ルワン、ダイスラー、総司、キャクストンが事務所のテレビに齧り付いている。日本の著名なレスラーの言を借りるなら「時は来た。それだけだ。」とでも言うべきか。
遂にソビエト連邦が崩壊した。
「いよいよ…って感じだな。」
「本当に崩壊したよ。すげぇな。」
「ソ連軍が来ますね。」
「父さんどうするの?」
遠からず、ソ連軍が侵攻してくる。今日明日とはいかないだろうが、この一年が勝負だ。だが寄る年波には勝てない。ダイスラーも俺もそろそろ歳だ。今年の初めには孫も生まれた。字義通りのお祖父ちゃんである。
「最後の軍拡だ。総司、オロホフ氏に連絡して装備を揃えておこう。海外組は即帰国。ダイスラー、キャクストンと市街地戦の用意を。バリケード、退避ルート、対空陣地の構築だ。ルワン、地元建築業者から資材の買い付けとプレークに連絡を。ソ連…ロシアンマフィアの進出が考えられるので各所に防衛拠点を設ける。」
「トーゴー、他のマフィアたちにはなんて説明する?」
「治安維持とでも説明しよう。見慣れないスラヴ人についての情報も集めるんだ。」
「今回も非殺傷か?」
「極力な。だが、全て実弾で行く。キャクストンはどの程度なら出来る?」
「現状、陸に二個中隊、海上に十二隻、ヘリが四機ある。気を遣って相手出来るのは一個小隊相手がいいところだ。生死問わず、と言うなら米海兵隊の一個大隊くらいは余裕だろう。」
「よろしい。最大限に気を遣ってくれ。優先順位を設けよう。」
第一、住民に死傷者をださない。
第二、従業員に死傷者をださない。
第三、敵に死傷者をださない。
「父さん、住民の方が優先?」
「当たり前だ。彼らあっての我々だ。ルワンのところの従業員はほとんどがここの住民だぞ。目的はここの住民を守るための戦争だ。いざとなったら港の方に避難してもらおう。」
「それは建造物への被害を前提にするって事か?」
「そうだ。俺とダイスラーは膝元に攻め込まれての防衛戦が、どれだけ悲惨かを身を以て経験している。特に首都を廃墟にしたダイスラーは知っているだろう。本土決戦は凄惨だ。だが、極論、焦土となっても人間がいれば立ち直れる。」
「君たちの父祖相手に戦ったのでね。」
「わかった。経験者の言に従おう。」
全員の認識を統一出来たところで、日常に戻る。戦争ばかりが仕事ではない。むしろそれは副業だ。
「みんな仕事にかかってくれ。ルワン、総司、今日の予定を。」
「父さんには第一クレーンの修繕と、第二ヤードの工事の決済を貰いたいのと、第一倉庫の老朽化に伴う補修申請の再検討の依頼が来てる。あとはダッチが求人出したいって。」
「クレーンとヤードは決済して良さそうだ。倉庫はどの程度の老朽化なのか詳しく聞き取りしてくれ。再検討まで出してくるなら建て替えも視野に入れよう。ダッチの求人か…ルワンに任せるといい。」
書類は揃っているんだが、今ひとつ説明が足りていない。孤児院上がりの従業員は増えてきて、報連相が出来てきてはきるが、まだまだ頭数が足りていない。
「トーゴー、プレークからの相談なんだが、最近、街で暴れ回っている中華系の奴がいるらしいんだ。」
「中華系?だったら三合会の不手際だろう?張を呼び出せ。」
「それがどうやら流れ者らしくてな。大陸系ではないんだそうだ。依頼があれば対応すると言ってきた。ってかあの張とか言う大哥、ジョークがお寒い。」
「お堅い奴が軽さを装っているんだろう。多めに見てやれ。しかし、流れ者か…どこからの流れ者かわかるか?」
「英語圏らしい。ダイスラーに言わせると、言葉回しはアメリカ英語だそうだ。」
「アメリカ人か…よろしい。本人を呼び出してくれ。今のうちに街の不安要素は取り除きたい。それに暴れている奴を放置しては我々のメンツに関わる。被害を受けた方々には補償を。」
「わかった街回りしてる奴らに伝えておく。」
こうして対ソ連戦の用意を進めていった。マフィア連中はそれぞれ違った反応を見せたが、概ね協力的だ。同業のダッチにも注意を勧告してみたが「核戦争でもなければ明日は来るからいい」と言われてしまった。見た目もその通りに随分タフな男だ。さすが年齢を誤魔化して従軍するだけある。
数日後の夜、ルワンから報告を聞いて驚愕する。ルワンが街回りに出している連中もキャクストンたちから基本的な格闘訓練、拳銃の射撃訓練は受けている。それを二人一組で歩かせているのに、流れ者の暴漢にノされた挙句、一人は顎を割られて入院だ。
「済まない。相手が一人だったと言うこともあって抜かった。」
「らしくない失態だ。相手何者だ?軍隊崩れか?」
「いや女だと思って油断したらしい。」
「女ァ?お前らよ…まぁいい。百戦百勝とはいかん。どこにいるんだ?」
「チャルクワンストリートの寄せ場のあたりでやられた。」
「よし…行こう。手間だが仕方ない。」
一応、ブローニングを腰にぶら下げてみる。ゴム弾でいいだろう。最近では実弾を持って歩くことはあまりなく、俺はゴム弾がメインになっている。基本は非殺傷、暴力は良くない。ガンジーも言っている。息子はシバいていたらしいが。
ルワンと街を歩いていると、住人たちが声をかけてくれる。なんだ。ルイさんとこの息子に子供が産まれただと?
孫との接し方なら教えられるぞ。孫談義に盛り上がっていた俺を、ルワンが引きずっていく。言われた寄せ場の裏路地を覗いてみると、絶賛カツアゲ中のトライバルタトゥーの少女とも言えそうな女がいた。大の男の首根っこを掴んで持ち上げている。うん。メスゴリラかな?
「ちょっといいか。フロイライン。」
「あぁん?なんだジジイ。」
「昼間、一人顎を割って一人はノシた覚えはないか?」
「はん。あのゴリラの親玉かァ?」
男を放り投げてこちらに向き直る。いやだから、ゴリラはそっちだろう。
「まぁ親玉といえば親玉かな。雇用主だ。」
「仕返ししようってか?」
「どちらかと言えば謝罪と補償…入院費の請求をしたいところだが…難しそうだね。」
「アンタも入院したいってか?棺桶になりそうだけどな。」
手近に転がっていた椅子を二つ拾い上げて座る。君相手にやったら本当に棺桶に送られそうだ。
「まぁ座れって。自己紹介と行こう。トーゴーだ。ここら辺の…ゴリラの親玉でいいや。トーゴーと呼んでくれ。」
「レベッカだ。」
「では、レベッカ。この街を仕切っているゴリラの親玉は色々と立て込んでいて、あまり問題を抱えたくない。座ったらどうだ?」
「ゴチャゴチャうるさ…」
「座れ。」
口答えが多いので、ゴム弾を右足に見舞ってやった。骨折とまではいかずとも動けまい。ブローニングを向けたまま彼女をみる。
「いってぇっ…何すんだジジイッ。」
「トーゴーだ。もう一発いっとく?ルワン、バドワイザーを買ってきてくれ。冷えたヤツだ。温いビールは馬の小便みたいだからな。」
「だったら本物の小便飲ませてやろうかジジ…ガッてぇ…」
口がなっていないのでもう一発、左足に差し上げる。
「それくらいにしておけよトーゴー。ビールは?三人分か?」
「そうだな。ビールが来るまでは撃たないでおこう。」
「てんめぇ…」
「嬢ちゃん、あまりトーゴーを怒らせないことだ。」
「では、レベッカ。君には二つの選択肢がある。明日の実弾訓練の的になるか、行儀良くこの街で生きていくか、だ。」
「実弾訓練って…アンタ何者だよ。」
「そっちの言うところのゴリラの親玉だ。」
「あたしにどうやって生きていけってんだよ。」
「知ったことか…と言いたいところだが、仕事がないのなら面倒を見てやろう。ここら辺でアクシズという会社をやっていてね。生活の保証は出来るはずだ。」
「アクシズって…コーザ・ノストラ叩き出したっていうアクシズか?」
「あぁ昔ね。今では善き隣人だ。」
ここまで話してルワンが戻ってきた。熱帯夜、外で飲むビール、これを待っていた。
「トーゴー、ビールだ。冷えてるぞ。どこまで話した?」
「俺の身元と仕事の説明を。食い詰め少女らしい。あ、レベッカ、ビール飲まないか?」
「アンタ、変わってるよ。」
「トーゴーだ。ビールよりゴム弾が良かったか?」
「悪かったよ、トーゴー。」
「で、どうする。とりあえず身の振り方が決まるまで軒先を貸すに吝かではない。」
「トーゴー、コイツ抱えるのか!?」
「治療費と入院代の回収くらいはさせて貰いたいね。放り出して勝手に道端で売春なんかされても困る。それか警察に突き出してもいいが?」
「ムショ送りはもう嫌だな。」
「しかしながら何して貰おうか…総司にでも預けるか?」
「総司も可哀想だな。」
何事も経験だ。総司も苦労していい。
「ルワン、車を呼んでくれ。事務所に帰る。」
「で?コイツは?」
「ぶん投げて帰るのもアレだ。拾って帰ろう。」
ストリートに車が来る間、三人でビールを楽しんだ。うん。熱帯夜のビールは外で飲むに限る。旨い。
迎えが来たので椅子を元あった位置に戻して、乗り込もうとしたがレベッカが付いて来ない。
「なんだ?そこで一晩明かすことにしたのか?」
「誰かさんのおかげで足が立たねぇんだよ‼︎」
「全く…手間のかかるお嬢さんだ。」
「誰のせいだよ‼︎」
「…もう一発…」
「ヘイ待て‼︎その物騒な物を仕舞え‼︎トイガンじゃねぇんだ‼︎」
「ルワン、こちらのレディに手を貸してやろう。」
ルワンとレベッカに肩を貸してやる。街で暴れるって…誰かさんじゃあるまいし。
翌日、俺は事務所の床に正座していた。ダイスラーと総司に叱られているとも言う。
「トーゴー拾ってきたって、猫じゃないんですよ?」
「なにさせるかも決めずに…どうするのさ。返してきなよ。」
「そうは言ってもなぁ…今、揉めてる状況じゃないんだし。」
「昨日、トーゴーは総司に預けるって言ってたぞ。入院したロイと怪我したファンの治療費は回収したいとか言ってるんだが。」
「父さん…」
「そう睨むな。ロッジの従業員でもいいだろ?」
「観光客相手なんだよ!?」
「それもそうか…どうしようね?」
そんな紛糾している事務所に、求人手続きの書類を持ってきたダッチが入ってくる。
「失礼す…アドミラルは何かしたのか?それは日本人の反省する時のスタイルだろう?」
「目下。反省中です。ダッチはどうしたのですか?」
「あぁルワンに言われた書類をな。ダイスラーの旦那がそう言うってことはアドミラルが不利な状況かね?」
「えぇ。アメリカから流れてきた不良少女を拾ってきましてね。その処遇について話し合っていました。」
「正座させての話し合いとはこれ如何に。」
「父さん、身から出たサビだ。」
「ダイスラーもキャクストンも良かったのになんで今回だけ…」
「トーゴー、ダイスラーもキャクストンも目的あっての声がけだ。今回は無計画すぎたな。俺たちは身代が大きい分、いい加減なことは出来ない。」
なんでだろう。みんな計画性あるんだな。驚きだよ。外面気にしているんだな。そう言えば、みんな訓練後以外はラフな格好で事務所来なくなったな。
「差し支えなければ、俺が引っ取ってもいいんだが?」
「ダッチ、随分な暴れん坊らしいよ?」
「総司の方で引き取るなら俺は手を引くよ。」
「いいんだが、配置先がな…。」
「手間がかかった求人書類をシュレッダーに流すのは癪だが、即日人手が出来るなら割りに合う。アメリカから来たなら俺もそうだしな。」
「休憩室にいるから会わせてみるよ。治療費はダッチに請求してもいいか?」
「なんだアクシズから借金してるのか。そりゃ大物だな。」
そんな顛末から、ダッチのラグーン商会には新しい従業員が増えた。後々どえらい付き合いとなるが、それは総司の話だ。