『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
バロン諸島を揺るがした腕相撲の大天変地異から、わずか数時間後のこと。
お菓子の家のリビングで直立不動のまま、俺は再びIGOの最高級黒塗りヘリコプターの狭い座席へと押し込まれていた。
今回はトリコと小松だけでなく、まばゆい金髪のリーゼントを豪快に揺らすIGO会長、一龍も同乗している。
ヘリの窓の外には、人間界のあらゆる近代都市を遥か眼下に置き、雲を突き抜けてそびえ立つ、巨大な隔離壁が見えていた。
そこは、すべての美食屋たちの憧れの地であり、IGOが国家予算を惜しみなく投じて管理する世界最高の食材研究施設――『第1ビオトープ』だった。
「やぁやぁカナタくん、そう緊張せんでええ。お前さんのその肉体と細胞が、暴走寸前なのは分かっておる」
「あれだけの大エネルギー(気)を一瞬で暴発させたんじゃ、体内の栄養が完全に枯渇しとるはずじゃからな」
「トリコの家をこれ以上壊さんためにも、まずはワシの庭で、腹一杯に美味いもんを詰め込もうじゃないか」
金髪の髭をワシワシとしごきながら、一龍が優しく笑いかけてくる。
だが、その目はニコニコとしている一方で、常に俺の動きを一瞬たりとも見逃さない、絶対的な警戒の光を宿していた。
それもそのはずだ。
一龍のグルメ細胞には、俺の背後に佇む、宇宙をも消し去りかねない緑色の巨人の悪魔(ブロリー)の幻影が、今もドロリと見え続けているのだから。
(一龍会長、本当にごめんなさい……。俺はただ、大人しくお腹を満たしたいだけなんです……!)
俺は心の中でシクシクと涙を流しながら、ヘリの座席を指の圧力でペシャンコに潰してしまわないよう、全神経を集中させて固まっていた。
ヘリが第1ビオトープの中央に広がる、超巨大なガラスドームの前に着陸する。
ハッチが開いた瞬間、目の前に広がったのは、人間界ではお目にかかれない幻の最高級食材が、まるで雑草のように群生している狂気的な光景だった。
地面の土はすべて最高級の焦がしバターで湿っており、周囲に生えている大樹からは、完熟した『霜降り肉の果実』が鈴なりに実っている。
「うおォォォッ! 相変わらず凄ぇな、親父の庭は! 匂いだけで胃袋が爆発しそうだぜ!」
青髪のトリコが、早くも口から大量のヨダレを垂らしながらフォークとナイフの形に手を構える。
小松も「すごいです……! これ、全部IGOが研究用に培養している食材なんですね!」と、料理人としての目を輝かせていた。
「さぁ、カナタくん、遠慮はいらん。お前さんのその胃袋が、どれほどの底なし沼なのか、ワシに見せてみい」
一龍が手を広げて合図を送ると、周囲の待機していた数百人のIGO職員たちが、一斉に巨大な台車を押して、うずたかく積まれた料理を運び込んできた。
最初に目の前に並べられたのは、捕獲レベル8の『ハンバーガープラント』から収穫された、焼きたての巨大な肉厚ハンバーガー、一万個。
さらに、捕獲レベル12の『フライドポテトツリー』から採れた、香ばしいポテトが数十トン。
そして、琥珀色に輝く最高級のノコギリコーラが、巨大なプールのような樽になみなみと注がれていた。
現代日本の一般人だった前世の俺なら、一目見ただけで気絶するような量だ。
だが、今の俺の身体(サイヤ人の細胞)は、その山のような料理を見た瞬間、理性が消し飛びかけるほどの、凄まじい「狂暴な食欲」の咆哮を上げた。
体内のグルメ細胞が、パチパチ、バチバチと火花を散らしてエネルギーを渇望している。
「い、いただきます……ッ!」
俺は恐怖のあまりスプーンを握ることを諦め、目の前のハンバーガーの山に、文字通り両手で掴みかかるようにしてかぶりついた。
――ガブッ!!! ズガガガガガガガガッッッ!!!
「お、おいおい、あいつの食うスピード、なんだこれ……!?」
トリコが掴みかけたハンバーガーをポロリと落とし、顎が外れそうなほど口を開けて絶句した。
俺の捕食スピードは、もはや「大食い」というレベルを遥かに超越していた。
咀嚼という動作が音速を超えているせいで、俺の口元を中心に、シュゴォォォッという猛烈な『空気のダイソン現象(吸引竜巻)』が発生していたのだ。
並べられた一万個のハンバーガーが、俺が手を動かすたびに、まるでブラックホールに吸い込まれる星々のように、一瞬で俺の胃袋へと消え去っていく。
「な、奈落の落とし穴か、あいつの胃袋は……!」
トリコが額に冷や汗を流しながら呟く。
小松にいたっては、俺の周囲で巻き起こる吸引の風圧で飛ばされないように、トリコの太い脚にしがみついて目を回していた。
バクバク、ゴクゴク、ズズズズズッ!!!
フライドポテト数十トンが、まるで一掴みのスナック感覚で口の中に放り込まれ、一瞬で咀嚼されて飲み込まれていく。
樽に注がれたノコギリコーラのプールは、俺が樽の縁を掴んでグイッと傾けた瞬間、ほんの数秒で底が見えるほどのウォーターサーバーと化してしまった。
「ふぅ……。ごちそうさまでした。……あの、あの料理人さん、でっかい人、一龍会長。まだ、その、全然お腹が膨れないんだけど……」
俺が申し訳なさそうに、血走った目でペロリと口の周りを拭う。
その周囲には、文字通りチリ一つ残っていない、真っ白に空っぽになった数千枚の大皿が、ピラミッドのように積み上がっていた。
調理を担当していたIGOの料理長たちが、厨房の奥で「嘘だろ……一カ月分の備蓄食材が、わずか五分で……!」と、ショックのあまり泡を吹いて卒倒していく。
一龍は、その光景をニコニコと笑いながら見つめていたが、彼の額からは、じわりと薄寒い冷や汗がにじみ出ていた。
(……なるほどな。こ奴の細胞は、食えば食うほど強くなるのではない)
(体内で無限に生み出されるあの『黄緑色のエネルギー(気)』を維持するために、惑星一個分のカロリーを常に要求し続けとるんじゃ)
(これは……放っておけば、人間界の食材が全てこ奴の一食分で底を突くぞ)
一龍会長の脳裏に、IGOの国家予算のグラフが、凄まじい勢いで右肩下がりに急降下していく幻影が明確に浮かんでいた。
さすがの人類最高権力者も、これには本気で危機感を覚えたらしい。
「ハハハ! 面白い、面白いぞカナタくん! よし、厨房の者たちよ! ビオトープ内の捕獲レベル20以上の猛獣たちを、片っ端から調理して持ってこい!」
「ワシのポケットマネー(国家予算)が消し飛ぶのが先か、こ奴の胃袋が爆発するのが先か、勝負じゃ!」
「おやじ、本気かよ!? 第1ビオトープの生態系が壊滅しちまうぞ!」
トリコが慌てて叫ぶが、一龍はすでに大興奮で、金髪の髭を逆立てて笑っていた。
ここから、俺のサイヤ人の胃袋と、IGOの総力を挙げた『限界突破の大食いデスマッチ』が本格的に始まってしまった。
捕獲レベル22の『ルビークラブ』が数百匹、一瞬で茹で上げられて運ばれてくる。
俺が殻ごとバリバリ、ボリボリと、まるでお煎餅でも食べるかのような音を立てて咀嚼すると、小松が「カニの殻をカルシウム感覚で食べてるぅぅぅ!」と白目を剥いた。
捕獲レベル26の『ガッラードン』の極上ステーキが、数十メートル規模の鉄板ごと運ばれてくる。
俺はその肉の塊を素手で引きちぎり、ガツガツと胃袋に放り込む。
食べれば食べるほど、体内の細胞がパチパチと歓喜の音を立てて熱を帯び、俺の身体の周囲に、再びうっすらと黄緑色の神聖なオーラが立ち上り始める。
だが、さっきまでのような暴走への恐怖はない。
美味い食材が、俺の肉体に眠る暴虐の闘争本能を、優しく、まろやかに飼い慣らしていくのが、はっきりと体感できた。
(美味い……美味いなぁ。この世界に転生できて、本当に良かった……っ!)
俺は感動の涙をボロボロと流しながら、さらに『バロンバギー』の肉の煮込みや、『ネオガララワニ』の丸焼きを、文字通りブラックホールのごとき勢いで胃袋へと収めていった。
結局、その日の大食いデスマッチは、丸一日中続けられた。
最終的に、第1ビオトープの食材在庫の九割が消失し、IGOの国家予算の年間計画に「激甚災害レベルの特異点」が刻まれた頃、俺はふぅと大きな息を吐き出して、ようやくお腹をさすった。
「……ごちそうさまでした。ようやく、ちょっと落ち着きました」
俺が満面の笑みを浮かべると、俺の全身を包んでいたオーラは、不純物を一切含まない、純粋で美しい白い光へと完全に昇華していた。
気のコントロールの第一歩が、「腹一杯に美味いものを食うこと」だと、ようやく全員が理解した瞬間だった。
リビングの床には、力尽きたトリコが「もう……動けねぇ……。あいつ、俺の十倍は食うぞ……」と、美食屋としての敗北感を漂わせて大の字に寝転がっていた。
小松も、調理のサポートと風圧に耐え続けたせいで、ボロ雑巾のように真っ白に燃え尽きている。
一龍会長は、静かに手元のデータ端末に表示された「食材損失額:数百億グルメドル」という数字を見つめ、ハハハ……と、本日一番の乾いた笑い声を漏らしていた。
「……カナタくん。お前さんの食欲を満たすには、人間界の食材では到底、足りんということがよぉく分かったわい」
「こりゃあ、近いうちにお前さんを、あのバケモノどもの巣窟――『グルメ界』に放り込むしかなさそうじゃな」
「え、ええええええッ!? グルメ界ですか!? 嫌ですよ、あんな危険な場所!!」
世界一の破壊力を持った男の、世界一必死な拒絶の悲鳴が、空っぽになった超巨大ガラスドームの中に響き渡る。
しかし、この底なしのサイヤフードの胎動は、すでに人間界の枠を完全に踏み越え、グルメ界の猛獣たち、そして世界の真の理をも震え上がらせようとしていたのだった。