よくよく考えると本編まで25〜30年ありますね。冷や汗かいてます。
数日が経って先方から返答が来たらしい。
「なぁトーゴー、本当に一人で行くのか?」
「喧嘩に行くんじゃなくて、話しに行くんだ。」
「拳銃持って?」
「仕方なかろう。仕事だ。とりあえず行ってくるさ。」
暑い日差しの中、ワイシャツにネクタイをしてスーツを着て歩く。ここでは実に浮いた存在になる。いや、すげぇ暑い。間違った選択したか?
とりあえず聞いた住所の戸を叩く。
「あのー港湾組合から来ました。トーゴーと言います。」
「む。入れ。」
ごついオニーさんに顎で指された椅子に腰掛ける。出されたコーヒーを啜って待つ事数分。本当にドイツ人のようだ、金髪碧眼…歳の頃は五十を少し過ぎた程度だろうか?常にさっきのオニーさんが後ろに控えている。
「お待たせしたようで。どうもダイスラーと言います。」
「お初にお目にかかる。トーゴーと申します。少々お願いがあって伺いました。」
「噂には聞いていますよ。街の方々からみかじめ料を取っている日本人がいるとか?」
「ええ。シマ内から上前ハネるのは初手ですから。」
「次は海の上からもハネるおつもりですか?」
目付きが変わった。カタギとかヤクザの目ではない。この目を俺は知っている。
「あんた、元軍人か?」
「まぁその様な…ものですね。」
「なるほど…その様なもので、ヨーロッパに居られないとなると、ダイスラーさんとやら武装親衛隊だな。手配でも受けてるのか?」
「私の顔、ご存知ですか?」
「いや知らん。だが、そうだと言うならいい付き合いが出来ると思う。一緒に儲けないか?」
コーヒーを持った手が止まる。この顔も知っている。必死に計算している顔だ。コレは口説けるだろう。
「我々は武力と船があります。そちらが我々に提供できるのは?」
「そうだな…資金と港、そして、物資だな。」
「元の相談をお伺いしましょう。」
「無差別に船を襲うのを控えて欲しい。どうしても襲撃したいならコチラで指定させて欲しい。」
「随分とはっきり言いますね。襲撃をやめる様にとは言わないのですか?」
「ええもちろん。我々は秩序をここにもたらしたい。近所ではアメ公が戦争をし、軍隊は麻薬の生産、無秩序甚だしい。」
「面白いお方らしい。ところで、収奪した物を溜め込んでいたんですが、突如買い手がつかなくなりましてね。捌けませんか?」
「港に運んでください。うちで卸先を見つけましょう。ああもちろん荷揚げはうちでやりましょう。」
こういった訳でシーレーンの確保に成功した。シーレーン軽視で敗けた国を俺は知っているし、身をもって経験もした。そんな会談を済ませて俺は、慣れた事務所に帰った。
「と、言う訳でダイスラー氏の海賊は味方してくれるそうだ。」
「と言う訳でってなんだ‼︎全く…トーゴーはどう言う神経してるんだよ。」
「なんと言うか…敗戦国同士ウマが合うと言うか…」
「タイだって日本の同盟国だったさ。そうだ、トーゴーに来客だ。日本人か日系人だ。」
「なんで俺に?」
「もう有名人だ。この一帯を仕切る日本人ってな。」
「お前のシマだルワン。まぁ会ってみよう。」
ルワンの後についてノコノコと応接室に向かう廊下で説明をし始め…いや言い訳を並べ始めた。
「実はな、うちの連中が御用聞をしていた時にピンさんの紹介で相談に来てな…それで現場で解決できなくて連れて来たんだけど…」
「俺はお前のいいところを一つ見つけた。お前は正直で善良な人間だ。裏返しの欠点は顔に出るところだな。」
「それって褒めてるのか?」
「褒めてるさ。これが厄ネタじゃなきゃもっと褒めるよ。」
どう考えても厄ネタだなぁ…と思いながら応接間に入る。うん。絶対厄ネタだな。
「どうも港湾組合のトーゴーです。御用聞にご相談があったとかで?ルワン、とりあえずコーヒーをお出ししてくれ。あとジュースか。」
「ああわかった。ちょっと待っててくれ。」
そもそもこの事務所にジュースなんてあったかと思いながら正面の二人に向き直る。
「で、お聞きしましょう。」
「ピンさんの紹介でご相談したのですが…」
そんな切り出し方でご婦人が話を始めた。ダイスラーと近い歳の現地人だろうか?ルワンの出してくれたコーヒーを啜りながら、憂鬱になりつつも傾聴する。畢竟、連れて来たサラサラヘアーの男の子は日本人の父親と現地人の間に生まれたものの、父親は帰国し音信不通。母親は無理が祟って病死。行く宛なく路頭に迷っていたところで、近所のこのおばちゃんは最近、港湾組合を日本人が仕切っていると聞いてきた…と言う訳だ。もう特大の厄ネタである。核攻撃にも等しい厄介事である。
「つまるところ、引き取れないか?と言うご相談ですね。ルワン、ちょっといいかな。」
「ああ、どうした?」
ルワンを引っ張って一度、廊下を通り抜けてバルコニーの椅子に腰掛け、ワルサーを手の中で転がす。
「特大の厄ネタだな。どうしてくれよう。」
「いやぁなぁ…断りきれなくてよぉ…」
頭を掻いても無駄だぞ。ルワンの美徳はここに至って、非常に大きな欠点となっている。
「マフィアが子供預かってどうすんだよ。15になってるかも怪しいガキだ。」
「でも、このままじゃあの子はストリートで生きていくことになってしまうんだ。」
「待て。ピンさんの紹介って言ってたな?」
「ああそうだ。」
読めたぞ。あの爺さん、やるな。
「ピンさんは俺たちが‘困った時は助ける’と言った。これは試されてるんだ。」
「つまり…」
「引き受けなければここで認められることはないだろうな。」
「じゃあ引き受けてくれるんだな‼︎」
ルワンの善良さもここに極まれりだ。スキンヘッドの凶悪顔じゃなければ他の道もあったろうに…と思いながら応接室に戻る。
「少年、歳と名前を聞こう。」
「名前はソージ。16歳です。」
「苗字と字は?」
「分からないです。」
「そうか…じゃあお前は今日から東郷総司だ。ようこそ港湾組合へ。」
こうして俺は不本意ながら、今日から一児の父となってしまった。とりあえず読み書きだな。ある程度、出来る様だが…日本語は俺が教えよう。現地の言葉はルワンに任せて英語は俺とルワンで教えたらいいだろう。
「ルワン。とりあえず、俺は一度帰る。ちょっと任せた。」
「わかった。誰かに車出させるよ。」
「あぁすまん。あとピンのタヌキに恩着せがましく報告してくれ。トーゴーが我が子として育てるってな。」
「タヌキって…まぁいい様に報告しておくよ。」
総司を連れて家に帰る車中、とりあえず聞いてみる。
「総司、読み書き計算はできるか?」
「二年前までは学校に行ってたから出来ます。日本語もなんとなく。」
「よし。わかった。じゃあ総司、一つ社会勉強といこう。日本には‘働かざるもの食うべからず’という言葉がある。生活に必要なモンは全部与えるし、不自由はさせない。その代わりに勉強するんだ。まだ子供の総司の仕事は勉強だ。いいな?」
「わかりました。ありがとうございます。」
「その畏まった感じやめろ。普通に話していい。なにせ親子だ。ああ家に着いた。」
「ここって…」
そこそこの豪邸の前で車を降りる。元は日本軍の司令官が住んでいたらしい。多少の築年数は経っているが、全く問題なく住んでいる。
「俺の家だ。こっちに住むのに買ったんだ。」
「何してる人…?」
「知らんのか?ヤクザだ。」
呆気に取られる総司を連れて家に入る。サンダルを脱いで家に入るとまず諸々の説明から始める。
「あっちがトイレで、そこがキッチンで風呂があそこ。あとは…二階のどの部屋か使っていい。二階は使ってないからな。」
「本当にいいの?」
「ああ。あと他に何か聞きたいことは?」
「俺も父さんみたくなれる?」
「あぁ…言い忘れたがそれだけはオススメできないな。」
夕方になり、街でとりあえず必要なものを買い揃えている内、気付いたことがある。アレが欲しいとかコレが欲しいとか全然言わない。多分、貧しい生活をしていたんだろう。と言うかこの街に余裕のある人間は少ない。屋台のフライドライスを口に放り込みながら少し心配になる。
「総司、欲しいもの、気になるものがあったら言っていいんだぞ?」
「どうしていいか分からなくて。」
「子は親を使って大きくなるんだ。俺のこと使って色々知ればいい。」
「じゃああの外人はなんでこっち見てるの?」
「は?」
後ろを振り返るとダイスラーがニヤけながら麺を啜っていた。
「あれはダイスラーだ。ここら辺の海賊の頭目だな。」
「狙われてるの?」
「残念ながら友人だ。ダイスラー‼︎こっちに来いよ‼︎」
「トーゴーでしたか。随分鮮やかなタトゥーですね。そちらの子は?」
「ああ。俺の息子。自己紹介しな。」
「総司ですよろしくお願いします。」
丼を片手に座ったダイスラーに挨拶をする総司はちょっとビビっていた。
「ダイスラー、ちょうどいい。買い出ししてたんだ。商品見せてくれよ。」
「いいですよ。どう言ったものをお探しで?」
「そうだな…あと買うのは総司の服だな。」
「いいでしょう。倉庫へご案内します。」
フライドライスの容器をゴミ箱に放り投げて、ダイスラーの車に乗り込んだ。
「ところでさ、ダイスラーは何を取り扱ってるんだ?」
「売れるもの…としか。最近は米軍の横流しや廃品が多いですよ。ベトナムから流れてくるのでね。」
「少し出資するからよ、今の船処分して、魚雷艇三隻くらい揃えたらどうだ?積める量は増えるだろ。」
「魚雷艇ですか?」
「そう。ベトナムじゃ米軍は結構、厳しいみたいだしな。そう遠くない未来にケツ捲るよ。そうしたら武器が大量に廃棄される。そこから買い漁ったらどうだろう?」
「でしたらもう揃いますよ。」
「え?」
「損傷度合いによっては廃棄されるので、スクラップ業者が持っています。幸いに乾ドックはトーゴーが持っている。」
「じゃあ買おう。それと昔のお仲間に連絡は取れるかい?」
「昔の…用向きにもよりますかね。」
「そうだな。米軍は撤退時、武器を現地で廃棄する。それを買って、どこかの中興国あたりの軍隊に売りたい。目下中南米の某国に伝手があるのでそこからだ。」
「そうですね…少し当たってみましょう。着きました。ここです。」
そう言って車が停まったのは古びた戦時標準船…戦標船だった。
中に案内されると所狭しとあらゆる商品が置いてある…が、キッチリ仕分けされ、サイズごと、種類ごとに分けられているのはここの海賊が几帳面なのではなく、ダイスラーの性格だろう。
「衣類はこちらです。」
案内された先で俺は驚く。旧軍の軍服からジーンズ、ウェディングドレスに果ては中国の民族衣装まである。
「本当になんでもだな。」
「ええ。結構、売れるんですよ。」
「あ、これ米軍のカーゴじゃん。欲しかったんだよね。これとあそこのアロハ、幾らか買っていくよ。総司、欲しいもの見繕って持ってこい。」
「え、あ、うん。」
そう言ってやると総司はそこらを彷徨き始めた。いいぞ。自分の意思は重要だ。
「トーゴーは面倒見がいいのですね。」
「あの歳から我慢ばかりさせてたらロクな大人にならん。」
「それにちゃんと慕われている。」
「は?」
「いつかわかりますよ。ああ、今日のお代は結構です。友好の挨拶がわりに。」
「そうか?悪いね。」
ここで俺の定番のスタイルが確立された。サンダルとカーゴにアロハ。どこでも目立つ訳だ。
なお、普通に買い物した様に見えた総司だが、俺の見てないところでカーゴとアロハで出歩くので“リトルトーゴー”と呼ばれる様になる。またそれは別話だ。