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転がって来た缶ピースを蹴り上げた直後、景気良く炸裂してくれたお陰で俺は救急搬送され、軽度の火傷といくらかめり込んだ破片の処置で四日ほど大学病院の病床に着くこととなった。幸運にも、大阪の浪速大学から来ていたオールバックの有名な外科医のお陰で早期に退院できるとの事で、自分のツキに心から感謝した。
どう考えても抗争事件であるために病院には24時間の警備、もとい監視がつけられ、面会もごく一部の人間に限られた。部屋には明石組から大友組、果ては早川組までの花が届き、実にフローラルな空間となっていた。少し驚いたのは、上田からも見舞いの花が届いた事だった。諸般気を遣ってか「上田透」とだけ書かれた札に少し嬉しくなってしまった。そんな中で最初の訪問客はやっぱりというかなんというか聴取という体で、海田昭一警部補だった。
「これに懲りて、君も引退したらどうだ?アニキの松永は引退したんだ。熱海とプロ野球が待ってるぞ。」
「せっかく、アニキから預かった組があるんだ。もう少し頑張りたいところだ。」
「頑張られると僕ら、と言うか世間は迷惑なんだ。代行を名乗ってる様だが、警察としては君をもう’二代目松永組組長’として認定している。」
「やめれ。まだ組長名乗るほどの勲章はないからな。」
「繰り返しだが迷惑だ。勲章が足りないなら一生代行でいてくれ。」
「そうもいかんだろ。出世は男の本懐じゃないか。」
「君が出世すればするほど世間は迷惑を被るわけだが?」
「そこは考慮しよう。あぁことが収拾つくまで俺の逮捕は待ってくれ。ちゃんと名指しで出頭する。」
「幸か不幸かここ最近、君は被害者だ。個人的には今にも逮捕したい事件が三件ほどあるのに、証拠がなくてね。」
「しつこい男はモテないぞ?」
「余計なお世話だ。そう。業務連絡というか、個人的な配慮をしてあげよう。」
「なに?一生逮捕なし?」
「寝言は寝てからにしてくれ。面会に広能組、松永組は許可してあげよう。」
「へぇへぇ。ありがてぇこっで。」
「ところで犯人の目星だが…身に覚えは…ありすぎるだろうな。」
あからさまに目つきが変わった。これだから警察は…。だが、あの二人のガキンチョに俺は覚えがなかった。が、火薬を入手出来るあたりと、まだ15、6そこそこのガキンチョを駒に使うあたりを考慮すると地元の土建屋と付き合いの多い槙原と上田のどちらかだろう。武田と江田はどちらかと言えば、まだまだ博徒の面が強い。
「恨みは買ってるからなぁ…それこそ」
「買い手がいなくて困るって言いたいのか。」
「そう。そのとおり。」
「まぁいい。抗争拡大は困る。自重してくれ。」
「それだけは約束しかねる。」
「そうか…残念だ。病院にいる間は静かにしてくれ。あらぬことを指示したら即逮捕する。」
暗に’仕返しの指示を出すな’といわれ、両手を上げて降参のポーズを取って見せると、鼻で笑って海田は出て行った。それからは倉元や河西が来たり、菅原さんも来てくれた。流石に抗争ともなれば組長クラスは気軽に来れないそうだ。唯一来た組長は勝利だけだった。着流しに中折れ帽というハイレベルな着こなしは濃い顔の勝利にしか似合わないだろう。普通に格好よかった。かくして俺は、不本意な連休を満喫する。
程なくして退院となった俺は倉元に迎えに来てもらって、広能組の事務所に久しぶりに足を踏み入れた。恐縮すべき事に玄関ではオヤジが出迎えてくれた。
「小沢、今回は災難じゃったのう。見舞いも行けんとすまんかったの。」
「恐縮です。不意を衝かれて情けない限りです。」
「まぁ無事でよかったわい。岩井の兄弟と打本の兄貴も来ちょる。あがれや。」
そう言って応接間に通されると件のとおり二人が待っていた。
「小沢、久しぶりやの。今回は災難やったな。無事で何よりや。ウチの親分も気にしとったわい。」
「ほうじゃぞ。早川がえらい気にしとったけんの。」
「御二方ともお気を遣わせて申し訳ありません。あの程度では地獄の門を開くに足りませんでした。」
「早速じゃがの、打本の兄貴のところで今回の犯人がわかったそうじゃ。」
「ほう…オジキのところの若い衆は警察より早いですね。」
「こんながやられたって聞いて急いで調べたんよ。あの二人は市内の不良学生じゃ。」
「あぁ…やっぱり。」
「それでのう…言い難いんじゃが…」
「上田組に出入りしてるんですか?」
「そうなんじゃ。」
そうか…やっぱりそうか。察していたとは言え少しヘコむ。敵になったのでいつかはこうなるはずだが、初手で来られるとは思ってなかった。やっぱ戦争は嫌いだ。
「いの一番、こんなをマトにかけちゅうあたり、やっぱり上田はわかっちょるのう。こんなをアニキと慕うだけあるの。」
「それでや、本題はここからや。抗争になって、一撃喰らったからには返さんと顔が立たんのや。」
「誰が征くか…ですか?」
「ほうじゃ。こんなが入院しよる間に誰ぞ走らせてもよかったんだがの。特に倉元が血上っててのう…上田相手は打本の兄貴にも、神戸の方にも待って貰うたんじゃ。」
「昌三がの、上田だけは小沢の意向を飛ばす訳にはいかんちゅうて聞かんのよ。」
「俺ですね。」
「は?」
「ですから。上田は自分がとります。半端な人間を送りたくないです。」
「せやけどな。聞くと山守組でも一番の武闘派やって言うやないか。上田のガードは固いんとちゃうか?」
「それでも…ですよ。俺の弟分…弟なんです。」
「二人とも、これは了見して貰えませんかのう。盃こそありゃせんですが、二人は兄弟ですけん。譲って貰えんですか。」
「昌三がそこまで言うんならわしはええけどのう。」
「昌ちゃん、よう考えや。今、広能組で一番の戦力は小沢や。松永組も預かることになって正味、本家より大きいんや。ここで小沢パクられたら勝てる戦も勝てへんで?昌ちゃんとこの水上か、小沢のところの菅原でも顔は立つんとちゃうか?」
「いいや。これは曲げません。誰が言おうと。」
キッパリ言い切った瞬間、ただでさえ重い空気を沈黙が場を更に沈ませる。沈黙はオヤジの言と土下座に近い頼み込みが破った。
「岩井さん、わしからも頼んます。これを許してやってつかあさい。」
「昌ちゃん…」
「オヤジ、やめてください。」
「子の願い、聞き届けるんも親の役目じゃ。これくらいこんなの決意と比べたらなんの事があるんかのう。」
「こんなは本当にそれでええんじゃろ?なら行ったらええ。」
「参ったわい。小沢はどこの生まれなんや。」
「江戸の下町です。」
「東京者か…せやけど立派に広島極道やな。よし。小沢、戦争に必要なモン回したる。なんでも言うたらええ。本家はこれにかこつけて、兵隊出そうとしとるんやが、止めて来たる。」
「それは明石組の意向ととっていいですか?」
「何言うてんねや。明石組の岩井やで?」
「この恩は…オーシャン観光宛で返します。以前の不義理もありますし。」
「はっ。ここに来ても上手い返しやな。いっその事ウチの舎弟盃せんかの。」
豪快に笑う岩井と打本と対照的にオヤジは悲しそうな顔をしていた。俺はどんな顔をしていたんだろう。多分、鏡があっても見たくないだろうな。
俺は何からすべきか考えた上で正面から博打をかけた。倉元に運転させて上田組事務所まで出張った。事務所の前で近所迷惑な声量で叫ぶ。これはもう俺の悲壮も混じってる。
「上田‼︎小沢だ‼︎いるか‼︎」
ワラワラと出るわ出るわの若い衆。
「おどれ何しに来よった‼︎」
「ぶち殺しちゃるぞコルァ」
「ここどこだと思っとるんじゃおどれ‼︎」
と言った具合にもう罵詈雑言脅迫恫喝の嵐である。海軍時代にもここまで浴びせられたことはない。この反応は間違いない。俺をマトにかけたのは上田組だろう。
「静かにせんかい。アニキ、ご無沙汰してます。退院おめでとうございます。」
「おどれどの口でっ…」
「やめぇや倉元。ありがとう。上田から届いた花、今も事務所で生けてあるよ。」
「ほうですか…恐縮しますわ…今日の用向き、聞いてもええですかのう。」
「近々二代目を襲名するんでな。その襲名披露の席に上田も来てくれないかと思ってよ。」
「…アニキもようやっと腹決めよったんですの。」
「年貢の納め時だな。」
「そらあ何を押しても行かせて貰いますけん。招待状送ってつかあさい。」
「必ず…必ず送るよ。」
ここに来て限界がきた。脆いつもりはなかったんだが、涙が止まらなかった。
「アニキ、往来です。なに泣いとるんですか。」
「わからん。なんでだろうな。」
「人目もありますけん。上がってつかい。おう。冷いビールとつまみ買うてこい。あとは人払いじゃ。」
「じゃがオヤジっ…」
「早ようせぇ。」
「倉元。今日は帰っていい。」
「アニキ…」
「いいんだ。帰っていい。」
この日、俺は上田と朝まで飲んだ。随分笑ったし、よく食った。話したことは…墓までだな。朝は上田が送ってくれた。
ちなみに倉元はオヤジと泊まっていた岩井、打本にかなり叱られたそうだ。それもそうか。敵地に兄貴分を置き去りにして来たんだからな。
「小沢よ。二日ほど前に上田と飲んだっちゅう話やったのう…どうしてワシと昌ちゃん、打本連れて飲みに出る必要があるんや?」
「今日は一つ仕込みをしてましてね。ここは西条の女がやってるクラブです。まぁ少々お待ちください。」
「歯に衣着せんと物言わんかい。流石にワシも落ち着かんわい。」
オヤジも少々の感情を見せていた。ここ二日、俺はほぼ事務所にも顔を出さず
「仕込みです」
の一言で煙に巻いていた。
ダァァン
次の瞬間、こもった様な地鳴りが店まで届いた。
「手始めに上田組の収入源の一つである産廃処理場を爆破しました。この時間、誰もいないのは確認済みです。」
「爆破って…」
「こんな…そがいなことして…」
「相手は上田です。手緩い事は出来ません。」
岩井と打本が唖然とする中、オヤジだけは笑顔だった。
「景気ええじゃないの。こんなの新開組の爆破思い出したけんのう。」
「表向きは産廃の中にあらぬものがあった…ってことになります。事務所への銃撃なんて意味がありません。」
翌日、松永組の事務所前に勢いよく一台の車が止まった。
パァンパンダダダダダッ…パン…パァン
いいだけ銃弾ばら撒いたと思ったら、またしも勢いよく走り去ろうとする車を若い奴らが追いかけうようとした。
「なんじゃゴルァッ…何しくさるんじゃ‼︎」
「どこのどいつじゃおどれらっ」
「おどれら待たんかボケェっ」
人が出て来たのをみて、車は戻ってからもう一度銃弾をばら撒いた。
「カァァァッ…アアァァァ」
「おい‼︎きゅっ、救急車、救急車呼ばんかい!!」」
先日の爆破騒ぎでガタガタになった玄関、直したばっかなのに蜂の巣だよ。全く。修繕費もタダじゃないってのに。
なんて呑気な感じに、銃撃音を聞いて外に出ると一人は足を撃たれ、もう一人は頭を撃たれて即死だった。松永組の白瀬と言ったか。まだまだ若いはずだったのに。足を撃たれたのは河西だった。
「え、あ、河西‼︎止血しろ‼︎早く‼︎」
幸いにも動脈は逸れていたらしく、命には別状なく済んだが、足とはいえ動脈を抜いていたら死んでいた。もうこれは本当に上田をとるか、俺が死ぬかまでやることになるだろう。
「オジキ…白瀬はこの前、子供生まれよったばかりなんですけ…」
「そうか…」
「まだ23歳で…飯食いに行くと’いつも同じモン食うて飽きんのですか’なんて言いよりまして…」
「そうか…」
「オジキが跡目になった時もよう喜んでましたけん。」
「そうか…必ず仇は取るよ。家族には毎月三万届けろ。そうだ…あと松永組の懲役行ってる奴の家族にもだ。出てくるまで毎月だぞ。」
「オジキ…ありがとうございます。」
翌朝、俺は上田組近くの駐車場で小さく隠れていた。身長六尺のこの身、隠れるには少々不便だが致し方ない。待ち時間恒例の灰の量産に勤しんでいると、上田組の連中と上田がきた。なにやら盛り上がっている。車に乗り込むのを確認して、車の前に立つ。前と言っても顔が分かる程度の距離は離れている。
上田と目が合った。読唇術は生憎と俺は出来ない。が、はっきりと読み取れた。上田は今
「アニキ」
と言った。そう言った。
ダァァァン
車が軽く浮き上がって着地する。景気良く燃え上がる車を見ていて、いろんなことが頭を巡る。爆発の衝撃で吹き飛んだガラス片で頬が切れた。
上田は今も懐中時計持ってたんだろうか?
そう言えば今着てるスーツ、上田に貰ったスーツだな。
やっぱりビールは冷たいビールがいいよな。
先に組持てって言った時に随分ゴネてたな。
神原撃ったのに最初に気付いたの上田だった。
フライドポテト、お客さんに出してくれたのも上田だ。
明石辰男に会った時のスーツも上田が買ってくれたんだ。
そう言えば、俺が勧めた土地は買ってたのかな。
兵庫から帰って来た時に迎え来たのも上田だった。
上田、俺、二代目松永組の組長になるんだよ。
そう言えば盃してなかったな。
あの世があるなら俺が後輩だから上田組の若い衆にしてくれよ。
「あーあ…ヤクザなんて嫌いだ。大嫌いだ。」