アメリカからエアメールが俺宛に届いた。これで条件は整った。俺が旅行の根幹を、諸君に一つ教育してやろう。
「諸君、突然だが、明日から諸君らは一週間の休暇だ。」
「ダイスラー、始まったぞ。トーゴーのいつものアレだ。」
「いつもの事です。総司、真似てはいけませんよ。」
「こればかりは真似したくないよ。」
「で、トーゴー何をするんだ?何か考えはあるんだろう?」
いや、本題入る前に言いたい事が富士山ほども今の数秒で積み上がったぞ?俺、リーダー。俺、親分。俺、ボス。俺、自信、ない。
「いいや。言いたいことは色々あるんだけどさ。みんなで日本に行く。」
「トーゴー、色々とお忘れだが、何人かパスポートを手に出来るか怪しい人間がいますよ?」
「ルワンや総司は大丈夫だろう。俺は公的には現地人だが出国出来るか微妙だ。ダイスラーとトーゴーはどうなんだ?」
「私は公的には別人です。取れます。トーゴーはどうなんです?」
「諸君らの心配はご尤も。だが、ここに五人分のパスポートがある。合衆国政府の発行するパスポートだ。」
四人は口を開けて硬直している。なんだ。偽物だと思っているのか?
「大丈夫だ。安全なんとか局の友人に頼んで用意してもらった。」
「それって、オフィシャルカバー用のやつだろ…。」
「流石キャクストン詳しいな。先日、ロッジにアメリカ人一家が来ただろう?」
「あぁ…そう言う…もう、いよいよ悪に染まってきたな。」
「明朝、出立。フィリピンの米軍基地から横田へ向かう。」
「呆れたもんだ。急いでレイに引き継ぐ。他は大丈夫なのか?」
「俺はチャドに任せても大丈夫だ。」
「私はオスカーとクローゼがいれば大丈夫です。」
「よろしい。ならば、旅行だ。」
こうしていつもの面子で、横田基地へと降り立った。とある所への土産を持って。
何年振りかも覚えていない日本に、本当に浦島太郎になった気分である。日本の夏、蚊取り線香でも買うか。して、友人も気がきく。大使館ナンバーのキャデラックを用意してくれた。もうこれは怖いものはない。
「父さんは東京にいた事があるの?」
「生まれは東京の浅草だ。家族は空襲で亡くなったがね。」
「ところでどこに向かっているのですか?後ろの物資を見るに穏やかとは思えませんね。」
「そうだ。まさか東京で戦争する訳でもなかろう?」
「それは土産だ。あ、ここだな。総司、バンドーさんに会いたいんだが、まず車を停めたい旨伝えて駐車場に案内を頼んできてくれ。」
数分待っていたところ、関西弁の怒鳴り声と共に総司が出てきた。運転席に顔を突っ込んで事の次第を聞く。
「なんかよく解らないけど、彫り物見られてすごく怒られたよ?」
「随分な怒鳴り声でしたね。トーゴーここはなんです?」
「まぁだろうな。俺が行ってこよう。ここは鷲峰組って言ってな。日本のヤクザだ。」
「そんなところに総司を行かせたのか…悪魔だな。」
「可愛い子には旅をさせよってな。」
四人を車に待たせて玄関口に立つ。
「若頭の坂東次男氏にお会いしたい。取次ぎを願いたい。」
「さっきも言うたやないか。そないな舐めた…あ?」
「先程は息子を寄越したのだが。」
「おのれも同じ彫りモンかいな。」
「元ネタだ。じゃあ名乗り方を変えよう。山守組の広能組から来た若い衆だ。そこの三下、黙って取次げ‼︎」
一喝するとパンチパーマの青年はたじろぐ。まだまだ負けはしない。こちとら広島抗争を戦ったんだ。
「お客人。人様の玄関で騒ぐモンじゃありませんぜ。」
「おうデカいの。俺は若頭の坂東氏に会いにタイから来たんだ。」
「それは遠路遥々。おい。客間にお通ししろ。カシラに客人だ。」
「あ、その前に駐車場ないかい?車で来てるんだ。」
「ご案内しろ。丁重にな。」
一悶着しつつも、パンチパーマの案内で、裏手の駐車場になんとか入れてもらえた。いや、天井スレスレ。日本では日本車の方がよかったな。
客間に通され、熱い緑茶をいただく。うまい。懐かしい。しばらく待つと、目当ての人物がデカいのとパンチパーマを連れてやってきた。
「突然のご来訪で。えろうお待たせしました。カシラの坂東だす。」
「アポ無しで申し訳ない。昨日決まったもので。トーゴーとお呼びください。」
「ほんで、本日はどう言ったご用でっしゃろ?どこかで…会うたことありますかの?」
「西の方には知り合いが多くてね。ちょっと日本にも友人を持ちたくてですね。」
「さっき、玄関口で山守組の広能組から来た若い衆っちゅう名乗りしたいう話ですな。その彫りモンも知らんでやっとる訳じゃあらんでしょう?」
「嘘ではないさ。若い頃はそうだった。」
「本物は腕内に日本刀、花札は赤い稲妻で仕切って、背中は桃太郎…ではない。何が入っとるんですやろうか?」
「鬼若丸は化け鯉を退治した。本物は‘牛若丸の鬼退治’でしょう?」
「そんなことあるかいな…死んだはずやろ…」
「有名なんで?」
「銀公は知らんやろ。広島の伝説や。明石組の組長に直会いに来る様な奴や。でも、死んだはずなんや。」
「そりゃ…大物で。幽霊…ではなさそうですが。」
「本人…と言う事でっしゃろうな。ほうですか…御無礼を。改めまして坂東です。よろしゅうに。」
これは知られていないが、背中は牛若丸なんだよ。桃太郎って言われるからもういいやと思って、流してたけど牛若丸なんだよ。
「良かった。お話のわかる方で。」
「元の方ではのうて、鷲峰に来た理由っちゅうもんをお伺いしても?」
「先代が亡くなって随分苦しい立場と聞く。跡目も立てられず、香砂会は血縁者に限ると言っているとか。悪辣極まる。我々はそこに一つ援助を。見返りは…いくらか日本の物をタイへ輸出していただきたい。」
傍に控えてるデカいのに思いっ切り睨まれた。結構、怖い目してる。
「確かに厳しい状況ではあるんですがの。今日来た他人に助けてもらう言うんは、通りのええ話やない。腹を見せて貰うても?」
「今の状況は長く続かない。続けられない。その時に我々が役立つって寸法です。」
「兵隊を出す…ちゅう話しですかの?」
「ええ。我々は地元ではヤクザを名乗っているが軍閥と言える状態だ。それに、ここら辺にシマを求めているわけではない。伝手を作りたいんだ。実際に付き合うのは息子の総司でしょうが。」
「広島の件と言い、この話といい。ホンマモンみたいやの。ええでしょう。」
よし。これで種は撒けた。
「友好の証に手土産を用意しました。駐車場までご足労頂いても?」
三人…坂東と松崎、吉田…を連れてキャデラックのハッチを開ける。二つの木箱が並んでいる。だから、天井がスレスレ…ってかハッチのケツが当たってるんだよ。
「総司、開けてくれ。」
「二つとも?」
「二つともだ。」
総司がバールを差し込んで軽快に蓋を跳ね開ける。坂東と吉田は唖然としている。日本ではまずお目にかかれないだろう。
「こりゃ…」
「なんやこら…」
「ドイツの短機関銃、MP5と呼ばれています。新品で十二挺用意しました。予備弾倉をそれぞれ三本、弾を二千発分用意しています。」
「こないなものどこから入れたんや…。」
「買い付けは友人の武器商人から。この国には、友人の計らいで横田基地から入りましてね。時が来た時、もう少し足したいと思ってます。」
「あんたら…何者だ?」
「俺たちはヤクザだ。知らんのか?」
鷲峰組の歓待を辞して、そのうち遊びにおいでーとだけ言い残して、とある店に向かう。これが今日の目的と言っても過言ではない。
「トーゴー、この店はなんだ?」
「牛丼という料理を食う店だ。カウンターの向かいの奴と刺すか刺されるかの中で食事をする。」
「日本てそんなに物騒なの?」
「総司、日本の治安は世界でもトップクラスです。無くした財布が中身もそのままに帰ってくる国です。そして物価もトップクラスです。」
「そうだ総司。環状鉄道…山手ラインの内側だけでアメリカが買えるほどだったんだぞ?」
「そうなの?それはすごい…。ルワンは知ってた?」
「ああ。聞いていたよりすごいな。日本は。」
「そうか…引っ掛らんか。」
流石に五人で入るとテーブル席だった。そこのサラダは食べ放題とか言ったらどうなるんだろうか…。代わりに俺の鉄板を頼んでやろう。
「大盛り、汁だくで生卵と味噌汁。あとごぼうサラダ。四つずつよろしく。」
「トーゴーは来た事があるのですか?」
「ないよ。だが、ここではこれが一番だ。」
手元に配膳された丼に生卵を落とす。
「待ったトーゴー‼︎正気か‼︎」
「何がだ。」
「卵だ‼︎火を通さずに食べるのか‼︎」
「キャクストン、騒がしいぞ。ここは食事をする場だ。騒ぐな。」
チャチャっと混ぜて、食べてみせる。実に美味だ。
「軍人であるキャクストンの狼狽え様…しかし、気になりますね。」
「トーゴーは食えている。食ってみよう。キャクストン、経験だろ?何事も。」
この後、黙って猛烈な勢いで四人は牛丼をかき込んだ。早い安い美味い。これぞ日本である。
翌日からはただ観光した。上野で明治時代からあるトンカツを食って、東京タワーに登って、読売巨人軍を成敗する猛虎軍の応援に精を出した。おのれ巨人軍、いつかマトにしてやるぞ…。
今日のところは調子の悪かった猛虎軍に、少々の残念さはあるが仕方ない。覚えておけ藤田…いつか正義は巨悪に勝つのだ。ちなみにシーズンの結果を見た俺は錯乱したと言われた。
ホテルに帰る道すがら、とある店に入る。
「意外だったな。トーゴーがあんなにベースボールに熱を上げるとは。」
「キャクストンこの国では、政治宗教野球は公然と話してはいけないと言われている。」
「そうなの?」
「日本人はこだわりが強いのです。」
「言われてみればトーゴーはこだわりが強い。初めて会った時からそうだった。」
「ふーん…ここは何が美味しいの?」
「この店、知ってるぞ。ハワイに行った時に食ったよ。ミズガミの天ぷらバーガーだ。」
「天ぷらをパンに挟むのか?」
「いや。ここはライスに天ぷらを挟むのさ。」
「それは天丼を手で食べるみたいだな。」
「寿司といい、オニギリといい。日本人も手で食べる文化が多いですね。」
「飽食、そして美食。戦後じゃ考えられなかった。」
こうして約五日の行程を終えようとした時、小太りの白人が同席してきた。
「いやぁ…探したよ。どこに行っても君たちには軍の監視がついていてね。本当は羽田で待ち構えようと思ったんだけど…待てど暮らせど。」
「あんた、途中から尾けてたよな。何者だ?友人の関係者かな?」
「友人という友人ではないが、出元は一緒さ。」
「おい。今日はこのオッサンの奢りだ。」
「「「「ゴチでーす」」」」
「え…足りるかな…」
「本題は?」
「ヨーロッパを中心に商売している、友人のユーリ・オロホフ氏がいるだろう?」
ユーリ・オロホフと言う名を聞いて、総司が固まる。まぁそうだろう。総司にとっては友人と言える付き合いをしているんだ。
「俺の友人というより息子の友人だ。」
「その息子さんの友人と繋ぎをつけて欲しくてね。」
「どう言った付き合いを求めているかに寄るな。総司、オロホフ氏は最近、何か困っていたな。」
「あぁ。インターポールに追い回されてるとか。それこそ四六時中って勢いで。」
「インターポールか。畑は違うが多少、融通は利くかもしれないね。」
「それ次第だ。ところで、俺の名前は知ってるか?」
「どっちのかな?」
「代表として。」
「トーゴーだろう?下の名前は…」
「君の名前を聞こう。一方的ではいささか平等性に欠く。」
「ジョージ・ブラックだ。みんなブックマンと呼んでいる。ブックマンでいいよ。」
「ブックマンね。覚えておくよ。」
奇妙なアメリカ人と出会って、日本旅行は終わった。猛虎軍の応援や、巨悪への罵詈雑言、国歌六甲おろしの斉唱など忙しい五日間であった。総司の今後に良い影響があればいいなと思う。
サービス回…のつもりです。