『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
「がっはっは! 見ろよお前ら! このアイスヘルの吹雪も、お師匠様の直弟子となった俺様たちの前には、ただの涼しいそよ風にすぎねぇぜ!」
ゾンゲさんが大斧をブンブンと振り回し、防寒着のフードを大きく揺らしながら、大股で雪原を突き進んでいく。
そのすぐ後ろを、モヒカン頭の部下二人組が、まるで神輿を担ぐかのような熱狂的な足取りで追従していた。
「流石はゾンゲの兄貴……いや、若頭ッ! 歩くたびにお師匠様からの『質量』が背中にビシビシ伝わってきて、俺たちのグルメ細胞もビンビンに昂ってますぜ!」
「まさに無敵の進軍だ! これならセンチュリースープなんて、お師匠様の手を煩わせるまでもなく、俺たちだけで一瞬で捕獲できちまいますよ!」
(……いやいやいや! 待って、本当に待って!!! なんでそんなに自信満々なの!? スープの捕獲どころか、この先マジで地獄の猛獣ゾーンだよ!?)
そんな、先頭を意気揚々と突き進むゾンゲ一派の遥か後ろを、俺は文字通り「トボトボ」という擬音が世界一似合う、弱りきった足取りでついていっていた。
――そう。
しばらくその場に「彫像」のごとく完全ロックされていた俺だったが、ゾンゲさんたちがどんどん吹雪の彼方へ進んでいってしまうのを見て、脳内パニックが限界を突破。
(置いていかれたら本当に遭難して死ぬ!!!)という前世一般人の極限の恐怖が、ブロリーの狂暴な筋肉の『ロック』を力任せに打ち破ったのだ。
ピキィィィン、と内側で因果の鎖が弾けるような感覚と共に、ようやく手足の自由を取り戻した。
取り戻したまでは良かったのだが。
(……動けるようになったはいいけど、顔面の筋肉だけは般若のままガチガチに固まって戻らないよぉぉぉ!!!)
力を抑え込もうと必死になりすぎた代償として、俺の顔は【獲物を品定めしながら、冷酷に、獲物の逃げ道を塞ぐようにじわじわと距離を詰める絶対的な捕食者】の歪んだ笑みのまま固定されていた。
白目を堪えた冷徹な眼光が、図らずも前方を歩くゾンゲさんたちの背中を、ロックオンするようにじっと見つめる形になってしまう。
ゴ、ン……。ゴ、ン……。
タンクトップ一枚の褐色肌に絶対零度の冷気を叩きつけられながら、俺が一歩を踏み出すたびに、その異常な質量が氷の大陸をミクロ単位で陥没させ、重苦しい重低音の地響きが周囲に響き渡る。
その不気味な足音を聞くたびに、ゾンゲさんの部下たちがヒッと肩を跳ね上がらせ、涙目でゾンゲさんに耳打ちしていた。
「わ、若頭……っ。後ろから、お師匠様の『値踏みするような視線』が、俺たちの後頭部に突き刺さって、皮膚がチリチリ焦げそうなんですけど……っ!」
「歩くたびに地盤が沈んでるぞ……っ。あれは、もし俺たちが一歩でも無様な動きをしたら、その瞬間に後ろから空間ごと圧殺してやるっていう、魔王の無言のプレッシャーじゃねぇのか……っ!?」
ゾンゲさんも、実は防寒着の内側で背中に大量の冷や汗を流していたが、そこは世界一見栄っ張りな男。鼻の穴をこれでもかと大きく膨らませ、強がって部下を怒鳴りつけた。
「バ、バカ野郎! お師匠様がそんな細かいことを気にするわけねぇだろ! あれはよぉ、新入りの俺たちに『美食屋としての歩き方』を、背中……いや、正面から実演して教えてくださってるんだよ! 1ミリの無駄もない、大自然への挑戦のステップってやつだ!」
(違うのおおおお!!! ただ単に防寒着がなくて寒そうだから、ゾンゲさんの後ろに隠れて風除けにしようと必死に金魚のフンみたいについていってるだけなの!!! プレッシャーじゃなくて、ただのストーカー状態なのぉぉぉ!!!)
口が裂けてもそんな情けない真実を叫ぶことはできず、俺はただ、般若の面を貼り付けたまま、トボトボ(周囲にはズシン、ズシン)と引き摺られるように歩みを進めるしかなかった。
*
そんな、世界一噛み合わない「武神と弟子」の進軍が、アイスヘルの鬱蒼とした氷の渓谷へと差し掛かった、その時だった。
ガルルルルルルルルルル……ッ!!!!!
吹雪の幕を切り裂いて、空間を震わせるような、凶暴極まりない咆哮が響き渡った。
渓谷の氷壁の上から、次々と姿を現したのは、アイスヘルに生息する凶悪な肉食猛獣――『アイスジャガー』の群れだった。
透き通るような氷の牙を持ち、捕獲レベルは優に二桁を超える、常人の美食屋なら遭遇した瞬間に絶望するレベルの化け物どもだ。それが十数頭、完全に俺たちを包囲するようにして、飢えた瞳をギラギラと光らせていた。
「ひ、ひえぇぇぇぇぇッ!? で、出たァァァ!!! 化け物だァァァ!!!」
「兄貴! 囲まれました! 一瞬で細切れにされちまいますよぉぉぉ!!!」
モヒカン二人組が、武器を持つ手すらガタガタと震わせてゾンゲさんの背中にしがみつく。
(うわぁぁぁぁぁん!!! ほら来たよ!!! だから言ったじゃん原作知識通りだよ!!! 怖い! 牙がめちゃくちゃ尖ってて刺さったら絶対痛いよぉぉぉ!!!)
俺の脳内は、猛獣たちの恐ろしげな咆哮によって、一瞬で精神崩壊のレッドゾーンへと突入した。
パニックが臨界点を突破した結果、俺の肉体は、またしても一般人の脳からの伝達信号をバグらせた。
(近寄るな、あっち行け! 触るなァァァ!!!)という極限の拒絶反応が、ブロリーの肉体においては【これ以上ないほど不敵な、戦闘狂としての歓喜のオーラ】へと強制変換されてしまう。
ゴオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!!!!
俺が恐怖で奥歯を噛み締め、全身の毛穴をこれでもかと強張らせた瞬間。
褐色肌の全身から、空気を分子レベルで歪ませるほどの「漆黒の超魔王オーラ」が、物理的な津波となって渓谷全体に爆発的に吹き荒れた。
凄まじい質量気圧が、周囲の氷壁にピキピキと無数の亀裂を走らせる。
「――グ、ル……ッ!?」
その瞬間、たった今まで狂暴な殺気を放っていたアイスジャガーたちの動きが、文字通りピタリと停止した。
猛獣たちの本能が、彼らのグルメ細胞が、目の前にそびえ立つタンクトップ一枚の褐色巨神の「質量」を正しく認識してしまったのだ。
彼らの目には、カナタという存在が、ただの人間ではなく【一足踏み出すだけでアイスヘルそのものを叩き潰し、世界の生態系を根底から消滅させかねない、神話の時代の破壊神】として映っていた。
(あ、あれ……? 猛獣たちが、みんな一斉にこっちを見て固まってる……? 待って、そんなに一斉に見つめないで! 怖い! 目が合うだけで心臓が止まりそうだよぉぉぉ!!!)
俺は恐怖のあまり白目を剥きそうになるのを必死に堪え、顔面を般若の形のまま完全ロックさせ、ただ無言で、アイスジャガーたちのボス格を「冷酷に睨みつける(実際はパニックで凝視しているだけ)」ことしかできなかった。
その、世界を滅ぼしかねない漆黒の気圧のなかで、ゾンゲさんだけは、これ以上ないほど目を輝かせて大斧を掲げた。
「がっはっは! 見ろよお前ら! 流石はお師匠様だぜ! こんな雑魚どもの群れ、お師匠様がただ『一瞥』しただけで、恐怖で小便垂れ流して縮み上がってやがる!」
ゾンゲさんは、俺の放つ超魔王オーラを、弟子を守るための「武神の庇護」だと完璧に深読みしていた。
「お師匠様がわざわざ、俺たちのために猛獣の動きを『ロック』して、実戦の機会を与えてくださったんだ! ここでビビってたら男じゃねぇ! 突撃ィィィィィッ!!!」
「う、うおおおおお! やるしかねぇぇぇ!!!」
「大御所様が見てるぞ! 根性見せろォォォ!!!」
お師匠様の(無自覚な)圧倒的重力に背中を押されたゾンゲ一派は、恐怖が逆に極限のハイテンションへと変換され、大斧を振り回しながら、完全に戦意を喪失してガタガタ震えているアイスジャガーの群れへと突撃していった。
クン、クィィン……。
ボス格のアイスジャガーにいたっては、カナタの般若の面から放たれる凄まじい眼光(パニック凝視)に耐えかね、ついに誇り高き猛獣としてのプライドを完全にへし折られ、まるで生まれたての小犬のように雪原に腹を擦り付け、キャンキャンと悲鳴のような声を上げて命乞いを始めていた。
(……え? なんでみんな、ゾンゲさんたちにボコボコにされてるのに反撃しないの……? っていうか、目の前のボスジャガー、なんで俺の足元で犬みたいに丸くなってるの!? 怖い! 逆に不気味すぎて触れないよぉぉぉ!!!)
手を出せず、動けず、ただ腕を組んだまま冷徹な魔王のフリを維持し続けるしかない俺の周囲では。
ゾンゲさんたちが「お師匠様のご加護、マジ無敵ィィィ!!!」と叫びながら、戦意ゼロの猛獣たちを一方的に蹂躙するという、あまりにもシュールで、そしてあまりにも凄惨な「勘違いのワンサイドゲーム」が繰り広げられていた。
*
「よっしゃあ! 見たかお前ら! 俺様とお師匠様の黄金コンビにかかれば、アイスヘルの猛獣なんてただのコエビちゃんよ!」
ゾンゲさんが、すっかり戦意を喪失して雪原に転がっているアイスジャガーの山の上に足をかけ、大斧を天に掲げてガハハと笑う。
その足元では、ボス格のアイスジャガーが、未だに俺の褐色肌の足首にスリスリと頭を擦り付け、チワワのように震えながら必死に媚びを売っていた。
(……いや、だから本当に何なのこの状況!? ゾンゲさんたちが強いんじゃなくて、このジャガーたちが俺の顔(般若)にビビり散らかして無抵抗なだけだからね!? っていうか、足元でゴロゴロ言ってる大型猛獣が怖すぎて、俺、さっきから爪先一ミリも動かせないんだけど……っ!!!)
俺の脳内は、未だに野生の恐怖に満ち満ちていた。
だが、この異様な光景すらも、ゾンゲさんたちのフィルターを通せば「流石は大御所様、座しているだけで野生の王を飼い慣らすとは……っ!」という、さらなる信仰心のスパイスでしかなかった。
「お師匠様! 露払い、完璧に完了でさぁ! さあ、このまま伝説のスープまで突っ走りましょうぜ!」
「……あ、あぁ。案内を、頼む……」
なんとか喉のギチギチした強張りをほぐし、絞り出すようにして答える。
しかし、その声はまたしてもブロリーの肉体のせいで、地王の底から響くような「ゴ、ォ……」という冷徹な重低音に変換されていた。
「はっ! お任せくだせぇ!」
ゾンゲさんは鼻の穴をこれでもかと大きく膨らませ、再び先頭に立って吹雪の奥へと歩き出した。
俺は、足元でキャンキャン鳴いているジャガーを刺激しないよう、細心の注意を払いながら、その後ろをトボトボと、しかし周囲には「ズシン……ズシン……」と大気圧を歪める足音を響かせながらついていくのだった。
*
一方その頃。
カナタが放つ圧倒的な「質量」の気圧から遠く離れた、アイスヘルの別ルート――。
ヒュオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
そこは、カナタの歩く「暴風すら避けて通る無風の領域」とは完全に真逆の、文字通りの地獄だった。
刃物のような氷の礫が容赦なく肌を切り裂き、立っているだけで肺胞が凍りつきそうな絶対零度の世界。
「……くっ……! はぁ、はぁ……ッ!!」
トリコが、吹き荒れる猛吹雪の中に両足を深く突き立て、荒い息を吐きながら拳を握りしめていた。
防寒着を着込んでいるにもかかわらず、その指先は限界を超えて紫に変色しかけている。
「おいおいトリコ、もうバテてんじゃねぇぞ……! 美しくねぇなぁ……っ!」
すぐ横で、サニーが自身の美しい髪を触覚のように周囲に広げ、極寒の冷気を一本一本で感知しながら、青ざめた顔で強がりの笑みを浮かべていた。
しかし、その美しい髪の先は、あまりの寒さにパリパリと凍りつき、微細なガラス細工のように悲鳴を上げて散っている。
「……二人とも、油断しないで。僕の感覚だと、この先のルートには、人間界の生物とは思えないほどの、不吉な『死相』の塊がいくつも蠢いている」
ココが、自身の毒膜を全身に薄く張り巡らせて寒さを凌ぎながら、知性的な瞳をかつてないほどギラギラと鋭く光らせていた。
四天王としての誇り。
一龍会長の元を去る間際、あのカナタの「1ピコ秒の乱れもない完全静止」を突きつけられた彼らの胸中には、今も消えない熱い闘志の炎が猛烈に燃え盛っていた。
(あの野郎……ベジタブルスカイでもそうだったが、アイスヘルにタンクトップ一枚で、寒さの『震え』すら起こさずに立っていやがった……!)
トリコが、自身のグルメ細胞が内側から激しく脈打つのを感じ、不敵に口元を釣り上げる。
(アイツは、俺たちに甘えを許さないために、あえて一人で正面から踏み込んだんだ。今の俺たちが横に並べば、アイツの放つ圧倒的な気圧に『守られて』しまうから……っ!)
(冗談じゃねぇ。俺たちは美食四天王だ。カナタ……テメェの背中を、ただ指をくわえて眺めてるだけのヒロインなんかじゃねぇんだよ……っ!!)
「へっ……面白くなってきたじゃねぇか……ッ!」
トリコが吠えると同時に、その背後から、凶暴極まりないグルメ細胞の幻影(赤鬼)が、極寒の吹雪を消し飛ばさんばかりの猛烈な殺気となって膨れ上がった。
「サニー、ココ……! もたもたしてっと、置いていくぜ! 俺たちはこの別ルートの地獄を全部喰い尽くして、アイツに追いつくんだ……ッ!!」
「フン、言われなくても美しく進化してやるじゃんよ!」
「えぇ、僕たちの誇りにかけて、必ず並び立ってみせます」
カナタという「超えるべき絶対的な壁」がいるからこそ、彼らの進化のスピードは原作のそれを遥かに超越していた。四天王のギラギラとした熱い闘志が、絶対零度の白い大陸を確かに焦がし始めていた。
だが――。
そんな熱い四天王たちの奮闘など、1ミリも知らない当の「巨大な壁(カナタ)」は。
(……うぅ、みんな今頃、小松くんと一緒にあったかい船の中でぬくぬくスープ飲んでるのかなぁ。いいなぁ、羨ましいなぁ……。俺も今すぐ精神的オアシス(小松くん)の元に帰りたいよぉぉぉ……!)
と、ゾンゲさんの丸い背中を風除けにしながら、涙目で本気でコタツと肉煮込みのことだけを考えているのだった。
誤字の報告ありがとうございます。
とても助かります。