励みになります。
会合を終えて、アブレーゴとヴェロッキオが出て行ったところで張を呼び止めた。
「まだなにかあるのか?」
「あるさ。少し待っててくれ。」
張とテーブルに置かれていたキャプテン・モルガンを二杯ほど干した頃、ルワンが二人のロシア人を連れて入ってきた。
「こちらホテルモスクワの大頭目ゲオルギー・デニーギン、そして今回の戦犯バラライカだ。まぁ掛けてくれ。」
「これはこれは…また随分な客だ。三合会タイ支部を預かる張維新だ。今後ともよろしく。」
「デニーギンだ。今後は隣人付き合いとなる。よろしくお願いしたい。」
デニーギンとバラライカにもラムを出して、自分と張のグラスにも足す。
「ここで張には父との約束を果たしたいと思う。父が意識がないので反故…としたら意識が戻った時、俺が誅殺されかねない。それで、勝ち馬とここ一番のいい役…だ。」
「いい役は与えてもらったと思うんだがな。」
ルワンから地図を貰い、テーブルに広げる。モスクワとその近郊の地図に、幾らかの書き込みを入れた物だ。詰まる所の、戦勝国による領土割譲会議だ。
「主だった所として、ホテルモスクワはその名前の通り、モスクワとその近郊、他にも広大なシマを持っている。こっちで六つに区分けさせてもらった。まず官庁街はホテルモスクワのシマとして残す。我々は目立ちすぎる。他の五つの区はどれも似た様な土地だから等分にした。ここの内、南部の二区画を三合会のシマ、他の三つをアクシズとコロンビア、イタリアで分けたい。どうだろうか?」
「そんなにいいのか?」
「血を流したのはアクシズと三合会だ。これくらいはしないと。この新たなる領土を本家に献上したら張の株も上がるだろ?世情の説明はデニーギンから。」
「我が国にはまだ海外マフィアというのは少ない。特に首都近郊にはいないと言っていい。故にシマを持てれば大きな利益には繋がるはずだ。」
「これは…本当に勝ち馬だったな。だが、アクシズはそれでいいのか?」
「実質ホテルモスクワとコロンビア、イタリアからみかじめ料を貰う。だから、収益としては文句はない。それと、もう一つ条件を出してる。」
「条件?」
「我々はウラジオストクに支社を出す。」
「ウラジオストク?俺でも知ってるが、あそこらは昔からの地元のマフィア連中がいるはずだ。ホテルモスクワのシマじゃないぞ。」
「そう。彼らのシマじゃない。だが、手打ちの条件はウラジオストクの割譲だ。」
「張さん、我々はアクシズの寛大な対応の代わりに、ウラジオストクを切り取って献上する。幸いに、バラライカを始めとした優秀な人間は残してもらえた。」
「なるほど。なるほど上手い手だ。さすが獅子の子は獅子だな。」
陰鬱な表情のデニーギンとバラライカに反比例して張は笑顔でラムを干していく。
「そして、もう一つ。ロシアでは薬物、人身売買、武器売買は規制しない。もちろん、薬物と武器弾薬をここから持ち出すならウチを通して欲しい。」
「それは…そうか‼︎それでウラジオストクか‼︎やっぱり俺と総司では役者が違ったな‼︎」
やっぱり張は一流の人間だ。ここまで、その先までの見通しがつけられる。冗談のセンスを磨けば非の打ち所がないのに。残念な男前だ。
「で、モスクワの支部では‘薬局’も始める。」
「いいのか?それはアクシズとして。」
「ここは父がみんなと守ってきた街だ。住人に対する責任がある。が、ロシア人がどうなろうと知ったことではない。自国では売らず、植民地では売る。そういう経験が張の国では過去になかったか?」
「なるほどね。本当に怖いな。」
「故事に倣ったまでです。そこで、三合会にはうちに処方箋を売って貰いたい。我々は卸業者や生産元の繋がりがない。張の売上に貢献するよ。」
「十分すぎる見返りだ。逆に感謝する。」
「デニーギン、我々は苛烈な支配者ではない。多くの条件は出したが、ロアナプラではブーゲンビリア貿易は連絡所を置くのも認めた。本土では食うに困らないだけのシマも残している。条件の履行を以て手打ちにする。あぁ上納金は一日でも遅れたら十日毎一割の遅延金を取るのでよろしく。」
「かえすがえす寛大な処遇に感謝を。」
「では、これで会合は以上だ。ルワン、デニーギンとバラライカの送迎を。その配下も一緒に。ブルクドルフとその部下を同行させよう。」
「ブルクドルフでいいのか?」
「大伯父の悲願を叶えてもらおう。」
「なんだ。アクシズからはドイツ人が行くのか?」
「あぁ。彼の大伯父はベルリンで戦ったそうだ。バルバロッサを達成して貰う。」
「そう言う所も似てるのね…本当によくやる。」
こうして戦後処理には目処が立った。だが、まだ仕事は山積していた。
事務所に戻って自分の机に座って、とりあえずタバコに火をつける。アレクは野戦病院にした倉庫の復旧で、メモとレイは街の復旧工事に出ている。オスカーとルワン、キャクストンがいた。一人いないだけで閑散とした感じがする。座ったと同時くらいにルワンに声をかけられた。
「総代になったんだ。総司の席はそこじゃない。」
「そうだな。トーゴーの負傷は軍隊の頃にも見たが、快復しても元の席に座るのは厳しい。」
「そうです。一応の姿勢は重要ですよ。」
「わかった。」
三人の言葉に従って父さんの席に座る。他の椅子と変わらないのに、ここだけ空気の重さが違う様に感じる。
「じゃあ仕事を始めよう。日常への第一歩だ。まずルワンさん。」
「おう‼︎」
「来月中旬、ウラジオストク支社を出します。現地の組合も使いますが、あちらを運営する人間の選定を。管理職はルワンさんの会社から出してください。」
「ざっと一月あるな。そっか…ウラジオストク支社か…親父が聞いたら驚くよ。わかった。経営から人事、経理に至るまでの人間を一揃い集めるよ。」
「ありがとうございます。で、オスカー。ブルクドルフとその部下たちをモスクワ支部に出してる。連絡、取り合ってシマの運営を形にして。あとモスクワではホテルモスクワ、マニサレラ、コーザ・ノストラからみかじめ料を取る。そこら辺もお願いする。」
「承知です。ブーゲンビリア貿易のシマは?」
「あそこら辺は立地がいい。当分、アクシズのシマにする。」
「では、そちらの仕切りも始めます。」
「ありがとう。そして、キャクストン。」
「俺もあるのか?」
「幹部だからね。教官にも働いて貰うよ。」
「もう少し年長者を大切にしたらどうだ?」
キャクストンの言葉にみんなが笑う。アメリカ人の言葉はどこかコミカルに聞こえてしまう。それがいいところでもあるが。
「キャクストンにはロアナプラを離していい、優秀な人間の選抜をお願いしたい。一個分隊くらいかな。」
「どこか出かけるのか?」
「ウラジオストクの警備員として派遣したい。彼らは戦闘要員じゃない。」
「なるほどね。要人警護か?拠点警備か?それで人選も変わってくる。」
「ホテルモスクワも安全の保証はさせる、でも、主に支社を置く港湾エリア、その付近に置くであろう社宅近辺の警備は用意したい。。現地情勢によっては人の警護もあるかも知れない。」
「わかった。人員を考える。占領地域における警備と民間人の護衛と理解していいか?」
「そう思ってくれたら間違い無いよ。大まかにみんなにお願いしたいことそれくらいかな。何か質問はある?」
みんなに伝えたい事を一通り伝達し終えた。マフィアたちが質問してきた様に、みんなからの質問はあるはずだ。最初に口を開いたのはやっぱりルワンだった。
「じゃあ総司、聞きたいことがある。」
「いいよ。なにが聞きたいの?」
「まず死傷者についてだ。死んだ者もいれば障害の残った者、入院治療で済む者もいる。彼らに対しては補償を出すんだろう?」
「雇用契約にその辺は書かれていたはずだと思う。契約書通りに。あとは別で見舞金と…死んだ人間の家族は会社が養うよ。あと葬式については幹部全員出席で。張の所の葬式も同じく。」
「わかった。あとはプレークを通して、住民への補償もだ。随分と家屋や店を壊している。レイたちが復旧出来る所は復旧しているが、壊してしまった分は補償を出さなければならない。これはトーゴーが約束したことなんだ。」
「壊してしまった分は地元建築業者に発注、請求書をアクシズ宛にして貰って。資材はうちの在庫も吐き出せば早い内に復興すると思う。住む場所の無くなった人は…しばらくうちのロッジに住んで貰おう。あとはプレークにもアポイントを。一度、挨拶に行きたい。」
「うん。それで問題ないと思う。辛い所もない。ロシアからの賠償金とうちの収入を考えたら問題ない範囲だろう。」
「ありがとう。」
会話が終わるタイミングでオスカーから質問が飛んできた。
「キャクストンも気になってると思うんですが、今後の海外遠征は。一応だけど、いい稼ぎにはなってると思うんだ。」
「俺も気になっていた。ブルクドルフの支隊をモスクワに出して、支社の警備を一個分隊と仮定したところで一個小隊と少しは残るし入社希望者たちを今もレイが見極めてる。遠からずここの戦力は二個小隊まで戻せる。遊ばせる話はないと考えるが。」
「総司、二人の意見は一致してるからこれも一つの事業にしていいと思う。あまりここに戦力を置きすぎても、行政に睨まれかねない。あぁ行政で思い出したがワトサップにもアポを取ろう。重要な付き合いだ。」
「うーん…実地は必要だよなぁ…わかった。二個小隊まで戦力が戻った時点で一個小隊は外に出しましょう。」
「あと総司、オロホフさんから問い合わせが来てた。折り返してくれると助かるよ。」
「ありがとう、オスカー。キャクストンはそれでいいかな?」
「わかった。戦力と練度の回復に努める。」
「じゃあみんなそれぞれの仕事を。」
「「「応‼︎」」」
オロホフさんに連絡を取ろうと思ったところで一人、思い出した。ご飯を奢ってくれるオッサンのことだ。
『あ、もしもし?総司君?電話、待ってたよ。』
「約束、守ろうと思いまして。」
『あ‼︎守ってくれるんだ‼︎考えるって言うから流されるかなぁと思ってたんだよ。』
「じゃあ無かったことに。」
『いや‼︎それは…』
「冗談です。駐在員ですが…うちで預かりましょう。幸いにドイツ人を始めヨーロッパ系、アメリカ人も多い。目立たないだろう。」
『随分な厚遇だね。なにかあるのかな?』
「元米兵がうちでは訓練教官です。それを助けられる人間がいい。」
『わかった。僕の部下から探そう。』
「じゃ、また連絡を。」
『ありがとう。また。』
どこかダッチの声に似てる気がする。歳近いんだろうか。そんな事を考えつつ、父さんのデスクに挟んであったメモ書きの電話番号を見る。これもアメリカだ。一応、かけてみよう。2コールほど呼び出しがあった後に出てくれた。
『前回よりは少し早いが…トーゴー、こっちは寝るところだったんだ。そっちは夕方だろう?そっちの時間で言う…昼頃にしてくれないか?』
「申し訳ありませんでした。トーゴーの息子の総司です。父が入院しているので代理です。」
『おっと…失礼した。そうか…そちらの騒動は聞いている。お見舞い申し上げる。家族旅行で世話になった彼だろうか?』
「そうです。総司と覚えていただければ。今後もいいお付き合いをお願いできればと思い連絡を。」
『なるほど。就任祝いとは出来ないがよろしくお願いしたい。と言っても退官まであと数年だが。』
「でしたら挨拶がわりの手土産を。おそらくロシア国内の拠点は大使館や領事館だけでしょう。今回の騒動の結果、我々アクシズ、中国人とイタリア人、コロンビア人がロシアに拠点を持つ事になりました。」
『大躍進…と言っていいのかな?』
「流血の果ての結果です。満足とは思っていません。つきましてモスクワの拠点とウラジオストクの支社、その二ヶ所の軒先をお貸ししようと思います。正体を知るのは本社と現地の責任者クラスだけ。どうです?」
『思ってもみない話だ。なにか依頼が?』
「そうですね…名刺代わり…で、どうですか?」
『アクシズの持ち出しが多い名刺だが字義通りに受け取っていいのかな?』
「またお願いをする事があると思います。」
『高い名刺を刷って貰った事を後悔させない様にしよう。退官後は南国に隠居してもいいかもしれない。』
「別荘くらいがいいですよ。ここは暑い。」
『そうか…その方向で行こう。では、そろそろ寝させて貰うよ。』
「よい夢を。」
これで粗方の戦後処理は済んでいるだろう。父さんが人を大切にしていた理由がわかった。