オヤジさんを広能のアニキと若杉のオジキ任せて途中、家に寄って床下からモノを拾っていく。上官から貰った物資の一部、十四年式拳銃を腹に刺して走る。神原の口は止められんかった。ここでうまく立ち回らんと人死が出る。神原、土居組御一行、若杉のオジキ、反坂井派…間に合ってくれと思いながらオヤジさんが逃げ込んだ店へ向かったが…遅かった。店の前に何人かの人影がいる。慌ててスライドを引いて弾を装填、店に拳銃を向ける。ってか人撃ったことなんてないって。
「おやっさぁん‼︎…ワシの目ぇの黒い内はやらしゃあしませんでぇ…」
「こっ…このガキ…親に向かって…」
もう若杉のオジキは土居のオッサンに拳銃向けちまった…どうする…どうすんだ俺…。
そんな事を考えてるうちに土居清とその一行が慌てて出てきた。みんな丸腰のはず…
「うぅ…っ覚えちょれっ…」
うわぁ…名和宏こぇぇっ…
拳銃握った手が剥がれない上に震えている。膝も少し笑ったまま店に入る。ドアの脇にいる神原を一瞥して店の奥へ行く。山守のオヤジさんは立場も身も投げ打って守った若杉のオジキに縋り付いている。
「申し訳ありません。チャカ取りに行ってたんです。申し訳…」
「小沢っ…小沢もワシを思ってくれたんじゃろう…ワシゃぁ忘れんよぅ」
このタヌキめ…憎めないのは何故だ…これが山守マジックか…とか思いながら天井を見上げる。
「広能のアニキ…手からチャカ剥がして貰えます?取れないんです。」
「おう…緊張しすぎたんじゃろう…」
「すんません。人に向けた事ないんです。」
「慣れてええもんじゃなかろうて…」
アニキの手は暖かった。この人、駅前の飲み屋で人撃ってるんだよな…とか思ってたら、オヤジさんの怒号が響く。
「神原ぁぁぁっ」
「すんまへぇん‼︎」
走って逃げる神原を俺は見なかった。多分、もう会わない。彼はこの後、土居組に走って山守のシマを荒らして若杉のオジキに撃たれる。
正式に若杉のオジキは土居組を破門され、神原が土居組の若い連中と山守のシマを荒らし始めた。
いつもの道を事務所に向かって歩く。慣れようと思って最近、拳銃を持ち歩くようになった。いい事じゃないんだけど。そんなこんなで事務所まで来ると、目元を押さえて走って出ていく槙原のアニキに出会した。
「槇原のアニ…」
「…うぁぁぁぁん」
あぁ…今日があの日か…誰が走るの話か。
玄関に雪駄を脱ぎ捨て、広間に脚を踏み入れる。
「のう昌三…ワシゃあ生涯忘れんよ。ワシを男にしてくれ。そんかわりに、お前が無期か20年で帰ってきたらな、そん時はな、わしの全財産をやる…っ」
「昌ちゃん…えぇおやっさん持ったのぅ」
「え、へぇ…」
こうして広能のアニキは海渡組へしばらく客分として行くこととなった。
「小沢、若杉のアニキを頼むで。」
「アニキ、見送ります。」
アニキを送る道すがら、少し噛みついた。
「オヤジさん、絶対全財産なんて寄越しませんよ。」
「わかっとる。」
「若杉のオジキ、神原マトにかけますよ?」
「やりそうじゃのう。」
「カシラ戻ってきたら組、割れますよ。」
「矢野、新開あたりと揉めそうじゃのう。」
「人死でますよ。」
「小沢は未来が見えるんかのう…」
ドキッとしたなんてモンじゃない。でも、言わずにいられない衝動に駆られた。ここで言えば未来が変わるかもしれない、死ぬ人間も殺す人間も減るかもしれない。そう思ってしまった。平成、令和を生きてた俺はそう考えてしまう。
「小沢は極道には向いとらんかもしれんのう…なんぞ優しい奴じゃけん。」
「引き込んだのはアニキでしょう。俺は退きませんよ。」
「なら、もういっぺん言うておく。小沢夏樹、若杉のアニキ、頼むど。」
そう言っていつぞみたいに手をヒラヒラさせて広能のアニキは夜の街に消えて行った。
それからしばらくして、アニキは土居組長を襲ったと言う報告が来た。山守のオヤジさんが怒り狂ったのは予想通り。
「土居はまだ息しとるやないの‼︎あのボンクラ、口だけかいの‼︎」
「オヤジさん、そんな言い方ないですよ。」
「うるさいっ、黙っとれっ。」
オヤジさんは出がけに灰皿を投げつけてきた。額を少し切ったらしい。
「小沢、あまりオヤジさんに楯突くないや。」
「兄さん、自分の立場悪うしますよ。」
若杉のオジキ、上田が心配してくれる。でも、アニキを悪く言われるのは我慢ならない。文字通り命かけて走ったのにこんな悪様に言われる筋合いはないはずだ。
「ええか小沢。昌三も覚悟して走ったんじゃ。その結果がこないな話じゃおやっさんも怒られるに決まっとろう。」
「そーだ。小沢。お前もまだまだ青いのう。」
矢野、新開にまで言われると眉間がピクピクする。でも、正論なのが苦しい。
「ところで…昌ちゃん、今何処におるんかのう…」
山方の一言にみんなが黙った。
後に、神原に嵌められて広能のアニキは懲役に行った。
家に帰って例の物資を開ける。もう一挺、ブローニングを取り出す。十四年式では海軍だった自分が疑われる。ブローニングならまだ持ってる人間はいるし、海軍と繋がることはない。広能のアニキは走る前に女を抱きに行った描写があった。もう傍観者でいるのをやめよう。そう決意したはいいが、震えたまま一晩を過ごした。翌る日の夕方、土居清の訃報が広島を駆け巡った。いよいよ呉は山守組の天下となる。
時を同じくして、若頭の坂井鉄也の帰参が決まった。
「小沢、わしゃあ坂井が戻ってくるし、土居も忌んだ。そこで旅に出るわい。昌ちゃんにも今日、面会した時に話してきたけん。」
「でしたら…カシラが戻ってくるまで時間を貰えませんか?オジキが居たくなる状況、作って見せますんで。」
「なんぞ、昌ちゃんの参謀長殿がなんかしてくれるんかの?」
童顔…とは言えないがどこか人好きのする笑顔で若杉のオジキに肩を叩かれた。
これで少しは若杉のオジキは生き長らえるはず。原作知識をベースにベターな落とし所を見つける。これが俺の仁義ある戦い方だ。取りこぼしも絶対出るができる限りのことはしたいし、ゆくゆく広能のアニキに味方してくれそうな人は生きてて欲しい。ここが正念場かな…
「小沢ァ…久しいのう。呉の空気も久しぶりじゃ。」
俺は組に戻るカシラに一足早く会いにきていた。根回しをしておきたかった。土居が死んだことで、山守のオヤジさんは上機嫌でアニキに悪態ついたことなんてカケラも覚えていない。
「カシラにお願いがあるんです。若杉のオジキのことで…」
「ワシが留守の間、土居にチャカ向けてまでおやっさん、守ったってのう。」
「相談役か補佐役くらいで残して貰えませんか?」
「そがなくらい、おやっさんもしてくれるろ。どがいしてわざわざ言いにきよったんじゃ。」
「カシラから若杉のオジキに頼んで欲しいんです。今日、帰参祝いの場でお願いできませんか?」
「おう。わかった。おやっさんに言うとく。」
「ありがとうございます。」
これでいい。あともう一手。今日はカシラの帰参祝いでみんな事務所にいる。今日しかない。今日、腹を決めるしかない。
家に帰り、夜を待った。ブローニングを手の中で転がしながら深呼吸を繰り返す。腹を括った。
今日、俺は神原精一を殺る。
やめた方がマシだと思っていたタバコを吸いながら夜の街を歩く。手提げには枕を詰め込み、腰にはブローニング。足は神原の家に向かっている。体感では短い期間だったが、濃密な時間を過ごしたこの街ともお別れになるかもしれない。あれやこれやを考えてる内に神原の家が見えてきた。家の周辺の人気のない場所を確認する。消音器なんて便利なものはないので枕を使う…故に人気のない場所がいい。そして、酒癖が良くない神原は毎晩のように飲み歩いている。今日ももれず、店の女と約束しているらしい。これ以上のタイミングはない。
幾分か待っていると神原が家を出てきた。少し尾けてから声をかけた。
「兄さん…!」
「うん…?小沢ちゃん?」
「ご無沙汰してます。」
頭を下げている間に神原が近づいてくる距離を測る。あと二歩。左手には枕の入った手提げ、頭を下げている間に腹のブローニングを抜く。あと一歩。安全装置は家を出た時点で外した。ここだ。顔に手提げを押し付ける。
「ふガァっん…‼︎」
バフッ
バフッバフッ
眉間少し右に出血見える。命中。すかさず胸にのあたりに手提げを下げて二発。いつか見たマフィア映画の処刑シーンを真似た。多分これでまた犯人に辿り着くまでの時間が稼げる。三つの薬莢を拾って、握りしめる。熱い。
冷静なフリをして街を歩く。きた道ではない道を歩く。周りはあまり見えないが、前もって決めていた河岸で手提げの枕を捨てる。しばらく歩いたところのゴミ捨て場には手提げを捨てた。角を曲がったところで大通りに出る。雪駄の鼻緒を見るフリをして、排水溝に薬莢を捨てた。
背に差したブローニングに引きずられる感覚を覚えながらも、串焼きをしこたま買った。この足で事務所へ向かう。帰参祝いに出るためだ。事務所に着くと事務所番が行った先を教えてくれた。
言われた店に行くとカシラ、上田、若杉のオジキが居た。
「カシラ、遅くなりました。これ食ってください。今、呉で一番美味い串焼きです。」
「おうおう、気が利くのう!小沢、喜べ。若杉のオジキは今日から山守組の相談役じゃ。」
「昌ちゃんの参謀長が考えてた手はこう言うことだったんかのう。これは断れんわい。」
オジキの脇に座って上田の酌を受けた。ちょっと近づけすぎたかもしれない。上田の目が鋭くなる。そして、小声で「アニキ…」と呟いた。
「広能も頭のキレるやつを拾ったモンだわい。のう若杉の。」
「昌ちゃんも見る目があるんのう。」
「「あーっはははっ」」
この日の宴会は正直、ほとんど覚えていない。気がついたら家の布団で寝ていた。そして、玄関を開けると予想は出来たものの予期せぬ来客を迎えた。
「小沢…」
「オジキ…」
「上田に聞いた。昨日、火薬の匂いさせとったらしいの。」
「さぁ…上田の思い違いでは?」
「ならえぇ。神原がやられよった。おどれ、やったな。」
「黙ってたらオジキ走ってたやないですか。旅に出るって、高跳びの支度じゃないですか。それじゃあアニキが浮かばれんですよ。」
オジキが沈黙した。もうここからは原作にない展開だ。正直、自分でもどうなるか分からない。神原の兄さんの運命は変えられなかったが、これでオジキの運命は変わった。カシラや上田の運命も変えられるかもしれない。
「これからはワシは相談役じゃ。勝手に走る前に一言声かけい。幸い、警察も何モンの仕業か解っとらんようじゃけん。新聞じゃマフィアだの米軍だのと騒いどる。しばらく静かにしとくんじゃの。」
程なく山守組にガサ入れは入ったが、神原殺害は流れ者の仕業として捜査は難航、打ち切り同然となった。界隈では俺の名前が一躍、響き渡った。
俺はあの時、広島極道の端くれに名を連ねた。