『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』   作:トート

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第十九話:天空の晩餐と、魔王が隠した「純白の震え」

じわり、と。

黄金色に透き通る果肉の表面から、濃厚な果汁の雫が這い出す。

 

 

その瞬間、高層気流が吹き荒れるはずの天空の菜園が、信じられないほどの濃密な「香りの暴力」によって完全に支配された。

 

 

「――っ、はあああああ……!!!!」

 

 

小松くんが、両手で自らの鼻口を覆いながらその場にへたり込んだ。

その瞳は、あまりの芳醇さに潤み、ただの野菜が放つとは思えない香気のエキスに、全身の細胞が歓喜の悲鳴を上げている。

 

 

トリコもまた、一歩も動けない。

ごくり、と、その喉仏が岩石のように大きく上下する。

 

 

「これが……オゾン草……! 傷一つつけず、細胞を一個も壊さずに剥くと、ここまでの香りを放つのかよ……!」

 

 

トリコの全身の筋肉が、まるで戦闘直前のように不自然に脈打ち始めていた。

あまりの美味の予感に、体内のグルメ細胞が暴走しかけているのだ。

 

 

だが、その黄金の輝きを前に、当のカナタは――。

 

 

(……ひ、ひえぇぇぇぇ!!! よ、よかったぁぁぁ!!! 変色しなかったぁぁぁ!!!)

 

 

背中を滝のような冷や汗が伝っていく。

その褐色肌のクソデカい巨躯は、恐怖のあまり内側からガチガチと小刻みに震えていた。

 

 

(もし左右のバランスをミリでも間違えて、目の前でこのお宝野菜が真っ黒なヘドロに変わってたらって思うと、マジで心臓が止まるかと思ったわ……! トリコたち、めっちゃ怖い顔で俺のこと睨んでるし! 怒ってないよね!? むしろ引いてる!?)

 

 

必死になって「何でもありませんよ」という大人の余裕を演出しようとするカナタ。

しかし、その凄まじいパニックは、ブロリーの肉体という最悪の狂暴スペックを通して歪められ、表へと出力されてしまう。

 

 

ぐ、ぐじゅる……。

 

 

カナタの額から流れた冷や汗が、鋼鉄以上の硬度を持つ顎のラインを伝い、ベジタブルスカイの極厚の雲の床へと滴り落ちた。

 

 

ズガガガガガッッッ!!!!

 

 

ただの汗の滴が、凄まじい質量を帯びて雲の足場を数十メートルにわたって陥没させ、地響きを鳴らす。

 

 

それを見たサニーが、ひっと小さく息を呑んで後ずさった。

 

 

(おいおいおい、冗談だろ……! あれだけの神業を成し遂げた直後だってのに、息一つ乱れてねぇ……。それどころか、まだ底が見えねぇエネルギーの塊(オーラ)が、汗の一滴にまで混じってやがる。美しすぎる対称の肉体(シンメトリー)の中に、どれだけの怪物を飼ってやがんだ……!)

 

 

ココもまた、自身の目が捉える電磁波の景色に息を詰まらせていた。

緊張のあまり、カナタは視界に入るすべてを無視して、ただ白目を剥きそうになるのを堪えていただけなのだが――。

 

 

(あの冷徹な眼差し……。世界を統べる王のような圧倒的な見下しだ。僕たちの想像を遥かに超える、底知れない戦闘術の極地。彼は、このオゾン草の捕獲すら、自らのウォーミングアップ程度にしか考えていないのか……!)

 

 

四天王たちが勝手に畏怖のパラメーターを限界突破させていく中、ただ一人、ゼブラだけが。

 

 

(…………ドックン、ドックン、ドックン、『早く口に入れて安心したいなぁ、早く座りたいなぁ、もう腕が筋肉痛になりそうだなぁ』……)

 

 

カナタの胸の奥から響く、あまりにも情けない、羊の子供のような「純白のチキン心音」を聴き取っていた。

 

 

ピキ、ピキピキ……。

 

 

ゼブラの額に、青筋がこれでもかと浮かび上がる。

 

 

(このクソデカ魔王ツラ野郎……!! 汗一滴で地面をブチ壊すほどの暴力の化身のくせに、中身の心配事が『腕が痛くなりそう』だァ!? ざけんなよ、戦闘狂(おれ)の血が完全に冷え切っちまうだろうが……!!)

 

 

拳を握り締め、盛大なズッコケのツッコミを脳内で爆発させるゼブラ。

しかし、そんな周囲の狂った高評価やゼブラの怒りに気づくはずもないカナタは、ただただ目の前のオゾン草から目を逸らしたくて、穏やかな声を絞り出した。

 

 

「あ、あの……トリコさん。せっかくですから、早く食べましょう。ほら、小松くんも待っていますし」

 

 

「お、おお……! そうだな! いただくじゃねぇか!」

 

 

トリコが我に返り、唾液を溢れさせながらオゾン草の果肉へと手を伸ばす。

 

 

だが、ここでもオゾン草の「特殊調理食材」としての牙が剥かれる。

オゾン草は、口に入れる瞬間まで【二人が同時に、同じ噛む力で、同じタイミング】で咀嚼しなければ、その瞬間に口の中で腐敗し、ただの毒物へと変わる性質を持っていたのだ。

 

 

「――よし、カナタ、お前と俺で同時に行くぞ!」

トリコが一切れの果肉を切り分け、カナタに差し出す。

 

 

「え!? あ、俺と、ですか!?」

カナタの顔が再び般若へと変貌した。

 

 

(う、嘘だろトリコさん!? また『同時に同じ力』ギミックなのかよ!? 頼むから小松くんとやってくれよ!! なんで俺を巻き込むんだ、この大食いゴリラは――っ!!!)

 

 

心の中で悲鳴を上げるが、トリコの真っ直ぐな、深いリスペクトの籠もった瞳を見てしまうと、一般人としての優しい理性が断れなくさせる。

 

 

「わ、分かりました……。せーの、でいきましょう」

カナタは、ガチガチと鳴りそうになる奥歯を必死にロックした。

 

 

(いいか、トリコさんの噛む力を予測するんだ。あの人の顎の力はコンクリートを粉砕するレベルだ。それに合わせて、俺も本気で噛まないといけない。でも、俺が本気を出したら、このブロリーの肉体だと、オゾン草どころかトリコさんの頭ごと世界を噛み砕いちまう……!!)

 

 

パニックの最中、カナタの脳細胞は、生き残るためにフル回転を始める。

先ほどのスタージュンが戦慄した「分子レベルの完全静止(ロック)」を、今度は顎の骨格へと応用する。

 

 

(加減しろ……! 限界まで、出力を絞るんだ……! 自分の顎の骨を、筋肉の密度だけで完全に固定して、トリコさんの『噛む音』に合わせて、ただ物理的に肉を合わせるイメージだ……!!)

 

 

「行くぞ、カナタ! ……せーのっ!!」

 

 

トリコの声と同時に、二人の口が、黄金の果肉へと突き立てられた。

 

 

ガシィィィィィンッッッ!!!!

 

 

天空の菜園に、およそ「野菜を噛む音」とは思えない、巨大な鉄鋼同士が衝突したかのような超重低音が響き渡る。

 

 

カナタは、トリコが果肉を噛み切る「速度」と「振動」を、超密度の顎の筋肉で完全にシャットアウト(遮断)し、自らの出力をトリコの力加減へと強制的に【同調】させた。

 

 

サクッ……。

 

 

次の瞬間。

腐敗を許されなかった黄金の果汁が、二人の口内で爆発的に弾けた。

 

 

「――――――――ッッッ!!!!」

 

 

トリコの目が、これ以上ないほどにカッと見開かれる。

言葉が出ない。

全身の毛穴から、濁流のような汗が噴き出す。

 

 

「う、美味すぎる……なんだこれは……!! 噛んだ瞬間、全身の細胞が、まるで宇宙がビッグバンを起こしたみたいに弾けてやがる……!!」

 

 

トリコの体から、強烈な青いオーラが噴き出し、ベジタブルスカイの雲を吹き飛ばしていく。

グルメ細胞の急激な進化。

その隣で、カナタもまた、その「至高の味」に衝撃を受けていた。

 

 

(――な、なんだこれ……っ!!! 美味い……! 濃厚なのに、驚くほど爽やかで、まるで大自然そのものを凝縮したような……っ!)

 

 

小松くんのスープを飲んだ時と同じだった。

あまりの美味の衝撃に、カナタの脳内を支配していた恐怖とパニックが、嘘のように洗い流されていく。

暴虐を極めていた『伝説の超サイヤ人』の狂暴な気が、その美味の調和によって、完全な「純白」へと精製されていく。

 

 

カナタの背後から立ち上るオーラが、禍々しい漆黒から、神聖なまでの純白の光へと変化した。

その光は、ベジタブルスカイを覆う暗雲を遥か彼方まで一瞬で消し去り、天空に本物の青空と、燦然たる太陽の光を呼び戻す。

 

 

「……美しい」

サニーが、その光の神々しさに、言葉もなく涙を流していた。

 

 

「彼のグルメ細胞が、オゾン草の美味を受け入れて、さらに高みへと進進化のか……。なんて底知れない男なんだ」

ココもまた、その光の前にひざまずきそうになっていた。

 

 

四天王たちがその圧倒的な「進化の光」に目を焼かれている中――。

 

 

カナタの「純白の気」の暴発は、この世界の遥か彼方、人間界の外側に位置する【グルメ界】の入り口にまで届いていた。

 

 

――美食會総本部。

 

 

不気味なトゲに覆われた漆黒の城の中で、いくつかの巨大な影が、一斉に天空を見上げて戦慄していた。

偵察用GTロボから送られてくるバイタルログの異常値に、会議室の空気が凍りつく。

 

 

「……な、なんだ、このエネルギーの急上昇は……!? 先ほどの『因果を欺く静止』の直後にこれか!」

幹部の一人、トミーロッドが、先ほどのスタージュンの言葉もあって完全に余裕をなくし、顔を引きつらせる。

 

 

「人間界のベジタブルスカイの方向だ。……間違いない、あの『最重要手配犯』の男が、ついにその『本性』を剥き出しにし始めた……」

グリンパーチが、冷や汗でストローを噛み潰しながら呟く。

 

 

城の最奥。

玉座に鎮座する美食會のボス・三虎(ミドラ)の鋭い眼光が、その純白の光の残滓を捉えていた。

 

 

「……ふん。オゾン草を喰らい、さらにその牙を研いだか、人間界の魔王め」

 

 

三虎の低く重い声が、城全体を震わせる。

 

 

「新型のGTロボを小石一つで消滅させただけでは飽き足らず、今度は我々の監視の目を、あの光で完全に威嚇するつもりか。……一龍め、とんでもない化け物を野に放ったものだな」

 

 

美食會の怪物たちが、カナタの「ただ美味くて感動しているだけの光」を、組織壊滅のための【明確な宣戦布告・最終決戦へのカウントダウン】だと誤認し、恐怖に震え上がっていた。

 

 

「絶対にあの男を怒らせるな。……不用意に接触すれば、我が美食會の城ごと、人間界から消滅させられかねん」

 

 

敵組織が最大級の警戒レベルで怯えていることなど、1ミリも知らないカナタは――。

 

 

ベジタブルスカイの上で、オゾン草をモグモグと咀嚼しながら、心の中で涙を流して感動していた。

 

 

(うう、美味い……! 美味すぎるよ小松くん……! この世界に転生して、本当に良かった……!)

 

 

その顔は、感動のあまり、やっぱり般若のように恐ろしく強張っていた。

 

 

ゼブラは、その「うめぇぇぇ、幸せだぁぁぁ」という、あまりにもマヌケで平和な心音を聴きながら、天を仰いで特大のため息を吐き出すのだった。

 

 

(ブチ切れる気すら失せるぜ、このバグ野郎が……!!)

 

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