『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
「雲の上……。ベジタブル、スカイ、ですか」
俺――カナタは、手にしたマグカップを見つめながら、トリコが差し出してきた依頼書を凝視していた。
そこに躍る『ベジタブルスカイ』という文字。
傷だらけの紙に描かれた、遥か天空へと突き抜ける巨大な植物の挿し絵。
それを見た瞬間、前世の貧弱な一般人としての記憶が、俺の脳内で冷静に危険度を弾き出し始めた。
(高度数万メートル。むき出しの環境での登山。……正直、高所はめちゃくちゃ怖い。だけど、一龍会長からの直々の依頼だ。ここで俺がワガママを言って逃げたら、四天王や小松くんを余計な危険に晒すことになる。……やるしかないか)
ジュエルミートを食べて「暴虐な気」のゼロ地点を固定し、ようやく手に入れた日常レベルの肉体制御。
だが、未知の天空という恐怖の環境を前に、俺の肉体は無自覚に防衛本能を昂ぶらせ、「ゴゴゴゴゴ……」と禍々しい漆黒のオーラを立ち上げ始めていた。
リビングの空気がピキピキと凍りつき、お菓子の家の壁がミシミシと悲鳴を上げる。
それを見たサニーが、少し引きつった笑みを浮かべた。
「……おいおい、行き先を聞いただけで、もうお前の『気』がリビングをぶっ壊しかけてんぞ。相変わらずとんでもねぇプレッシャーだな、おい」
「すみません、サニーさん。ちょっと身構えちゃいました。……でも、行くからにはしっかり食材を手に入れましょう」
俺はマグカップを置き、静かに腹を括ってそう答えた。
顔は恐怖による緊張で般若のように強張ってしまっているが、一般人としての理性を総動員して、声だけは冷静さを保つ。
「ハハハ! カナタ、そう焦るなよ。お前がやる気満々なのは伝わるが、まだ出発前だ。少しはその力を温存しておけって!」
トリコが俺の肩をガシッと掴む。
すると、ソファーで高イビキをかいて寝ていたはずのゼブラが、薄目をパチリと開けた。
そして、俺の胸の音をその超聴覚で拾い上げ、フンと鼻で笑う。
「おいカナタ。お前、心臓が『うわ、高えところマジかよ怖えな』って、冷や汗混じりの爆音鳴らしてんぞ。魔王のくせに、相変わらず小心者なリズム刻んでやがるな」
「ゼブラさん、そりゃあ慎重にもなりますよ。何が起きるか分からない場所なんですから」
俺はゼブラのツッコミに対して、苦笑いを浮かべながらも視線を逸らさなかった。
ゼブラはニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、骨付き肉の骨をバリバリと噛み砕いた。
「へっ、だがお前のその異常な筋肉の密度……気圧の急激な変化なんざ、ハナから物質としてシャットアウトする構造になってやがる。お前の肉体にとっては、地上も高度一万メートルも『同じ部屋の中』にいるのと変わらねぇんだよ。……おいトリコ、俺も行くぜ。天空の野菜って奴を、ひと思いに喰い尽くしてやる」
「おお、ゼブラも来るか! 心強いぜ!」
トリコが嬉しそうに頷く。
(俺の肉体、気圧の変化を物理的に無効化するのか……。なら、環境的な心配はなさそうだな。あとは、俺が力加減を間違えて足場を壊さないようにするだけだ)
こうして、俺たちはベジタブルスカイへの遠征を開始した。
数日後。
俺たちは、人間界の辺境に位置する、巨大な植物の前に立っていた。
「……でかいな」
俺の口から、感嘆の声が漏れる。
目の前にそびえ立つのは、通称『スカイプラント』。
天を衝くほどに太い茎が、何重にも絡み合いながら、文字通り雲の彼方、見上げることもできない遥かなる高みへと伸びていた。
これに登って、雲の上にあるベジタブルスカイを目指す。
「すごい……! 近くで見ると、信じられないほどの迫力ですね!」
小松くんが、リュックを背負いながら目を輝かせている。
「小松くん、足元がかなり不安定だから、俺のすぐ後ろを歩いて。何かあったら、すぐに俺の服を掴むんだよ」
俺は小松くんの頭を軽くポンと叩き、真剣な目を向けた。前世はただの一般人だが、この世界で唯一のオアシスである小松くんだけは、俺が絶対に守らなきゃいけない。
「はい! カナタさんが一緒なら、どんな危険な場所でも百人力です!」
小松くんの純粋でキラキラした視線が、俺の胸に信頼の重みを伝える。
「よし、それじゃあ登るぞ! 遅れるなよ!」
トリコを先頭に、サニー、ココ、ゼブラ、そして小松くんがスカイプラントの巨大な葉に飛び移っていく。
俺は最後尾から、慎重に一歩を踏み出した。
ザザッ、と俺の足が植物の茎に触れた瞬間。
(――あ、まずい。少し踏み込みが強かっ――)
山を登るために、無意識に足に力を入れて踏ん張ってしまった。
ただそれだけの一歩だったが、俺の肉体の出力は、その「ほんの少し」を許してくれなかった。
――ズガァァァァァァァァンッッッ!!!!
「おっと……!?」
俺が踏みしめた、直径数十メートルはあるはずのスカイプラントの頑強な茎が、まるで豆腐のように粉砕され、激しい爆煙と共に巨大な亀裂が走り抜けた。
大地がグラグラと揺れ、周囲の猛獣たちが恐怖で一斉に逃げ出していく。
(しまった、平地での日常動作は慣れてきたが、『斜面を登るための踏ん張る出力』の感覚がまだ掴めていない! 加減が狂うとこれか……!)
あまりの破壊力に、俺は動きを止め、冷や汗を流しながら白目を剥いた(パニック時の癖)。
顔は自戒と恐怖で引きつり、まるで「邪魔な足場など、いつでも消し去れるぞ」と言わんばかりの凶悪な魔王の表情になってしまう。
先行していた四天王たちが、一斉に振り返った。
「……おいおい、マジかよ」
トリコが冷や汗を流しながら、へし折れかけたスカイプラントの根元を見つめる。
ココが引きつった表情で呟いた。
「カナタくん……いくらなんでも、ただの一歩でスカイプラントの茎をここまで粉砕するなんて……。一体どんな脚力をしてるんだ……」
サニーもドン引きしたように腕を組み、冷や汗を流している。
「おいトリコ、こいつ本当にわざとやってんじゃねぇの? 『お前らのスピードじゃ遅すぎる』って無言で急かされてる気分じゃんよ。あの般若みたいな顔見ろよ、完全に怒ってんぞ」
「……すみません、ちょっと力加減を誤りました。次は気をつけます」
俺は白目から通常の目に戻り、強張った顔のまま静かに謝罪した。
ゼブラだけが、俺の激しい「やっちまった、小松くんを巻き込むところだった……!」という焦りの心音を聴き取って、顔を盛大に引きつらせていた。
「チッ……。ただのビビり散らかした踏み外しで、植物の寿命を半分縮めやがった。おいクソバカ、これ以上足元をぶっ壊されたら登るもんが無くなるだろ。とっとと力を抜け!」
「わかっています。善処します」
俺は自分の巨体をコントロールする難しさに冷や汗をかきつつも、今度こそ細心の注意を払い、筋肉の出力を極限まで抑えて、そろり, そろりと植物を登り始めた。
登り始めて、数時間が経過した。
周囲はすでに濃い霧に包まれ、地上の景色は遥か下、雲の絨毯に隠れて見えなくなっている。
高度が上がるにつれ、気温は急激に下がり、空気も目に見えて薄くなっていた。
「はぁ、はぁ……。空気が、薄い、ですね……」
小松くんが、息を切らしながら必死にトリコの後を追っている。
しかし、俺はといえば。
ゼブラの言った通り、異常な筋肉の密度が、周囲の希薄な気圧や、凍てつくような冷気を、文字通り「ただの肌の硬さ」で完全に遮断していた。汗一つかかず、呼吸すら乱れない。
(これがブロリーの肉体の性能か。これなら、もしもの時でも小松くんを抱えて地上まで安全に守りきれるな。……よし、油断せずに行こう)
そんなことを考えていると、突如、上空の霧の奥から、不気味な羽音が響いてきた。
「――ッ! みんな、止まれ! 何か来るぞ!」
ココの鋭い声が響く。
霧を割って姿を現したのは、このスカイプラントを縄張りとする、獰猛な怪鳥の群れだった。
捕獲レベルは優に30を超える、地上では大災害クラスの猛獣たちだ。それらが、侵入者である俺たちを排除せんと、鋭い爪を剥き出して急降下してきた。
「チッ、邪魔な雑魚どもが……!」
ゼブラが音波を放とうと、口を開きかけた、その時。
俺は小松くんを自身の巨大な背中に庇うようにして、一歩前に出た。
「小松くん、下がって。……来い、鳥ども」
無意識に、緊張から俺の肉体は最大級の『超魔王のオーラ(殺気)』を正面へと垂れ流してしまった。
ピキィィィィィィィンッッッ!!!!
怪鳥たちの動きが、空中で完全に停止した。
あまりの殺気の濃度、生物としての絶対的な格の違いに、怪鳥たちは脳の処理が追いつかず、全身の筋肉が瞬時に硬直したのだ。
俺はさらに緊張を高め、顔を般若のように歪めながら、じり、と視線を鋭くした。
その瞬間、怪鳥たちの恐怖は頂点に達した。
バサバサバサバサッッッ!!!!
次の瞬間、数百羽はいたであろう怪鳥の群れが、悲鳴のような鳴き声を上げながら、全力で四方八方へと逃げ散っていった。一瞬にして、上空の脅威が「完全なゼロ」になる。
ただ、静寂だけがその場を支配した。
「……おいおい、マジかよ」
サニーが目を見開いて、冷や汗を流した。
「手を一本も動かさずに、気迫だけであの群れをバラバラにしやがったぞ……。まともに相手する価値すらねぇってことかよ。バケモノじゃんよ」
トリコも、じっと己の手を見つめながら、ゾクッと身体を震わせていた。
「威嚇ってレベルじゃねぇな……。気の密度だけで、猛獣の『生きる本能』そのものに恐怖を叩き込みやがった。あいつの領域、やっぱり底が見えねぇぜ……」
(いや、俺はただ小松くんを守るために必死に睨みつけただけなんだが……。何はともあれ、戦わずに済んでよかった)
俺がホッと息を吐くと、ゼブラが、頭を抱えて盛大なため息をついた。
「ハァ……。おいお前ら、こいつの心音を聴いてみろ。ただの『ハトに怯える小学生』と全く同じ情けねぇリズムを刻んでやがるぞ。中身がクソビビりの一般人のくせに、垂れ流す『気』だけは一丁前に世界の終わりみたいな濃度してやがるから、猛獣が勝手に恐怖して自滅してくだけだ、この詐気が」
「ゼブラさん、なんとでも言ってください。無事に進めるならそれが一番です」
俺の静かな返答に、ゼブラは「チッ」と舌打ちしつつも、それ以上は何も言わずに歩き出した。
そして、ついにその時が訪れた。
霧が、一気に晴れる。
目の前に広がったのは、どこまでも続く、純白の雲の絨毯。
そしてその上に、まるで奇跡のように青々と茂る、巨大な野菜たちの楽園だった。
「素晴らしい……。ここが、ベジタブルスカイ……!」
小松くんが、その光景に涙を流して感動している。
トリコやサニー、ココも、その美しさと、漂ってくる濃厚な野菜の香りに、目を奪われていた。
(おおお……! ついに着いた! 前世では見たこともないような、圧倒的なスケールの野菜畑だ。趣味で料理をしていた頃の血が、なんか静かに騒ぐな……)
俺は雲の足場を踏み締めながら、純粋な感動を覚えていた。
「よし、それじゃあ探すぞ! 幻の野菜、オゾン草をな!」
トリコの号令と共に、俺たちは雲の上の楽園へと足を踏み入れた。
しかし、この楽園の裏側で。
人間界の最終兵器(と勘違いされている)「カナタ」の動向を、血眼になって監視している存在が、ここにも潜んでいた。
【ベジタブルスカイ・雲の境界線】
広大な雲の隙間に、隠れるようにして浮遊する、一台の不気味な偵察用小型GTロボ。
そのカメラは、遥か遠くから、カナタの姿を克明に捉えていた。
「……見つけたぞ。人間界の魔王、カナタ」
総本部のモニターを通じて、その映像を見ていたのは、美食會の副料理長・スタージュンだった。
彼の背後には、幹部たちの緊張した空気が漂っている。
「やはり、奴の狙いは『オゾン草』だったか。IGO会長の指示で動いているようだが……。見てみろ、あの異様な威圧感を」
スタージュンが、画面の中のカナタを指差す。
画面の中のカナタは、ただ「雲の上ってフカフカしてて歩きにくいな……、また床を壊したらゼブラさんに怒られるから、慎重に歩かなきゃ……」と、極限まで腰を落とし、おそるおそる、すり足で慎重に進んでいるだけだった。
しかし、美食會の目には、その絵面が全く違う意味に映っていた。
「……恐ろしいな」
トミーロッドが、冷や汗を流しながら呟く。
「あの巨体で、完璧に気配を殺して、いつでも周囲を圧殺できるような構えで進んでいるよ。あの般若のような顔……こちらの偵察ロボの存在すら、とうに気づいている目をしているね。ゾクゾクしちゃうよ」
「奴は、我々がオゾン草を狙って潜入している可能性を、すべて見越している」
スタージュンが、硬い声で言った。
「あの慎重な動きは、周囲に潜む我々の『伏兵』をいつでも迎撃できる構えだ。少しでもこちらが動けば、あのマンモスの胎内の時のように、分子レベルで消滅させられるだろう。……全料理人に告ぐ。カナタには、絶対に手を出すな。オゾン草の回収よりも、奴の逆鱗に触れないことを最優先とせよ」
美食會の精鋭たちが、雲の影で、一人の「慎重な大男」に対して、ブルブルと震えながら息を潜めていた。
そんな世界の危機(勘違い)など、露ほども知らない俺は。
「あ、トリコさん! 見てください、あの中心にある、一際大きな、神々しい光を放つキャベツみたいな野菜……!」
小松くんが指差したその先に。
ついに姿を現した、雲の上の絶対的な王、幻の食材『オゾン草』が、静かにその葉を広げていたのだった。
カナタの、中身はビビリつつも一般人としての理性で静かに腹を括ったまま、世界をさらなる勘違いの渦に巻き込む天空の戦いが、今、本格的に幕を開ける――!