『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
第1ビオトープでの壮絶極まりない「大食いデスマッチ」を終え、IGOの国家予算に文字通り致命的な爪痕を残した俺は、再びトリコのお菓子の家へと戻っていた。
破損した玄関のクッキー扉や、地下室まで地盤沈下していたリビングの床は、トリコが言っていた通り、数日間の猛烈な自己再生能力によって、すっかり元のメルヘンな姿へと元通りに修復されている。
しかし、俺の精神状態は元の平穏とは程遠い場所にあった。
リビングの端、再生したばかりの頑丈なビスケットの壁に背中を預け、俺は膝を抱えて完全に体育座りの姿勢で固まっていた。
「はぁ……。俺、たった一食で数百億グルメドル分の食材を消滅させちゃったんだよな……」
「神様、いくら何でも燃費が悪すぎるだろ。このままじゃ、俺が生きているだけで人間界が飢饉で滅びちまう……」
前世では一食数百円の牛丼や、スーパーの割引惣菜で満足していた料理好きの一般人だ。
それが、今や地球一個分のカロリーを常に要求し続ける、歩く大食い天災(サイヤ人)。
その事実に、俺は深い自己嫌悪と、いつか世界を物理的にも食糧的にも破壊してしまうのではないかという恐怖で、ガタガタと全身を震わせるしかなかった。
「ハハハ! 気にするなカナタ! 食欲が旺盛ってのは、美食屋にとっちゃ何よりの才能だぜ!」
「おやじも笑ってたろ? 人間界の食材が足りねぇなら、グルメ界のイカれた食材を根こそぎ食い尽くせばいいだけの話だ!」
青髪の巨漢――トリコが、お菓子の家の壁から毟り取った特大のミルクッキーをバリバリと豪快に噛み砕きながら、豪快に笑い飛ばしてくる。
その隣では、小松が「そうですよ、カナタさん!」と、目を輝かせながら熱い紅茶を淹れてくれていた。
「カナタさんのあの完璧な肉の処理、そして何より、僕の作ったスープをあんなに美味しそうに、涙を流して食べてくれたんです!」
「あんなに食材への愛に溢れた人を、IGOが放っておくわけがありません!」
「僕、もっともっと腕を磨いて、カナタさんのお腹を完璧に満たせるような、世界一の料理をたくさん作れるようになりますから!」
小松のその純粋で温かい言葉が、俺の凍りついた心にじわりと染み渡る。
本当に、原作の主人公と相棒の器の大きさには、感謝してもしきれない。
俺が「ありがとう、小松くん、トリコ……」と、ようやく少しだけ張り詰めた表情を緩めた、まさにその時だった。
お菓子の家の外から、突如として周囲の空気が一瞬で凍りつくような、凄まじい「威圧感(オーラ)」が二つ、同時に押し寄せてきた。
バササササササササッッッ!!!
家の周囲にいたはずのバロン諸島の怪鳥たちが、何かの恐怖を察知して一斉に空へと逃げ出していく。
リビングの甘いバニラの香りが、一瞬にしてピリピリとした「毒」の気配と、髪の毛が逆立つような「静電気」の波動に塗り替えられていった。
「――トリコ! 中にいるのは誰だ!?」
お菓子の家の、再生したばかりのクッキーの扉が勢いよく開き、リビングに二人の男が飛び込んできた。
一人は、漆黒のタイツを身に纏い、切れ長の鋭い瞳の奥に計り知れない理性を宿した、四天王の一人――ココ。
彼の周囲には、目に見えないほどの微細な毒の霧が、警戒のあまり薄く揺らめいている。
もう一人は、ピンクや緑、青といった、あらゆる色彩が混ざり合った、この世の何よりも美しい長い髪を揺らす男――サニー。
彼の周囲からは、目に見えない20万本の「触覚(ヘア)」が、リビング全体の空間を埋め尽くさんばかりに全方位へと展開されていた。
二人の顔からは、いつもの余裕や美意識が完全に消え失せており、大粒の冷や汗がその整った顔を伝って流れ落ちている。
彼らの五感は、目の前にいる俺を捉えた瞬間、限界を遥かに超えた警鐘を頭の中で乱打していた。
「……ココ! サニー! なんでお前らがここにいるんだよ?」
トリコが驚いて立ち上がるが、ココとサニーはトリコの言葉に答える余裕すらなさそうだった。
二人の鋭い視線は、リビングの隅で体育座りをしてガタガタ震えている褐色肌の巨漢――俺の姿に完全にロックオンされていた。
「トリコ……お前、バロン諸島から一体、何を連れて帰ってきたんだ……!」
「僕の眼には……あの男の周囲の空間そのものが、すべての生命の終わりを告げる、悍ましい『絶滅の緑』に変染まって見える……!」
「死相なんてレベルじゃない! 生きているのが奇跡の、歩く破壊の概念そのものだぞ……っ!」
ココが、自身の鋭い「電磁波を見る眼」を血走らせながら、一歩後ろへと後ずさりした。
彼の脳細胞は、俺という存在の放つ電磁波の桁違いの質量に耐えかねて、今にも焼き切れそうなほどのパニックを起こしている。
「最悪だ……! なんだよ、この、美しくねぇ暴力そのものみたいな波長は……っ!」
「僕のヘア(触覚)が、あいつの身体に触れることすら拒絶して、恐怖で全部縮こまっちまう……!」
「おい、トリコ! そいつに近づくな! 一瞬で肉片すら残さず消されるぞ!!」
サニーもまた、20万本のヘアから伝わってくる「底知れない超重力のプレッシャー」に全身の鳥肌を立たせ、叫び声を上げた。
彼の絶対的な美の価値観が、目の前にある「絶対的な暴力の塊」を前にして、粉々にへし折られようとしていた。
(うわあああああっ!? ココとサニーだ! 本物だ!!)
(でも頼むからそんなに怯えないでくれ! 構えないでくれ!!)
(俺、ただの一般人なんだ! お前らみたいなイケメン四天王を、うっかり気の暴発で蒸発させちゃったら、世界中のファンに顔向けできないよぉぉぉ!!)
俺は恐怖のあまり、無意識のうちに自分の身を守ろうと、体内の『気』を限界まで収縮させ、必死にオーラを抑え込もうとした。
だが、ブロリーの肉体というやつは、どこまでも持ち主の意図を裏切っていく。
「頼む、戦うつもりは無いんだ……! 構えないでくれ……っ!」
俺が必死に両手を前に出し、弁明しようとした、その瞬間だった。
俺の精神的なパニックと、ココたちの放つ戦意に、体内のサイヤ人細胞が勝手に過剰反応してしまった。
内側からドクンッ!!! と、マグマのような膨大な気が弾ける。
――ゴォォォォォォォォォォォッッッ!!!!
「――っ!? な、なんじゃ、この光は……っ!?」
俺の全身から、これまでの禍々しい黄緑色のオーラではなく、飯を食って完全に安定した、不純物を一切含まない、純粋で圧倒的な『絶滅の白い光』が、爆発的に噴き出した。
お菓子の家のリビング全体が、まばゆいばかりの白光によって一瞬で埋め尽くされる。
それは、美しいなどという生温い次元ではない。
あまりのエネルギーの純度と質量の高さに、リビングの空間そのものが「ミシミシ……パキィン!」と物理的にひび割れ、大気がオゾン臭を伴って一瞬でプラズマ化していくほどの、絶対的な神聖の輝きだった。
「がはっ……!? お、オーラだけで……空間の重度が……重すぎる……っ!」
サニーが絶叫した。
俺が放った『白光のプレッシャー』の余波を浴びた瞬間、サニーが誇る20万本のヘア(触覚)が、一本残らず恐怖で完全に縮こまり、彼自身の意思を無視して強制的に頭皮へと巻き戻されてしまったのだ。
サニーはその圧倒的な「不調和な美の暴力」を前にして、息をすることすらできず、膝をガクガクと震わせてその場に崩れ落ちた。
「コ、ココ……サニー……! 頼むから落ち着いてくれよ!」
「カナタはただ、自分の力が怖くてビビってるだけの一般人なんだよ!」
トリコが気の光の中で必死に手を振りながら二人を宥めるが、ココの眼は、すでに俺の背後に宿る『真の真実』を捉えていた。
白光の残光が渦巻く中、俺の背後には、全宇宙の星々を容易く消し飛ばし、神をも屠るほどの圧倒的な暴虐の意志を持った、伝説の巨人の幻影――『伝説の超サイヤ人の悪魔』の姿が、今や明確な実体となってドロリと実体化していた。
その悪魔は、ココの背後にある毒の悪魔や、サニーのヘアの悪魔を、塵芥(ちりあくた)でも見るかのような冷酷な眼光で見下ろしている。
「一般人……? トリコ、お前は正気か……?」
「あの男の後ろに佇む、あの『白い悪魔』が見えないのか……?」
「人間界の、いや、この地球のすべての生命を合わせたとしても、あの悪魔が放つ、ただの一呼吸の質量にすら到底、届かない……っ!」
ココは歯をガチガチと鳴らし、全身から冷や汗を滝のように流しながら、ついにその場にドサリと尻もちをついた。
占い都市で数千の毒蛇を従え、どんな死相をも冷静に見つめてきたあのココが、生まれて初めて、本気で恐怖に腰を抜かしたのだ。
「ひ、避難警報……いや、これは世界滅亡のカウントダウンですよぉ……っ!」
小松にいたっては、二人の発する次元の違うオーラの激突の風圧だけで、息ができずにテーブルの陰に隠れてガタガタと震えていた。
「本当に……本当に戦うつもりは無いんだ……」
「俺、ただ美味いスープを飲んで、静かに生きたいだけなんだよ……」
俺が頭を抱えて、シクシクと涙を流しながら白い気を体内に収めると、リビングを支配していたあの天変地異のような白光が、ゆっくりと消え去っていった。
静寂が戻った室内で、ココとサニーは、しばらく息を荒くしながら、泥まみれになって床にへたり込んでいた。
彼らの高いプライドと、四天王としての絶対的な自信は、ただそこに座っているだけの謎の巨漢(俺)の「怯え」によって、跡形もなく粉砕されてしまっていた。
トリコはそんな二人を見下ろしながら、フゥと長い息を吐き出すと、ぶっきらぼうに言った。
「まぁ、お前らが驚くのも無理はねぇ。こいつの腕相撲一発で、バロン諸島全体が沈みかけたんだからな」
「だが、おやじ――一龍の親父も、こいつをIGOの国家機密として全力で保護するって決めたんだ」
「カナタは俺の仲間だ。手出しは絶対に許さねぇぜ」
トリコのその力強い言葉に、ココとサニーは、ようやく少しだけ冷静さを取り戻したようだった。
ココは震える手で額の冷や汗を拭い、サニーは縮こまったままの自分の髪を見つめて、乾いた苦笑いを漏らす。
「……IGOの会長が、直々に保護を……。なるほどね、トリコ」
「確かに、こんな化け物を敵に回したら、その瞬間に僕たちの世界は終わる」
「味方でいてくれるというなら、これほど心強い……いや、恐ろしい存在はいないよ」
ココが、未だに恐怖で震える脚を無理やり動かして立ち上がり、俺に向かって、最大限の警戒と敬意を込めて一礼した。
サニーもまた、「ったく、美しくねぇ強さだけど……認めざるを得ないじゃんかよ……」と、悔しそうに顔を背けながらも、俺への敵意を完全に収めた。
世界を滅ぼしかねない最強の破壊神の肉体と、世界一ビビりな一般人の精神を持った男、カナタ。
人間界の誇る四天王の合流すらも、圧倒的なインフレの恐怖で塗り替えてしまった俺のビクビク美食屋ライフは、いよいよ世界全体を巻き込み、さらなる未知の食材捕獲への旅路へと、その歩みを進めていくのだった。