやバターはともかく、チーズは苦戦しそうだ。
けれど仮想空間では普通に作れるし、別に前世のやり方にこだわる必要はない。
何しろ科学技術は、前世よりも遥かに進んでいるのだ。
シティの研究機関が本気になれば、熟成や発酵を超速理解し、時短ぐらい容易く行えるに違いなかった。
そもそも天然物は割高だし、市場に出回っているモノの殆どは合成食品である。
ならば似た味と食感なら、それはもう乳製品と言えるのではないかだ。
あとはコストの問題をどう解決するかだが、残念ながら頭の悪い私には思い浮かばない。
何しろ自分は幼児期に、知識のダウンロードに拒否反応が出て、ゲーゲー吐いたのだ。
他の優秀な市民と比べて勉強も運動もダメダメで、スクールは初等部で終了してしまった。
なのでこの世界の科学技術に関しては、あまり詳しくは知らなかった。
とにかく当初は、工場の生産ラインで無理のない範囲に留めるはずであった。
だがオープン当日になり、惣菜パンも並ぶことが明らかになる。
今すぐではないが、近いうちにということだ。
それだけ開発者の本気度が伝わってくるし、何というかうちはコレに社運賭けてるんです感が酷い。
あとは草案を提出した私としては、食欲に正直すぎんだろと震えてきた。
まあ自分も人のことは言えないし、止めて欲しいとは思わない。
前世のパンと違い、完全栄養食を一部流用している。
代用品にはなれなくても、少しはマシなはずだ。
それに評判次第だが、工場の生産ラインの増設も考えているらしい。
配給でも、パンが食べられる未来が訪れる。……かも知れない。
だがまだ確定ではなく、あくまでパン屋が成功して、軌道に乗ったらだ。
何にせよ、市民には嬉しいサプライズだったようだ。
たった今、店長さんの口から全シティニュースでそのように伝えられ、アナウンサーが凄く早口で興奮気味に喋っていた。
とにかく、やがて商品説明が終わる。
店長さんが、そろそろ店を開けるので、取材陣は全員外に出るように指示を出す。
ちなみに、この桜の花びらの名札は、マザーが考えたものだ。
私の仮想空間で咲き誇るソメイヨシノが綺麗だったからという、単純明快な理由で決まった。
自分は別に反対する理由はなかったし、いいんじゃないとOKを出す。
ちなみに桜は、この世界では絶滅している。
仮想空間でしか、見ることができない。
だが草木や川、食材や料理器具、雨風や空の映像に至るまで、私のホームページに存在する全てのオブジェクトは、いつの間にかシティ共有のフリー素材として登録されていた。
いつそうなったのかは、知らない。
今も食生活の改善に忙しいし、外のことを気にしている時間はなかったのだ。
マザーが、休憩時間にそのことを教えてくれなければ、きっと一生気づかなかった。
しかし元ネタは前世の物だし、自分が一から作ったわけでもない。
それに現在は職業として認められ、給料が出ている。
これも仕事のうちと考えれば、納得はできた。
何より、知らない人の面白みのないホームビデオよりも、僕が考えた最高の自然百景のほうが、来訪者は喜ぶはずだ。
なお、閉鎖空間で暮らす市民に、自然の美しさや壮大さがわかるかどうかは不明である。
まあ私は深く考えず、何だか知らんがとにかくヨシとしておく。
取りあえず自分に害がなければ、あとは自由に使ってくれて構わない。ただ、苦情は受けたくはなかった。
しかし上級市民は、私が提出したモノを何でもかんでもあっさり通す。
審査がガバガバすぎると思ったが、もしくは彼女が凄い偉い人の娘とか、そういうパターンもあり得る。
でも深入りして消されたくないので、マザーだからで納得しておく。
それはそれとして、取材陣が裏口から外に出る。
次は店の周りを映すと、まだオープンしていないのに、完全に囲まれていた。
見渡す限りの人混みで、足の踏み場もない。
しかも、誰も彼もが血走った目をしていて、恐怖を感じる。
私はその場に居なくても、身震いしてしまう。
まるで、これからパン屋を襲撃する暴徒の群れだ。
当然のように、警備ロボットが出動している。この辺り一帯は、厳戒態勢だ
暴動こそ起きていないが、キッカケがあればいつ爆発してもおかしくなかった。
『一般人はどいてた方がいいぜ! 今日この街は戦場と化すんだからよ!』と忠告してくれる決闘者のほうが、まだ理性的かも知れない。
そんなことを考えながら、隣に座っているマザーに尋ねる。
「パンにヤバい薬とか、入ってないよね?」
「完全栄養食の一部と、塩や砂糖や酵母菌は入っていますわ。
ですが、薬物反応は検出されていませんわよ」
配合や調理法を変えて、味や栄養を整える。
なるべくローコストで済むように頑張ったし、私もマザーも成分については念入りに確認した。
研究開発を行う、各機関や関係者も同じだろう。
パン屋を経営するために、従来よりも少しだけ多めにリソースは使う。
それぐらいなら、都市の管理運営は問題ないらしい。
そして市民のストレスが解消できるなら、総合的にはプラスである。
しかし、マザーは私が知らないことを色々知ってる。
今まで気にしないようにしていたが、ちょうど良い機会だと考えた。
なので、ほんの少しだけ踏み込んで、率直に尋ねてみる。
「マザーって、上級市民でしょう?」
「えっ!?」
見た目や言動は、完全にお嬢様である。
なので中級以上は確実で、申請もすぐに出せるし、割とすんなり通る。
つまり上級市民の権限を持っているので、容易に予想がついた。
「ええと、……まあ、そんなところですわ」
「やっぱりそうなんだ」
図星だったからか、若干目をそらしながらマザーは肯定する。
上級市民のお嬢様が、場末のアングラサイトに入り浸っているのは体裁が悪い。
たとえ事実でも、誤魔化すのも当然だろう。
私は自分の予想が正しかったと頷きながら、続きを話す。
「誰にも喋るつもりはないから、安心して。
私も面倒は嫌だからね」
「そうしてくれると、助かりますわ」
これ以上は追求する気はない。
相手は偉い人だし、ネット友達としてなら普通に話せるのだ。
だが深入りして目をつけたられたり、リアルで会う事態は避けたい。
身分が違いすぎて、絶対にろくなことにならないからだ。
彼女にとっては私は、アングラサイトの管理人である。
そしてこちらから見たマザーは、お客様第一号でネット友達だ。
それ以上でも以下でもない今の関係が、もっとも気楽で付き合いやすいのだった。
アリサベーカリーがオープンしてから、しばしの時が流れる。
仮想空間でニュースを見ていると、連日大反響で昼夜を問わず混雑しているようだ。
初日は三十分程度で売り切れてしまい、急遽生産ラインを増設する。
一日中、パンを焼き続ける運営体制に切り替えた。
それでも、次回六十分待ちなどと書かれた立て札を、新しく用意せざるを得なくなる。
だが一先ずは、暴動が起きなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
それはそれとして、私は計画立案者の一人として、アリサベーカリーの運営状況が気になる。
あとは家でもパンを焼いているけど、外で買食いするのは全然違う。
他にも色々理由があるが、興味本位が一番近い。
何しろ、連日ニュースで流れてくる、今一番熱い話題の店である。気にならないわけがなかった。
別にマンションに引き籠もっていても、問題はないのだ。
しかし、思えば随分長く外に出ていない。
人が大勢引っ越してきたときはビビリまくっていたけど、特に何も起きていない。
かえって治安が良くなったことから、少なくともレジスタンスではないのは確定だろう。
都市の治安維持部隊の目的は不明でも、近くにいるだけで悪事を働き難くなる。
つまり、外出するなら今ということだ。
そして、行き当たりばったりや思いつきで行動するのが私である。
一応、ホームページには、パンを買いに行ってきますとメッセージを残しておく。
いつ帰ってくるかは混雑具合によるが、昼過ぎには帰宅できるはずだ。
とにかく、これでマザーにも伝わるので、外出の準備を整える。
身嗜みを最低限整えて、防寒具を着用する。
子供用のリュックサックを背負い、玄関に向かう。
そのままマンションの扉を開けると、外は相変わらず凍えるような寒さだった。
しっかり厚着をしているので平気だが、露出している顔などはかなり冷える。
外周区画に長く居ると風邪を引きそうなので、早いところパン屋に向かったほうが良さそうだ。
私がマンションの外に向かって歩いていると、隣に住んでいるジョンさんの家の玄関が開いた。
そして扉の隙間から、強面の顔がひょっこり出てくる。
「こんにちは。アリサちゃん」
「こんにちは。ジョンさん」
やけにゴツくて、強面の西洋人である。
職業に関しては知らないし興味もない。引っ越しの挨拶で、一度会ったきりの仲だ。
ただこのマンションで私が接触した人物は限られるため、たまたま覚えていた。
「出かけるのか?」
「はい、ちょっとパンを買いに」
アリサベーカリーは外周区画と中央区画の、ちょうど中間辺りに建てられている。
なので、ちょっという距離ではない。
そして誤魔化しても、バレたあとが怖い。
何より別に隠すようなことでもないし、怒りを買わないように正直に告げと、意外な返事が返ってくる。
「奇遇だな。俺もこれから、パンを買いに行くところだったんだ」
「そっ、そうですか」
目的地が一緒で、同じタイミングで外出するらしい。
考えすぎかも知れないけど、何だか嫌な予感がしてきた。
「もし良ければ、同行していいか?
俺は嬢ちゃんを守るから、代わりに話し相手にでもなってくれればいい。
悪い提案じゃないと思うが、……どうだ?」
そう言われて断れるほど、肝っ玉は強くない。実際に私は弱く、生身の体なのだ。
ジョンさんのような屈強な男性には、逆立ちしても勝てっこない。
脳にチップが埋め込まれているけど、日々の贅肉を落とす程度しか運動してなかった。
だが考えようによっては、護衛してくれるのは普通に助かる。
子供だから心配なのかも知れないし、ありがたく受けることにした。
「じゃあ、せっかくなのでお願いします」
「任せておけ。
しっかりボディガードしてやるからな」
大通りは警備ロボットが巡回している。
でも裏路地に入れば、危険度が跳ね上がる。
わざわざ首を突っ込む気はなくても、絶対に大丈夫という保証はない。
私としては、殆ど知らないジョンさんが、どれだけ強いかは未知数だ。
でも少女が一人でウロウロするよりは、安全なのは間違いない。
あと、私はあまり話術が得意なタイプではなかった。
でも当たり障りない程度に、会話のキャッチボールをするぐらいなら大丈夫だろう。
そんなことを考えながら、マンションを歩いていく。
するとまたもや目の前の扉が開いて、もう一人の屈強な男性が姿を見せる。
「ジョンさん。それにアリサちゃん。
何処かに出かけるんスすか?」
「ああ、嬢ちゃんとパン屋にな」
「それは、ちょうどいいッスね。僕もパンを買いに出かけるところだったんスよ」
またもや嫌な予感がした私だが、ジョンさんとは親しい間柄のようだ。
話が勝手に進み、同行者が増える流れになる。
だがそれだけでは終わらず、さらには次々と別の扉が開く。
ガチムチの男性同行者が増え続けるし、もう散々である。
そして相手は、善意で言ってくれているのだ。
ひ弱な少女の私に、拒否権などあるはずもない。
若干引きつった笑みを浮かべながら、内心でもうどうにでもなれーと匙を投げて、結局皆で行くことになったのだった。
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