イエローフラッグでの襲撃を撃退し、キャクストンと事務所に戻った頃。ダッチが使っている乾ドックに向かったアンドラスから予想通りの報告が上がってきた。
「総司、アンドラスから報告が来た。やはりと言うか、賊がいた。5名殺害、こちらは被害なし。追跡しているが街の外に向かっているそうだ。」
「ありがとう。上々だろう。こっちで撃退した奴らは?」
「もう街の外に出た。今、ゲールの分隊が帰還中。」
「上出来。ダッチにはまだ連絡つかない?」
「多分、近海にはいない。アレクのところの連中が近場を探してるが、引っ掛かっていない。」
「彼なら上手くやるよ。無事を祈るとする。ありがとう。今日は上がっていい。」
これで今日のところはお開きになるはずだった。だが、悩み顔のキャクストンはデスクから動かない。
「総司、今日まであまりそう言った事については口を出さない様にしてたが、他に人もいない事で、今日は言わせて欲しい。」
「どうした?」
「トーゴーに教育係として抱えられてこの方、色々な事を教えて来た。少し慎重が過ぎたかも知れない。迂遠な言い方になるが、許して欲しい。米軍の交戦規定にはかいつまんで言うと‘自軍、または味方が生命の危機に晒された場合、報復的攻撃を許可する’と言う文言がある。今回のE.Oの襲撃を総司がどう捉えているか分からないが、今回、俺としては指揮官と部下、バオを始めとしたこの街の住民の生命が危機的状況に陥ったと考えている。つまり、米軍の規定では報復が許されると言える。部隊指揮官として報復を進言したい。」
キャクストンは理性的で、いつも正しい事を正しく行って来た。自分に対しても、周りにも。
「そうだね。それはちょっと思ってた。理由を探してたんだ。うちが売られた喧嘩じゃないけど、被害を受けてるからね。E.Oに報復したいって事はプランはあるの?」
「考えはある。」
「聞こう。」
キャクストンの計画はやっぱり理性的だった。海外展開を視野に訓練を積んだ第一中隊でE.Oの各拠点を強襲、無力化を目指すと言うのが骨子だった。分かりやすく、かつ手落ちのない計画。
「で、目的地は?」
「フィリピン支社、カンボジア支社、アメリカ本社の三つを狙うつもりでいる。」
「フィリピンとカンボジアはいいね。入れる。アメリカが難題だね。」
「アメリカはマフィアとしての顔を使いたい。ちょうどいい委託相手がいると思うんだが。」
「なるほど。いいだろうね。じゃあアメリカの件は俺が、フィリピンとカンボジアはキャクストンに任せる。」
「ありがとう。オスカーには話しておいてくれ。第一を緊急招集する。」
「気をつけてね。教官。」
「諒解した。」
キャクストンが出ていくと同時に、呼びつけたハシェクがやってきた。急いで帰って来たと言うのは評価に値する。
「お疲れ様。状況は知ってる?」
「お聞きしています。まさかここまで早い対応をされるとは予想外で…」
「それはあなたの認識の甘さだ。そこで、手落ちをみせたホテルモスクワには仕事を。」
「仕事でありますか?」
「アメリカ支部の人間を使って、E.O本社を襲撃しろ。早々に実行してくれ。」
顔色を変えたハシェクが言葉を返して来た。
「お待ちください。我々はマフィアでアクシズの様な組織ではない。相手は傭兵と聞きます。相手が違う‼︎」
「なんの為にバラライカを生かして返したのか、そもそもホテルモスクワはアクシズ傘下だ。上の指示には従うものだ。それとついでに言っておくが、東京支部の上がりが悪い。このままならうちが管理する。」
「本国と相談を…」
「相談?何を?これは命令です。あ、それと旭日重工との交渉は?うちからも物申したくてね。」
「っ…分かりました。本日夕方、こちらに来る予定です。」
「わかった。じゃあここに連れて来てくれ。では。長旅でお疲れでしょう。このへんで。」
物分かりの悪いイワンが帰ったところで、壁の時計に目をやる。もう直ぐ夜明けだ。
昼過ぎに事務所に出ると、オスカーが書類を捌いている。
「総司にしては思い切りましたね。」
「キャクストンが進言して来た。それに同意した。」
「では、是非もありません。」
「ありがとう。」
ちょっとしたやりとりをしてから友人の連絡先をコールする。
『あ、総司君、久しぶりだね。人選なんだけど年末になりそうなんだ。』
「今日は別件で。マフィアとFBI、国防総省に睨まれるハッカーを知らない?」
『あー…覗き屋がいたよ。よく知ってるね。』
「その絡みで面倒な客がこっちに来てる。どうにかして欲しい。」
『いいよ。うちの人間の受け入れだけでもお釣りが来るからね。』
「そう言う事で。よろしく。」
手際よく面倒事を片付けて、少し心が軽くなる。その後も日々の業務をこなしている内に、西陽が事務所に差し込む。
「総司、コールです。ダッチからです。」
「ありがとう。回して。」
受話器を取ると、さっきも聞いた気がする声が話しかけてくる。
「状況は?」
『なんとか生きてる。神への感謝を口にしちまった。』
「なんとまぁ…ロックの雇用主と交渉するけど参加する?」
『そんな事はいいからビールと、今回の仕事量に色気を要求する。』
「承知した。帰港先は今日のところはうちの港にしてくれ。ハシェクには連絡した?」
『あぁ。同じくアクシズの港に来いって事だった。』
「じゃぁそう言う事で。」
『諒解した。』
西陽が夕日に変わった頃、ハシェクが件の交渉相手を連れて会社のゲートにやって来た。その報告と同時にチャドが事務所に来た。どうやらダッチのラグーン号が到着した。
「ハシェク御一行を港に通しておいて。」
「諒解した。」
「オスカー。交渉に行こうか。」
「諒解です。一個分隊を警備に出します。こちら、キャクストンからのテレックスです。」
「ありがとう。よろしく。」
事務所の窓から見えるラグーン号をん眺めながら、タンクトップの上にアロハを羽織ってワルサーを腰に差す。キャクストンの報告を持って。
港に出るとアザだらけ傷だらけの四人が日暮れの海を背に立っていた。ズタボロとはこう言う事を言うのだろう。
「随分な格好だね。アロハかそうか?」
「ドレスコードの指定は貰ってなかったと思うんだがな。」
「物は?」
「これだ。苦労したぜ。期待させてもらう。」
「いいよ。あと君たちを襲ったE.O社だけど、東南アジアの拠点二つは豪快に炎上中。」
「そりゃ景気のいい話だ。スッとするね。」
「よかった。…で、えーと、そちらさんは?」
振り返ってハシェクと日本人に声をかける。
「こちら旭日重工のミスターカゲヤマです。」
「ミスターカゲヤマ。アクシズ総代、東郷総司です。我々アクシズはスジの通らない事はしない。」
「おや?御社はブーゲンビリア貿易では?」
「ブーゲンビリア貿易?あぁ…うちの子会社だ。今度はそちらがスジを通して貰おう。話は事務所で。オスカー、応接室へご案内を。」
「諒解。お三方、こちらへ。」
オスカーがハシェクとカゲヤマ、その秘書と思しき人物の三人を案内しようとすると、カゲヤマはロックに声をかけた。
「俺はね、もう死んでるんですよ。あんたがそう言った。俺の名は、ロックだ。」
そう言い切ると、カゲヤマと秘書は事務所の建物へと消えていった。
「サラリーマンにしてはやるね。侠気ってやつだね。大切にしな。何かあればアクシズに顔を出しなよ。」
手をヒラヒラさせて事務所へ向かった。
応接室に入ると、ソファーにはハシェクとカゲヤマが座っている。いつも俺が座る場所の後ろにはオスカーが立っていた。
「商談の前に…だ。ハシェク、俺は今、部屋に入って来て疑問に思う。オスカーが立っているのに何故、あんたが座っている?」
「申し訳あ…」
「ではお話を、ミスターカゲヤマ。先ほども名乗らせていただいたが、総代の東郷総司です。以後、お見知り置きを。」
「先ほども疑問に思ったのだが、日本人かな?名前と刺青、顔立ちからして。」
「ここの生まれですよ。父は日本人、母はこの国の人間です。日本に行った事はあるけど。刺青は父のを真似た。」
「なるほど。」
「では、本題を。御社はアジアで少々後ろめたい物を取り扱っている様ですね。そこのチンピラから聞いています。」
「痛いところです。あまり合法的ではない面があるのは認めましょう。」
「そこで提案です。我々は商品の仕入れ、流通のルートをご用意しましょう。こちらの胸先で都合出来る港を持っていて、ある程度‘言い訳’が通用する友人を持っています。」
「それは…おたくは顔の広い様ですな。」
「御社のそのビジネスはうちが請け負う…と言うか通して貰おう。先に手の内を明かします。オロホフ商会と取引がある。そして、ビッグブラザーとも仲良くしている。持っている港はここロアナプラとウラジオストク。御社の合法的な取引相手にも、そこのチンピラを使えば鉄道でもアクセスは出来る。」
「そこまで知っていて請け負うと言う理由が見えませんね。」
「取引だ。御社はハイリスク・ハイリターンだったモノが、ローリスク・ハイリターンに化ける。うちは取引先が増える。表向きは…南米やアフリカなんかの治安の不安定な地域にも出張することがある様だ。うちと警備の契約をしよう。するとうちも潤う。どうだろうか?」
「本当にそれだけ…ですかな?」
「契約と言った。請求が変わるときは前もってお話ししますよ。」
「我々としてはそちらの誠意に期待する他ありません。」
ここに来て誠意ときた。大分、誠意ある対応をしていたつもりだったが。
「ご期待に沿う取引をしましょう。」
「では、今後とも。ところで、御社は何者ですか?」
「知らんのか?ヤクザだ。」