『神様、特典の出力を間違えてます! 〜ブロリーの肉体で始めるビクビク美食屋ライフ〜』 作:トート
デビル大蛇のキングサイズすらも恐怖の涙で敗走させ、静寂が戻った地下迷宮の最奥部。
俺たちはついに、十年に一度の奇跡が回遊する目的地――『海底地下湖』へとたどり着いていた。
目の前に広まっていたのは、洞窟の闇の中にポッカリと開いた、どこまでも透き通る巨大な地底の海だった。
水面からは、まるで満天の星空を水底に沈めたかのように、淡く美しいエメラルドグリーンの光が優しく湧き上がっている。
その光の正体こそが、産卵のために深海から回遊してきた、何万匹もの『フグ鯨(ふぐくじら)』の群れだった。
「うわぁ……! すごいです、トリコさん、カナタさん! 湖全体が宝石みたいに光ってますよ!」
料理人の小松くんが、その大きな鼻をヒクヒクと震わせ、純粋な感動に瞳を輝かせて叫んだ。
青髪のトリコも「ああ、これほどのフグ鯨の群れは、俺も生で見るのは初めてだぜ……!」と、不敵な笑みを浮かべながらゴクリと生唾を飲み込んでいる。
だが、俺はと言えば、その幻想的な美しさに感動するよりも先に、またしても自分の肉体が引き起こすであろう「生態系のバグ」に怯えて、水際から数メートルも離れた岩陰でガタガタと震えていた。
(頼むから大人しくしてくれよ、俺のグルメ細胞……っ!)
(さっきみたいに、ただ近づいただけでフグ鯨が恐怖で全滅しちゃったら、小松くんの特殊調理の出番がなくなっちゃうよぉ!)
俺は両手を後ろでがっちりと組んだまま、一歩を踏み出すのすら躊躇っていた。
そんな俺の様子を見て、ココが鋭い「電磁波を見る眼」を優しく細めながら、静かに語りかけてきた。
「大丈夫だよ、カナタくん。今の君の『気』は、さっき猛毒のエネルギーを効率よく吸収したおかげで、驚くほどまろやかな白い光に落ち着いている」
「恐怖でパニックを起こさなければ、フグ鯨を怯えさせるような『絶滅の波長』は外には漏れ出さないはずさ」
「ほ、本当ですか、ココさん……。じゃあ、俺、本当に静かに、水面に指先だけ浸けてみるね……」
俺は生きた心地がしないまま、そろり、そろりと湖の縁へと近づき、水面に向かって右手の指先をそっと、本当にそっと差し向けた。
波を立てないよう、水分子を刺激しないよう、全神経を集中させる。
だが、俺の指先が、エメラルドグリーンに輝く水面にほんの一ミリほど触れた、まさにその瞬間だった。
――シュウゥゥゥゥゥウウウッッ!!!!
「……え?」
俺の意思とは全く無関係に、ブロリーの持つ異常すぎる生存本能が、地下湖の「冷たい水」という外部刺激に対して勝手に反応してしまった。
指先から、不純物を一切含まない純粋な白い気の波動が、水流を伝って一瞬で湖全体へと均一に伝播していったのだ。
その結果、湖の水を介して、何万匹ものフグ鯨の細胞に、俺の肉体の奥底に眠る『伝説の超サイヤ人の悪魔』の圧倒的なプレッシャーがダイレクトに叩き込まれてしまった。
ピキィィィィン!!! と、湖中のすべてのフグ鯨の動きが一斉にピタリと止まる。
そして次の瞬間、信じられない奇跡――いや、生態系の完全な崩壊が起きた。
「ひ、ヒィィィィッ!? フグ鯨が、フグ鯨がみんな自分でお腹をペコペコさせて、陸に向かってジャンプしてきますよぉぉぉ!!」
小松くんが頭を抱えて叫んだ。
俺の放った白い気の神聖な威圧感を前にして、何万匹ものフグ鯨たちが「この存在に逆らったら種族ごと消滅させられる」と本能で理解したのだろう。
なんと、フグ鯨たちは恐怖のあまり、普段なら一瞬のショックで全身に回るはずの『猛毒の毒袋』を、自らの筋肉の収縮によって一斉に体外へと切り離し、綺麗な身だけの状態になって、次々と自ら進んで陸の上へとベチャベチャと打ち上がってきたのだ。
「毒袋が……戦わずして、すべてのフグ鯨から完璧に分離して外れてやがる……っ!」
トリコが、打ち上がった何万匹もの「最初から毒の抜けたフグ鯨」を見て、顎が外れそうなほど口を開けて絶句した。
ココにいたっては、もはや占い師としてのすべての予測が崩壊し、額の汗を拭うことすら忘れて呆然と立ち尽くしている。
「特殊調理食材の概念が消え失せたよ……。カナタくんが水に触れただけで、食材の側が『美味しく食べてください、だから命だけは助けてください』と、自ら毒を差し出してきたんだ……」
「違うんだココさん! 俺はただ、普通に水を触ろうとしただけで! 特殊調理の難易度を強制的にイージーモードにするつもりなんて無かったんだよぉぉぉ!!」
俺が頭を抱えて地面に転がり、小松くんが「これなら僕でも、包丁を入れるだけで完璧にお刺身にできます!」と目を輝かせている、その時だった。
海底地下湖の対岸の暗闇から、ズゥン……ズゥン……という、これまでの猛獣の足音とは根本から異なる、不気味で無機質な『金属の足音』が響いてきた。
暗霧を割りながら姿を現したのは、人間とも猛獣とも違う、悍ましい鋼鉄の怪物だった。
異様に長い手足に、巨大な単眼が不気味に赤く発光している、未知のテクノロジーで作られた謎のロボット。
「――キキキ、見ツケタゾ、フグ鯨の群レ。……ム? 何ダ、アノ巨漢ハ……」
ロボットのスピーカーから、不気味に歪んだ合成音声が洞窟に響く。
ロボットの単眼がギラリと光り、打ち上がったフグ鯨の山と、その前で頭を抱えている俺の姿を捉えた。
「……おい、なんだあいつは? 人間界に、こんな不気味な科学力を持った機械を動かせる奴らがいるのか?」
トリコが即座に殺気を放ち、青髪を逆立ててフォークの構えを取るが、その顔には明らかな困惑が浮かんでいた。
ココも「気を付けて、トリコ。あの機械の奥からは、生物としての温かみが一切感じられない。ただの『殺意のプログラム』だ。どこの誰が作ったかも分からない不気味な兵器だよ」と、鋭い声を張り上げた。
だが、前世の原作知識でそのロボットの正体(美食會のGTロボ)を知っている俺の一般人メンタルは、未知のロボットの登場に、別のベクトルで本気のパニックを起こした。
(ひっ……! GTロボだ……っ! 本物だ……!)
(あれ、ビームとか撃ってくる凶悪なロボットじゃん! 怖い! メカ怖い!! 頼むからこっちを狙わないでくれぇぇぇ!!)
「来るな! ロボット! あっちに行けぇぇぇ!!」
俺は恐怖のあまり完全に理性を失い、身を守るため、条件反射のビビり行動として、足元の小石――直径10センチメートルほどの、ただの火山岩の礫を一つ掴むと、不気味なロボットに向けて全力で投げつけた。
戦うためではない、ただ「こっちに来るな」という、一般人のささやかな抵抗のつもりだった。
だが、ブロリーの肉体が放つ『全力の投擲』が、どのような物理災害を引き起こすか、俺は全く計算できていなかった。
――ドゴォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!
「え――」
俺の指先から放たれたただの小石は、投げられた瞬間に、空気との激しい摩擦によってマッハ50を超える超音速の『隕石』へと変貌した。
小石の周囲の大気が一瞬でプラズマ化し、真緑色の閃光の尾を引きながら、洞窟の空間をコンマ一秒で一閃する。
ズガガガガガガガガッッッ!!!!
超音速の礫は、不気味なロボットの胸の装甲に直撃するどころか、その周囲の『空間の気圧』を巻き込みながら、ロボットの身体を文字通り分子レベルで一瞬で粉砕し、蒸発させてしまった。
それだけにとどまらず、放たれた小石の運動エネルギーは、ロボットの後方にあった厚さ数百メートルの強固な岩盤の壁を、綺麗な円形のトンネル状に貫通。
そのまま洞窟を突き破り、遥か彼方の地表の山々までをも数個、消し飛ばしたところで、ようやく宇宙空間へと抜けて消え去っていった。
洞窟の奥には今、直径数十メートルの、綺麗な『外の青空が見える大穴』がポッカリと開いており、そこから心地よい地上のそよ風が、室内に吹き込んきていた。
「……ロボットが、消えた……?」
トリコが、構えていたフォークの手をだらりと下げ、自分の目が信じられないというように、開いた大穴と俺の顔を交互に見つめていた。
小松くんにいたっては、あまりの衝撃音に鼓膜を押さえて地面にひっくり返り、完全に白目を剥いて卒倒している。
ココは、震える手で額の冷や汗を拭いながら、乾いた笑い声を漏らすしかなかった。
「カナタくん……君が『あっちに行け』と石を投げただけで……」
「人間界のあらゆる最新兵器を凌駕するはずの鋼鉄の怪物が、塵一つ残さず消滅してしまったよ……」
「これじゃあ、どこの国のどんな不気味な組織が送り込んできた兵器だろうと、ただの『的当ての的』にしかならないね……」
「違うんだココさん! 俺はただ、怖くて石を投げただけで! 不気味なロボットを物理法則ごと完膚なきまでに粉砕するつもりなんて無かったんだよぉぉぉ!!」
世界一の破壊力を持った男の、世界一必死な悲鳴が、新しく開いた洞窟の大穴から、人間界の青空へと向かって情けなく響き渡る。
しかし、この一撃は、数千キロ離れた闇の組織『美食會』の本部で、モニターの前にいた幹部たちを、かつてないほどの戦慄と驚愕へと叩き落とすことになるのだった。
世界一ビビりな破壊神カナタのグルメ旅は、ついに闇の組織をも巻き込み、世界全体の勢力図を根底から揺るがそうとしていた。