起きたら仁義なき転生、それから。   作:函南

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仁義なき諦観

武田の出所決定を聞かされた翌日、俺は水上に呼び出されて久しぶりに広能組へ足を運んだ。

 

「アニキ、ご無沙汰です。」

 

「おう、倉元。順調で何より。最近どうよ?」

 

「へぇ。不動産の方は委託運営も始めまして。もう少し直接的な儲け方を悩んどるところですけ。」

 

「直接的とは?」

 

「為替ですけ。収益に対して一定割合を損失補填に回しても、小揺るぎはせんと思うてます。」

 

「どこら辺を狙うんだ?」

 

「米ドルです。」

 

「うーん…もう少し手堅いところがいいな。」

 

「手堅い言うたら…韓国の市場が加熱しそうですけん。その辺か…後は油ですかの。中東が燃えそうですけ。」

 

すげぇな倉元。コイツ、ヤクザやめて商社あたりで働けばいいのに。なんか勿体ねぇわ。若いっていいな。

 

「そうだな…俺なら鉄道沿線の土地を買うな。」

 

「鉄道沿線ですかの?うるさくて宅地には向きませんけ、持て余す思うとります。」

 

「そこさ。絶対このままだと鉄道の輸送力に限界が来る。そうしたら列車の性能向上を待つより線路を増やす方が速い。すると、線路はそこにあるから、脇の土地が必要になる。反対側に拡張されたとしても、空き地は資材置き場や飯場に駐車場、いろいろ使い道はある。」

 

「なるほど…もう少し勉強しますけ。」

 

「よし。水上は?」

 

「へぇ。カシラは奥に居ってです。」

 

奥の庭に面した部屋に入ると、水上が黄昏ていた。なんだ。オヤジと言い水上と言い。老けてるぞ。

 

「おう。水上。どうしたよ。」

 

「あ、すんまへん。呼び出す真似しようて。」

 

「いやいや。若い衆がカシラに呼ばれたら出てくるのは当たり前だよ。古参新参も重要だが、立場は座布団で決まるさ。」

 

「アニキは面白いですのう。金も地位もあってで、全く鼻にかけんですけ。」

 

「山守見てみろ。鼻にかけたらああなる。で、どうした。」

 

「はぁ…引退か、氏家に若頭任せよう思うとります。」

 

「そう言うことか…話を聞こう。」

 

水上は今まで、氏家をヤクザとして育ててきた。が、松永組や広能組の変質についていけない様に感じていた事、そして母親がもう歳であり、もし懲役になったら…と思うと心が痛い。娘も結婚する運びになり、稼業は悪影響ではないかと言う心配。だが、オヤジとの約束もあってどうしたものか…と言う事情にここ最近は頭を悩ませていたらしい。いいことだ。ヤクザではいかんと思い始めたんだろう。

 

「人事はオヤジの専任事項だ。勝手に氏家を若頭にすることも、引退することも許されない。が、出てくるまで結構な時間がある。氏家に代行させて、その間は俺の屋台の会社、預ける。しばらく垢落としな。」

 

「アニキ…すんません…っ」

 

水上は俯いて涙を流した。水上とは長い付き合いだ。苦しかったろう。オヤジの期待、若い衆の面倒に氏家の教育。自分の組にかまけて気にしていられなかった俺の不甲斐なさに心が痛くなった。

 

「武田が今度、出てくる事になった。もう一回くらい荒れると思う。いいか?水上は首を突っ込むなよ?」

 

嗚咽を漏らしながら頷く水上は、広能組の代紋を心から大切に思っていたのが見てとれた。思えばヤクザの涙を見たのは初めてだった。

 

 

本業を思い出した俺は、広能組からの足である人物を訪ねた。オヤジの舎弟、市岡輝吉だ。

 

「世の中の移ろいは恐ろしいのう…ビジネスマンらがヤクザの代紋つけて跋扈しちょけんのう。」

 

「皮肉ですか?」

 

「ええか?なんぼ銭があったんて、戦争には勝てやせんのじゃ。」

 

「わかってますよ。だからここに来ました。武田が出所します。」

 

「ほう。こんなも天政会に降ろう言うんかの。」

 

「まさか。極道は力、最後はやっぱり暴力です。」

 

「ええの。それでこそアニキの子分じゃ。ほいで。何しよう言うんなら。」

 

「大友組と早川組の二つと五分の兄弟でね。武田は松村を後継に据えたがってる様ですから。少し引っ掻きまっわしてやろうと思ってます。」

 

「ほう、松村…のう。あん若い理事長かの。」

 

「ええ。それで具体的には江田、槙原を引退に追い込んでやろうと思ってます。」

 

引退に…と言う言葉に市岡の表情が反応した。

 

「引退ぃ…?おどりゃあ寝とるんか?」

 

「カッツリ目開いてますよ。」

 

「まぁええわい。こんなの目、覚まさせちゃる。よう見とき。今日のところは帰りない。」

 

どうやら不興を買った様で、追い返される様に帰る。往来を一人フラついていると、何か視線を感じた。振り返ると’私今、貴方を尾けています。’と言わんばかりに怪しい人影を見た。

 

「どれだ…どれで問題なんだ…?」

 

まぁいい。どうせなのでシマ内の様子見と行こう。

見知った顔や、行きつけの一杯飲み屋、野崎のクリーニング屋なんかを回って店先や、喫茶店で歓談に興じる。もちろん悩み事なんかも聞いて回る。地回りも大切な仕事だ。元々ウチで金を借りていたクリーニング屋のとこの娘が結婚するらしい。ご祝儀出さねば。

 

日が暮れた頃、事務所に戻ると困り顔の野崎が出迎えてくれた。

 

「アニキ…海田さんが先程から待っておられますけん。」

 

「海田…?なんかあったかな…?」

 

応接間に入ると海田が貧乏ゆすりしながら待っていた。律儀な奴だ。お茶持参である。

 

「どうした。今日は。なにかあったか?」

 

「今日、市岡組に行っただろう?」

 

「おお…耳の早いことで。」

 

「二課の連中が見たそうだ。」

 

「そう言う…行ってきたよ。務めで一緒でね。」

 

「武田がまもなく出所すると言うときに…控えて欲しいんだ。」

 

うーん…難しい。市岡には監視がついてるのだろうか。

 

「じゃあ聞くけどさ、天政会には何か言ってるの?アイツら政治結社とか言う癖にやってること、ヤクザと変わらねぇじゃんかよ。反戦運動すればもうヤクザじゃねぇってか?賭博に、金貸し、地上げエトセトラ。俺らだけ控えろってのはスジが通らねぇだろ。」

 

「返す言葉もない…」

 

「ウチもだが天政会も世代交代するだろう。ここで一度、燃えるぞ。」

 

「発火点はどこだ。」

 

「天政会だ。旧山守派閥とその他だろうな。」

 

「大友と早川が筆頭じゃないか‼︎お前の五分だろう‼︎」

 

「だったら何さ。」

 

「もう結末が読めている。」

 

「大丈夫だ。多分、違うことを考えている。」

 

「何がしたい?」

 

「そろそろ自分で考えたらどうか?俺の行動原理だ。」

 

「俺たちはヤクザだぞ?」

 

「俺たちは親への忠義を誇りとする。その為なら警察も敵に回してやるぞ。征く道を遮るなら何もかも焼き払ってやる。」

 

海田は目を見開いた。少し、舐められてたのか。

 

「もういい頃じゃないか…金も地位も名誉もある。」

 

「海田、君に伝える事がある。」

 

「どうした?」

 

「俗事は全て次代にくれてやる。武田もオヤジももう引退だ。力による対話は終わる。その為に必要な事がある。」

 

「わからないな。それこそ迂遠だ。」

 

「天政会はオヤジが引退しない限り、命を狙うだろう。そんな状況を放置出来るほど俺も優しくはない。」

 

「どうするんだ。」

 

「言っただろう?」

 

海田は俺の目を見て微動だにしない。覗き込まれる様な目。いい気分ではない。これは言わなくても理解しただろう。

 

「クズにはクズの道理があるんだ。」

 

 

翌週、遂に武田が出所してきた。武田は出所した足でまさかの、松永組に来た。

 

「こんなも考えるのう。ヤクザが貿易商しよるとはの。」

 

「故事に倣ったんですよ。」

 

「故事?」

 

「アメリカに移民したイタリア人はシチリアから特産品を輸入することから始めた。今じゃニューヨークは彼らのシマになっている。」

 

「ビジネスマン気取りのこんならしい考え方よの。」

 

「政治活動家よりは小綺麗だと思いますけどね。カタギさんにも好かれる。」

 

「皮肉かいの。本題じゃ。こんな説得して昌三引退させちゃってくれ。」

 

やっぱりな。口頭で言いに来ただけ気を遣ってくれたんだな。

 

「これは穏やかじゃありませんね。」

 

「天政会は昌三の広島入りを認めるわけにはいかんのじゃ。」

 

「じゃあ江田、槙原、そして武田さんの引退。これが出来るなら、説得していいですよ。」

 

「そんな貫目の合わん条件が飲めんは分かっちゅうじゃろうが‼︎」

 

「そもそもが出来ない相談だったんです。」

 

「こんなも強情じゃのう…こんなに引退せぇ言うとるんじゃないんじゃ。」

 

「広島極道には性根ちゅうもんがあるんじゃけんのう…ってな。」

 

「ワシも耄碌したんかの。東京言葉に惑わされて見失うとったわい。こんなも広島極道じゃ。」

 

「褒めてもらったと思っときます。」

 

 

武田の訪問から数日後、慌てた野崎が転がり込んできた。

 

「アニキ‼︎広能組の若い連中が天政会と揉めちょります‼︎」

 

「案内しろ‼︎」

 

野崎に連れられて現場に行くと、店で乱闘騒ぎになったらしい。派手に店に迷惑をかけた様だ。急いで間に割って入る。

 

「おうオメェら何してんだ‼︎」

 

「あっ、アニキ…」

 

「なんじゃおどりゃあっ」

 

「松永組、小沢夏樹だ。」

 

「まっ…松永組っ…」

 

「おう。お前ら天政会だな?」

 

「えっ…あっ…」

 

口籠る天政会の連中を睨んでいると予定通りの人物が入ってきた。

 

「おいっ…あっ。これは…松永組の小沢さんとお見受けします。」

 

「おう。確か理事長の松村保…だったかな。」

 

「覚えちょって貰うて光栄です。」

 

「オタクらの若いのにウチの連中がアヤつけられたようでな。この落とし前どうする。」

 

「今日は自分に免じて、水に出来ませんかの。」

 

「武田が務めに行ってる間に松村は酒飲んでて随分いい身分だな。」

 

「なに言いよるんで?」

 

「こいつらはそう言う旨の事を言われたそうだ。今後、ウチのシマ内でしか飲ません。今回は松村に免じて退いてやる。だがな’免じて’とか言うなら若い奴らの教育くらいしとけや。嗤われるのは武田だぞ。」

 

「面目次第もありゃせんです。」

 

「おう。店の弁償代もこっちで持つよって。シャンとしろな。おう帰るぞ。女将、弁償代は松永組に回してくれ。」

 

店からの出がけに松村に耳打ちしてやる。

 

「今度俺と飲もうよ。それはそれで楽しそうだ。テキーラ勝負なんてどうだ?」

 

店の外に出ると、中から松村の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「あーあ…若い奴らも可哀想に…」

 

「アニキ…申し訳ありません。」

 

「金持ち喧嘩せずってな。いいか関谷。気が立つのは仕方ない。売られたケンカもわかる。だが、買うな。男下げるぞ。」

 

「申し訳ありません…」

 

「飲むんだったら店を選べ。あとは帰っていい。」

 

広能組の連中を帰してひと段落。完結篇か。野崎は相変わらず神経が細いんだ。

 

「アニキ、大丈夫ですかのう…」

 

「何がよ。」

 

「天政会と戦争になりゃせんですかの?」

 

「なるさ。だが、ウチらとではない。天政会の内紛だ。」

 

「オジキたちですか?」

 

「そうだな。武田が逮捕されるか、江田、槙原が出てくるのが先か。オヤジが出てくる前に荒れるぞ。」

 

「自分は…」

 

「今まで通りでいい。気にするな。」

 

松永組は使えない。氏家に相談しよう。最悪自分で走るか…

足掛け二十年近く。軍人だった頃より長く戦ってきた。

 

菅原の決算書類を眺めている内に寝ていた。最近では細かい字を読むのが辛い。

菅原に起こされて一言目でスパッと目が覚めた。

 

「氏家さんからお電話がありまして。事務所に来て欲しい言うとります。」

 

時計を見て考える。

 

「昼前には行くと伝えてくれ。」

 

市岡がケツ叩きに来たか。

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