『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
雲の上の楽園、ベジタブルスカイでの至高の晩餐が幕を閉じる。
オゾン草の果肉を最後の一片まで綺麗に平らげたトリコは、その場にごろりと大の字に寝転がり、満足げに膨らんだ腹を叩いた。
「ぷはぁぁぁ……! 食った食った! 最高のディナーだったぜ、カナタ、小松!」
「はい! 本当に、夢のような美味しさでした……っ!」
小松くんが、涙の滲んだ目で空になった茎を見つめながら、何度も何度も深く頷いている。
四天王の面々も、グルメ細胞の急激な進化による心地よい疲労感に包まれながら、それぞれ息を整えていた。
だが、そんな平和な空気の中で、カナタは一人、冷や汗を拭いながら自らの「足元」を凝視していた。
(……ふぅ。歩ける。普通に歩けるぞ……!)
そっと、雲の足場を踏み締めてみる。
以前なら、ほんの一歩を踏み出すだけで、ブロリーの狂暴な肉体が出力を誤り、大地を大爆砕していた。それが、ジュエルミートとオゾン草という至高のカロリーを摂取したことで、肉体の『ゼロ地点』が完全に固定されている。
(よかった……。これでやっと、一般人としての尊厳を保ったまま街を歩ける。もう歩くたびに猛獣がハゲて絶滅したり、IGOの国家予算を大食いデスマッチで破産させたりしなくて済むんだな……!)
心の中でじーんと涙を流し、感動に浸るカナタ。
しかし、その様子を横目で見ていたココとサニーは、互いに顔を見合わせて、その背中にぞくりと冷たいものを走らせていた。
(見ろよ、サニー。カナタさんのあの歩行(ステップ)を……)
(……ああ、分かってるじゃんよ。信じられねぇ。あれだけの質量と熱量を秘めた肉体でありながら、地面への圧力が完全に『ゼロ』だ。まるで空間そのものを滑るように移動していやがる。技術で重力を相殺してるとしか思えねぇ……!)
ココが見る電磁波の世界では、カナタの足元だけ、地球の引力が完全に歪められていた。
カナタ本人は「地面を壊さないように、そーっと優しく歩こう」とチキンな慎重さで歩いているだけなのだが、それが四天王の目には【空間の重力法則すら支配する、神速の隠密歩行】へと歪んで解釈されていた。
「フン、さっさと地上に降りるぞ。これ以上こいつの隣にいたら、俺の耳がマヌケな音で腐り落ちちまう」
ゼブラが、カナタの胸の奥から響く「わーい、普通に歩けるぞー! 嬉しいなぁ!」という、小学生のように無邪気で平和な心音に頭痛を覚えながら、荒々しく吐き捨てる。
「おう! そうだな! 一龍のおやじにも、オゾン草の報告をしに行かねぇとな!」
トリコが立ち上がり、一行はベジタブルスカイを後にした。
下層の厚い雲を突き抜け、数万メートル上空から一気に地上へと帰還する。
向かうは、IGO総本部――一龍会長の待つ最上階の執務室だ。
――カツン。
大理石の床が、静かに鳴る。
重厚な扉が開かれ、トリコたちと共にカナタが部屋へと足を踏み入れた。
部屋の奥、巨大なデスクに座っていた豪快な金髪と髭の老雄――一龍は、入ってきた面々を見やった。
その表情は、いつも通りの飄々としたもの。
だが、その鋭い眼光がカナタの姿を捉えた瞬間、一龍の指先が、ほんの一瞬だけピクリと硬直した。
「おやじ! 戻ったぜ! オゾン草、完璧に捕獲して食ってきた!」
トリコが豪快に笑いながら報告するが、一龍の耳には、その声が半分も入っていなかった。
一龍の目は、カナタの「背後」に釘付けになっていたのだ。
(……なんという気の密度じゃ。数日前、ワシの前に現れた時は、背後に『伝説の超サイヤ人の悪魔』の幻影が見えるほどの禍々しい漆黒のオーラを放っていた。それが、今はどうじゃ……)
一龍の額を、一筋の冷や汗が静かに伝っていく。
生まれて初めて冷や汗を流した第六話に続き、この老雄に二度目の冷や汗を流させたのは、カナタの体から立ち上る「純白の気」だった。
(気配が完全に『精製』されておる。禍々しさが消え、神聖なまでの純白……。先ほど、グルメ界の入り口からでも観測できたというあの圧倒的な光の柱は、やはりお前の仕業だったか、カナタくん……!)
一龍の脳裏に、凄まじい規模の「戦略的思考」が駆け巡る。
オゾン草を食べたことで、カナタが自身のグルメ細胞を急激に進化させ、人間界のレベルを完全に超越した「グルメ界の環境にすら適応する肉体」を完成させたと深読みしたのだ。
さらに、一龍の視線はカナタの「足元」へと移動する。
(大理石の床が……1ミリも凹んでおらん。以前のお前なら、歩くだけでワシの執務室ごと総本部を粉砕していたはず。それを、これほどの超質量を持ちながら、完全に『無』にコントロールしておるというのか……!)
金髪の一龍の髭が、戦慄でわずかに震える。
(恐ろしい男じゃ。技術の進化スピードが、ワシの予想を遥かに超えている。すでに、この世界のパワーバランスの頂点に君臨していると言っても過言ではないな……)
一龍が勝手に脳内で国家崩壊レベルの危機感を抱き、冷や汗をダラダラと流していることなど、目の前のカナタは1ミリも知らない。
カナタは、一龍の強烈な視線と、その豪快な金髪から放たれる圧倒的な威厳に、内心で完全にすくみ上がっていた。
(……ひ、ひえぇぇぇぇ!!! 一龍会長、めっちゃこっち見てる!!! なんか、髭がピクピク動いてて超怖いんだけど!?)
パニックが脳内を支配し、またしても「失言したら消される」という恐怖から、力を抑え込もうと全身の筋肉を必死に収縮させる。
その結果、カナタの顔面は、バグによって般若や魔王のような、おぞましい強張りをみせ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
無自覚に漏れ出た気の圧迫感が、総本部の超高層ビル全体を微かに振動させる。
カナタは恐怖のあまり白目を剥きそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に堪えた。
その「敵を視界に入れる価値もない」と言わんばかりの冷徹な魔王の表情に、一龍はついに、背中に走る強烈な寒気を隠せなくなった。
(……あの眼差し。ワシの実力すらも、すでに『見切った』という警告か。これ以上、迂闊に探りを入れるなという、人間界の魔王からの無言の圧力じゃな……)
一龍はふっと肩の力を抜き、あえていつもの飄々とした老人の笑みを浮かべた。ここで張り合えば、この総本部ごと人間界が消滅しかねないと判断したのだ。
「ハッハッハ! いやぁ、トリコたちも、カナタくんも、見事な捕獲じゃったな。ワシも鼻が高いわい」
「あ、あの……ありがとうございます、一龍会長」
カナタはホッと胸を撫で下ろし、穏やかな標準語で頭を下げた。一龍が笑顔になってくれたことで、「あ、怒ってないみたいだ。よかったぁ……」と、心底安心したのだ。
(…………ドックン、ドックン、ドックン、『はぁぁぁ、怒られなくてよかった。会長の金髪かっこいいなぁ。そろそろお腹空いたから、小松くんのご飯食べたいなぁ』……)
ゼブラの超聴覚が、そのあまりにも緊張感のない、マヌケすぎる心音を正確に拾い上げる。
ピキ、ピキピキピキ……ッ!!!
ゼブラの額に、本日最大級の青筋が怒涛の勢いで浮かび上がった。
(このクソチキン野郎……!!! 世界最強格の一龍のおやじを正面から睨みつけて冷や汗流させた張本人のくせに、脳内の心配事が『お腹空いた』だァ!? 緊張感の欠片もねぇその心音を、今すぐワシの音波で木っ端微塵にブチ砕いてやりた進ぜ……!!)
ゼブラは拳をワナワナと震わせ、天を仰いで盛大にズッコケるツッコミを心中で炸裂させるのだった。
そんな中、一龍は真剣な表情に戻り、デスクの上の地図を広げた。
「さて、カナタくん。お前さんのその『純白の力』、そして日常の制御レベルの到達……。そろそろ、次のステップへ進んでもらう時が来たようじゃな」
一龍の指が、地図のある一点を指し示す。
「次なる修行の地。……そこは、人間界とグルメ界の境界線。お前さんに、ある『特殊な食材』の捕獲を命じたい」
その言葉を聞いた瞬間、カナタの顔が、恐怖で再び綺麗に般若へと戻っていくのだった。