『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
一龍会長との緊迫した面談を終え、IGO総本部ビルを辞した俺の足取りは、文字通り幽霊のそれよりも重かった。
(……いやだ。いやだいやだいやだ。本当にアイスヘルに行くの……? 嘘でしょ……?)
目の前を行く小松くんの、小さくて頼りがいのある背中を見つめながら、俺の視界は絶望の涙で歪みそうになっていた。
(四天王のみんなは『死ぬ気で進化して追いついてみせるぜ』とか超格好いいこと言ってたけどさぁ! 違うんだよ! 俺は追いついてほしいんじゃなくて、今すぐ俺を両脇から抱えてコタツまで運んでほしいんだよ……!)
だが、前世一般人の悲痛な叫びは、この規格外すぎるブロリーの肉体という強固な檻に閉じ込められ、1ミリも外部には漏れ出さない。
それどころか、恐怖と絶望のあまり奥歯をガチガチと噛み締め、必死に全身の筋肉を強張らせているせいで、俺の歩みは一歩ごとに「ゴ、ン……」と不気味な地響きを周囲に撒き散らしていた。
「あ、あの……カナタさん? 大丈夫ですか……? なんだか、さっきからもの凄い殺気が……」
前を歩いていた小松くんが、恐る恐る振り返る。その顔は恐怖で心なしか青ざめていた。
(ひえっ!? ご、ごめん小松くん! 恐怖のあまり顔が般若になってるのを、怒ってるって勘違いさせちゃった!?)
「――あ、あぁ。何でも、ない……。すまない、小松くん」
パニックになりながらも、俺は精一杯の「優しい微笑み」を浮かべようとした。
だが、力を抑え込もうと分子レベルで凝縮された顔面筋肉のバグは、その微笑を【獲物を前にした冷徹な魔王の獰猛な歪み】へと完全に変換してしまう。
白目を剥きそうになるのを必死に堪えた冷酷な眼光が、小松くんの頭上を遥か彼方まで射抜く。
「ひぃっ……!? い、いえ! カナタさんがそこまでアイスヘルの戦いに向けて気を引き締めているなら、僕、応援します……っ!」
小松くんがコクコクと激しく首を縦に振り、俺の漆黒のオーラに圧されて一歩後退する。
(違うの! 気を引き締めてるんじゃなくて、恐怖で括約筋を引き締めてるの! 小松くん、そんな怯えた目で俺を見ないでぇぇぇ!!!)
口が裂けてもそんな情けないことは言えず、俺はただ、自身の超質量が放つ無自覚な重力に引き摺られるように、運命の氷大陸へと出発するハメになったのだった。
*
数日後。人間界の法律も常識も通用しない、地獄の氷点下世界――『アイスヘル』。
極寒の暴風が吹き荒れ、あらゆる生命の活動を拒絶するその白い大陸に、俺は一人で降り立っていた。
ヒュオオオオオオオオオオオオ……!!!!
防寒着など一切身につけていない。というか、この巨躯に合うサイズがIGOの倉庫になかったのだ。褐色肌を丸出しにしたタンクトップ一枚という、狂気の生身スタイルである。
(さ、さむいいいいいいいいいいい!!! 氷点下何十度とかの次元じゃないよ、絶対に死ぬってこれええええ!!!)
一歩踏み出した瞬間、吹き荒れる絶対零度の暴風を目撃し、前世一般人の精神は恐怖でフリーズしかけた。
――だが。
その極限の環境において、俺の「肉体」が発揮した性能は、あまりにも異常だった。
かつてゼブラが言った通り。
このブロリーの肉体が持つ異常なまでの筋肉の密度は、周囲の凍てつくような冷気を、文字通り「ただの肌の硬さ」だけで完全に遮断していたのだ。
肌に触れる暴風は冷たさすら感じさせず、毛穴から汗一つかかず、呼吸すら一切乱れない。
衣服が防寒の役割を果たす前に、肉体が環境そのものを無効化している。
(……あ、あれ? 寒くない……? いや、肉体がノーダメージなのは分かったけど! 視覚的な恐怖が凄すぎるんだよ! 周り一面凍った遭難者みたいな氷漬けの猛獣だらけじゃん! 怖いよ!!! 1歩も動きたくないよぉぉぉ!!!)
肉体特性による完全無効化とは裏腹に、メンタルが環境の恐ろしさに完全に負けてしまい、俺は涙目で、これ以上無様なパニックを起こさないよう、ただひたすらに「力を内側に閉じ込め、完全に動きを止める」ことに全力を注いだ。
ピキィィィィィィィィン……ッ!!!
それは、肉体が寒さでガタガタと震え出すのを力任せに押さえつけた結果生まれた、完全なる『静止(ロック)』だった。
細胞の一粒一粒の動きすらも筋肉の超質量でギチギチに固定し、ただそこに立つだけの「絶対的な彫像」と化す。
だが、この時、俺は気づいていなかった。
その様子を、遥か遠方の雪陰から、高性能の光学カモフラージュを施した美食會の鋼鉄の機械――GTロボが、息を潜めて観測していたことを。
「……ギ、ギギ……データ、受信……」
雪山の斜面に完全に同化し、隠密(ステルス)モードで息を潜めるGTロボの内部。
操縦席に座る幹部は、モニターに映し出されたカナタのサーモグラフィおよび電磁波の測定データを見て、脳の血管が縮み上がるような戦慄を覚えていた。
「な……んだ、これは……!? すべてのメーターが、完全に停止している……!?」
モニターの針はピクリとも揺れず、完全な『虚無』を示していた。
熱反応の放出が途絶えているだけではない。
通常ならこの極寒に耐えようとして起こるはずの「筋肉の冷え」や、細胞が活動する際の微弱な電流信号すら、彼の全身から1ピコ秒たりとも検出されないのだ。
「馬鹿な……。生身でこの絶対零度に晒されながら、細胞一つ凍壊せず、熱も生み出さず、環境そのものを『無』にしている……っ!? 呼吸や鼓動すら、筋肉の圧力で無理やり時を止めたように完全に封じ込めているというのか……っ!」
美食會の幹部は、コックピットの中で呼吸の仕方を忘れたように凝固した。
彼らの常識を遥かに超越したその数値。
それは【周囲の過酷な気候に『耐えて』いるのではなく、自身の超質量によって、空間の熱力学そのものを完全に支配・拒絶している】という、生物としての次元が違う断絶を意味していた。
「……恐るべき怪物め。アイスヘルの吹雪ごとき、自らの肌に触れる価値すらないと切り捨てている。この完全な不動は、我々に対する『これ以上足を踏み入れるな』という冷徹な警告か……!」
ガチ、ガチ、ガチ、ガチ……。
静まり返った極寒の大陸に、不気味な高周波の音が小さく響く。
それは、世界の頂点たる美食會のGTロボが、ただそこに「完全静止」しているだけのカナタから伝わる謎の圧力に気圧され、恐怖で関節駆動部が勝手に細かく震え出している音だった。
(……ドックン、ドックン、ドックン……)
(『うわぁぁん、肉体は無敵でも精神的に限界だよぉぉぉ!!! 怖いから1歩も動けないよぉぉぉ!!! 一龍会長のバカァァァ! 今すぐヘリで迎えに来てぇぇぇ!!! 小松くんのあったかいスープが恋しいよぉぉぉ……』)
そんな、世界を震撼させる「完全静止の怪物」の内側では。
ゼブラが聴けば胃に穴をあけて卒倒するような、マヌケ極まりない純白のチキン心音が、絶望と共に響き渡っているのだった。
だが、この極限の膠着状態は、予期せぬ「侵入者」によって破られることになる。
吹雪の彼方から、微かに、しかし確実に近づいてくる複数の生命の足音が、完全静止している俺の超感覚へと飛び込んできた。
(……え? 待って、誰か来る!? いやだいやだ、こんな無法地帯で人と遭遇するとかロクなことにならないよ!!! 隠れたい、今すぐ雪の中に潜ってカモフラージュしたい……っ!!!)
しかし、一度分子レベルでギチギチに『ロック』してしまったこの肉体は、一般人のへなちょこ精神の命令を瞬時には受け付けない。
動こうとすればするほど、筋肉の異常な質量が内側で反発し、結果として俺は微動だにせず、ただ前方の吹雪を「不敵に見据える」形のまま固定されてしまった。
白目を剥きそうになる目を必死に見開き、近づいてくる影を、地獄の魔王さながらの冷酷な眼光で睨みつける。
「――おいおい、マジかよ。こんなクソ寒い場所に、タンクトップ一枚で突っ立ってるバカがいるぞ」
吹雪を割って現れたのは、重厚な防寒具に身を包んだ、いかにも粗暴そうな男たちの集団――アイスヘルに眠る食材を一攫千金目的で狙う、無法者の美食屋たちだった。
「おい、テメェ。ここがどこの領地か分かって――」
先頭の男がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、俺の巨躯に手をかけようとした、その瞬間だった。
ゴ、オ、オ、オ、オ……ッ!!!!
俺が「お願いだから近寄らないで、怖いからあっち行ってぇぇぇ!!!」と心の中で悲鳴を上げ、全身に恐怖の力がガチガチに入った瞬間。
無自覚に漏れ出た漆黒の超魔王オーラが、物理的な衝撃波となって周囲の空間を爆裂させた。
「ひぎゃああああああああああッ!!!」
男たちは言葉を最後まで紡ぐことすら許されず、俺の放ったあまりの質量気圧に押し潰され、一歩も近づけないまま、まとめて数十メートル後方の雪山へと吹き飛ばされ、そのまま雪崩に巻き込まれて埋まっていった。
(……あ、あれ? なんか勝手にみんな飛んでっちゃった……? 俺、本当に何もしてないよ!? 触れてもないよ!? 怖い、この肉体本当に怖いよぉぉぉ!!!)
その阿鼻叫喚の光景を、雪陰のGTロボは、さらに息を詰めて凝視していた。
「……ッ、今、男は指一本動かさなかったぞ……!? 視線を向けただけの、ただの『瞬き』の気圧だというのか……!」
GTロボを操縦する美食會幹部の額から、滝のような冷汗が流れ落ちる。
「近づいた連中の存在そのものを、一瞥だけで空間ごと文字通り『削り取った』……! 害虫の羽音すら煩わしいと言わんばかりの、あまりにも冷酷で絶対的な蹂順。視線一つで自然災害を引き起こすなど、生物としてあり得ん……っ!」
美食會のデータバンクが弾き出すカナタの計測不能なエラー数値に、コックピット内の警報音が狂ったように鳴り響く。
「……報告だ。今すぐスタージュン様に通信を繋げ……! この化物がアイスヘルの最深部に到達すれば、我々のスープ捕獲作戦など、羽虫のごとく圧殺されて終わるぞ……ッ!!!」
GTロボは、関節駆動部を「ガチガチ」と恐怖で震わせながら、光学カモフラージュの出力を最大にし、魔王の視界から一刻も早く逃れるように、音もなく後退を開始した。
一方、その場に完全ロックされたまま、涙目で「小松くんの肉煮込み……」と念じ続けている俺の周囲では、吹き荒れる暴風だけが、その圧倒的な質量に怯えるように、不自然に避けて流れていくのだった――。