『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』   作:トート

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第一話:この肉体、制御不能につき

「……っ、がはぁッ!?」

 

肺胞の隅々にまで冷気が一気に流れ込み、俺は激しい過呼吸と共に上半身を跳ね上げた。

 

ドクン、ドクン、と胸の奥で、まるで大型車のディーゼルエンジンがアイドリングしているかのような、重低音の拍動が鳴り響いている。

その振動は肋骨を内側から激しく叩き、脳髄を容赦なく揺さぶった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……どこだ、ここは……?」

視界を確保しようと目を開けた瞬間、脳を襲ったのは圧倒的な視覚情報の過密だった。

数キロメートル先で蠢く、ビルほども巨大な紫色のキノコ。

その傘の裏側にびっしりと生えた、産毛の一本一本までが、まるで顕微鏡を覗いているかのように鮮明に脳へ直接流れ込んでくる。

情報量の多さに目眩を覚え、こめかみを両手で強く押さえた。

 

前世の記憶は、ひどく断片化していた。

確か俺は、平凡な現代日本人として寿命を迎えたか、あるいは事故に遭ったはずだ。

死の間際、視界が白光に包まれる中で、自称・神のような存在と奇妙な対話をした。

 

『次の世界へ転生させてやる。何か一つ、特別な特典を授けよう』

そう言われた。

当時の俺は半ば現実逃避気味に、昔読んだ漫画の、あの圧倒的で、理不尽で、すべてを暴力で解決する最強のサイヤ人の名を口にした。

 

『……ブロリー。劇場版の、あの狂ったブロリーの肉体と才能が欲しい』

神は確かに、面白そうにニヤリと笑った。

本当に……あの化け物になっちまったのか?

自分の両手を見つめる。

肌は健康的な褐色。

だが、皮膚の下にある筋肉の密度が、人間のそれとは根本から異なっていた。

 

筋肉というよりも、超高密度に圧縮された炭素繊維か、あるいは中性子星の破片が詰まっているかのような、異常な質量感。

試しに、手のひらを握り込んでみる。

指を曲げただけで、手のひらの中の空気が圧縮され、小さな真空放電のような火花が散った。

それと同時に、身体の奥底に眠る「何か」が、ピクリと身じかぎをしたのを感じた。

それは無限に湧き出るマグマのプールであり、触れればすべてを消し去る純粋なエネルギーの塊――『気』だ。

 

だが、前世がただの一般人だった俺には、この力がどれほどの規模なのか、どうやって制御すればいいのかが全く分からない。

自動車を持ち上げるレベルなのか、それとも戦車を紙屑のように引き裂くレベルなのか。

物差しがどこにも存在しないのだ。

 

ただ一つ分かったのは、この肉体はほんの少しの油断で、取り返しのつかない大惨事を引き起こす、最悪の爆弾だということだった。

環境を把握するため、まずは立ち上がろうと足に力を入れた。

 

――ドゴォォォォンッ!!!

「うわああああっ!?」

ただ「直立する」という日常の動作を行っただけだった。

しかし、俺の足裏から放たれたわずかな脚力は、物理法則を無視した衝撃波となって地面に炸裂した。

 

凄まじい爆風と共に土砂が噴き上がり、俺を中心に半径5メートルの地面が一瞬で陥没して、綺麗なクレーターが形成される。

周囲に生えていた、直径2メートルはある大樹の根元がベキベキと音を立てて裂け、衝撃の余波だけで数本がドサドサと倒れていった。

 

「な、なんだよこれ……嘘だろ……」

着地した俺の足は、泥の中に膝まで埋まっていた。

力を抜かなければならない。

だが、「力を抜く」という感覚のゼロ地点がどこにあるのかすら分からない。

俺は全身の筋肉硬直を解き、まるでガラス細工の上を歩くかのように、細心の注意を払って一歩を踏み出した。

 

落ち着け……まずは周りを観察するんだ。

ここはどこだ? アフリカの密林か?

いや、あの巨大なキノコや、空を飛んでいる翼幅10メートルはありそうな怪鳥の姿は、地球の生態系じゃない。

五感を研ぎ澄ます。

空気はひどく濃密で、酸素濃度が異常に高い。

肺に空気が入るたび、全身の細胞がパチパチと歓喜の声を上げるように活性化していく。

 

その時、風が吹いた。

湿った密林の匂いに混ざって、俺の鼻腔を強烈に刺激する「香り」が漂ってきた。

 

……料理の匂いか?

それは、じっくりと炭火で焼かれた最高級ローストビーフの、香ばしくジューシーな肉の匂いだった。

さらに、完全に熟しきったマンゴーや桃のような、濃厚で官能的な果実の甘い香りが、グラデーションのように混ざり合っている。

人工的な調理の匂いだ。

 

だが、ここは見渡す限りの大原始林。

人が住んでいる気配など微塵もない。

矛盾する環境の正体を突き止めるため、俺は腰を落とし、地面を破壊しないよう慎重に匂いの源へと這うように進んだ。

生い茂る巨大なシダ植物の葉をかき分けた先で、俺は自分の目を疑った。

 

「水じゃない……これ、コーラか?」

目の前を流れる川は、茶褐色に透き通り、水面からはシュワシュワと心地よい炭酸の泡が弾けていた。

漂ってくるのは、紛れもないコーラの甘い香り。

さらに目を上げると、その川辺に群生している木々には、果実の代わりに、こんがりときつね色に焼き上がった『骨付き肉』が実っていた。

肉の表面からは、透明な肉汁が絶え間なく滴り落ち、川面を叩いている。

常識が、ゲシュタルト崩壊を起こしていく。

木に肉が実り、川にコーラが流れる世界。

 

そんな狂った、しかし最高に美味そうなディストピアの描写を、俺は前世の記憶の中から1つだけ知っていた。

全ての価値基準が『食』で決まる、弱肉強食のグルメ時代……。

ここ、まさか『トリコ』の世界なのか……!?

 

状況を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

もしここがトリコの世界だとしたら、今俺がいるのは、人間界でも有数の危険区域――「バロン諸島」の可能性が極めて高い。

捕獲レベルの猛獣がウジャウジャいる魔境だ。

答え合わせをするかのように、背後の藪が、地鳴りのような音を立てて大きく揺れた。

 

「グゥウウウルアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

強烈な咆哮。

音圧だけで周囲の葉がすべて吹き飛び、空間の気圧が急激に変化する。

ゆっくりと振り返った俺の視線の先に、ソレはいた。

 

全長30メートルを超える、圧倒的な巨躯。

ワニの容姿をしているが、決定的に異なるのは、その太い四肢のほかに、胴体の中央からもう一本の「5本目の足」が生えていること。

そして、戦車の装甲板を何枚も重ねたかのような、赤黒く硬質な鱗。

バロン諸島の生態系の頂点に君臨する怪物の姿が、そこにあった。

 

「ガララワニ……!」

前世の漫画で見た、まさにその姿。

しかも、最初に主人公たちが出会う個体よりも遥かに巨大だ。

おそらく捕獲レベル5を優に超える、この森の真の主。

ガララワニは、獰猛な赤目を血走らせ、口から大量のヨダレを垂らしながら俺を睨みつけていた。

 

猛獣の目だ。

完全に俺を「貧弱で美味そうな新種の獲物」としてロックオンしている。

「グルアッ!!」

地響きを立てて、ガララワニの巨体が突進してくる。

大蛇のようにしなる巨大な尾が風を切り、開かれた大顎は、俺の身体を骨ごと噛み砕かんと迫り来る。

 

「う、うわああっ! 来るなッ!!」

死の恐怖。

前世が一般人だった俺の精神は、あまりの迫力にパニックを起こした。

身を守らなければならない。

反射的に、俺は迫り来る怪物の顔面に向けて、右手を突き出した。

体内の『気』を、とにかく目の前の脅威を退けるために、全力で押し出す――。

 

それが、どれほど最悪な結末を招くかも知らずに。

体内の細胞が、一瞬で沸点に達した。

手のひらの前に、禍々しい、不気味な黄緑色の光球が収縮していく。

周囲の空間が捻じ曲がり、光球の重力によって周囲の土砂や大樹が浮き上がり、一瞬で塵へと分解されていく。

 

「は……あ……ッ!?」

コントロールなど、最初から効いていなかった。

俺の手から放たれた『ブラスターシェル』は、ガララワニの遥か上空へと射出された。

 

――ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオンッッッ!!!!

 

世界が、真緑色の閃光に染まった。

 

エネルギー弾はガララワニの頭上を通過し、そのまま大気圏をコンマ数秒で突き抜けて宇宙空間へ到達。

はるか上空の衛星軌道上で、文字通り「星の欠片」を吹き飛ばすレベルの超巨大爆発を起こしたのだ。

昼間だというのに、夜空が一瞬だけエメラルドグリーンに染まり、天が割れたかのような轟音が遅れて響き渡る。

 

直撃はしなかった。

しかし、光弾が通過した際に発生した「超高圧の断熱圧縮の風圧」と「気の衝撃波」だけで、俺たちの前方に広がっていた広大なジャングルと山々が、文字通りコンマ一秒で消失し、広大な更地へと変貌した。

 

「ガ、ガ……ッ……」

バロン諸島の王者、ガララワニの動きが完全に止まっていた。

その巨体はガタガタと、まるで生まれたての小鹿のように震えている。

直撃を免れたものの、至近距離で「惑星破壊クラスの暴力」の余波を浴びたのだ。

野生の勘が、目の前の存在を生物ですらない概念的な絶滅だと理解したのだろう。

ガララワニは、巨大な目からボロボロと涙を流し、恐怖のあまり失禁しながら、ドサリとひっくり返って白目を剥いた。

ショック死の一歩手前、完全な失神だった。

 

「う……嘘、だろ……?」

静寂が戻った更地の中で、俺は自分の右手を見つめ、歯の根が合わないほどガタガタと震え出した。

今のはなんだ。俺は一体、どれほどの力を出力してしまったんだ?

もし、今の光弾がほんの少しでも下を向いていたら。もし、この島に向けて放っていたら。

この島どころか、この地球そのものが、リンゴのように粉々に砕け散っていたのではないか。

 

「俺は……なんて身体に、なっちまったんだ……」

自分の持っている力のあまりの恐ろしさと底知れなさに、俺は深い絶望と恐怖に包まれるのだった。

自身の破壊力への恐怖で、頭がどうにかなりそうだった。

だが、その精神的なパニックを強引に上書きするように、今度は内臓が悲鳴を上げた。

 

――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウルァアアッッ!!!

腹の虫の音とは思えない、まるで猛獣が吼えるような重低音が俺の腹から響く。

凄まじい飢餓感だ。

前世で丸三日絶食したって、ここまで激しい飢えは感じないだろう。

ブロリーというバケモノの肉体を維持するためなのか、あるいは暴発させたエネルギーを補填するためなのか、全身の細胞が猛烈な勢いで栄養を要求していた。

 

食わなきゃ、飢えで死ぬ。

生きる本能が恐怖を打ち消す。

俺は傷心気味に、白目を剥いて転がっているガララワニの巨体へと近づいた。

包丁なんてものは持っていない。

だが、今の俺の手には、世界で最も鋭利な刃物が備わっていた。

 

「ふんっ……!」

意識して、手刀にほんの少しだけ硬度を持たせ、ワニの尻尾の付け根へと振り下ろす。

スパッ、と、まるで温めたナイフでバターを切るかのように、戦車の装甲並みと言われるガララワニの鱗と肉が、綺麗に切り離された。

断面からは、まるで上質なオリーブオイルのような、黄金色の脂がじわりと滲み出ている。

 

火はどうする。

辺りを見回すと、さっきの衝撃波で地表の岩盤が削れ、火山岩のような真っ赤に熱せられた溶岩石が転がっていた。

俺は切り出した数十キロはある肉の塊をその岩の上に載せる。

 

――ジューーーーーーーッッッ!!!!

 

肉が焼ける、暴力的とも言える良い香りが一気に立ち込めた。

溢れ出た極上の脂が火花を散らし、表面がきつね色のクリスピー状に焼き上がっていく。

もう我慢の限界だった。

 

「いただき……ます……!」

熱い肉塊を両手で掴み、豪快にかぶりついた。

 

「――っ!? う、美味すぎる……ッッ!!」

口に入れた瞬間、脳のシナプスが焼き切れるかと思うほどの衝撃が走った。

ワニ肉特有の淡白さは一切ない。

弾力があるのに驚くほど柔らかく、噛むたびに最高級の牛肉の赤身のような濃密な旨味と、マグロの大トロのような甘い脂が、津波のように口の中に溢れ出してくる。

 

これが、トリコの世界の食材か。

貪るように食った。

一切れ飲み込むたびに、空っぽだった胃袋が極上のエネルギーで満たされ、体内の細胞が「パチパチ、パチパチ」と歓喜の音を立てて弾けるのが分かった。

それと同時に、身体の芯に残っていた暴走への恐怖が、美味さによってじわじわと融解していく。

一心不乱に肉を喰らっていると、背後の消失したジャングルの境目から、ガサゴソと足音が聞こえた。

 

「おい、小松! さっきの上空の異常なエネルギー反応は一体……って、なんだあいつはァ!?」

 

「ひ、ヒィィ! トリコさん、見てください! 山が一つ、綺麗に消えて更地になってますよぉ!」

振り返ると、そこには見覚えのある二人がいた。

 

一人は、常人の倍はある体躯に、鮮やかな青髪と顔の傷が特徴的な男――美食屋トリコ。

 

もう一人は、コック帽を被り、大きな鼻を震わせながらガタガタと震えている小柄な料理人――小松。

二人は、直径数百メートルにわたって完全に消失したジャングルの跡地と、その中央で、全身から禍々しい黄緑色のオーラを微弱に放ちながらワニ肉を貪り食う褐色肌の巨漢(俺)を、言葉を失くして見つめていた。

 

「お前……そのワニ、まさか素手で仕留めたのか?」

トリコが冷や汗を流しながら、いつでも動けるように身体の重心を落とす。

彼の持つ嗅覚が、目の前の存在が人間界の枠に収まらない何かだと告げているようだった。

自分の持っている力の恐ろしさに怯えながらも、目の前のワニ肉の美味さに抗えない俺。

 

こうして、制御不能の破壊神と、世界のカリスマ美食屋たちの奇妙な邂逅から、俺のグルメ時代での大暴れが幕を開けるのだった。

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