『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
俺が恐怖のあまり投げつけたただの小石によって、洞窟の頑丈な岩盤壁ごと、不気味な鋼鉄のロボットが分子レベルで蒸発した、あの衝撃の瞬間から数十分後のこと。
俺たちは、大量に陸へ打ち上がった『フグ鯨』を丁寧に麻袋へと収め、地下迷宮の複雑なルートをようやく地上へ向けて引き返し始めていた。
不自然にポッカリと開いた、直径数十メートルの「外の青空が見える大穴」から吹き込んでくる、心地よい地上のそよ風が、俺の褐色の肌を優しく撫でる。
だが、俺の心臓は、未だに大型車のディーゼルエンジンのような爆音を立ててバクバクと鳴り響いたままだった。
(これ、絶対にアカンやつだ。あの鋼鉄の塊、原作知識が確かならリモコン操作のロボットだったはずだけど……)
(操縦してた本部の奴ら、今ごろ『なんだ今の小石は!?』って大パニックになってるに決まってる)
(お願いだからこれ以上、俺の存在を世界の勢力図に登録しないでくれ。ただでさえこの肉体の燃費の悪さに胃袋が悲鳴を上げてるっていうのに……)
俺は、自分の制御不能な怪力と理不尽な破壊力に心底怯え、手ぶらの身一つのまま、なるべく自分の身体の面積を小さくするように猫背になって歩いていた。
後ろで組んだ両手は、指の骨が肉の質量でパキパキと鳴るほどに、ガッチリとロックしている。
二度と、反射的に何かを投げてしまわないように。
トリコは「ハハハ! 気にするなカナタ! どんな業物の包丁よりも、お前のその『石投げ』の方がよっぽど頼りになるぜ!」と、豪快に笑いながら青髪を揺らしている。
だが、ココは未だに、俺が石を放った瞬間に漏れ出たあの『気の波動』の残光の凄まじさに顔を青ざめさせ、胸を押さえてガタガタと震えを堪えていた。
「カナタくん……本当に、お願いだからその手を後ろに組んだまま、絶対に前に出さないでくれ……」
「君が恐怖でパニックを起こして何かを投げるたびに、人間界の自然保護区が一つずつ消滅していってしまうよ……っ!」
「いや、ココさん、俺だって生きた心地がしてないんです。さっきのは完全に不可抗力というか、身体が勝手に……」
「ただの護身のつもりだったんです。お願いだから、そんな絶滅寸前の動物を見るような目で俺を見ないでください……」
俺が必死に視線を泳がせながら弁明し、気絶からようやく目覚めた小松くんが「もう、何が起きても驚きませんよ……」と達観した目でノートにメモを取り始めている、その時だった。
洞窟の出口へと続く、薄暗い一本道の先の岩陰から、プゥン……と、強烈な『極上の老酒』の香ばしい匂いが漂ってきた。
それと同時に、暗闇の奥から、ズシ……ズシ……という、地響きを伴う圧倒的な『生体のプレッシャー』がゆっくりと近づいてくる。
「――ッ!? トリコ、カナタくん、止まってくれ!」
「この先から漂ってくる電磁波……ただ者じゃない。まるで、巨大な火山がそのまま歩いてくるような、底知れない質量だ……っ!」
ココが、自身の鋭い「電磁波を見る眼」を血走らせながら、前に出て警告を発した。
トリコも即座にフォークとナイフの形に手を構え、その青い髪を警戒で逆立たせる。
暗闇の霧を割りながら姿を現したのは、ボロボロの衣服を身に纏い、頭に大きな風呂敷包みを背負った、鼻の頭が真っ赤な一人の老人だった。
その手には、半分ほど中身の減った巨大な酒瓶が握られている。
「おや……? 珍しいところで若い美食屋たちに出会ったのぉ」
「トリコの小僧に、ココの小僧か。それに、美味そうなフグ鯨を大量に抱えとるじゃねぇか、キキキ!」
老人が、赤鼻をフガフガと鳴らしながら、ニコニコと好々爺とした笑みを浮かべて酒を煽った。
トリコは「じ、次郎のじいさん……! なんでこんな場所に直接……っ!?」と、額に冷や汗を流しながらその場に踏み止まる。
だが、次郎はトリコの問いには答えず、ただトリコの背後で再び恐怖で硬直している褐色肌の巨漢――俺の方へと、その鋭い視線を向けた。
次郎が俺を一歩、見つめた瞬間。
薄暗い洞窟の空気が、物理的にメキメキと音を立てて歪むほどの、圧倒的な『捕食者のプレッシャー』が室内に満ちた。
この老人が本気を出した時の強さは、人間界の四天王全員が束になっても一瞬で消し飛ぶレベルの、本物のバケモノだ。
(ノッキングマスター次郎……っ! 出たよ、この世界の生ける伝説……!)
(目が、目が完全に獲物を解体するプロのそれだ。今ここで俺が変に筋肉をピクつかせたら、一瞬で全身の神経をノッキングされて一生動けなくされる……!)
俺は恐怖のあまり、無意識のうちに自分の身を守ろうと、体内の『気』を限界まで収縮させ、全霊の防御の構えをとった。
力を抑え込もうと必死すぎるせいで、俺の顔は、逆にトリコたちから見れば「凄まじい殺気を孕んだ般若」のように恐ろしく強張ってしまっていた。
その瞬間だった。
次郎の持つ、一龍会長をも凌ぐほどの野生の最高峰のグルメ細胞の感知能力が、俺の身体の奥底に眠る『真の姿』を捉えた。
次郎の目には、俺の背後に、全宇宙の星々を容易く消し飛ばし、神をも屠るほどの圧倒的な暴虐の意志を持った、伝説の緑色の巨人の幻影――『伝説の超サイヤ人の悪魔』の姿が、明確な実体を持ってドロリと出現したのが見えていた。
その悪魔は、次郎の背後に宿る「ノッキングの悪魔」すらも完全に格下に置くかのように、冷酷な眼光で次郎を見下ろしていたのだ。
「……っ!? なんじゃ、この、底の知れぬバケモノは……!」
次の瞬間、あの伝説のノッキングマスター次郎が、生まれて初めて、顔面を蒼白にして大粒の冷や汗を流した。
彼の強靭な身体が、俺の後ろに佇む悪魔の圧倒的な『絶滅の気配』を前にして、本能的な恐怖からピキピキと拒絶反応を起こし、一歩後ろへと後ずさりしてしまったのだ。
次郎の握っていた酒瓶が、彼の無意識の震えによって、カタカタと不気味な音を立てて鳴り響く。
「じいさんが……あの次郎のじいさんが、恐怖で冷や汗を流して後ずさりした……!?」
トリコはその光景を目撃し、自分の目が信じられないというように絶句した。
人間界の裏の頂点に立つ次郎を恐怖させる存在など、この地球のどこにもいないはずだったからだ。
小松くんにいたっては、二人の発する次元の違うプレッシャーの激突の余波だけで、息ができずにその場に倒れ込みそうになっていた。
「あ、あの……次郎さん、でしたっけ。お願いですから、そんなに身構えないでください」
「俺、自分の拳の硬さに自分自身が一番引いてるだけの男なんです」
「さっきも変な機械に絡まれて、テンパって石を投げたら山に穴が開いちゃって……。本当に、それだけなんです。怪しい者じゃありません」
俺が引き攣った笑顔を無理やり作りながら、必死の早口で弁明する。
だが、体内の気の密度が濃すぎるせいで、俺が普通に喋っているだけの声が、洞窟内の大気をビリビリと振動させ、次郎の耳には「凄まじい地鳴り」のように重く響いていた。
次郎は数秒間、生唾を大きく飲み込みながら俺の顔をじっと凝視していた。
やがて、その体に纏っていた驚愕のオーラを、信じられないほどの野生の精神力で強引に抑え込んだ。
真っ赤だった鼻の頭が一瞬で白くなるほど、彼はフゥ、と長く重いため息をつく。
「キ、キキキ……。一龍の兄者が、何やら人間界にとんでもねぇ爆弾を拾ってきたとは聞いておったが……」
「これほどとはのぉ。宇宙の果てから降ってきたような絶滅の暴力じゃが……中身は、驚くほど純粋で、臆病な人間の子供のようじゃ」
次郎はそう言うと、ようやくいつもの笑みを無理やり顔に貼り付け、俺に向かって一歩、歩み寄った。
だが、その足取りには、先ほどまでの絶対的な巨頭の余裕は完全に消え失せており、一瞬たりとも油断のできない『天災』に対峙する、最大限の敬意と警戒が込められていた。
「カナタ、と言ったな。お前さんのその力、間違っても人間界で暴発させるんじゃねぇぞ」
「……のぉ、トリコの小僧。こいつの食欲を満たすには、人間界の食材では到底、足りんじゃろう」
「ワシのフルコースのドリンク『ドクドクの湧き水』でも、こいつの一口分の水分補給にしかならんかもしれんのぉ、キキキ!」
次郎はそう言うと、俺に向かって自分の酒瓶を差し出し、「美味いもんを食って、早くその力を抑える術を覚えるんじゃな」と、優しく言葉をかけてくれた。
伝説のノッキングマスター次郎をも戦慄させ、彼のフルコースすらも凌駕しかねない、底なしのサイヤ人の肉体。
世界の頂点に立つ老人をも冷や汗を流させた俺のビクビク美食屋ライフは、この不気味な地下迷宮を脱出し、小松くんの作った最高のフグ鯨料理が待つ、温かい地上へと向かって、その一歩を踏み出していくのだった。