週末、更新できなさそうなので。今日、更新しておきます。
何やかんや精神的に堪える一年半を過ごし、俺は出所の運びとなった。様々な出会いがあり、おそらく今後の縁に繋がるであろう人たちもいた。
世話になった刑務官に礼を伝えて外に出る。所長の笑顔は厄介払いだろうな。短い様で長い一年半だった。
シャバに出ると、いつの間にか天政会は政治結社に看板を変えていて、大友組の他にも早川率いる二代目打本組も参加し、理事の一人となっていた。いいぞ。江田は俺が懲役に行ってる間に収監されていた。ゆくゆく派閥争いしてくれ。
「オヤジ…お務めご苦労さまです。」
「おう菅原。待たせた。そして、苦労かけたな。」
「とんでも無いです。みんな待っちょりますけ、帰りましょう。」
「アレだ。寄りたい所がある。掃除用品買っていっていい?」
「はぁ…承知です。」
事務所に向かう前に寄ってもらったのは市内の墓地だった。収監中に来た手紙に記されていた場所だ。差出人は大友勝利。なんで墓の場所なんか送ってきたのかと思ったが、目の前にして得心がいった。
上田透の墓だった。
後から聞いた話だが、天政会で上田の回忌法要を執り行ったらしい。それで墓所を知ったので俺に伝えたそうだ。誰の墓か言わなかったのは出た後の楽しみを増やすつもりだったとか何とか。嬉しかった。原作通りに行けば俺は天政会に入ることはないので、上田の墓を知る事は無かったかも知れない。勝利には化粧箱入のもみじ饅頭と高級ほうじ茶を贈ってやろう。
「上田、二代目松永組襲名したんだ。そう俺も遂に懲役行ったよ。ありゃ堪えるわ。そこでさ、世の中狭い事にオヤジの舎弟に会ってさ。これがヒデェ出会いでさ…」
俺は磨き上げた物言わない墓石相手に、日が暮れるまで話しかけ続けた。
「オヤジ、誰の墓だったんで?」
「随分待たせた。ごめん。俺の弟分の墓だよ。」
「あぁ…すんません。立ち入った事聞きました。」
「いやいい。ずっと行きたかったんだ。」
そこから事務所まで菅原は黙っててくれた。この時、俺は腹を括り直した。
事務所に着くと組員が…六十人からの全員が揃っていた。随分待たせたろうに。もう外は真っ暗だった。申し訳ない。
みんなを見回してから俺は口を開いた。
「みんなしばらく留守にして済まなかった。迷惑かけて申し訳ない。俺は懲役に行ってから、行く前から思っていた事がある。松永組は先代、松永弘が看板を揚げて以来、博徒としてヤクザとして今日までやって来た。名前は残すし、博徒の一分が立つ様にもする。だが、暴力団松永組は当代で終わらせる。」
ここまで話すとざわつく。流石にそうだろう。ヤクザ当代限りで辞めるってんだから。
「何度も言うが博徒の一分は立てる。これからは合法的かつズルい事もして稼ぐ。その為に松永組は今日から新体制でいく。若頭は菅原健二、その補佐役をつける。若頭補佐に野崎弘、同じく若頭補佐に木村寛明。野崎は銭稼ぎの能力がある。広能組の倉元に着いて学んでいる。期待していい。木村は英語が出来る。これからはもっと手広くやる。」
もう話ついてこれないヤツも見えてきた。
「当面の仕事を伝える。原爆スラムの連中を倉元の持っているアパートに片端から突っ込む。足りなくなったら市内のアパートを買い上げろ。そして、野崎のクリーニング工場で働かせろ。家賃は給料からハネる。働けない奴は生活保護に入れろ。是が非でも回収かけるんだ。合法的に。そして、住人の居なくなった原爆スラム土地を買い漁れ。もう一つ。これは博徒の仕事だ。競艇場、パチ屋、雀荘に張り付いて出入りする市議、県議を探せ。これからはカジノをやる。ある程度の時期までは俺が指示を出して監督する。金の管理は菅原だ。責任も事と次第で俺か菅原がとる。その分の上前はお前たちから貰う。だから遠慮するな。」
「オヤジさん、ちょっとええですか?」
「よし。関村。どうした。」
「カジノやる言うて大々的にやったらアカンのじゃないですかの。」
「市岡組のシャブ、アレは某国領事館が出所だ。あそこの領事はオーシャン観光のホテルの常連だ。手段は問わないハメて、弱みを掴め。」
「カジノとの関係性が分からんのですが…」
「いいか。領事館は治外法権だ。こっちで物件用意して、カジノやらせんだ。そこに市議でも県議でも通わせて、客を呼び込ませろ。」
「オヤジさん…そがな事なにして思い付くんですかいの…」
「北野作品くらい見ておけ。勉強だ。」
「北野作品ですか?」
「いい忘れろ。」
「そう言う事じゃけん。野崎は若いが見どころあるけ、みんな支えちゃってくれ。木村は四十を過ぎて、それなりに年季も入っとる。その分、固いとこもあるがみんな意見だしたれ。どっちに誰をつけるかは追って伝えるけん。今までのシノギも継続しといてくれぃ。と言うわけでここから酒宴じゃ。音頭はこの菅原が取らせてもらうけ。オヤジの出所を祝って乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
こうして日常のありがたみを改めて噛み締めた。
のも束の間。関村がやってくれた。
「で、関村君。これはどう言う状況なの?」
俺の目の前にはパンツ一枚に剥かれたヒスパニック系の男が正座させられていた。
「コイツ、某国大使なんですけど。この前、領事館のパーティーに美人局させてる女入れまして。見事美事に引っかかりよったんです。」
「ねぇ…大使って頭いいんじゃないの?」
「それが聞いた話だと嫁さんの父ちゃんが外務省のお偉方だとかでして…」
「腐敗、ここに極まれり、だな。方針を変えよう。」
これに異を唱えたのは木村だった。
「オヤジ、せっかく釣った大物ですけん。計画進めるに結構なコマじゃありゃせんですかの。」
「まぁ聞いてろって。おい、バカタレ。お前らがよく飲むテキーラ、ウチに独占契約寄越せ。他に卸してる分も含め、ウチに降ろすんだ。」
「テキーラ?日本人飲まないじゃない。」
「なら尚更、俺に売れ。アガベが枯れるほど捌いてやる。もちろんお前にキックバックもやる。二十%でどうだ?」
「四十%くれるならやる。」
「関村、大使公邸の奥様に旦那様のお迎えを頼め。」
「待って。待って。三十%でいい。」
「フロントに連絡先聞いて来い。」
「わかった‼︎二十%でいいよ‼︎」
「嘘だ。四分一やるよ。」
「シブイチ?」
「二十五%だ。あとで契約書を作らせる。何としてもテキーラを持って来い。」
「じゃあこれからもオタクのところで遊ばせてもらうね。安くしてくれる?」
「安くして欲しければ友達も連れて来い。」
こうして俺は予想外の商品を手に入れた。北野武に心から感謝すると同時に次のことを考える。誰かに輸入代理店やらせないと…ってかこの手段いいな。他の国の大使もひっかけたらいいんじゃないか…?
帰り道、車中で関村が不安そうに話しかけてきた。
「アニキ、博徒の一分はどうするんで?」
「カジノはやる。が、合法的にだ。」
「合法で出来るんですかの?」
「ズルもすると言ったろ?」
「はぁ…?」
一月後「瀬戸内レジャー」なる会社をデッチ上げ、テキーラの独占輸入を始めた。卸先はオーシャン観光系列のホテルのバー、キャバレー、クラブ。見慣れない酒を目当てに通う客が案外いて’珍しい酒が飲める’と言ってちょっとしたブームになった。一時は各店舗に割り当て本数をつけた程だった。
そして、瀬戸内レジャーが運営するカジノバーにも卸した。入場料を払うとドリンクチケットが金額によって何枚か貰える。客はこれをカードやスロット、ルーレットに賭けて、増やして酒を飲んでもいいし、ただただ酒を飲んでもいい。ただし、このドリンクチケットは一方通行で、現金に戻す事は出来ない。やっぱり、テキーラはここで爆発的に売れた。凍らせたグラスに、キンキンに冷えたストレートのテキーラ。若者たちが面白半分で一気飲みを賭けて、博打を打つような風習が出来上がった。いつの時代もやる事は変わらないのだろう。これは未来を知る俺のズルだ。
そう言えば、どこの物好きか知らないが、我が社のドリンクチケットを買い取ってくれる人が居るらしいんだな。世の中、どこに価値を見出すかは千差万別。世界は広いと言わざるを得ない。学びだ。
一方で、原爆スラムは遅々として進捗がよくなかった。いや。アパートの居住率は八割を超え、倉元には不動産会社を立ち上げさせることになったくらいで、野崎のクリーニング屋はもう既に工場を三つも回している。ここだけ見たら順調だが、問題は土地の買収だ。合法的に買い上げたかったんだが、俺はスラムと言うのを舐めていた。と言うか、2000年代を生きていた俺にはない理屈があった。
’勝手にバラックを立てて勝手に住んでいた’
と言う事だ。言わば地域にいる住民全員が公園のホームレス状態だったのだ。行政は戦後、何をしていたんだ。オリンピックなんて言ってる場合かよ。国民を何だと思っているんだ。おのれ米帝傀儡一味め。
仕方ないので、立ち退いて貰って野球場が二つほど作れそうな土地に管理所を設けて事実上の占有地とした。何かあったら地上権でゴネてやろう。
松永組の事務所に幹部、菅原と木村、野崎を呼び出した。
「よし。連絡会を始めよう。」
「瀬戸内レジャーは順調そのものですけん。テキーラの輸入量がもう少しで足らんようになります。」
「そうか、じゃあ輸入量は据え置きだ。輸入量は少し足りないくらいでいい。需要を満たすな。あと瀬戸内レジャーの社長は木村に譲る。うまく回せ。野崎、報告を。」
「オヤジに回して貰ってる人夫で十分回っとります。最近はホテルのクリーニング以外にもおしぼり、町場のクリーニング屋も増やしとります。」
「なら、もう少し手を広げよう。町場の店を増やせ。手数から溢れることのないように。」
「菅原、売上はどうだ?」
「はぁ…それが…」
「なんだ?赤字か?」
「いえ…ちょっとした行政予算並みの収益です。」
「そうか…豪気なことだ。結構結構。」
「それがですの…倉元が相談に来ましての。収益に伴って、あと投資の方も順調らしく…オヤジの資産がぶったまげる事になっとるんですわ。使っておかないと税金がエラい事になりますけん。なんかせんと…オヤジ、長者番付に載ってまう可能性が。」
「それは…遠慮したいな。活きる使い方してくれ。報告してくれればいい。倉元と相談してくれ。任せる。」
後年、倉元と菅原の抵抗は功を奏したと思った時、原爆スラムに公営住宅が建ってしまった。唖然としている中、虚しくも高額納税者公示制度に晒されてしまった。肩書きは「会社社長」だった。
そんな松永組の衣替えを進めていたある日、やはりと言うか、何と言うか来客があった。しかも、爽やかな笑顔で。
「小沢、もしかしてヤクザはやめたのか?」
「いいや。立派にヤクザだ。それすら見抜けない海田警部は目が曇ったか?」
「だが、今のところ全てが合法だ。公営住宅用地に関しては多少の強引さはあったが、違法ではない。」
「まぁいいさ。何の用件だ。」
「近々、武田が出所する事になった。」
「穏やかじゃないね。」
「そうだ。穏やかじゃない。」
「どう言う事だ?こんな早く出れるもんか?」
「未決出所だ。」
「そっかぁ…」
俺は天井を仰いだ。こんな早いはずじゃなかった。遠からず槙原も江田も出てくる。全て順調と思ってたんだが。
「君たちは合法的に広島県内外で勢力を伸ばしている。この点は咎めはしない。だが、もう一枚の看板に危機感を我々は持っている。」
「だよな。お察しする。」
「今の平穏を維持しては貰えないか?」
「迂遠な物言いだな。」
「このまま廃業して貰えないだろうか?」
「引退しろってか?」
「渡世だけでいい。」
「不毛だな。」
「なぜだ?これだけ合法的に稼ぎ、見逃せる程度の違法行為しかない。なぜヤクザに拘るんだ?」
「三代目松永組はカタギになるだろう。諸般の事業をまとめる親会社だ。だが、二代目まではヤクザだ。極道なんだ。」
「出来れば逮捕はしたくない。」
「もう一回くらいあるかもな。」
「どうしてだ。何故なんだ‼︎」
海田が珍しく感情的になり、テーブルに拳を叩きつけた。
「俺たち、ヤクザなんだよ。な?知ってるだろ?」
海田はいい奴だ。だけど、決定的に分かり合えない事が一つだけある。
生き方は変えられなかった。