「そろそろ朝鮮戦争の時期だよな…」
山守組は土居組との抗争に勝利、呉を掌握し県内でも有数の組織となった。組織が多くなると同時にシマを分割管理…つまり坂井、槙原、矢野、新開、上田が各々組を持つことになった。上田以外はそもそも舎弟を抱えていたので、そのまま親子の盃に、上田は愚連隊時代の子分を呼んで一家を構えた。これに関して随分と上田にごねられた。
「アニキは今までみんなの為にやっとたじゃあなぁですか‼︎なぜアニキが組持たんのに自分が持てる言うんですか‼︎」
「上田は元々子分居たんだし、いいじゃないの。出世は男の本懐だよぉ〜上田ぁ〜」
「言うたってですよ、神原だって…」
「上田ァッ…小沢の気持ちも汲んだれや…」
若杉のオジキが助け舟を出してくれたことでおおよそ丸く収まった…俺はそもそも広能のアニキの舎弟分なのでアニキが出所したらそこで子分にして貰えばいいと思っている。そんなこんだでみんな自分のシマで色々とやっている。山守組の事務所には話し合いやら締日…つまり上納金を納める日くらいになっていた。
そう言う日々の中で思い出したのが朝鮮戦争だ。確か弾薬荷役でもっと大きくなるんだよな。旧軍の港近辺は元からの山守組のシマだった…誰に話を持ち込もうか。ってかネットもない時代にどうやって情報を得たことにしようか…まぁ上手く立ち回ろう。
翌る日、俺は山守のオヤジさんに会いに行った。
「おうおう小沢。どういたんじゃ。」
「ちょっとオヤジさんに提案したいことがありまして。海軍時代の友人に聞いた話がありまして。」
「小沢はいい耳持っちょるからのう…どいな話じゃ。聞かしてみぃ。」
「港湾の荷役絡みの仕事に噛みたいと思ってまして…」
そこから存在しない海軍時代の友人が商社勤めの友人から朝鮮半島で戦争が起きること、米軍が介入するであろうこと、呉の旧軍港で荷役の仕事が激増するであろうこと、人足が必要になる予測を聞かせた。
「ほーん…戦争のう…」
「今のうちから港湾人足の口入に食い込んでおきたいんですがどうでしょうか?」
「うん。やってみぃ。小沢は組は持たんのかの?」
「それはちょっと待って欲しいです。で、もう一つ。」
「まだあるんか?」
「オヤジさんが新しく出来るかもしれない競艇場で理事にとの声がかりがあるとか…そこに屋台出したいんです。」
「は?あーっはっは…ほんにいい耳持っちょるのう…覚えとくわい。人足の口入は山方にやらそうかの。そろそろ山方にも組持たせたらんとのう。あーっはっは…」
翌年、見事に朝鮮動乱。オヤジさんも忘れかけてた人足の口入のシノギは凄まじい利益をもたらした…と同時に別の問題が浮かび上がった。ヒロポンだ。
久しぶりにみんな…カシラ、オジキ、槙原、新開、矢野、山方、上田が集まって和気藹々…な訳がない。大体、口火はカシラが切る。
「今日集まってもうたのは他でもない。山守のシマにヒロポンが流れちゅう。オヤジはポンはやめぇいうちょるけ…まさかとは思うが、手出しとるモンはおらんろうな?」
「言うまでもないと思うがの、売るのもアカン。使うのもアカン。最近、若い連中には使ってる奴もおる。もういっぺんシャキッとせんとのう。」
「オジキの言うとおりです。ポンだけはアカンです。絶対にアカンのです。」
正直、驚いた。あまり口出ししない山方の兄さんが語気強く言葉を発した。
「なんや山方。山方の物言いたぁ珍しいこともあったもんじゃのう。」
「新開よ、ワシのアニキは戦争行ってヒロポンの中毒になって死んでもうた。じゃけん、わしゃあポンだけは許せんがよ…」
「ほうなら…山方の兄さんの言葉は重いですのう…これは忘れたらアカンですな。」
新開が一番最初に反応した。現時点では誰も知らんだろうが、山守のシマで流通してるヒロポンは新開組の有田が出元だ。神原の時みたいに釘を刺しておく手もあろうが、矢野と新開の二人には坂井派と見られている節があるので多分、聞き入れてくれないだろう。そもそも有田も跳ねっ返りな節がある。釘刺しとは違う手法でいこう。
「兄さん方、少し違う話いいですか?」
「おう、切れ者小沢の話じゃ。山方の人足のシノギも小沢の意見やったちゅう話じゃ。」
「矢野の兄さん、あれはオヤジさんの手際ですよ。オヤジさん絡むんですけど、ちょっと上納金、厳しくないですかね?」
「なんや…えらい謙虚じゃのう…じゃが返す言葉はオヤジさんへの反目かいな。」
「兄さん、このままの上納金の構造では早晩、稼ぎ方気にしてられなくなりますよ?」
思わず矢野の兄さんを睨んでしまった…がここは仕方ない。今何かしらの対策をしておかない人死にが出る。ので、先に上納金のシステムを変えておけばヒロポンに関しては言い訳が立たんだろう。そうなればヒロポンの締め上げもしやすくなる。
「上納金のことはワシも頭にあった。小沢の言うことに一理あるけんな。じゃけん、これまでとは違う形をオヤジさんにも提案しようじゃなあの。」
オジキの一言で今日のところは解散となった。
「アニキ、あがなオヤジさんに反目きく様なこと言うたんはまずいんじゃないかのう…」
事務所からの帰り道、上田に声をかけられ一緒になった。何を言うかと思えば諌められてしまった。
「十中八九、ヒロポンの出所は新開組よ。有田あたりだろうさ。有田組の若い衆みたことあるか?」
「いえ…ありゃせんです。」
「じゃあ今度見てきな。あれらはヒロポン捌いて、ネタも喰ってるぞ。」
「アニキはそこまで調べとるんですか?」
「あ、うん。ヒロポンが出回ってるのが気になってね。」
「アニキは先の先まで見えとるんですかのう…」
「ま、頭と何かは使いようさ。じゃ、またねー。」
「へぇ…お疲れ様です。」
もう自分の地雷を踏む癖をなんとかしたい。早晩バレてしまう気がする。こればっかりは隠しておきたいが、次の手はどうしたものかと思案していると別れたはずの上田に肩を掴まれた。
「アニキ、一つだけ聞かせてつかあさい…神原、弾いたのはアニキですか?」
適当に煙に巻いて逃げよう…と思ったけど目が合ってしまった。と言うか覗き込まれた…気がする。これは…嘘つけないな。なんて言おう。
「なあ上田。俺、チャカ三つ持ってんだ。十四年式拳銃と米軍の45口径。もう一つはブローニングだよ。」
上田の手を払いのけ、手をヒラヒラさせながら家路に着く。これは広能のアニキの真似だ。上田の目を見た瞬間、かなりグッときた。やったとは言いたくないし、何言えばいいか分からなかった。ので、自分の持ってるチャカの話になった。この日以降、よく上田と飲みに行く様になった。ちなみに45口径は昔、道端で暴れてた米兵をのした時に取り上げたものだ。ジャップに負けたなんて言えないであろう米兵は黙っていたようだ。新聞の地元欄に小さく「米軍で拳銃紛失」という記事が出たくらいだった。何日か経って衝撃的といいつつ、予定通りの事件が起きる。
山守組のガサ入れだ。
いや前もあったんだよ。でも、今回は違った。ガサ入れ恒例の散らかった組事務所を片付けに夕方の街を歩く。
「だからワシはあれほどポンはやめさせぇ言う撮ったんじゃ‼︎」
玄関前に着いただけでオヤジさんの怒号が聞こえてくる。多分、鼻の頭は真っ赤だろう。
「オヤジさん、外まで声が聞こえてますよー。」
「おう小沢。この様をみてみぃ。ウチがヒロポン捌いちゅうてポリどもがきよったんよ。坂井っオドレがいてこのザマはなんじゃい‼︎」
「おやっさん、ワシは言うたんです。言うこと聞かん奴がおった様ですのう…」
「なーにがおった様ですじゃい。こらぁどうすんなら‼︎」
「おやっさん、片付けはワシも小沢も山方もおりますよって。少し庭で風に当たってきたらどうですやろ?」
ガサを聞いて駆けつけてくれたオジキに救われる。相談役になってから随分救われてる気がする。カシラはもう山守のオヤジさんを目の上のコブの様に思い始めてる。遠からず会社設立に踏み切るだろう。キレ散らかしてるオヤジさんを横目にカシラは呆れ返った様にため息を吐いてる。笑うしかないのが現状だ。言うべきだろうか…言っとくか。
「オヤジさん、言うべきか悩んでたんですけど、ポンの出所、掴んだんです。」
「どこのどいつかっ‼︎」
やべっ…地雷だったか。と思った時は後のフェスティバルかアフター祭りか。素早く、かつ勢いよく血走った目の山方に襟首を掴み上げられていた。
「えっ?ちょ…え?」
「山方、落ち着け小沢がポン捌いとんのと違うで‼︎」
「せや、手離したれ‼︎」
「山方、落ち着かんかッ‼︎」
カシラとオジキが止めに来てくれたのは分かるが、オヤジさんまで止めに来た。温厚かつ、物静かな山方が豹変したのだ。そりゃみんな焦る。俺は今、心破裂しそうなくらいビビってる。あぁ忘れてた。山方新一も広島極道だ。キレたらもう怖い。それはそれは怖い。
オジキに肩を抱かれて山方が別室に連れて行かれた。
「でぇ…小沢、どこから出てきとんなら。」
「新開の兄さんとこにいる有田組です。」
「おやっさん、聞いとりましたね。ワシが裏取ってきますけん、このこと預けてつかあさい。」
「お、おう。そうか…」
「小沢、ようやった。」
俺の肩を叩いてカシラは出ていく。残された俺、どうしろってんだ。
「小沢…坂井をどう思うとる…」
「どうと言いますと…?」
「最近、坂井は勝手がすぎると思わんか…」
「カシラは組を思って動いてます。オヤジさん気にしすぎでは?」
「そうか…そうかの」
まずいな…これでは山守対坂井が回避できない。カシラの運命は変えられない。それじゃ意味がない。片付けを進めながらどこかに転換点がないかを考える。多分だが、物語の流れは変わらないんだろう。であるなら、まだまだ俺の原作知識は生きてくるし、前後策は立てようがある。明日、おそらくカシラは有田組にいくだろう。新開がどう出るかは想定できるが、その後だ。新開が開き直るか、受け入れるかだろう。
だが、現実は甘くはなかった。
何日か経って、幹部会の席でことは進む。
「みんなに集まってもらったんは他でもない。小沢。」
「へっ!?」
「その鬱陶しい髪切らんかい。馬の尻尾みたいな頭しくさって。頭と尻尾の区別くらつけんかい。」
「善処します…」
「話は逸れたが、この前、新開や小沢も言うとった上納金の件じゃ。なんもかんもに上納を課してたらそりゃあポンに手を出す状況にも追い込まれかねん。そうじゃけ一部、上納金の対象から外してもらういう訳にはいかんですかのうおやっさん?」
「ほん…で、どうすんなら。細い銭集めて大きゅう張ってきたから大きくなれたんじゃないの。お前らでええように決めえ。ただ、子が親に銭を出し渋る極道がどこにおるんなら。」
「オヤジさん、どこも大きい組は確かにどこも半分、独立採算制のような形をとっとります。カシラの言うことにも一つ筋は通ってますけん。」
露骨に機嫌を損ねたオヤジさんをオジキが宥めるも、タバコに火をつけてふんぞりかえる。
「ワシはカシラの提案には乗れんのう…」
「新開‼︎おどれが上納金が高いの言い出しよったんじゃろうが‼︎」
「ワシも新開と同じじゃのう…それじゃあオヤジがいてもいなくてもええ様になるわい。」
「わかった。決とろう。上納金削るんに反対じゃ言うんは誰じゃ。」
机を叩く音が二発響いた。
「反対は矢野と新開か…おやっさん、上納金はさっき言うたとおり、削らせてもらいます。割合については後日、まとめた話持ってきますんで。そして、新開、有田は半年の所払いにせぇ。」
えらいプンスカしてカッカするオヤジさんを横目に…いや新開も怒ってたな。そんな事で幹部会は解散となった。原作と同じ様な流れだが、どうにかはなるだろう。だが、これでいい。例によっていつものように上田と一緒になって飲みに出た。後々、下手を打ったと自覚する事件が起きる。山方を誘うか悩んで誘わなかった。この晩の事とは思っていなかった。山方が殺された。犯人は明らかだ。甘かった。