翌朝、いつも通りに出勤するやダイスラーに呼び止められた。
「トーゴー、よろしいですか?」
「今日は出ないのか?」
「いえ、出ようと思っていたのですが、トーゴーに来客がありまして。」
「客?アポはなかったはずだが?」
「ええ。火急の用だとかで。」
「そうか…総司、勉強しておいてくれ。ちょっと応対してくる…いや、やっぱ同席してくれ。」
「いいの⁉︎」
「いいんですかトーゴー?あなたは口調とは裏腹に苛烈だ。」
「何事も経験だ。それと少し出るのを待っていて欲しい。」
「ほう…承知しました。」
最近、気付いたが、総司は一人にすると拗ねるクセがあると言う傾向を見つけた。慕ってくれるのはいいが…そうか父親の情というものをそんなに知らないのか。なんと視界の狭かったことか。そんなことを考えているうちに応接室に着いた。
「お待たせして申し訳ありません。アクシズ代表のトーゴーと申します。こっちは息子の総司です。」
「アメリカ領事館、領事のウェザビーです。」
「アメリカ領事…さて、どう言った御用でしょう?アメリカさんとは付き合いがないはずですが…?」
「ご存知でしょう?リップオフ教会の件です。」
「ああ…アメリカさんの教会でしたか。」
予想外の‘上’が出てきた。どこかのマフィアだと踏んでいたが…ということはあの神父、元じゃなくて現役か?
「ええ、我々の出先機関の隠れ蓑でしてね。現在の制裁を解除していただきたいと思いましてね。このままでは早晩、死者が出てしまう。報道を見る限りそれはそちらの本意ではないでしょう?」
「そうですね。死者が出るのは避けたい。ですが、あそこをシュガーローフにするのも吝かではない。」
「落とし所を見つけましょう。そちらが提示した条件のリストと売上の公開、制限を受け入れましょう。」
「それは先週の条件だ。今週の献立は別に決まっている。」
「それは…伺っても?」
「薬物販売の即時中止、教会職員…少なくとも神父と隻眼のシスター、その首を。」
「首とは…解雇せよと?」
「物理的に首を寄越せと言っている。」
「身柄の引き渡しですか…難しい条件です。」
「体は要らん。具体的に言おうか。頭部を切断、分離して持って来い。」
領事は目を見開く。そんな事で驚かれても困る。
「こちらとしても実力行使は避けたいのです。」
「でしょうな。ベトナムでは随分と苦労されているようだ。」
「我々は国家だ。それに引き替えあなた方は組織だ。あまりいい選択とは思えません。」
「おかしなことを言う。ここはタイだ。貴国ではない。」
「この言葉遊びは危険です。」
「では、その助言に従いましょう。この街に拠点を置きたいのなら俺に従え。販売即時中止が限度だ。」
「そうですか…残念です。」
「ダイスラー‼︎いるか‼︎」
「ここに。コマンデール。」
「彼らはイオージマを忘れたらしくてな。迫撃砲は何門用意できる?」
「八門用意があります。」
「お待ち下さい‼︎何をしようと言うのです‼︎」
ゆっくりとコーヒーを啜り、飲み下す。そしてタバコに火をつけた。
「なに。弊社の訓練ですよ。」
「一度持ち帰らせていただきたい。」
「お得意の上と…ですか?その内、大統領でも出てくるのか?」
「情報が古かった。今週の献立を検討させていただきたい。」
「おう。帰れ。」
領事はすごすごと出て行った。舐めてんのかあいつらは。ってか自国で禁止してる物を、他人の庭で売るってどう言う神経だ。
「ダイスラー、あいつら尾けておけ。領事館、大使館、街に出入りするアメリカ人と思しき人物をチェックだ。」
「承知しました。大戦の続きですね。」
「実に不本意だが。多分、グリーンベレーあたりだろう。見つけ次第ひっ捕えて…」
「自白を取りますか?」
「いや素っ裸にして‘私は薬物販売をしている人種差別主義者です。’と首に札をかけて通りに放置しろ。敗北主義者ではないぞ。ついでにハチミツでも塗っておけ。」
「了解しました。トーゴーと総司には24時間の護衛を。これは譲れません。」
「それもそうか…頼んでいい?」
「光栄です。では、行ってきます。」
「迫撃砲は置いていけよ?総司は勉強に戻れ。」
「はぁい…」
翌日にはもう反応が来た。やはり汚い手を使ってくれる。
「トーゴー、クローゼの戦隊が反撃を受けました。幸い、船体に焦げ跡が残った程度です。」
「そっかぁ…やっぱりな。」
「トーゴー、何か進展か?」
「進展というか後退かな?」
「どういうこと?」
「アメリカと喧嘩になった。」
「アメリカのマフィアとカチ合ったのか?」
「米軍かCIAかその手の連中だな。」
「えぇ…どうすんだよ…」
「早晩、東南アジアから撤退する。そこまで規模の大きいことはしてこない。ルワン、ダイスラーには頼んだが、街に出入りするアメリカ人らしき人物をチェックしてくれ。ここは観光地じゃない。目立つはずだ。」
「わかった。街回ってる連中とピンさんには伝えておく。」
一週間以上兵糧攻めしているにも関わらず、講和なんてボケた話をしてくるあたりは多分ライフラインを維持する何かを持っているんだろう。舐めた態度を取ってくるなら教育してやるまでだ。
「そういえばアメリカ人は週末に庭で肉を焼いてみんなで食べる文化があるそうだ。」
「あぁ聞いたことあるぜ。」
「みんなを慰労したいと思う。今週末、手の空いてる者はダイスラーの遠足に同行、焼肉といこうじゃないか。」
「相変わらずトーゴーは容赦ないですね。」
「部下の慰労も上司の役目だろう?」
週末の予定が出来たところで、今日の業務を総司に教えてもらう。これは自分で把握しているから必要な事ではないが、誰かに二重に確認してもらうという基本的な行動を学んで貰うための習慣にしている。
「総司、このルワンから上がっている備品の申請だが、適正かどうか、本当に必要か見てきてくれ。その上で報告を。」
「わかった。これって第三クレーンの人たちだよね?行ってきます。」
「ヘルメット、安全靴、忘れずに。」
こうして港の中で済むことを総司に頼むことで、少しずつ仕事を普通の仕事を覚えて貰っている。おかげで総司は普通に「リトル・トーゴー」と呼ばれ、職員や労働者、街の人たちからも可愛がって貰っている。海賊連中には暇な時に、釣りを教えて貰っているらしい。もしかして、俺が一番教育上よろしくない?
「トーゴーよろしいか?」
「おう。ダイスラーなんだ?」
「リトル・トーゴーは最近、笑顔が増えました。いいことです。」
「ああ。どうやらダイスラーんとこの連中と釣りに行くのを楽しみにしているらしい。ありがとう。」
「うちの連中もリトル・トーゴーが来るのを楽しみにしています。」
「仕事を頼んで経験させてるのはいいんだけど、ちゃんと勉強してるのかな…」
「彼は数学に興味があるようです。非常に賢い子ですよ。」
「そうだといいな。」
この週末、肉の他にも総司や海賊連中の釣ってきた魚も炭の上に乗ることになった。
翌週、物の見事に釣り上げた。やっぱりというか当然の如く米軍だった。しかも五人も。必然的に、ルワンとダイスラーが協力することになって、効率よく見つけ出した。ルワンたちが見つけてダイスラーたちが見分ける。
「君たち。所属と目的は?」
「なぁトーゴーもうこいつらボコっちまおう。そしたら簡単だ。」
「ルワン、それは短絡的です。彼らは職業軍人です。その程度では話しませんよ。」
「じゃあもう港に沈めちまおう。」
「トーゴーはどうします?」
「そうだな…当初の予定どおり晒しておけ。一人残してあとは晒せ。」
「おい。連れて行け。敗北主義者同様に晒しておくんだ。」
この日の夕方から通りには素っ裸のアメリカ人が、ハチミツだらけで晒される。東南アジアの野外にハチミツを放置したらどうなるだろう…まぁ一晩放置された結果は、想像したくない状況になるのはお察しいただけよう。
翌日、改めて一番若い青年と向き合った。
「で、名無しの権兵衛さん。君は若い。一つの選択肢を与えたい。」
「選択肢?」
「非正規作戦に従事した君たちは、ここで死んでも特別何もない。だが、まず名を名乗ることで死ぬ以外の可能性が浮上する。」
「キャクストン、少尉。」
「賢いな。では少尉。君をスカウトしたい。真面目で優秀なようだ。」
「トーゴー、このアメリカ人を雇うのか?」
「私は賛成です。捕縛時、こちらは三名の負傷者を出しました。優秀な軍人だ。」
「え?三名?三人負傷しただけ?」
「はい。一人は入院中です。」
「どういう教育してるんだ…まぁいいキャクストン君、俺には息子がいる。もうすぐ17歳になる。」
「それで…?」
「ダイスラーの指揮する警備会社に籍を置き、俺の息子の教育係となって欲しい。君は高等教育を受けただろう?」
「あんた正気か?」
「至って正気だ。ここには港湾の荒くれ者に、海賊、ヤクザしかいない。」
初めてこの時、キャクストンと名乗った青年は笑った。確かに笑える組み合わせだ。
「では、こちらからも条件を出したい。」
「聞こうか。」
彼の条件はどこまでも愛国的だった。まずは教会の人々を救うこと、アメリカと敵対しないことその二点だった。
「契約は成立だ。ルワン、彼に家と諸々を都合してくれ。ダイスラー護衛を二人と車を。領事館に行くぞ。」
「おうよ‼︎」
「了解です。」
新たな教育係を雇用し、領事館に向かうとすんなりと入れてもらえた。かなりヒリついているが、俺のせいか?
「ウェザビー領事、こちらとしては状況を収束させる用意がある。」
「本当ですか‼︎」
「ええ。いくつかそちらで飲み込みやすい条件を用意しました。」
「伺いましょう。」
先日提示した条件はいささか厳しかったようなので、今日は少し優しくしてやるぜ。
・薬物販売の即時停止
・アクシズへの不可侵
・代表神父の更迭
随分と飲み込みやすい内容に変わったと思う。我々は紳士だからな。
「ありがとうございます。これでしたらなんとか出来そうです。」
「そうでしたか。それは喜ばしい。今…十時半を過ぎたところですね。では24時間後、返答をお待ちしています。なければイオージマの再現ですね。」
「24時間!?それは不可能だ‼︎」
「不可能を不可能と言うのはストリートの子供にも出来ます。それをなんとかするのが優秀な人物、コレ民間じゃ当たり前です。」
「わかりました…なんとか…」
アメリカ領事館を後にして会社に戻る。諸々の後処理で遅くまで会社にいると、時間を気にしない迷惑な奴らがきた。
この日の晩、米国家安全保障局を名乗る男が二人、会社に押しかけた。個人の名前は名乗らずいるあたり、気に食わない。
「こちらが協定合意の書類です。この上で、我々は協力関係を持てればと思います。」
「だそうだ。どうする?」
「考えてもいいんじゃないか?」
「私も悪い話ではないと思いますが?」
ルワンもダイスラーも異論はないらしい。協力関係…どう言う関係かによるな。
「ここは一つ、誠意を見せていただきたい。」
「誠意でしょうか?」
「仕事と情報だな。」
「我々はベトナム、カンボジアから撤退します。」
「ほう?それで?」
「一部の人間は教会に退避する予定でした。」
「なるほど。帰り道と宿がないわけだ。」
「その通りです。」
「ルワン、いくらかアメリカ人を引き受けてやろう。コンテナに詰めて出荷だ。それとアメリカさん。代金の話だ。」
「いかほどでしょう?」
勝ったな。
「タイにおいてアメリカは輸出入をロアナプラを通すこと、撤退時に放棄する物品を寄越してもらおう。」
「最大限の利益を得つつ、我々は痛手という痛手を負わない。実にいやらしい。わかりました。我が国の国民をお救いください。」
「荷は必ず届けるよ。」
「あの四人の末路は我々に衝撃を与えました。何者です?あなた方は。」
「タイ王国、第三帝国、大日本帝国、ただの枢軸国だ。それと名刺の一枚も貰おうか。連絡先も。3コール以内に出る連絡先だ。」
こうしてロアナプラから麻薬という麻薬は消えた。これこそ本当の意味で第一歩目だった。