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岩国まで来て出迎えたのは戒厳令か、そんな勢いの機動隊だった。
と言ってもベッタリ張り付いているわけではない。遠巻きに見ている感じの状況だった。
「兄貴さん、ありがとうございます‼︎皆さんも遠路お疲れ様です‼︎」
出迎えには浜崎が直に出て来て、槙原も大きい顔をしている。
「ワシらが応援に来た。一歩も退くない。おうし、これから小森んと押し出しちゃるど。出発‼︎」
「おう。待てや。押し出しちゃる言うてどうするんなら。」
機嫌良く仕切った槙原に声をかけたのはオヤジだった。
「どうする言うて、殴り込んでやるんじゃ。」
「槙原さん、殴り込むのは結構ですけど、こんな機動隊に囲まれて、丸腰で行かれるんですか?」
「なんじゃ小沢、おどれはビビっとる言うんか?」
「殴り込むって言いますけど、うちのオヤジ、打本さんと盃してるので、子分としては筋の通らない喧嘩は止めさせていただきます。」
「おう小沢の兄弟の言うとおりじゃ。ワシら降りるけんの。」
「そうじゃ。わしら打本さんと盃してるけん。それに丸腰じゃけんのう。カチコミまでは出来んぞ。」
「ちょっ、ちょっと待てぇ。ワシ一人でどうせぇ言うんなら。」
喜劇的に狼狽する槙原を横目に白々しい芝居にオヤジたちが乗ってくれる。もう悪ノリと言っても過言ではない。このオヤジたち、ノリノリである。
「指揮官は一人で充分じゃろうが?お前がやられたらよ、骨は拾っちゃるけん。おう。」
「ワシらに遠慮せんと、行きないや。おん。殴り込みによう。」
もうここまで来るとオヤジは半笑い、松永の兄ぃは白々しいまでの真顔だ。これはもう酷い。
「じゃったらワシもやめるわい。」
「ちょっと待ってください兄貴さん‼︎」
「ほうか指揮官がそう言うんじゃったらイモじゃイモじゃ。おう、広島へ引き揚げじゃ。」
それぞれが連れて来た若い衆が笑いながら車内へ戻っていく中で一つ思い出した事があるので、親分たちに伝える。
「あの、ダンプなんですが、今日の夕方に返す契約で借りたので、今日中に広島帰って貰ってもいいですか?」
「風呂も入らんで帰れって言うんか?」
「江田の兄さん、寄り道はそれぞれでって話じゃないですか。ダンプは山守組で借りたんです。きっちり返してください。」
「江田よう、段取りつけたんは小沢じゃけん、ここは兄貴のワシに免じて帰ろうやないの。おう?」
「わかりました。途中、みんなでお茶くらいしましょう。」
「江田よ。小沢の奢りで茶だ。了見せぇ。」
笑いながら江田の肩を叩く松永の兄さんはどこか楽しそうだった。
広島に着いた翌日、俺は県警本部に書き置きを出して駅前の喫茶店でコーヒーを楽しんでいた。昼時で少々ごった返しているが、丁度いい。
「ごきげんよう。同席させてもらうよ。」
「ようやく付き合ってくれたな。」
「不本意ではあるがね。君のおかげで上の評価も上々だ。これは感謝するべきだろう。非常に不本意ではあるが。」
「あまりぶつぶつ言うな。」
出されたコーヒーを一口飲んで、海田が口を開く。
「海軍に三年五ヶ月、南方を中心に各地を転戦。内地に戻ってからは特攻隊の直掩。聞くとおりの地獄だったのかい?」
「まぁ。自衛隊にでも転職考えてるのか?」
「聞いた話では、自衛隊に戻った元軍人も多いと言う話だが。」
「俺がそんな器用に見えるか?そんな人間ばかり相手にしてるのか?」
「そう言うわけじゃない。」
「じゃ俺は簡単に宗旨替えする軽い人間に見えたか?」
「いや…そうは見えないな。」
タバコに火をつけて、コーヒーのおかわりを頼む。
「もう軍人には戻らない。懲罰房も嫌いだ。」
「だったらヤクザは辞めろ。」
「俺には能力がある。だから勝負に出る。」
「ああ…普通に生きていこうとは思わないのか?」
「熱海旅行にプロ野球ってか?」
「そうだ。大相撲もいいんじゃないか。」
「海田君はそんな生活してるのか?」
少し、間を開けて海田がコーヒーを追加した。
「まさか。呉では暴発しそうな暴力団がいて、市内には武闘派気取りの破落戸、兵庫から首を突っ込んでくる奴らまでいる。私生活なんてないに等しい。それもこれもお前らみたいな奴らがいるせいだ。これが普通と言えるか?」
「ある人が言っていた。極道は力、最後は暴力。それを地で行く奴と張り合うには、普通でいる方が間違ってる。」
「君らを知る上で興味深い考えだ。私生活は無しか?」
「あるにはあるさ。屋台のニーチャンだ。」
「もし逮捕されると思ったらそれを捨てられるのか?あんなに美味いのに。」
「そうするね。」
「寂しいもんだな。常連も多いだろうに。」
「ああ。だが、嫌なら他の道を探すしかない。」
「僕は警察しか知らなくてね。転職も考えてない。」
「俺も他に考えはない。」
「時々、夢をみる。今まで担当した被害者たちと食事をする。それだけの夢だ。」
「俺は…未来、カタギとして生きてる夢をみる。だが、天寿を全うする前に目を覚ます。そんな夢だ。」
「どんな意味がある?」
目の前のコーヒーを飲み干してもう一本つける。
「まだやる事があるってことだな。」
「もうやってるのか?」
「いや。頭の中にある。」
「こうして会った仲だ、出来れば…捕まえたくない。が、一人逮捕者を出すか、ヤクザ者を野放しにするか。僕は躊躇わない。」
「カタギになれないからヤクザなんじゃないよ。極道になれない奴がカタギやるんだ。」
「もう会えないだろうな。」
「いやまた会えるさ。ここでは俺と海田君は普通の男同士だ。まだ話したい事がある。俺の見た夢の続きだ。ぜひ聞いて欲しい。」
「なにかの時に…いつか、聞かせてもらうよ。」
コーヒー代を置いて店を出る。これはこれで、いい出会いだった。倉元に拾ってもらって、事務所には寄らず家に帰った。なんとなく一人で考えたい気分だった。
打本とその兄弟盃をしていた四人が、愛想を尽かして盃を解消した。挙句、山守が打本をツメにツメて、指まで詰めさせた。これで決定的になったのは明石組と広島での抗争だ。相原は兄弟を追い詰めたことを理由に広島に手を出してくる。
ここで代理戦争編での広能の動きを思い出してみる。極道としてのスジを大切にしたために、各方面にいい顔をして、結果として周りは敵だらけで孤立し、破門の憂き目に遭っていた。だが、この世界線では俺がいる。もう少し上手く立ち回る事ができるはずだ。
少し分類するなら打本と兄弟盃をしているメンツは松永の兄ぃはいい付き合いでいたい。江田は保留として、武田はこの後、若頭になるので敵だろう。勝利は俺との盃で適度な距離でいられるはずだが、天政会が出来た時にどう流れるかが読めないのが微妙。打本とは明石組との付き合いがあるので言うほど悪化せずに…というかもう決裂状態に近いので、明石組から一言添えてもらおうと考えるのが近道かな。問題は山守だろう。
事務所でいつものようにもみじ饅頭を勢いよく口に詰め込んでいると、オヤジが帰って来た。
「小沢、ちくと困ったことになっちょる。打本が明石組引っ張って岩国を手打ちにさせよった。」
「ちょっとどころがもう最悪に近いですね。」
「しかも、明石組長と舎弟盃しよってな。そこでのう、岩井の兄弟が打本との盃戻せ言うんじゃ。」
「明石組との付き合いを考えたら戻すべきでしょう。しばらく冷飯でしょうが。」
「こんなもそう見るかの。」
「大久保親分巻き込んで手打ちという形にしましょう。そうすればみんな断れません。」
「ほうならワシがみんな呼ぶけん、大久保親分のことはこんなに任せてええかのう?」
「であるなら、少し小細工したいのでお時間いただきたいです。」
「ほうか…こんなの時期で声かけや。」
「では、ちょっと出て来ます。倉元、出るぞ。」
「へい。」
「おう、小沢。」
「なんでしょうか?」
「こんな、ワシの舎弟に戻らんか?」
「直でアニキは二人持てませんから。それに俺は若い衆でいいですよ。」
「ほうか…」
小細工しに…といって出たはいいがオヤジの一言がどうしても引っかかっていた。やっぱり器用ではない。
そんなことを明石組の応接間に正座していると待ち人が入って来た。明石、岩井、そして打本の三人だ。
「久しぶりやな小沢。」
「ご無沙汰しています明石組長。」
「おどれ、どの面下げて来よったんじゃ。広能の子分の分際で明石さんに会うた分を弁え‼︎」
「打本はん、そう熱り立つもんやない。この若いのはようけ頭が切れる。」
「打本さんご無沙汰してます。岩井さん、ありがとうございます。」
「ほんで、昌ちゃんの参謀がなんの用や?まさかわいの頼みを断りにきたんか?」
岩井の頼み…とどのつまり盃を戻す話、できるなら断りたい。
「いえ、オヤジは岩井さんの頼みを飲みますし、他三人も飲ませますよ。」
「おどれらにそがいな事、出来る言うんか。」
「打本さん、俺は大久保親分に仲裁に立ってもらって’手打ち’と言う形にします。仲裁人を大久保親分、立会人を明石組から岩井さんにお願いしたいと思ってます。」
「そがいなこと言うて、おどれら山守とつるんでワシの事とったろう言う腹じゃろうが。」
「打本、これは政治や。この小沢、明石組組長のわいに’過剰な広島への干渉はやめろ’言うたんや。」
「なっ…このガキャァッ…」
「まぁ聞かんかい。広島にも適当な奴はおるやろ。せやのに立会人を岩井にした。ええ落とし所や。乗ったらんか。」
「うっ…明石さんが言うなら…」
「明石組長、ありがとうございます。」
「岩井、これらの立会いシャンとやってきや。」
「へぃ。しっかりと。」
「にしても、小沢よ。どうして床に座っとんや?」
「明石組長もお人が悪いです。自分は明石さんの若い衆、岩井さんの兄弟の子分です。どう見ても明石さんから見たらチンピラくらいの立ち位置です。」
「親を飛ばして会いにくる度胸があると思えば、立場で遠慮する能もある。不思議な奴っちゃな。」
豪快に笑う明石組長はやはり大物なのだろう。関西から山陽、北陸にまで手を伸ばそうとしていると聞く。いい舎弟、子分が集まるのも理解できる気がする。帰りの車中、倉元から言われたことは意外だった。
「アニキ、ここしばらく見とって思うたんですがの。アニキ、何か変わったんじゃないか思うんですがの。」
「そうか?何が変わったよ。」
「言うなら岩国行ったあたりからですかのう…アニキは抗争だ戦争だを避けとると思うとったんです。」
「避けたいさ。出来れば言葉で終わらせたい。」
「ですがのう…アニキは敵と味方の区分けをしょうとしとるんじゃありゃせんですか?」
倉元の指摘には少し驚いた。そのとおりだからだ。今必要なのは、味方もだが、敵を明確にすることだからだ。そうでないと乱戦同様になる。それは良くない。
「よく見てるな。もう少しいい男になったら俺の舎弟になるか?」
「アニキ、はぐらかさんでつかあさい。アニキ、戦争しよう言う腹でいるんじゃないかと自分は思うんですがの。」
「するよ。次の相手はおそらく、山守組だ。」
「待ってつかい‼︎今回の事で手打ちになるんじゃ…」
「山守は神和会と縁組するだろう。」
「そがな事しよったら…」
顔を真っ青にしながら倉元は一つの結論に到達したらしい。火を見るより明らかな結論、俺が回避したかった最悪の結末。次こそ懲役覚悟だ。
「俺たちは明石組の、山守組は神和会の代わりに戦争する。代理戦争だ。」
もう戻れない。回避したかったがこれが原作の修正力なら、もう腹を括るしかないなら、手の届く人たちを守れないなら、何を優先するのかは明らかだ。
「もうな、仁義だの侠気だのって言えないかもしれないな。」