『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
(※本話冒局は一時的に、ゾンゲ視点での単一描写となります)
ヒュオオオオオオオオオオオオ……!!!!
極寒の暴風が、俺の、いや『美食屋ゾンゲ様』の毛皮の防寒着を激しく叩く。
「おい、お前ら! 離れるんじゃねぇぞ! このアイスヘルってのはよぉ、俺様クラスの実力者じゃねぇと、一瞬で冷凍マグロになっちまう危険な場所なんだからな!」
俺は、後ろをガタガタ震えながらついてくる二人の部下に、自慢の大斧を肩に担ぎながら豪快に吠えてやった。
「さ、流石はゾンゲの兄貴だぜ……! こんな地獄みたいな吹雪の中でも、一歩も引かねぇなんて!」
「俺たち、一生兄貴についていきます!」
部下どものおべっかに、俺は鼻の穴をこれでもかと大きく膨らませる。
そうだ。俺様は数々の死線をくぐり抜けてきた、知る人ぞ知る超一流の美食屋。
こんな氷の大陸ごとき、俺様にとっては庭みたいなもんだ。目指すは伝説の『センチュリースープ』。それを手に入れて、世界中に俺様の名を轟かせてやるのさ。
――なんて、内心でガッツポーズを決めていた、その時だった。
「ひ、ひえぇっ!? あ、兄貴! 前方に、前方に何かいます……っ!」
「あぁん? なんだぁ、猛獣か? 俺様の大斧のサビにして――」
部下の悲鳴に苛立ちながら、俺は吹雪の先へと視線を向けた。
そして、その場に文字通り、一歩も動けず凍りついた。
(……な、なんだ、あの野郎は……っ!?)
猛獣なんかじゃねぇ。
吹雪の向こうにそびえ立っていたのは、見たこともないほど巨大な、褐色肌の『人間』だった。
しかも、信じられないことに、このマイナス何十度という絶対零度の世界で、その男は防寒着どころか、薄っぺらいタンクトップ一枚という狂気の格格で直立不動していたのだ。
あまりの異常事態に、俺の脳細胞が緊急警報を鳴らし始める。
「あ、兄貴……あの人、タンクトップですよ……? 生身ですよ……? もしかして、もう凍りついて死んでるんじゃ……」
「バ、バカ野郎、声がでけぇ! 死んでるわけねぇだろ……っ!」
俺は部下の口を慌てて塞ぎながら、その褐色巨神を凝視した。
死体? 冗談じゃねぇ。
あの男の周囲だけ、吹き荒れる猛烈な暴風が、まるで意志を持っているかのように綺麗に避けて流れているのだ。
熱も出さず、震えもせず、ただの『肌の硬さ』だけで大自然の脅威を完全に遮断し、世界そのものを拒絶している。
(……間違いない。あれは、ただの人間じゃねぇ……っ! 本物の『化け物』だ……!)
俺の持ち前の美食屋としての勘(生存本能とも言う)が、過去最大級の音量でジャカジャカと鐘を鳴らしていた。
男の顔面は、力を極限まで内側に凝縮しているせいか、地獄の底から這い上がってきた般若、あるいは魔王そのものの形相で強張っている。
冷徹に白目を剥いたその双眸は、俺たちなんかハナから視界に入れておらず、遥か彼方の深淵を見据えているようだった。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……ッ!!!
男がただそこに立っているだけで、周囲の空間の気圧がみしりと歪み、目に見えない高重力が俺たちの肩に重くのしかかってくる。
(こ、この圧倒的な質量……! もしかしてこの男は、アイスヘルの最深部に君臨すると噂される、伝説の『氷の大陸の隠者』か……!?)
俺の額を、寒さとは無関係の冷や汗が、滝のように伝い落ちていった。
*
(うわぁぁぁぁぁん!!! 誰か来たぁぁぁぁ!!! っていうか、あのモヒカンと大斧……絶対にゾンゲさんじゃん!!!)
俺の脳内は、恐怖と混乱で完全にマッハの回転を始めていた。
(原作キャラだ! 原作の癒やしキャラが目の前にいる! でも今の俺、恐怖のあまり全身の筋肉を分子レベルで『ロック』しちゃってるから、1ミリも動けないし声も出せないよぉぉぉ!!!)
目の前で、ゾンゲさんが部下二人を引き連れて、ガタガタと震えながら俺を凝視している。
助けてほしい。今すぐその毛皮の防寒着を俺に譲って、一緒にヘリでぬくぬくのIGO総本部まで帰ってほしい。小松くんのあったかいスープが飲みたい。
(…………ドックン、ドックン、ドックン……)
(『うわぁぁん、ゾンゲさん助けてぇぇぇ! 怖くて動けないの! メンタルが限界なの! 顔が般若のまま固まって戻らないのぉぉぉ……』)
俺の胸の奥からは、ゼブラが聴けばその場でボイスミサイルを乱射してズッコケるような、マヌケ極まりない純白のチキン心音が鳴り響いていた。
だが、この「完全静止」のバグが、ゾンゲさんたちにどう見えているか。
俺が「怖い、近寄らないで!」と内面でパニックを起こして奥歯をガチガチと噛み締めれば噛み締めるほど、褐色肌の顔面はさらに冷酷な、すべてを悟ったような魔王の歪みへと固定されていく。
白目を堪えた冷徹な眼光が、図らずもゾンゲさんの眉間を真正面から射抜いた。
「ひ、ひぎゃあああああッ……!?」
ゾンゲさんが情けない悲鳴を上げて、その場にズザーッと激しく尻餅をついた。
(ひえっ!? ごめんゾンゲさん! 睨んだわけじゃないの! 怖くて目がバキバキにキマっちゃってるだけなの!!!)
必死に誤解を解こうと言い訳をしようとするが、ギチギチに凝縮された喉の筋肉からは、声の代わりに「ゴ、ヌ……」という、地響きのような重低音の生体波動が漏れ出るだけだった。
「……あ、圧倒的だ……っ。ただの『吐息の残響』だけで、この俺様の自慢の足腰が、恐怖で完全にロックされちまった……っ!」
ゾンゲさんは地面にへたり込んだまま、ガタガタと全身を震わせて俺を見上げていた。
「い、一歩も動かないのは、俺たちみたいな羽虫を相手にする価値すらないという無言の意思表示……! この圧倒的な質量、この因果を欺く完全静止……! 間違いねぇ、このお方は人間界の裏を支配する、伝説の武神だ……っ!」
(違うのをおおおおお!!! 隠者でも武神でもなくて、ただのビビり一般人なの!!! 筋肉が固まって本当に1歩も動けないだけなの!!!)
だが、俺の悲痛な叫びは一切届かない。
ゾンゲさんは突然、雪原に両手を突いて、これ以上ないほど綺麗な五体投地の姿勢を取った。
「で、伝説の武神様……っ! このゾンゲ、貴方様のその底知れない『質量』に、完全に心服いたしました……っ! どうか、どうかこの俺様を、貴方様の直弟子にしてください、お師匠様ァァァ!!!」
「お、俺たちもお願いします、大御所様ァァァ!!!」
部下二人も一緒になって、激しく雪に頭を擦り付け始めた。
(え、えええええええええええええッ!? なんで弟子入り!? 嫌だよ、俺が教えられることなんて前世の家庭料理のレシピくらいしかないよ!!!)
今すぐ「何かの間違いです」と断りたい。
俺は涙目で、ギチギチにロックされた首の筋肉を、ミリ単位で、ほんの、ほんのわずかだけ、前方に「傾けよう」と試みた。動け。動いてくれ、俺の首。拒絶の意思を示すために、小さく、横に振るんだ――。
だが、焦りすぎた。
首の筋肉をほんの僅かに弛緩させようとした瞬間、内側に溜まりに溜まっていた反発質量が、一気に首の骨格へと集中してしまった。
――コクン――。
それは、拒絶を意図して横に振るはずだった首が、あまりの凝固によって、縦へと「力強く、重々しく」首肯する動きへと化してしまった瞬間だった。
ド、ン……ッ!!!!!
ただ、首を一度縦に振った。それだけの動作が、ブロリーの超質量肉体を介したことで、周囲の『大気』を分子レベルで押し潰し、局地的な真空状態を作り出した。凄まじい衝撃波が円状に広がり、周囲の雪原が一瞬で数十メートルにわたって綺麗に弾け飛ぶ。
「――っ!? 認めて……くれた……!?」
ゾンゲさんが、衝撃波で防寒着の毛皮を激しくバタつかせながら、感涙にむせぶような顔で俺を見上げた。
「今、お師匠様は……確かに、重重しく頷いてくださったぞ……っ! 俺たちの覚悟を認め、直弟子として受け入れてくださったんだ……ッ!!!」
「うおおおお、やったぜ兄貴! いや、若頭ァァァ!!!」
「一生ついていきます、大御所様ァァァ!!!」
(えええええええええええええッ!? 嘘でしょ、今ので『許可』になっちゃったの!? 違うの、横に振るつもりが筋肉のバグで縦になっちゃっただけなのぉぉぉ!!!)
俺の絶望の叫びは、またしても漆黒の魔王オーラの内側へと完璧に封殺された。
こうして、動けない褐色肌の魔王(中身はチキン)と、それを「伝説の武神」と崇める最強にマヌケなゾンゲ一派という、世界一噛み合わない奇妙な師弟関係が正式に結成されてしまった。
「よし、お前ら! お師匠様がわざわざタンクトップ一枚でここに立って、俺たちを待っていてくださったんだ! これ以上、お師匠様の手を煩わせるわけにはいかねぇ! 俺たちが先頭に立って、この先の道を切り開くぞ!」
ゾンゲさんが大斧をぶんぶんと振り回しながら、鼻の穴を爆発させんばかりに膨らませて吠える。
「へっ、お師匠様! 伝説の食材『センチュリースープ』の捕獲、この俺様たちが貴方様の目の前で完璧に成し遂げてみせますから、後ろでどっしりと構えていてくだせぇ!」
(スープの捕獲!? 待って、ゾンゲさんたちが先頭歩くの!? 原作知識だと、この先って凶悪な猛獣だらけだし、美食會の幹部とかGTロボがウジャウジャいるハメになるんじゃなかったっけ!? いやだ、行きたくない! ゾンゲさん、お願いだから先頭走らないで! 俺を置いていかないでぇぇぇ!!!)
心の中では涙目でゾンゲさんの服の裾を掴んで引き留めたい気分だったが、外見の俺は、ただ吹雪のなかで腕を組み、すべてを見透かしたような冷酷な般若の面で、黙って彼らの背中を「見送る」ことしかできなかった。
*
そして、この異様すぎる「進軍」を、遥か遠方の雪陰から、高性能光学カモフラージュを施した美食會のGTロボが、さらに絶望的な表情で観測していた。
「……ま、まずい、まずいぞ……ッ!!!」
GTロボの内部で、操縦席の幹部は、自身の歯の根が噛み合わないほどの恐怖で全身を震わせていた。
モニターに映し出されたカナタは、先ほど近づいた無法者どもを視線一つで文字通り『削り取った』直後だというのに、呼吸一つ、細胞の代謝一つ変えていない。
「あの怪物が……アイスヘルの無法者どもを奴隷(弟子)として配下に収め、ついに『センチュリースープ』の源泉へ向けて進軍を開始した……っ!」
幹部の目には、ゾンゲたちが「カナタという絶対的な魔王の先兵(捨て駒)」として、周囲の罠や猛獣を炙り出すために放たれたようにしか見えなかった。
「なんという冷徹な用兵術。自らは1ピコ秒の乱れもない完全静止を維持したまま、手駒を動かしてこちらの防衛線を崩しにきている……っ! すぐに、すぐにスタージュン様に通信を繋げッ! このままでは、アイスヘルそのものが、あの褐色の魔王の手に落ちるぞ……ッ!!!」
警報音が狂ったように鳴り響くコックピットのなかで、GTロボは光学カモフラージュの出力をさらに限界まで高め、因果を欺く魔王の視界から逃れるように、大慌てで後退を開始した。
一方、その場に完全ロックされたまま、涙目で「頼むから誰か俺をコタツまで強制送還して……」と絶望し続けている俺の周囲では、吹き荒れる暴風だけが、その圧倒的な質量に怯えるように、不自然に避けて流れていくのだった――。