「では入ります。」
その掛け声と同時にサイコロがツボに吸い込まれ、畳に打ち付けられる。
「大友さんからどうぞ。」
「なら丁に賭けようかのう。」
「じゃあ自分は半で。」
この一瞬、えらい緊張するんだなぁ…なんて呑気に構えていた。
「一六の半!!」
勝った。この勝負貰った。そう思ったのは俺の甘さだった。次の瞬間、こめかみに冷たいモノ…もとい銃口が当てられた。
「小沢さんよぉこりゃあ六六で丁ですのう…」
きったねぇ!!ヤクザの風上にも…きったねぇ!!
「一六…ですね。」
「よーく考えて見てみたら正しい目見るんじゃなかろうかのう…」
「大友、こん外道、どこまで…」
「松永さん、ちょっと黙っててください。大友さん、そのリボルバーでもうひと勝負しましょう。ロシアンルーレットでどうです?」
「露助の博打か?どうすんなら。」
「1発だけ装填して弾倉を思いっ切り回す。こめかみに当てて引き金引くだけですよ。出来ませんか?」
微かに大友が動揺したのが分かった。指から突然、命にランクアップ。しかも、大友も巻き込んでときた。だが挑まれた博打から逃げる訳にも行かない。なにせ子分や時森の親分も見ている。
「小沢のッ…」
「やんのかやんねぇのかどっちだオメェはよォッ」
「ッ…やってやろうじゃないの。」
「じゃあ勝った俺から引いてやるからそのチャカ貸しなッ」
1発残して弾倉を回す。拳銃を振って装填。撃鉄を起こして、こめかみに当てる。
「侠気ってもん見せたらァッ」
カチッ…
「ホントに引きよった…」
「壊れちょるッ」
「不発やないんか?」
ざわつく中、大友に拳銃を渡す。
「博徒大友組さんよ、博徒の侠気見して貰おうかい!!」
大友が拳銃を拾いあげた。僅かに手が震えてる。
「おどれイカれとるど…」
「一銭五厘で集められた子どもを飛行機に乗せて特攻に逝かせる。最後の飯を知ってるか?」
「あ?なんの話をしよ…」
「航空弁当って結構贅沢だったんだ。牛しぐれ煮やらクジラの大和煮、竜田揚げ…特攻隊に持たせてたのはおにぎり二個に沢庵が少々…そんなヤツらを何十何百見送った。今さら博徒の一人や二人見送ってもこちとら痛くも痒くもねぇんだコルァッ」
場が静まり返った。まだまだ戦争の記憶が生々しい世代が多いこの空間を、小沢夏樹の記憶で支配した。大友はもう完全に戦意を失っていた。
「勝利…今日は手仕舞いじゃ。この小沢言うの、元海軍らしいの。勝利とは役者が違うわい。」
「オヤジさんッワシはまだ引き金引いとりゃせんどッ」
「引けるんか?なら引いてみぃ。」
大友は引けなかった。
「声を荒げたこと、謝罪します。時森さん、大友さんは博徒の修行するって事でどうでしょう?それまで賭場は時森さんが時森の名前で開く。松永さん、時森さんが認めたら大友さんにスジ通してもらって博徒大友組を揚げる。いい落とし所だと思ってますがどうでしょう?」
「だがのう小沢の…それじゃ大友にヌルくないかのう…?」
「松永さん、いつか国はヤクザを絞め上げる法律を作ります。それは自分らが引退した後かも知れない。その時、大友さんの破壊力を継いだ人間が居たら、少しでも多くの侠客がいれば…ヤクザもまだまだ生きていけると思いませんか?」
「小沢の…おのれはどこまで考えてんなら…」
「うちは小沢の条件飲んでもええ。」
沈黙を破ったのは時森の親分だった。
「時森の親分がそれをよしとしていただけるんなら、村岡組は引き上げさせて貰います。オヤジさんはこの松永が責任持って説得しますけ預からせてつかあさい。」
こうして村岡組と博徒大友組の戦争は回避出来た。大友勝利はこの後、全国で博徒として修行を積み、戦後最大の博徒集団、大友組の組長として名を馳せる事になる。
競輪場の屋台も順調、時々の賭場遊びも上々。最近、村岡のオヤジさんは忙しくしていたようで、久々に面会した。
「小沢氏、大友の息子との諍いは見事に収めてもろうた。松永も感謝せんとのう…」
「へぇ。そこでワシと盃交わしませんかのう。」
「松永さんとの盃なら大歓迎です。喜んで受けさせていただきます。」
コレは僥倖。渡りに船と言わんばかりに快諾した。今後に繋がる盃だ、是非とも欲しい。
「では五分でええですやろ?わしゃあ五分でええんですがの。」
「格はありましょう?四分六にしましょう。松永さんが兄さんです。」
「いやいや…そんな事は…」
「松永、受けたれや。こがいなええ弟分持ってら松永の座布団にも箔がつくわい。あ、そうそう。兄弟分で思い出したがの、広能の出所が決まってそうじゃ。来週辺りにでも呉に帰参となろうのう…」
それからの数日は松永との兄弟盃だったり、競輪場の屋台だったり、博打しに行ってみたりと忙しくしていた。競輪場の屋台だがポテチとフライドポテトを筆頭に軽食類が好評で継続させて貰う事になった。今となって都合、三軒…競艇場に一軒、呉市内の一軒、競輪場に一軒と県内で展開中である。意外と商才ある?
あれやこれやとしている内に帰参して、各所挨拶回りに向かうことになる。呉の駅に降り立って、タバコに火をつける。元々、電子タバコ慣れた身としてはキツかったものの、今となっては美味いなぁと思ってしまう。思い切り吐き出すと、知った声が聞こえた。
「アニキ!!」
「お〜上田じゃーん。久しいな!!」
「時間通りでしたね。オヤジさんの言いつけでお迎え上がりました。どうぞ!」
そう言うと手にした懐中時計を戻す。俺があげたやつだ。嬉しいじゃないの。で、黒塗りの高級車に案内される。追突しないよね?
される側か…なんて思いながら事務所まで上田がキラキラした目で色々聞いてくる。
「アニキ、向こうでも随分暴れよったって話ですのう。戦争になる所、血一滴流さんと収めた聞いてます。オヤジさん随分村岡の親分に感謝された言う話ですけん。」
「あーロシアンルーレットやったんだよ…あの時ばっかは死んだと思ったよ。我ながら無理があったように思う。」
「しかも基本的に笑ってるアニキ、啖呵切った言うやないですか。見たかったですのう…」
「やめろやめろ。痒くなる。」
「しかも、広島の競輪場にコッチ戻ってからも屋台やらせてもろうて。アニキはよう気に入られとるんですわな。」
「いつか俺、それが本業になってるかもな。」
「アニキは博徒のままで頼みます。」
そうこうしてる内に事務所まで来ていた。上田は「自分は相談役に呼ばれとるんです」と言って別れた。随分久し振りの山守組だ。
「オヤジさん、ご無沙汰してます。」
「おうおう。久し振りじゃのう小沢ァ〜」
「オヤジさん、お元気そうで…何よりです。コチラ、お納め願います。稼いできましたんで。」
そう言うと包んだ札束をテーブルに乗せる。
「小沢は律儀じゃのう。ちくと話があってのう…」
金を後ろの金庫に仕舞いながら、重苦しそうに話始める。多分、カシラの事だろう。山守組最大派閥…といえば聞こえがいいものの、早い話半独立勢力の坂井組だ。
「カシラの事ですね。随分大きな勢力になってますね。」
「耳に入っとるか。矢野が抑えてはくれとるんだがの、勝手が過ぎると思わんか?」
「そうですね。少し削ぎたいところですね。カシラに任せてる港湾のスクラップ置場の管理とオヤジさんの友人の持ってる旧軍の燃料タンク跡地、その2件を一時預けていただけませんか?出所する広能のアニキのシノギにしてもらって、様子を見ましょう?」
機嫌は損ねるだろうが、坂井組が会社を興すにキッカケとなる大きな案件を先に潰しておくことで会社設立を回避してやる算段だ。その分、カシラから不評は買いそうだが、少々我慢して貰おう。
「それで坂井が黙るとは思えんがのう…」
「坂井組は大きい。でもまだまだオヤジさんと違って会社になるほど大きいシノギがありません。まだヤクザの領分を出ません。」
「坂井は怒らんか?」
案外、神経細いなぁと思いつつ反論する。
「大丈夫ですよ。カシラもそこまで小さくないですから。」
「いっその事、坂井、ヤってくれんか小沢。」
「オヤジさん、俺はそれ、聞かなかったことにします。誰にも言っちゃいけませんよ。」
「そうか…」
「スクラップ置場の件とタンク跡地の件、自分が話してきます。いいですね?」
「やってみぃ。任せたるけん。」
そうして俺は山守組を出て坂井組に向かった。が、意外な人物に声をかけられる。想定の範囲内であったが、意外ではあった。
「のう小沢。ちょっといいかのう。」
「槇原の兄さん。ご無沙汰でしたね。」
「今、坂井はオヤジさんに狙われるんと思ってホテルを転々としちょる。が、午後の14時以降はここの1204号室におるけん。頼んだど。」
「そりゃどういう事で?」
「オヤジさんに頼まれんかったか?」
そうか。もうそう言う既定路線を作ってたか。おそらくオヤジさんが俺に暗殺を依頼する、場所は槇原が俺に言う、俺はそれを見て坂井を殺りに行くという展開にする腹だったのだろう。少しとぼけてみる。
「スクラップ置場とタンク跡地を自分に一時預けて貰う事になりまして。その話を頼まれました。」
「お、おおそうか。小沢もいよいよ組持つんか。」
あからさまに動揺した。
「いえ。広能のアニキが出所しますんで。少し準備させて貰おうと思いまして。」
「昌三もいい子分もっとるのう。まぁ頑張れや。」
そう言って地図だけ受け取って別れる。俺をアニキの子分呼ばわりしたのは嫌味だろうが、痛くも痒くもない。なにせ出てきたら子分にしてもらうつもりだった。
ホテルのロビーを抜けてエレベーターで12階を目指す。ちょっと落ち着いて考えようと、12階のエレベーターホールで1本吸う。まぁ上手くやるさ。腹を括ってドアをノックする。
「カシラ、小沢です。」
部屋に通されるとベッド一つにカシラが壁にもたれ掛かっていた。他に若い衆が3人。
「小沢ぁ…久し振りじゃのう…さっき事務所に電話あったわい。」
「お久しぶりです。お話は伺っていますか。」
「スクラップ置場寄越せ言う話じゃろう?なかなか考えるわい。」
「広能のアニキにシノギ用意したいんですわ。」
「タンク跡地はどうすんなら。」
「考えがあります。大阪の明石組の舎弟企業にホテルでも建てさせようと。オーシャン観光とか言いましたかね。」
今、明石組と仲良くすることは絶対後に繋がる。表向きはカタギのオーシャン観光だが、元はヤクザだ。ここは明石組に恩を売りたい。
「他所もんを呼び込む言う腹か。そりゃアカンのじゃないかのう…」
「大阪と広島ならそれほど遠くない。仲良くしても悪くないかと。それにコチラにも利はあります。」
「聞こうじゃないの。」
「カシラは海渡の親分に顔が利くと聞いてます。そちらの説得を願います。オーシャン観光にホテルを建てさせ、土地の家賃収入を広能のアニキがハネます。カシラにはホテルの備品やら消耗品、ツテがある様でしたら酒やら食品の納入をお願いします。オヤジさんには建設の人工の口入れを。明石組にはオーシャン観光の売り上げがあります。どうですか?」
しばらくしてカシラは口を開いた。
「よう考えつくのう…わしゃてっきりタマ取りにきた思ってたわい。」
「ありえませんね。カシラ弾くなんて御免です。」
「分かった。腹見せた小沢に免じてしばらくおとなしゅうするわい。」
こうして俺の二度の大勝負に勝った。これで広能のアニキを迎えられる。だが、まだ内紛の気配は消えていない。