夜中、目的の場所に車を停めて周囲を見回る。武田は約束を守った。古臭い仁義、任侠、侠気。いい男だ。
空き巣よろしく窓にテープを貼って静かに割る。窓を開けて侵入する前に、コルトのスライドを引いて弾を装填する。正道、正道、言う割に俺は何をしているのか。四十すぎて情けない。
暗い建物の中を家探ししていると目的の人物を見つけた。
「おう、おっさん、ちょっと出かけるぞ。」
銃口に怯えるおっさんを引き摺って、勝手口から出た。
県内某所…こんな山奥なら大丈夫でしょう。
「悪いな水上。カタギになったのに。」
「ええんです。小沢さんには面倒見てもらいましたから。」
「倉元と野崎も申し訳ない。」
「アニキ、今更こんな荒事に呼ばれたんじゃ胃が保たんですけん。」
「倉元の兄さんの言うとおりです。腹冷えますわ。」
「ごめんて。さて。お話をしよう。」
向き直るとパンツ一枚に剥いて縛り上げたおっさんがいた。ボンレスハムみてぇ。
その口に貼られたガムテープを勢いよく剥がす。痛いだろうな。
「おどれっ。こがなことして…」
「タダで済むんだなぁっコレが‼︎山守さんよォッ。早川の残党のケツ掻くわ、ポンはばら撒くわ。どうケジメつけんだこれさァッ。」
「ワシはそがな事、知らん。松村とって何の理がある言うんじゃ。」
「そこよ。なんで、アンタが松村とって得するのか。全然わからないんだわ。」
「ほうじゃろうが。さっさとこの縄解かんかい。」
語るに落ちるってこう言う事なのか。気持ちいかも知れない。米花町の彼がそう言うことを生業にしているのも少しわかった気がする。
「そう言えばどうして早川のケツ掻いたら松村のタマに繋がるんですかね。」
「へ?」
「誰も松村マトにしたとは言ってませんけど?」
「え、いや、そこは武田が…」
「誰がやったなんてまだ天政会は知らんのですわ。警察もうちらと大友組ガサしたくらいで。」
「わしゃ知らん‼︎知らんど。」
「そうかい。そうならやっぱ死んでもらうわ。こいつらもうカタギになるんで、こんな間違って人攫いした事知ってる人間を生かしとく訳にはいきませんのよ。なぁお前ら。」
「小沢さん、自分はもうカタギです。」
「ああ、水上ごめん。」
「小沢っ、ワシがやった。早川の舎弟に走れ言うた。ポンもワシが卸とる。認めるっ…認めるから命だけは何とかならんかのう…」
「アニキ、二代目松永組は天政会に入る言うちょります。その次期会長弾いた言うんは聞き逃せんと思うんですの。」
「広能組は薬物売りゆう奴には断固とした対応とるんが組の方針ですけん。」
「で、カタギさん代表の水上さん、どうですか?」
「ポンも殺しも、市民は嫌っとります。」
「山守さん、小沢法廷では山守被告は有罪です。よって死刑‼︎」
「ちょっと待ておざ」
コルト、使うの。コレが最後だといいなぁと思う。と言うか、コレが最後だ。
「これでもう終わりだな。おう、お前ら帰ろう。」
「アニキ、コレどうするんで?」
「崖下にでも捨てよう。倉元、二、三時間寝ろ。今日は天政会の襲名式だ。それと清元、佐伯を出頭させろ。海田にガラ受けしてもらえ。悪いようにはしないはずだ。帰るぞ。野崎は水上送ってくれ。」
「「へい。」」
オヤジと氏家、俺で会場控室に行くと点滴を受けている松村がいた。側に武田と医者、看護師の同席している。
「オヤジさん…」
「おう。氏家じゃがのう…式場の隅にでも置いてくれんかのう。」
「どうぞよろしゅう願います。」
二人に倣って頭を下げる。
「こちらこそ…こちらこそよろしゅう願いますッ…」
「おう氏家、肩貸したらんかい。」
「へい。」
式場へ向かう一行を見送るとなんか肩が軽くなった気がする。これで、終わりか。
「保はのう、昨日まで生きるか死ぬかじゃった。ワシらにはもう真似できん…のう。」
「明、こんな、ええ若いもん連れたのう。」
「皮肉かいのう。こんなにも氏家やら小沢やらがおるじゃないけ。」
「いや…何したかは聞かんし、言わんじゃろうがの。小沢は今朝、火薬の臭い引き摺ってたけんの。」
「ほうか…ある意味では小沢は貢献者かも知れんの。とにかくこれでワシらの時代は仕舞いじゃ。落ち着いたら一杯やらんか。」
「いや…そっちとは飲まん。」
「おん?なんでじゃ。」
「死んでいったもんに…申し訳が立たんけのう。」
俺は何も言えなかった。部外者たる俺はこの時のオヤジの言葉にどれだけの重さがあるか。画面越しには解らなかった重さがあった。出ていくオヤジの背中に俺はかける言葉が見つからなかった。
「今朝から山守のおやっさんが見つからんけ。こんな、やったの。」
「感謝されこそすれ責められる覚えはないぞ。」
「曲がりなりにも先代じゃ。本当のところは知っておきたいの。」
「さぁなぁ…あぁ俺も引退するよ。カタギになるから狙うなよ?」
「誰がこんなのタマなぞ狙うんか。とった瞬間、広能組も松永組も火の玉になって飛んでくるわい。そがな恐ろしい事、今の広島に出来る奴なぞおらんけのう。」
「買い被りすぎだ。引退したオヤジにも仕事を用意した。手、出すなよ。」
「こんなもようやるわい。」
「俺の目標達成だ。じゃあな。」
俺は会場を出た。実に晴れやかな気分だ。機動隊の集団がいなければ、もっと晴れやかだ。ま、呼んだのは俺か。仕方なし。我慢しよう。とりあえず、一服だ。タバコに火をつける。
「君のそんな顔は初めて見たよ。」
「おう。海田君。実にいい気分だ。」
「どうした。引退する気になったか?」
「そうだな。それも一つの選択かも知れんな。」
「じゃあ出頭するのを待ってるよ。いくらか時効になってない事、あるだろう?」
「かーっ。こう言う晴れやかな時にそう言う事言うのかね?」
「そう言う仕事だ。知ってるだろう?それに今朝、広能組の若い衆が二人、出頭してきたよ。」
「時期を見て…の話だったからな。」
「どうするんだこれから。」
「とりあえず、身の周り整理して墓参り。それからでいいかな?やもしたらもう出てこない可能性あるし。」
「あぁ…待ってる。」
「じゃあ連絡するよ。」
それから数日俺は、ありとあらゆる名義を倉元、野崎、木村、水上に振り分けていった。名義変更ってこんなに手間のかかる事だとは知らず。もちろん個人名義ではなく、それぞれの会社名義だ。ぶっちゃけ、当代くらいはもう働かなくても食っていけるんじゃないだろうか?
「アニキ、先代の隠居先ですがの…」
「オヤジ、瀬戸内レジャーは…」
「アニキ、この株が…」
「アニキ、近畿商事の…」
「はい。ちょっと待った。俺、引退するの。少しくらい自分でやってくれよ‼︎」
「ですがのう…オヤジさんが隠居されて、ワシ一人ではまだ捌ききれんのです。もう少しいて貰えませんかのう…」
「広能組は氏家が継いだんだ。カシラの倉元と上手く回せよ。ってか何で本家に野崎と木村まで来てるんだよ。」
「アニキ、カシラに丸投げで松永組にようけ来んやないですか。」
「いいじゃん。三代目体制の予行演習と行こうじゃないか。」
「氏家のオヤジさんの内諾もらってる言うても、三代目はカタギになるんじゃったら今の内にせんとあかん事、山積みですけん。」
「わかったよ。明日から松永組行くよ。氏家、また来週から来るから。」
多少の面倒ごとはあったがある程度の筋道はつけてやった。これで俺も引退できる。その前に行くとこがある。
冷えたビールと日本酒、その他行楽セットをぶら下げて、霊園を歩く。場違いは先刻承知。目当ての墓を見つけ、グラスをセット、新聞を敷いて座る。
「上田、久しぶり。俺、引退する事にしたよ。オヤジも引退したし、大体のことはみんなに引き継いだ。もう俺も引退出来そうなんだわ。」
物言わぬ墓石だが、ずっと語り続けて飲み続ける。幾らかのビールを干して、日本酒の口を切った。ここで潰れたらアレだから少し控えめにしよう。座り疲れたので一度立ち上がった。ちょっと腰が痛い。
背伸びをした時に体当たりを喰らった。と同時に背中と腹に鈍く凄まじい痛みが広がる。
「いってぇ…マジでいてぇっ…」
腹を見ると刀の切先が出ていた。それは痛いはずだ。
「なんだてめぇ…」
帽子を目深に被った男が顔を上げた。咄嗟に思い出せなかった俺も情けない。
「よう小沢。久しぶりじゃのう。」
「おまっ…矢野かっ…」
「左腕の礼じゃ。遠慮すんないや。」
数年後、東南アジア某国の港町。
『いいかお前ら。マフィアは力。最後はやっぱり暴力だ。だがな、カタギに迷惑をかけるのは許さねぇ。頭で稼げ‼︎』
『老師、そうは言っても何から始めるんで?』
『そうだな。この港町の仕切りから始める。これからは合法的に稼ぐ。なに、アテはあるんだ。』
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
なにか後書き的なのやりたいと思うのでもう少し続きます。