マニサレラ・カルテルも馴染んでしばらく。赴任してきたアブレーゴなる人物は常識的で、挨拶に来た時も「仲良くしよーぜ」なんてノリで事務所に襲来してきた。いや初対面であれは、お世辞にも常識的ではない。が、ここの流儀を守っている。結構、器用なようで、割り当てたシマは飲食店も増え、観光客も多く立ち寄るらしい。それに、よく街で飲んでは遊んでいる。そんな中での来客だった。
「トーゴー、署長のセーニが来ている。」
「ロアナプラ署のか?何か問題か?聞くのもアホらしいが心当たりが多すぎる。」
「心当たりは…そうだな。確かに。用件は転任するそうだ。本庁に栄転だと。応接室に通してる。」
「わかった。総司…は今はアフガニスタンか。というかまたか。ダイスラー、封筒を二つ用意してくれ。」
「承知です。」
「ルワン、行こう。」
応接室に入ると、見た目は誠実そうな紳士と青年がいた。
「セーニ署長、どうやら出世した様だね。」
「あぁ。治安向上による功績で中央に栄転だ。」
「治安向上ね。道路が整備されて‘交通事故’が増えている様だが?」
「まぁそれは仕方ないさ。どうせ‘轢かれて’いるのはストリートギャングだ。」
「交通事故で体に風穴空くか?普通。」
「それはそうと。後任のワトサップ君だ。」
署長に紹介された青年に目をやる。まだ若いな。総司よりいくつか年上か。
「アクシズの代表のトーゴーだ。息子にも挨拶させたいのだが、出ていてね。その内、挨拶させよう。ダイスラー、一つ封筒を。」
封筒を目の前に差し出す。
「署長これはっ…」
「トーゴーさんのところで予算が余っていると聞いた。捜査費の足しにして欲しいそうだ。」
「それって…」
「ワトサップ署長、硬いだけの鉄は脆い。ここで柔らかさを学べばもっと出世するぞ。」
強引に懐に捩じ込んでやる。
「トーゴー、私には?」
「今後の捜査はワトサップ君がやるんだろ?中央に戻ったら捜査費も潤沢なはずだ。」
「ひどいなぁ…」
セーニとワトサップを見送って、盛大なため息を吐き捨てる。支払い相手が変わるだけの話で、することは変わらない。
「金の威力は絶大だな。ダイスラー。」
「今頃我らの子は熱砂の中です。」
「いい加減、書類に社員旅行って書くのやめたらどうだ?入金元を確認したらわかるぞ。」
「総司とキャクストンの計画です。実地研修だそうです。」
「死人を出していないから黙っていたが、あまりいい気分ではない。」
「まるで傭兵…ですか。」
「軍拡を促進したのは俺だ。確かに許可した。だが、一個中隊はロアナプラ、一個中隊は海外。本当に軍閥だ。」
「おかげで迎撃準備は整っています。」
「なんだかな。ルワン、大丈夫なのか?」
「どう言う意味でだ?経営的には順調だ。今年のボーナスも期待させていい。」
「そうか…。予算をつけてくれ。予備隊を解体する。」
「おい、でも予備隊は慈善事業の…」
「だから予算が欲しい。孤児院を立てる。」
二人はポカーンである。そろそろ察して欲しいのだがな。いつも言ってるだろう?
「悪事と慈善は帳尻を合わせないといけないんだ。予備隊ではもう帳尻つかないだろ。」
「そう言うことか。わかった予算を組もう。」
「カーテも働かせていいでしょうか?」
「気晴らしになるだろう。そろそろ孫の一人でも見たいものだ。」
署長の入れ替わりに合わせて…と言うわけではないだろうが、ラオさんが引退するそうだ。ラオさんの功績は大きい。三合会が進出してくるにあたり、一切の仲介なしで来たのに、流血なしでここまでやってきた。少々シマ内では‘交通事故’が起きていた様だが、華僑系を呼び込んで街の発展にも手助けをしてくれた。商社が進出したのもラオさんのおかげだ。総司が帰国した頃、ラオさんも一人の青年を連れて訪ねてきた。洒落た青年だった。
「引退ですか…ラオさんにはお世話になりました。」
「いえいえトーゴーこそ。我々を受け入れていただいた。」
「で、そちらさんは?」
「後任の張維新です。どうぞ、面倒みてやってください。」
「総司、ここからは総司が仕切れ。」
「はじめまして張さん。トーゴーの子、総司です。」
「張維新です。ラオ氏の後を預かります。どうぞよろしく。随分若いんだな。」
「あまり張さんと変わりませんよ。で、いらした歓迎の品…と言うわけではありませんが、こちら今までラオさんにお支払いしていた、みかじめ料の回収先のリストです。今後は直接回収していただいて結構です。」
「直接とは?」
ああそういえば、説明してませんでしたとラオ氏は言う。重要だろそこ。
「この街のみかじめ料はアクシズが回収しています。マニサレラ・カルテルのシマも我々が回収し、支払っています。あくまでも我々の庭ですので。それを今後、三合会は直接回収をかけていいですと言う話です。」
「張、これは素晴らしい条件だ。我々がここの住人に認めてもらえたと言うことだ。」
「なるほど。本家がここに予算をつけていた理由がわかった。ここは住人に嫌われると立ち行かない訳だ。」
「我々はヤクザですから。カタギさんに愛されなければ。」
張は大笑いした。そうだろう。そう言う理屈は、残念だが少数派だ。
「なるほど、この街は特殊だ。」
「それと張、ここでアクシズに逆らわないことだ。」
「ほう?ラオ大哥、それは何故で?」
「彼らはヤクザであるが、軍閥だ。噂ではアフガニスタンで研修をしているそうだ。」
「軍隊には勝てませんわな‼︎」
そして、最近は訪問者が絶えない。
「トーゴー、気の滅入る客が来ているぞ。」
「署長連中よりか?」
「ああ。コーザ・ノストラだ。」
「はぁ?」
総司とダイスラーはもう既に、拳銃の遊底を弾いている。
「総司、ダイスラー。ホルスターに戻せ。キャクストンを呼んでくれ。」
しばらくすると汗を拭きながら、事務所にキャクストンとマクドゥガルが入ってきた。ちょうどいい。
「どうしたトーゴー?会議の予定はなかったと思うが?」
「ああ。来客だ。会社の周囲を警戒してくれ。サブマシンガンくらいの武装でいい。怪しい奴は片端から誰何してくれ。」
「どう言うことだ?」
「応接室にコーザ・ノストラが来てる。」
「なんでまた…」
「懲りない奴らだな。」
二人の意見はごもっとも。だが、現実に来てるんだな。これが。
「待機中の第二から適当に出す。トーゴーの護衛は?」
「ダイスラーと総司を連れて行く。」
「じゃあ大丈夫だな。行ってくる。」
応接室にはセドウェイとヴェロッキオなるイタリア人がやってきた。またコーザ・ノストラか。そんなにサメと海水浴がしたいのか。
「お待たせして申し訳ない。突然の来訪でしたので。」
「お時間いただき申し訳ありません。コーザ・ノストラのセドウェイと申します。これはヴェロッキオ。」
「アクシズの代表、トーゴーです。単刀直入に伺います。ご用件は?」
「以前、当方のシーゲルが御無礼を働いた様で。まずは謝罪を。」
「まずは謝罪を受け入れましょう。その為にいらしたので?」
「いえ、この街には特殊な仕来りがあるとか?それに則って、我々も支部を置かせていただきたいと考えています。」
「内容はご存じですか?」
「ええ。シーゲルから聞いていますよ。」
「彼の話では雲霞の如く兵隊が来ると聞いてね。こちらも一つ中隊を増やしていたところでした。」
「それは申し訳ない。我々は敵対する意思はありません。」
一度銃把を握り、敵対した相手に「はい、そうですか。」とはとても言えない。
「なかなか飲み込みにくいですね。」
「父さんいいかな?」
「どうした?」
「俺に考えがあるんだけど。」
「任せた。」
「セドウェイさん、条件をつけさせてください。」
「伺いましょう。」
「すべての荷の荷揚げ代を五年間25%増しにさせていただきます。その上で販売する武器を拳銃に限らせていただきたい。」
「ふむ…しかしそれでは、中国人やコロンビア人と事を構えた時に実に不利だ。」
「基本的に我々が仲介に入りますが…もし、抗争となったらその時は黙って潰されてください。先代の自称タイ支部長はそれだけのペナルティを科される事をしました。」
「座して死ねと?」
「はい。死んでください。あなた方を迎え入れる利益はこの街にはあまりない。」
「ハッキリと仰られる。」
「三合会も、マニサレラ・カルテルも受け入れるにあたり利益はそこまでありませんでした。が、彼らが秩序を守ると言うので受け入れた。あなた方も誠意を見せていただきたい。もちろんこの五年と言う条件は問題を起こすたびに延長させていただきます。」
「わかりました。従いましょう。」
「待ってくださいセドウェイ、これじゃ俺たちはコイツらに降伏したことになる‼︎」
「ヴェロッキオ、よく考えろ。我々の商品は入荷が不安定だ。場合によっては港から出る事も出来ない。だが、この港は必ず出港出来る。この利点は大きい。アメリカを見てみろ。ヤクの安定供給はパワーバランスに直結する。」
「わかった…。」
「トーゴーさん、我々はそちらの条件でこの街に支部を出したい。」
「総司、飲むそうだ。調整してやれ。」
「わかった。」
かなりきつい条件ではあるが、飲んだ。ほぼ、アクシズの子分と言っても差し支えない。仕方ない。前科があるからな。
二人を帰した後に、キャクストンの警戒体制を解除する。嫌な時間だった。
日々を忙しく過ごしていたある日、事務所に総司とキャクストンを呼び出す。
「あまり気分のいい仕事ではないが総司、張とアブレーゴから取り扱い薬物のサンプルを貰ってこい。理由は‘ビッグブラザーからサンプルの提出を求められた’でいい。」
「わかった。素直に出した方が身のためって言えばいいって事だね。」
「そうだ。コーザ・ノストラが進出したら、連中からも貰え。そして、キャクストン誰か昔の上司に連絡はつかないだろうか?」
「用件によって探す相手も変わりそうなものだが…」
「君の祖国にはDEAという組織があるだろう?そこに恩を売るのさ。」
「だとしたら、教会経由で誰か呼んだらどうだ?」
「そうなるか…ありがとう。検討しよう。」
二人が業務に戻ったので、ある名刺の番号にかける。
「もしもし?ミスター?久しぶりだね。2コール半で出てくれた、ありがとう。」
『そっちは今何時だ…』
「そろそろ休憩してチャイでも淹れようと思った所だ。」
『そうだろう。こっちは朝の四時半だ。』
「そう不機嫌になるな。いい話を持ってきた。」
『聞こう。』
「薬物には混ぜ物に特徴とクセがあるだろう?うちの港を出る三合会、マニサレラ、コーザ・ノストラのサンプルを進呈しようと思ってね。」
『代金は?』
「話が早くていい。パスポートを何通か用意して欲しい。」
『それは合衆国の物か?』
「そうだな。日本に入国できたらいい。」
『船便で良ければ横田経由で入れてやろう。』
「いいのかい?」
『日取りと事情にもよるが。君の息子が我々に便宜を図ってくれているそうだな。恩がある。』
「では、それで頼む。日程が決まったら連絡するよ。」
『出来れば時間を考慮して欲しい。今、自宅のベッドサイドの電話で会話している。』
「それは済まない。お詫びに今度、家族旅行でロアナプラはどうだ?リゾートでのクルージングかエアクルーズなんて。」
『滞在費は払うから足代を出してくれるのなら。』
「何人分だ?」
『私と妻、息子と娘だ。』
後日、ロアナプラ沖のリゾート地で遊ぶアメリカ人一家がファーストクラスでやってきた。