なんとか継続してます‼︎
「だーかーらー。俺は何で逮捕されたのさ。上野さんよ。暴行傷害だろ?上田がどうこうとか、尾本がどうこうとか知らないし、最早矢野とか忘れてたっての。もう一回言うけど、暴行傷害は認めるって言ってんじゃん?」
連日の取調べ、まともに聞かれたのは最初の方だけで、以降はほとんどが疑われている事件についてだった。ここまで来ると海田の清廉さと言うのも腹立たしい。大体、認めてやったのに、私的な会話か勤務時間外ってことで無かった事にしやがった。あの野郎…まぁいい。
「とりあえず海田を呼んでくれ。アンタ、話になんねーよ。」
上野ともう一人、覚える気のない刑事が出て行ってしばらく、海田が来てくれた。
「海田よ、お前の清廉潔白ってのは認めるが、これは酷くねぇか?」
「なんの話だ?僕は証拠と自供、目撃証言で君の逮捕を実現した。取調べの担当は僕じゃない。」
「暴行傷害三件、初日で認めたさ。そしたら上田がどうこう尾本がどうこう、果ては矢野が行方不明でってなんだよってよ。どうにかしてくれ。」
「もう突っ撥ねるか認めるかしかないぞ。それと君の舎弟かな?倉元という若いのが弁護士を用意しているみたいだが?」
「それはダメだろ。暴行傷害なんて弁護士つけたら執行猶予狙えるだろ。それじゃ海田の顔が立たない。断ってくれ。今は面会も断ってるんだ。」
「…なら面会くらいしてやっていいだろう。倉元と野崎の二人は毎日交代で来ているぞ?それに弁護士にも会ってくれ。うるさくて適わない。」
「なら、明日。会っても良い。まずは弁護士だ。」
「解った。伝えよう。」
留置されている間、何故か同室になる奴はいなかった。ここで何をどうしたら軽くなるのか考えるべきなんだろう。と言うか、倉元と野崎は人の話を聞いてなかったのか?来るなって言ってんのに。まぁいい。近い人間の逮捕で動転しているんだろう。菅原はその点、慣れている。弁当の差し入れを持ってくるが、寝て起きてお話ししてるだけだ。そう贅沢なものはいらないので、着替えと消耗品だけ頼んでいる。
翌日、朝イチで弁護士が来た。これが面白い奴だった。
「国平と申します。私、こう言った依頼…と言うか暴力団からの依頼は受けないのですが、倉元さんからもう熱心に頼まれましてね。一つ条件を提示させていただきました。」
「若いのにはっきり言うね。で、どんな条件よ。」
「福祉団体への寄付です。」
「あーな…じゃあ俺の要望を言おう。」
「今回の場合ですと懲役三年半と執行猶予四、五年でしょうか。」
「執行猶予は要らん。」
「では、そのよ…え?」
「執行猶予だけはダメだ。警察の面子を潰してしまう。」
「では、私の面子も考慮いただきたいところですが?」
あぁ…それは失念していた。検察の言うとおりですって言ってたら国平君の面子が立たない。難しい。
「それは申し訳ない。じゃあ三年の懲役くらいを落とし所にしてくれよ。」
「弁護士という稼業をご理解いただけていない。このくらいの要件で執行猶予を取れなければ失態です。」
「じゃあ一年でもいい。今回、懲役に行っておかないとダメなんだよ。」
「ふぅ…わかりました。善処します。」
「助かります。」
こうして俺は裁判の日を迎えた。裁判所の廊下では意外な人に出会った。
「オヤジ…‼︎」
「おう小沢。こんなも遂に捕まったんか?」
「はぁ…暴行傷害です。」
「サツも頭が足りんのう。こんなをそんなんションベン刑で務め行かしてどうすんなら。」
「おう。こんならもいたんか。」
そう言って現れたのは武田だった。そうか。ここでそういう状況か。
「こんなら、何年打たれたんない。」
「ワシは前のと合わせて七年じゃ。」
「自分は今からです。」
「昌三はちょっとした殺人刑じゃの。小沢は何で来たんじゃ。」
「お宅の高作会への暴行傷害です。」
「ワシは神戸のダイナマイトの件から何からでそっちらより長くなるかもしれん。」
「江田は逮捕まだで、槙原が三年だそうで。」
「おう。打本と山守はどうしたんない?」
「打本は執行猶予、山守は一年半です。」
「だがのう、二人とも引退じゃ。」
「七年と一年半…間尺に合わん仕事したのう。」
「わしゃ全財産叩いてもうて。一文無しじゃ。小沢はよう稼いでるようじゃの。もうヤクザでは食えんわい。」
「そりゃええがの。もうワシらの時代は終いで。十八年、口は肥えてこう寒さが堪えるようになってはのう。」
「こんなの跡目は小沢かの?」
「オヤジが引退したら俺も退きます。」
この一言には二人とも驚いた顔を見せた。
「氏家は水上が育て、倉元も育ってきてます。出たら野崎を育てて、松永は安泰。俺がいたら気使うでしょう?」
「こんなも欲がないの。」
「ええんじゃ。そういう奴じゃ。こんな何でワシについてきたんじゃ。」
「さぁ?なにか思ったことはあった筈ですがもう…なんででしょう?」
「まぁ七年の刑じゃ…持ち堪えんとのう…。」
「呼ばれたようじゃ…昌三、辛抱せぇ。小沢、出たら一遍話せんかの。」
そう言って奥に消える武田を二人で見送った。
「オヤジ、引退すんか?」
「こんなが居るならそれでも良いんだがの。聞けんか?」
「そこまでですか。水上か氏家でダメですか?」
「ならこんな、早う出て育てぇ。放り出すにはあまりじゃからのう。」
オヤジ、少し老け込んだか。何だか切なくなってきた。俯くと涙が滲んできた。
「こんなも老けてきたんか…脆くなったの。」
「すんません。」
「ワシが勤めから出て、岩見と二人、盃くれ言うたのが懐かしいの。」
「あれは嬉しかったです。」
「今もまだその気持ちがあるこんならを放り出す訳にはいかんわの。じゃ先に行くわい。」
「お待ちしてます。」
オヤジとの短い邂逅はここで終わった。
判決は一年半だった。
長い髪を剃って山口に収監された。ちょっと合宿みたいなもんかと舐めた気分で来た訳だが。到着早々、所長と面談と相成った。
「えぇと…海田警部補から色々と聞いてます。はい。」
「これはこれは。海田君も気遣い過ぎでさ。」
「出来れば、静かに過ごしていただいきたいです。問題は困ります。」
「おう。そこは従いたいと思うよ。一年半平穏に過ごしたい。」
数ヶ月ひっそりとしていた、俺は懲罰房にいた。何故だ。
事のきっかけはある男の言葉に始まる。
「親分は網走送りで、散々暴れよった子分は一年ちょろちょろかいのう。」
「お上の定めるところに従うとそうなるな。」
「はぁん。親分も報われんのう。誰か代わりに行けばええもんをのう。」
「現行犯じゃないからな。そこは代われなかった。」
「チンピラしか抱えとらんかったんかのう。親分は。」
「おう。もう一遍吐かしてみろド三品コルァッ」
気がついたら目付きも血色も悪い男を殴りつけて馬乗りになっていた。
「喧嘩だ‼︎喧嘩だ‼︎」
「貴様‼︎やめんか‼︎」
「放せ‼︎この下郎がぁぁぁっ。おいテメェ‼︎刑務官の後ろに隠れて恥はねぇのか‼︎鶏冠に来る奴だな‼︎」
「はぁ…居るやないけ…ええ奴がよ…」
「静かにしろ‼︎」
「コイツ、連れ出せ‼︎」
そんな訳で所長の前に引き摺り出された。
「えー…来た時にお話ししたと思います。問題は困ります。」
「申し訳ないと思ってる。でもね、曲げられないこともあるんだよ。」
「困りますね…ちょっと反省していただきたいです。」
「すまんね。」
そうしてとある男と懲罰房に放り込まれた。
「おう。こんな、広能の兄貴の子分なんじゃろ?」
「なんだよ。まだ転がされ足りないのか?」
「そう言うない。わしゃ広能の兄貴とは盃しとる舎弟じゃ。市岡輝吉じゃ。」
「小沢夏樹だ。聞いたことあるな。」
「ワシもこんなの事は聞いとるど。」
「良い話だろうね。」
「褒めとったわい。ええ子分らしいの。」
「あんた、市岡組の市岡だろ?今は広能組の若い衆だよ。」
「ああ。松永組の継承式にも行ったわい。」
「それはそれは…ありがとうございますね。」
ぶっちゃけ見た時から分かっていた。が、物言いが頭に来てしまった。
そんなこんなでしばらくして、市岡がいなくなって数日後に懲罰房から出された。
「あー臭くてかなわんなぁ…風呂はいつよ?」
「さっさと歩け。」
「あーはいはい。すいませんでした。」
元の部屋とは別の部屋に入れられると、市岡がいた。
「なんでだよ。」
「いいから入れ。」
「おかしいだろ?俺、あいつと喧嘩になったんだよ?」
「頼むから…早く入れ。」
何故だ。どうしてこうなった。
そうして何故か俺は市岡と同じ房にいれらた。
「これも何かの縁じゃけん。仲良うしてつかいや。」
「なんだろうな。なんか不安しかないんだが。」
「紹介するけん。宗方と末永じゃ。」
「どうぞよろしゅうに。」
「末永です。どうも。」
「で?なんでこうなったの?」
「こんなの親分と舎弟じゃいうたらまとめられたんじゃ。」
「俺、あと半年少々なんだけど。平和にいきたいんだが。」
「大丈夫じゃ。もう吹っ掛けんわい。」
「頼むよ。そこは。」
こう言った縁で俺は市岡との知遇を得た。もう少し平和的な出会いはなかったものか。
俺は日々の刑務作業に勤しんだ訳だが、どうしてか明らかなヤクザ関係者からは避けられている。人の口には戸が立たないとは言ったもので、俺の所業は同業者には知られているのか。
「面会だ。」
「あいあい。そうですかって。」
面会に来てくれるような相手は大体、菅原か水上だった。網走行ってくれって言ってるんだがなぁ。
面会室にいた人間は意外な人物だった。
「アニキ…‼︎ご無沙汰してます。」
「おう…野崎…見違えたな。」
「これ、倉元の兄さんに買って貰うたですけん。」
「いいじゃないか…スカジャンじゃカッコつかないからな。」
「会いに来るな言われちょったんですがの…最近天政会の連中がようその辺歩いてましての。」
「そう言う事な…菅原に相談せ。出たら松永組に名前並べたるからよ。菅原にも言っとく。」
「アニキ…あと半年と十日ですけん。早う出てつかい。」
「よく数えてるな。」
「倉元の兄さんも自分も、毎日数えてるんですけん。」
「そう言う事するな。そして、出迎えはやめてくれ。菅原だけで良い。」
何かを言いかけて、でも野崎は飲み込んだ。いい。成長してる。
「またな。ちょっと待ってろ。」
「アニキもお元気で。」
俺は初めて収監されていることに歯痒さを感じた。倉元もだが、少々勝ちに慣れて、打たれ弱いかもしれない。野崎がスーツだったのは意外な変化だった。盃して少し成長したのだろうか。会ってしまうとどうしても外への渇望が生まれる。やっぱり懲役なんて行くもんじゃない。
黙って執行猶予狙えばよかったか。それでは海田に顔が立たない。なんて難しいことか。
翌日も面会があった。海田だった。
「昨日、君のことを思い出してたよ。」
「そうか。執行猶予なしで懲役に行った君に感謝してるよ。」
「義理は通さないとな。俺にもそれくらいの気持ちはあるさ。」
「君の裁判は話題になった。弁護人が’異議なし’と叫んだ時は驚いたね。何のための弁護人だったのか。」
「だってねぇ…彼、執行猶予狙いたいって言うんだもん。」
「君もつくづくヤクザに向いてないな。」
「いいんだよ。こう言う生き方で。」
「もったいないな。ところで出迎えだが…」
「断ってある。菅原だけだろう。来るのは。」
「助かるよ。」
「用件はなんだ?」
「友人に会いに来た…ではダメか?」
この言葉には流石に驚いた。この男も冗談でも言うのか?
「なんだその顔は。」
「海田警部補も冗談を言うようになったかと思ってな。」
「警部になった。兵庫県警に口添えした事と、君を懲役送りにした功績だ。」
「いいじゃないか。出世は男の本懐だ。」
「君はまだ…出てきてもヤクザのままかい?」
「無理だな。もう退けない。」
「残念だよ。では、体に気をつけてな。」
「おうよ。」
何故か、昨日今日と残念そうに帰るのか。どうにも出来ない現実に押し潰されそうになる。こんなにも懲役はキツいもんか。
オヤジはあと六年超。俺はまだまだ未熟だな。
残り半年と九日。堪えよう。