「オヤジ、それは十中八九、山守組の仕業です。神和会じゃないです。今すぐ岩井さんに伝えてください。」
「なにか根拠があってのことじゃろう?」
「今、明石組に一撃加えると、どうなります?広島にいる観光客は神戸にとって返します。そうすれば明石組の無言の圧力は無くなります。今、岩井観光団がいなくなって助かるのは山守です。山守はそれで明石さんを狙った。神戸で明石組長を直接マトにかけようとするのは、本来は神和会くらいです。」
「ほうなか…こんなの見解に乗ったろう。もう外せんど。」
「もう一つ、岡島会長と会わせてください。」
「どういたなら?」
「安全保障です。」
ここで俺は今のうちに出来ることを、駆け足で進める必要が出て来た。倉元を呼んで松永組事務所に向かう。
「倉元、早々に吊り上がる銘柄はあるか?」
「二つか…三つ目星がありますけん。どういたんで?」
「今すぐ事務所に戻る用意してくれ。」
「何かあるんで?」
「買い物しに行く。」
「現金やったら4、500くらいやかしたらすぐにでも…」
「株でいい。いや株がいい。」
「はぁ…承知です。」
翌日、俺は倉元の選んだ銘柄を確認しながら岡島会長を訪ねた。本当によく見ている。完璧だ。投資顧問くらい出来そうだ。
「昌三の懐刀…そういう噂じゃの小沢の。」
「オジキさん、お初にお目にかかります。広能組若衆、小沢夏樹です。」
「火急の用じゃ聞いとる。どういたなら。」
「では、率直に。打本組の川田組から野球賭博のカスリ取ってますね。これをやめていただきたい。」
俺の言葉を聞いて岡島会長は渋い顔になる。隣の藤田に至っては今にも俺を殺しそうだ。そうか。管轄は藤田なのか。まぁ当たり前だ。大きいシノギを一つ捨てろと言うんだ。
「それでどう言う益がウチににあるんなら。」
「株、で、どうでしょう。近日中に跳ね上がる銘柄株、1000万相当を用意しました。これは自分もアテにして持っとるんですよ。」
「いっ…ほんなんに何の保証がついとんなら。」
「三月頂ければ。出来なければカスリ分は松永組で肩代わりしますんで。」
「ふん…」
「どうでしょうか?」
「ええじゃろ。以後、川田からはカスリ取らん。ウチに損はない。藤田、この株、半分はおどれが持っとけや。」
「へぇ。承知で…。」
少々の不興は買ったが三ヶ月後には感謝状の一つもくれるだろう。次の目的地へ向かう車中、倉元に聞いてみた。
「この商社の株、なんで選んだ?地方のちょっとした商社じゃん。」
「ここの社長の記事、読みましたけん。勝てる思うたんです。」
「いいぞ。買い足せ。で、俺にもいくらか回してくれ。」
「いや、わしの動かしとる株は全部アニキの株ですけ。」
「それもそうか…」
そうこうしてる内に目的地に着いた。襲名披露で挨拶した程度の仲だが、顔は知っている川田。次の目的地だ。
「ご無沙汰してます。川田さん。」
「こっちこそ襲名披露以来で。えらい活躍しとるやないですか。」
「いや仕事し過ぎて死にそうですよ。」
「少し遊ばれたらええやないですか。野球賭博、一口どうですかのう。」
「今日はその野球賭博でお話を。」
「ほう。小沢さんとこでもやりますか?」
「いえ。義西会は今後、川田組のカスリを免除します。」
沈黙の後に、川田は高笑いする。一頻り笑った後口を開いた。
「あん藤田がそがなことするはずが、ありゃあせんのよ。悪い冗談じゃ。」
「先ほど、岡島会長の言質も取りました。だよな倉元。」
「へぇ。確かカスリは取らん言うとりました。」
「どがいな手使うたんじゃ…」
「代わりに…と言ってはアレですが、野崎でしたか?野球賭博を担当してたのは。」
「ほうじゃ。それでどうしたんで?」
「ウチにください。」
「ください。ほうですか。で済む話じゃありゃせんでしょう。」
「野崎よか稼ぐものを差し上げます。コチラの株です。」
「大阪の商社やないけ。これがどうした言うんけ。」
「野球賭博なんか目じゃない稼ぎになりますよ。一生稼いでくれます。」
「ほん…近畿商事のう…。おう野崎!!」
少しすると中性的な線の細い…まだ男の子と言えるような虚勢を張る様にスカジャンを着た奴がきた。
「オヤジ、なんでしょう。」
「こん男知っちゅうか?」
「はぁ…小沢さんですよね。知らん奴は居らん思います。」
「おどれを寄越せ言うんがの。どうすんなら。」
「どうする言うても…どうしたらええんですやろ。」
「なぁ野崎よ。俺んとこ来てくれよ。俺んとこで男磨けよ。」
「ええんですか?オヤジ…」
「どうもこうももう断れようされとるんじゃ。」
「はぁ…せやったら世話になります。」
「そしてもう一つ。川田さん、早川に協力をお願いしたい。」
「ほうか…ほうならワシにも利があるんか?」
「二代目打本組若頭…でどうでしょうね。」
「それがほんに実現しよんなら…今後もええ付き合いになりそうじゃの。」
こうして俺は川田組と義西会の諍いを、流血沙汰になる前に回収した。多少、空手形が多いが、これまでの俺への評価が助けてくれた形だ。コレで多少は今後に繋がるはず。川田組に行った足で、倉元と野崎を連れてテーラーに寄った。
「倉元、お前、いい加減、スーツ着ろ。俺のメンツに関わる。」
「ほうですか…すんまへんでした。」
「とりあえず一着作れ。金は心配するな。店主、頼んだ。」
店主を呼ぶと倉元と店の奥へ消えていった。いわゆる俺の行きつけ…もとい上田の行きつけのテーラーだ。待合席に座ると脇に状況を全く掴めない野崎が立っていた。多分、コイツは倉元より若い。
「野崎、座れ。」
「失礼…します。」
「お前、なんでヤクザになったんだ?」
「原爆スラム出身ですけん。それくらいしかありゃせんかったんです。」
「そうか…家族は?」
「オカンと弟、妹います。」
「どこに住んでんだ?」
「まだ原爆スラムおってです。」
「なるほど…。」
確か野崎は貧しい生活から抜け出すために、藤田を殺す。一番最悪のパターンだ。親分は川田、その上は打本。鉄砲玉やっても明るい未来はない。
「ヤクザになりたいのか?」
「稼いで家族にいい思いさせちゃろう思ってます。だからヤクザになろう思いましたけん。」
「稼がせてやる。俺に従え。逆らうな。いいな?」
「自分のオヤジですけん。従います。」
「いや…広能組か松永組かはまだ決めてない…おう終わったか。」
「オヤジ…ええんですかのう。こがいなスーツ…。」
「いいんだ。店主、ありがとう。」
そう言ってキャッシャートレーに安くない金を置いて、店を出た。車に乗り込み、倉元に次の行き先を伝える。
「原爆スラムなんぞ何の用があるんで?」
「野崎の実家だ。原爆スラムは俺も行ったことがないんでな。」
「ほうですか…あまり勧めませんがのう。」
言う通り文字通り。本当にスラムだった。少々悪臭とゴミとバラック。高度経済成長の裏側って感じだ。
「こちらです。」
野崎に案内されたところは…本当にスラムだった。その一軒…一室に顔色の悪い親子がいた。正直、絶句した。ここはまだ戦後だった。
「お客様?」
「今日から俺のアニキというかオヤジというか…」
「今日からウチで息子さん預かります。広能組の松永組組長を務めます小沢夏樹と言います。」
「ゲフッゲフッ…息子がお世話になります。よろしゅうお願いします。」
野崎も血色が悪いがこの母親、絶対どっか悪い。そしてこの妹と弟、学校行ってねぇな。もうどう転んでもバッドエンド待った無し。倉元なんて目背けてる。
「野崎、荷物まとめろ。明日迎えに来る。」
「どこ行く言うんですけ?」
「倉元、どこか部屋ないか。広島市内でだ。」
「あー…駅前のマンションが一番広いですの。投機目的で買うた物件ですけん。」
「よし。野崎、明日からそこ住め。で、母ちゃん連れてまず病院いけ。附属病院に行ってこい。」
「そがな金持っとりゃせんです。」
「金は気にするな。まず今の生活から抜け出せ。そんで生活安定させろ。倉元、野崎を仕込め。」
「あー…なんとかしますけん。助けて貰えますやろか?」
「当たり前だ。いいか野崎。暴力で稼ぐのは俺たちだ。お前たちは頭で稼げ。この倉元は頭と多少の力技で稼いでる。見習っとけ。倉元、お前、いくら貯め込んだ?」
「200万くらい持ててますかの…」
「これくらい稼げる。もう一度言う。俺に従え。逆らうな。お前の将来を掴むキッカケをやる。」
「どがいして自分に目くれとるんです?」
はっきり言うべきか。だが、野崎もまだ助けられる。
「少し外出ろ。」
そう言うと、野崎は荷造りの指示を出してついてくる。
「ヤクザになりたいか?」
「それしかありゃせんのです。」
「倉元もそれで入って来た口だ。」
「ほうなんですか…倉元の兄さんは頭がよさそうですがの。」
「あれも元はチンピラだった。俺は倉元に“極道は力、最後はやっぱり暴力”って言った。今これは間違いない。だが、遠くない将来、それでは食えなくなる。今は天下布武だが、その内に幕府の時代が来る。天下泰平、その時に力を持つのは頭のいい奴らだ。今は理解できなくていい。これから学ぶんだ。」
「それと、自分を拾うてくれた事の関係がようわかりません。」
「賭博の胴元やってただろ。元の頭は悪くないし、若い。だからだ。」
黙って俯く野崎の方を叩いて、家に戻す。
こうしている間にも明石組を代理する広能・打本連合と神和会の応援を得た山守組の代理戦争は、過熱の一途を辿っていた。毎日、負傷者が出て、時に死者も出ている。終わりがないとも思える抗争に転機を迎える事件が発生する。
義西会の岡島会長が刺殺された。
事は岡島会長が同窓会に出席したことで起きた。同窓会だからと言って護衛を断り、童心に戻った事が命取りになった。不用心もいいところである。そして、さすがの嗅覚というべきか。オヤジは岩井を連れて藤田のところへ訪れたようだ。さすがです。ハイエナです。どうやら組長を代行する藤田は明石組傘下となり、義西会の看板には’明石組支部’の文字が書き足された。いよいよ介入してきた。岩井はよく待ってくれた。ここでの介入はまだ許容だろう。それに急に山守組の歩調が乱れて来たように思える。山守本家と江田組、槙原組がまとまりに欠ける攻撃をかけてくる。武田は降りたな。
そして、遂にその日が来た。俺は徹底抗戦との方針を出したオヤジたちに従って一度、広能組事務所に来ていた。そこに来て欲しくはない来客が来た。
玄関の戸を開けるとパトカー数台に機動隊とそのバスが組事務所前にズラリといらっしゃっていた。先頭に立つ男はもう顔馴染みのアイツだった。
「小沢、今日は君に用はない。」
「ほーん。こんな大名行列連れてなんの用で来たのさ。まさか警察の遠足に参加させてくれるとでも?」
「冗談じゃない。君の親分に用がある。出さないならここで逮捕する。」
「はん。フダは持って来てるのか?執行令状もあるのかな?」
「ある。だが…小沢に免じて出頭を要請する。同行して貰いたい。呼んでは貰えないか。自首という事にする。」
これにはかなりストレートに驚いた。そんな曲げたことをする奴とは思わなかったからだ。
「お前…それでいいのか?」
「これは僕より上の誰かが山守の誰かに唆されて逮捕することになったと見ている。刑期短縮に繋がるかは未知数だが、引き摺り出されるよりメンツは立つんじゃないか?」
「ええよう小沢。行っちゃろうじゃないの。警察に気使われたらこっちの手はないじゃろうの。」
「広能組組長、広能昌三…さん、ですね?いくつかお伺いしたい事があります。ご同行お願い出来ますか。」
「お気遣い、ありがたく。ほうじゃ行ってくるわい。」
こうしてオヤジは七年の務めに向かった。