「ええか。組は水上に預ける。水上、何かあれば小沢、頼るんじゃ。ええな。」
オヤジは面会で水上にそう伝えたそうだ。
状況は、そこそこの小康状態だった。オヤジが逮捕された事と、武田が戦線離脱した事で明石組と神和会の思惑とは相反して一種の膠着とも言える状況になっていた。ここは先に手を出した方が痛い目に遭うというのは重々承知しているものの、岡島会長がやられてから明石組のテコ入れで岡島組は勢いを取り戻し、川田組の協力を取り付けた事で打本組は早川の独壇場。多少は俺の狙う状況に持ち込めている。こうして考えると状況を動かして、自分の親分がいなくなると更に上を目指すヤクザたちの気持ちも分からないではない。結構、惹かれるものはあるな。そんなことを考えていると、来客があったようで、岩見に呼ばれて応接間に出た。訪ねて来たのは意外にも勝利だった。
「おどれの描いた絵なんかのう…この状況は。」
「なんだ薮から棒に。勝利のところには迷惑かけてないはずだが。」
「武田よ。おどれらと話がしたい言うてワシに仲介頼んで来たけんのう。」
「ほう…どう言う話かねぇ…」
「それともう一つじゃ。山守のオヤジ担ぎ出して広島のヤクザをまとめる言うての。ワシに副会長に座らんか言う話も持って来よった。」
「それは乗るべきだ。乗るしかない。このビッ…」
「おどれが言うてた事はようよう現実になるの。予言でも出来るんか?」
「そう言うわけじゃないさ。」
「まぁええわい。おどれらの陣営から何人か出せや。席はワシが用意するけんの。」
「よし。協力するよ。」
勝利の話をまず、水上に持ち込む。すると水上は
「アニキの兄弟が持って来た話ですけん、広能組は乗ります。」
といって二つ返事だった。岩井、藤田は警戒こそすれ、勝利が兄弟と言う事が保険となって了承してくれた。
「ワシは大友に会うたことがない。せやけど小沢の兄弟なら問題ないやろ。」
という一言で解決出来た。
そして、その日は来た。場所はなぜか麗しの松永組事務所。なぜだ。そして武田は傘下組長ほぼ連れて来た。後ろの方でちょこんと並んでるの…松村?
いやカチコミに来た様な人数で押しかけて来ている。ちょっともう少し座椅子も用意して置くべきだった。IKEAとかニトリとかねーんだよ。この世界はよ。
「小沢、随分久しいのう。今日は誘いに応えて貰うて感謝するで。」
「武田さん、久し振りですね。一応、ご紹介します。明石組の岩井組組長、岩井信一さんです。」
「岩井や。」
「まずもっての。今日話したいんは他でもない。明石組は広島から手引いて貰おうかの。広島極道には広島極道の性根ちゅうもんがあるんじゃけんのう。特に、代紋掲げて座るのは遠慮して貰いたいの。広島におるのは構わんがの、看板は即刻下ろしてくれない。」
「ちょっと待たんかい。ワシは明石組の若いモンや。ワシがおる所に本家の暖簾下げるにどこに問題があんのや。」
「こっちも神和会の代紋置かせろ言う話、蹴っとるんじゃ。看板置くんじゃったら、義西会と手切るちゅうて今すぐ宣言してくれ。これらと手組んで事務所開くんはワシら広島に対する内政干渉じゃけんの。」
「ほんだら。忌んだ岡島の落とし前まどうつけてくれるんやワレ。」
「戦争じゃけ。取る取られるは当たり前じゃろうが。」
「じゃったらおどれらもマトにかけちゃるけ、いつでも来いや‼︎」
「おう買っちゃるけ。来いや‼︎」
「ちょっと待たんかい。」
もう誰も彼も血の気が多くて困る。ほぼ思った通りの展開だ。
「あの、ちょっとよろしいか?」
「なんじゃ小沢。こんなもここで戦争始める言うんか。」
「いや。やろうと思えばここ、ウチの事務所だし。おたくら半分くらいは今後、戒名を名乗ってもらう事も出来るんだけどさ。もう少し建設的な時間にしないかと思って。」
「出来たら苦労せんわい。ところで、さっきの藤田の言は明石組本家の答えと受け取ってええんか?」
「ワシは明石組の岩井や。」
「ほうか。そいじゃあ言うとったるがの。そこに座る小沢も承知のことじゃ。広島極道はイモかもしれんが旅の風下にたった事は一遍もないんで。神戸のもんったら猫一匹通さんけ。おどれらよう覚えとけや。」
「ようし…おんどれらも吐いたツバ飲まんとけや。」
「なんで好戦的なのかなぁ…今が手打ちの時期だと思うんだけど。岡島会長の件を水にする、代わりに明石組の暖簾を広島に置く。それじゃあダメなのかね?」
「のう小沢、ワシらそこまで器用じゃったら極道になっとりゃせんのじゃ。」
「そうじゃ。こっちも会長とられて退く言うたら顔が立たんわい。」
「このままだとみんな潰されるよ。」
「誰が潰せる言うんじゃ。会長の仇とらんと…」
「世間にだよ。藤田さんよ。俺たちはカタギさんからカスリいただいてるんだ。カタギに嫌われたら飯の食い上げだ。明石の親分見てみ?正業持てって常日頃いってるらしいじゃん?今更、就職活動するかい?いや無理だね。なにせ俺たち広島極道には固い性根がある。それは認める。だからこそ、一回考え直す必要があるんじぇねぇか?」
「小沢。こんなの言う事は一理あるわい。じゃがのう、山守組としても武田明としても退けんのじゃ。」
「じゃ力による対話か…」
こうして物別れに終わってしまった。分かってはいたがここで終われるというのは甘い期待だった。
会談からこっち、更に抗争は激しく燃えた。もうどこで何が…という次元ではない。そこかしこで燃えている。正直、もういちいち書いていてはキリがなかった。義西会と言うか、その残党と言うか、彼らは特に凄まじい攻勢を見せた。
「マトにしちゃるぞ」
と言っただけあり、親の仇という事情も相まって、江田組は静かになり、再び武田組が出張ってきた。そんな中でも特筆すべきは藤田の死だろう。
元々肺を患っていたと言うだけあって、葬式に行ったときは更に驚いた。最早、「しゃれこうべ」じゃねーかというレベルになっていた。彼もまたヤクザとしてその命を散らせたと言えるだろう。苛烈に命を燃やした藤田の死に様は俺に衝撃を与えた。
事ここに及んで、俺は県警本部に呼びつけられた。
「アニキも遂に逮捕ですかのう…」
「なぁ倉元。俺が逮捕されるならかなり前の事と使用者責任くらいなもんだ。海田の事だ。逮捕したけりゃ出向いてくれるさ。」
「アニキは警察と仲ええんですか?」
「野崎が来る前の事だがの、二課の刑事とコーヒー飲みに行きよってたんど。」
「アニキは腹座ってるんですのう。」
「肩書外してしまえば友人だ。片思いだろうがな。」
倉元と野崎に見送られ、怪訝な視線を受けつつ受付を済ませると海田が迎えに来た。また取調室だよ。
「何の用だよ。そっての通り忙しいんだ。」
「知ってる。お陰様でこっちも忙しい。普通の生活は遠のく一方だ。」
「何かあるんだろ?」
「甚だ不本意だが、知恵を借りたい。この抗争を沈静化させたい。」
「無理だな。もう往く道、征く所まで…だ。案がないでは無いが。」
「聞かせてくれ。」
「流石にこの事に関しては一つ見返りが欲しい。」
この言葉に海田は固まった。そうだろう。やもすれば袖の下なんて言われかねない。暴力団との取り引きだ。海田のもっとも嫌悪する事だろう。だが、コチラも退けない。
「聞くだけ聞こう。」
「俺の条件は山守組幹部連中の逮捕だ。最低でも山守と武田は絶対だ。釣り合いが取れないだろうから、俺もションベン刑くらいは喰ってもいい。どうだ。」
「いいだろう。時期はこっちで見る。」
「期待しておく。この抗争はそもそも明石組と神和会の覇権争いに乗っかって、広島の主導権を取り合ってる訳だ。エリートコースに乗ってる海田なら兵庫の二課にも顔は利くだろ?明石組と神和会を手打ちにさせろ。あれだけの大手だ。組長会長だって叩けばホコリくらい出るはずだ。それをエサに手打ちを要求すればいい。」
「それでこの抗争は終わるのか?」
「終わらない。もう一手押し込む必要がある。」
「あとは何だ。」
「打本と山守の引退だ。打本はタクシー事業一本でやってきたいと常に言ってる。だから、逮捕されたら引退はさせられるだろう。勧告してやれ。その跡目は早川だ。俺と五分の兄弟だからな…俺が抑えてやるよ。山守は…業腹だが減刑に繋がるとでも言ってやれ。」
「なるほど。やっぱりお前はヤクザだな。警察としての論理の欠片も見えない。」
「計画は提供した。あとは良いように化粧しろよ。あぁ…オヤジの件、感謝してる。」
「いや…まぁ…うん。」
翌日、事務所の郵便受けにはちゃっかり天政会の結成式の招待状が届いていた。これって当てつけなんだろうか?本当に来いって事なのか?
そもそもこれは俺、参加しても良かったんだけど。
俺ってそんな好戦的に思われてるのだろうか?
予定通りというか希望通りというか。勝利は二人いる副会長の内の一席に納まった。これはいい傾向だ。原作では暴力的かつ短絡的なステレオタイプなヤクザだったが、この世界では侠気溢れる博徒として、古き良きヤクザとしての信望が厚い。
広島最大のヤクザの親分である山守を会長にした時点で、副会長はカシラの武田で固いところだったが、勝利も副会長になったのは後々助かる。というか、自分で取りに行ったか?
理事か顧問くらいと思っていたが。
天政会の結成により、広島は二色となった。これで生じるデメリットを見逃していた。有象無象まで糾合した天政会は、山陰陽道最大の組織となったがために向上心のある弱小組織まで抗争に参加して来た。おかげさまで昨日は事務所が襲撃され、また玄関の引き戸を入れ替える羽目になった。俺と菅原は入れ替え作業中の引き戸を麗らかな陽気の中、眺めていた。もう業者は顔馴染みである。今月三回目だ。
「オヤジ、そろそろ若い衆に我慢させちゅうのも限度ちゅうもんがあります。」
「そうだな。そうだよな。」
「それにウチのシマ内で遊び回る奴らもおりますけん。堪えさせ言うんにも無理があるがです。」
「よし。やるか。」
「なにからするんで?」
「攻勢に出る。が、次の襲撃あってからだ。どうせ何処かの枝だろうが、そこを発起点に燃やしてやろう。」
「それまではどがいするんで?」
「火炎瓶でも作っておけ。」
「はぁ…火炎瓶ですか?」
もみじ饅頭を買った帰りに、倉元と野崎に近況を車中で聞いていた時に事は起きた。
「倉元よぉ、あそこのホテルはいつ開業よ。」
「来月末ですけん。株は二割ほど回してもらう言うことになっちゅうがです。」
「そうか…野崎、水上と菅原に聞いてクリーニング屋に金貸してないか探してみろ。」
「クリーニング屋ですか?」
「そうだ。ホテルのシーツ、タオル、制服のクリーニングをウチで請け負う。適当なクリーニング屋に金突っ込んで拡大させるんだ。」
「ほうなら、氏家の周り先に…」
パァンパンパンパンパン
「おい‼︎あの車追わんかい!!」
「アニキ、怪我はありゃせんですか?」
「うーん…首に掠って熱いのと、腕に貰ったかな…かなり痛ぇわ…お前ら怪我ない?」
「ワシらより、病院、病院行ってつかい‼︎」
「落ち着けって。死ぬ怪我でもない。あれどこの奴らだ。」
「あの車は槙原のところの枝ですけん。知った顔がおったがです。」
「よし。倉元、相手の情報集めろ。警察の聴取が終わったらいつもの仕事に戻れ。野崎、クリーニング屋頼んだ。倉元に手伝ってもらって見積もり作れ。水上に伝えろ。広能組は動くな。」
「アニキはどうするんで?」
「最後はやっぱり暴力…だな。」
病院で大仰な処置を受け、事務所に戻ると菅原が飛んできた。
「オヤジ、無事でっ…腹冷やしましたわい。」
「俺も痛かった。始めるぞ。」
俺にとってほぼ初めての組織戦の始まりだった。