朝起きたら古臭い日本家屋の一室だった。
何故だなんでだ。もうそんな発言は鉄板だろう。昨日は仕事終わりにいつもの串焼き屋で瓶ビールともつ焼きに舌鼓を打っていた。そして帰宅後、北国のローカル番組がサイコロで行き先を決める番組を見ながら飲みなおしていたのが最後の記憶。次に気がついた時には日本家屋の煎餅布団で寝ていた。
軽い二日酔いに頭を抱えながらスマホを探す…と言うかこの部屋には文明的なものがない。スマホもない。ここは何処だと部屋を見回してる内に少しずつ記憶が流れ込んできた。本人の記憶だろう。俺は小沢夏樹というらしい。そして、戦慄する。
「え…」
昭和20年代…?
待て待て俺は平成一桁生まれだぞ?昭和20年代って言えば俺の爺さんすらまだ10歳になっていない。あれ…確か呉で育ったって話してたよな…ってか俺、山守組の組員?
山守組を筆頭に流れ込んできた情報で状況がわかった。どうやらここは仁義なき戦いの世界線らしい。これは勝ったかもしれない。仁義なき戦いは全シリーズ観ているし、現代知識を活かして商売を始めたら長者も夢じゃない。確か山守のオヤジは競艇場の理事になるって話だったな。そこでポテチやらのスナック菓子なんか売って儲ける手もある。
なんて夢見てました。
「おーい。小沢。起きちょるかー?」
玄関から呼ぶ声がする。訛りを聞くに広島である事を実感する。まだ混乱する頭を掻きつつも引き戸を開けるとあの人が立っていた。
「広能のアニキ…‼︎」
自分の家の玄関先にアノ人が立っていた。菅原文太さんですよ。トラック野郎でもまむしの兄弟でも釜爺でもいいけどアノ菅原文太が目の前にいる‼︎
「なんや鳩が豆鉄砲喰らいよった顔して。」
「いえ…すんません。寝起きなもんで。」
無難に返したつもりだがこの人を目の前にしてそうそう冷静でもいられまい。なにせ昭和を代表する名優である。こんな歳の取り方したいとも思う。
「まぁええわい。山守のオヤジが大久保親分に頼まれごとしたとかで、騒いどるんだわ。ちぃとオヤジんとこ顔出してくれんかの?」
「はぁ…顔洗ってから向かいます。」
「じゃあ先行っとるけぇの。」
右手をひらひらさせながら去る背中を眺めつつ深呼吸をする。
「本当に仁義なき戦いなんだ…」
台所なのか、洗面所なのか判然としない場所で髭を剃って顔を濯ぐ。サングラスをかけて家を出た。元の小沢くんの記憶に従って、山守組事務所というか、山守邸を目指して歩く。小沢くんの記憶と言ってみたが、なかなか優秀ではあるらしい。子供の頃はガキ大将ながら、中学卒業後は予科練、卒業後は各地を転戦し部隊再編中に内地で終戦を迎えた。空襲で家族の行方も知れないので、終戦時の上官の紹介で呉に住み着いた。持っていけと言われた物資を闇市で売り小金を稼いでる内に当時、地元で結成された山守組の賭場に出入りし、度々の喧嘩に巻き込まれている内に同じく元海軍だった広能昌三に気に入られ、山守義雄を紹介して貰い面倒を見て貰う様になった訳だ。
「どうせなら彫り物でも入れてみるか…」
そんな事をボヤきながら雑踏を通り抜けてると見慣れた、体感では初めての山守組の敷居を跨いで広間に足を踏み入れる。
「おざすー…」
いつも座っていた縁側に近い場所に腰を下ろす。ヤバい…画面越しで観てた俳優がズラッと並んでいる。緊張を悟られないようタバコに火をつけた。身体的には慣れているんだが、久しく電子タバコだった身にはキツく感じる。ベリー味のタバコなんて無いよね?
そんな事に意識をやっていると一番上座に座っている革ジャンを着た松方弘樹、もとい坂井鉄也に睨まれると同時に話を振られる。
「昌三から聞いとるか?」
「さっき、広能のアニキから伺いました。大久保親分から何か頼まれたとかで…」
「オヤジさんがよォ…上田との件を詫びに行ったら市議会議員の中原を紹介されての。投票当日に対抗馬の金丸拉致しておけって話なんだがの。何処ぞで金丸捕まえんとあかんのじゃ。」
「女のところで楽しんでる最中に拐って、どこかに部屋借りて監禁すればええんじゃ無いでしょうか?」
確か劇中では金丸が多分、あれは今で言うソープ見たいなところで風呂に入ってるところを襲撃されて拉致される流れだったはずだ。そこから投票、議会は紛糾しつつ中原もとい大久保親分の思惑が通るって筋書きだったはずだ。
「女ァ…?」
待った、何か地雷でも踏んだか?一同から凄まじい勢いで睨まれてますけど?
「金丸に女がおるんか!?」
「そがいな話聞いとらんど‼︎」
各々好き放題に言い返してくれるが、怖い。まず怖い。北の国にいそうな人すら怖い。
「おう小沢。その話、詳しゅう聞かせ。」
坂井のカシラに睨まれ、蛇に睨まれた蛙よろしくペラペラと話させていただく。馴染みにしてる遊女がいる事、定期的に通っている事、そこの店主に小銭握らせて風呂に入ってる時に押し入って拉致すれば出来るんじゃないかという原作知識に則った提案をした。
原作知識に感謝っっ。
「よう。小沢よォ。そがな女の話、どこで仕入れてきたんなら。」
槙原政吉に最早、詰問される勢いで問われた。
やばい。どうする。全作見てるんで…とは言えない。うまいこと逃げる道を探す。
「海軍の頃の同期に聞いた話です。市議が足繁く通ってるって話です。金丸が入れ上ている女がいるって聞きました。」
「さすが予科練は違うの。目先が効くわい。お前ら方々当たって金丸の出入りする女郎屋探し出せぇっ。そこのオヤジに金握らすんじゃ。」
それぞれがゆるくもドスの効いた返事と同時に、広間から出ていく。
「あぁ昌三と小沢、ちくと残ってくれや。」
「おう、なんなら?」
「はい…」
もう怖い。怯えながら残った。
「昌三の拾いモンはええモンじゃあなぁの。」
「同じ海軍で度胸もあるけん誘ってみたんじゃがの。結構、顔広かったようじゃの。」
「兄さん方のお役に立てたなら嬉しい限りです。」
「そこでなんだがよ、金丸の件が片付くと土居組と構える事になるんだがの…そこについて昌三と小沢に考えはないかの?」
…え?戦後処理?いや戦前準備?
「鉄ちゃんよぅ…土井組と戦争になるんか?」
「避けられん話じゃろうなぁ…」
そうだ。広能と土居組の若衆頭の若杉は刑務所で兄弟の契りを交わしていた。つまりは兄弟と事を構える事になる。
「昌三は気が進まんか?」
「いやカシラ、さすがにいくらなんでも気は進まんと思います。とりあえず今回の金丸の件は広能のアニキは外れて貰って、事後処理で若杉のオジキに渡りつけて貰うのはどうですかね?」
「それじゃあ走っとるみんなに申し訳立たんじゃ無いの。」
「いや小沢の言うとおりじゃ。走るだけが仕事じゃあありゃせんわい。二人には投票終わってから働いて貰うけん、しばらく身体休めときや。」
カシラの言葉に渋々といった表情の広能のアニキと山守邸を後にした。
「海軍の同期な…まだそがいな付き合いしよったんか…?」
遠くを眺めながらアニキが問いかけてきた。
「はぁ…呉で終戦、復員したんで。呉やら市内にも同じ部隊のやつらいるんです。」
「ほうか…同期の桜は大切にせんとの。」
どこか寂しそうな背中の広能昌三なのか菅原文太を見送って自分の家に帰った。
数日して金丸を拉致した事、無事中原の主張と言うか大久保親分の思惑通りに市議会の決議が通ったらしい事、予測通りに土居がキレている情報が組事務所に届けられた。
「土居がトサカにきとるのは想定できた話じゃ。金丸はまだ口を割っとらんようだの。」
ふんぞり返って笑うカシラを見ててすっかり失念してたことがあった事に気が付く。金丸を釈放する時に名乗ったんだこのポンコツ。そんな事したら早晩、山守組が関わってる事がバレて事を構える事になる。神原の口止めでなんとかなると思ったのは甘かった。
「カシラもどうしてどうして名乗りなんかあげよったんですかいの。」
「そうじゃ。名乗らんとけばバレん可能性だってあったんじゃあなぁの。このままじゃあ早晩、土居がカチコンでくる未来しかありゃせんわい。」
矢野、新開がここぞとばかりに坂井を責める。確かにこのままだと土居が事を嗅ぎつけてくるに決まってる。
「そん時は、そん時じゃ。その前に若杉通して収めたらええじゃないの。」
矢野、新開に対してカシラも言い返す。確かこの二人は反坂井だったはず。後々、坂井一派に粛清される。
「そうじゃ。のう、昌ちゃんここは若杉に話つけて穏便に済ませて貰う手は無いんかのう?」
「今更どう穏便にして貰うおう言うんなら。どうもこうもありゃせんよ。」
非戦派というか臆病な槙原は広能のアニキに眼を向ける。喧嘩吹っ掛けて穏便に済ませて貰うなんて虫のいい話あるわけがない。そんな不毛な話し合いも続かず、今日のところはカシラがしばらく旅に出ることの報告でお開きになった。そうだ。ここで釘を刺しておかないと後々、大きな火種になりかねない。
「神原の兄さん!」
「おん?小沢ちゃんじゃあなぁの珍しいこともあったモンじゃの。たまにゃあ飲みにいかんかの?」
「いや兄さん、こんな時ですから、よう飲みに出てる兄さんは止めておこうと思ったんですよ。」
何せ、神原がその辺で「市議の先生方がへーこらしよるわ」なーんて飲み屋のねーちゃんに自慢したせいで大変なことになるんだから。
「言われりゃ小沢ちゃんの言うとおりだの。しばらくは静かにしとるわい。」
そう言って笑いながら夕暮れに消えていく神原の背中を見送った。
「小沢は細かい事に気がきくの…」
後ろから広能のアニキに声をかけられた。
「神原の兄さんは飲むと言う事が大きくなる癖があります。もし自慢話でもして歩いて土井組の若いのとカチあったら事です。」
「神原の酒癖、よう知っとるな。あれはよう飲まれよる。小沢は参謀でもしとったんかの。」
アニキが俺の肩を叩きながら笑っていた。最近、言い訳がうまくなってきた。
「ワシとなら飲みに行けるかの?」
この晩、広能のアニキと飲みに行って奢って貰った。夢のようなひと時を過ごした。翌る日の二日酔いは心地いいものだった。
二日酔いの頭を抱えながら賭場で出すフライドポテトの仕込みをしていた。
「芋揚げたモンで金が取れるんか」
なんてバカにされたのも一瞬、山守組の賭場の名物となりつつある。これが一応、俺のシノギと言える。
「アニキはどこでこんなこと覚えたんで?」
「あー海軍にいた頃、外地でみたのさ。イギリス人はこれと白身魚の天ぷらでビール飲むのさ。あぁ欧州では常温のビールが主流らしいよ。」
馬の小便とか言うなよと思って上田をみると苦笑いしていた。広能、坂井あたりと仲良さげにしてるからか上田も結構、親しく接してくれる。
「アニキも人が悪いですわ。もう言わんですよ。」
「そうかい?俺も冷えてないビールは飲めないよ。焼酎とソーダ、そこにレモンなんか絞っても美味しいモンだよ。」
「それも外地の飲み方で?」
「…いや何処かの艦で将校がそんな飲み方してたんだよ。」
ハイボール?サワー?いつからそう言う呼び名になったかまでは知らん。危うくボロを出しかけた。危ない危ない。
「そのうちやって見せて貰えますかの?」
「じゃあ今度一緒に飲みに行こうよ!」
「期待しちょります。」
上田が俺の揚げたフライドポテトをせっせと賭場へ運んでくれる。今日も今日とてホクホクだ。
「精が出るのぅ…」
この声は…
「オヤジさん、お疲れ様です。」
「ええ、ええ。そう畏まらんでええ。ちょっとな、今から遊びに行くんだがの、その揚げ芋、今日もちくと包んでくれんかの?」
「ちょっと切り直しますんでお待ちいただけます?」
「大丈夫大丈夫。急がんけん。」
時々、山守のオヤジは女の店に行く時にフライドポテトを持っていく。賭場ではマクド●ルドっぽいヤツ、オヤジさんのオミヤはケンタ●キーっぽいのにしている。これが結構、ウケるんだとか。
賭場もお開き、深夜となって台所を片付けていたら血相を変えた辰兄こと若杉寛が駆け込んできた。
「おい!昌ちゃんどこおる!神原が歌いよったで‼︎」
マ・ジ・か・!
急遽、拐われた神原、旅に出ている坂井のカシラ以外の面々が集まり、前後策を出し合っている。山守のオヤジは鼻の先まで真っ赤にしてブチギレている。
「あんがきゃァッ…ぶち殺しちゃる…」
「山守のオヤジさんにはとりあえずガラ隠して貰おう。なぁ昌ちゃん、家にいたらまずい。一先ず店の方にいて貰うたらええわ。」
「じゃあワシと若杉のアニキ、小沢でオヤジさんを店に連れて行って、ここには槙原たちに残ってもろたらええかの。」
「昌ちゃんの言うとおりじゃ。それで行こうかの。」
「「おう」」