布告から一日、キャクストンは日夜、訓練の内容の再考を分隊長たちとしている。その間にきたリップオフからの報告は凄まじい内容だった。ルワンが注文書を束で持っている。
「総司、リップオフに入ってる注文が凄いぞ。ちょっとしたバブルだ。」
「あまり喜べないね。その売り上げはカルナップとタインの命で稼いだ金だよ。」
「そうです。その金は命の代償です。」
「そうだな。軽率な発言だった。」
「シグの分隊が集金に出たって聞いてるけど分隊で一件ずつ回ってるの?」
「いや。リストを持たせて二人一組で回ってる。」
「警備部の人間が二人一組なら大丈夫かな。」
「しかし、子供と言うだけでは情報が足りませんね。」
コーヒーとタバコをひたすら消化しつつ、注文書をまとめているとシグを分隊員が担いで事務所に転がり込んできた。シグは負傷したらしく額にガーゼを当てていた。
「総司、襲撃を受けた‼︎敵は銀髪の十二歳くらいの子供二人、男女の双子だと思われる‼︎喪服を着たルーマニア人だ‼︎」
「そうか…シグ、医務室で手当を受けろ。」
「申し訳ありません…」
「いや、よくやった。十分だ。オスカー、キャクストンを呼んでくれ。」
「諒解です。」
足を引きずるシグを医務室に行かせて、オスカーはキャクストンを呼びにいった。その間に一つ、考えをまとめる。しばらく待っているとオスカーとキャクストンが戻って来た。
「みんな、相手がなんとなくわかった。対策を講じたい。」
「オスカーから聞いた。どうするんだ?」
「まずルワン、手の空いてる人間を使ってローワンの‘取扱商品’から双子のルーマニア人を探せ。ロクな出じゃないだろう。」
「チャウシェスクの子…だな。わかった。何人か連れてローワンのところに行ってくる。」
そう言うとルワンは早速、事務所を出ていった。急ぎである事を理解してくれるのは助かる。
「オスカーとキャクストンには相談がある。」
「なんだ?」
「どうしました?」
「ブルクドルフとレイが連れている外征組を呼び戻そうと思う。」
外に出した連中を呼び戻す…と言った瞬間、二人の顔が固くなる。
「外征組は呼んでもいいだろうが、ブルクドルフは反対だ。」
「なぜです?総司はキャクストンとレイが言いそうな事に対応する為に呼び戻そうと言っているのでは?」
「何を言うと思ってるんだ?」
「キャクストン、殺せと言ったらやれるかい?」
「それは…」
「迷彩服を着て、自動小銃を抱えた少年兵なら躊躇はしないだろ?だが、今回はそうではない。」
「はっきり言って無理です。カルナップとタインには申し訳ないですが、アクシズが子供を殺したとあってはマフィア連中はともかく、街からの印象も良くないですね。」
「街から追い出すか、無力化するかの選択しかない。その為には全力が必要だと思う。それに負けたと思われては癪に触る。」
「…すまない。だが出元は十中八九、ブーゲンビリアだ。ブルクドルフを下げるのは悪手だと思う。」
「外征組は呼び戻しましょう。ブルクドルフは臨戦体制でいいでしょう。」
「それでいい。みんな今日はもういい。一日に二度は襲撃はないだろう。」
話はここで終わりだと言えばいいのに遠回しな物言いをしてしまった。正直、気持ちがささくれているんだと自分でもわかる。
椅子を蹴り飛ばす様に席を立った。
「総司、どこへ行く?」
「飲みに行くだけだ。」
「一人で行くのか?」
「ダメかな?」
「今日は俺も行こう。」
「わかった。行こう。」
オスカーはレイに連絡を取ると言うので、ルワンに言伝を頼んでキャクストンと事務所を出た。
相手が子供ということで、イエローフラッグのドアを開けてカウンターへと進んで座る。
「総司…出歩いてていいのか?」
「バオ、僕だってたまには飲みにくるよ。今日はキャクストンだけだ。」
「俺はビールを。バドワイザーで。」
「僕はシンハーにしよう。」
バオの出してくれた小瓶をぶつける。
「カルナップの冥福に。」
「タインの冥福に。」
犠牲になった二人の名前を呼んで、ビールを喉に流し込む。キャクストンと何を話そうか悩んでいると、レヴィが隣に座って来た。
「へい。総司、今のロアナプラは賞金稼ぎの見本市だぜ?あそこに座ってるのが…」
「レヴィ、アクシズは二個中隊で子供二人を狩り出す。特別に教えといてやる。双子のルーマニア人だ。」
「おい、総司。教えていいのか?」
「いいよ。その程度のことは困らないさ。」
「いいこと聞いた。サンキュー総司‼︎」
嵐の様に去っていくレヴィを横目にビールが空になる。
「バオ、キャプテンをロックで。カットレモンを添えて。キャクストン、どうしても無理?」
「俺も同じものを。戦場で殺すことには抵抗はないんだがな。と言うより、息子が生まれてから少年兵と戦っていない。」
「無理強いしない。今回、僕は二人の子分を殺されてる。総代としては子供の命は欲しいところだね。」
「わかってる。ベトナムでもあったことなんだ。」
「無理ならオスカーに指揮を取らせていい。父親に似て仕事は仕事で割り切れる。」
「総司、ヤクザと言うのは職業ではないだろう?生き方じゃないのか?少なくともトーゴーや大友組長はそうだったはずだ。」
「キャクストンに言われるとは思わなかった。意外だよ。」
「俺だってアクシズの人間だ。しかも若頭補佐なんて肩書きもある。理解しようと必死なのさ。」
カットレモンをキャプテンに絞りつつ、丸氷を指でつつく。
「極力、考慮する。」
沈黙していると、ルワンとオスカーがカウンターに座る。二人はシンハーを頼んで飲み始める。アクシズのトップ四人がカウンターに揃うと、何故かみんな距離を取る様に離れてゆく。
「総司、素性が割れた。スナッフビデオに当たりがあった。シグにも確認をとってある。」
「双子はヘンゼルとグレーテルと呼ばれています。変態御用達のビデオについていたタイトルです。胸糞悪いことこの上ない。」
「レイとブルクドルフは?」
「ブルクドルフは怒り狂っています。今にも出撃しそうな勢いでした。レイは明後日…もう明日ですね。夜中に帰って来ます。」
「作戦は明後日からだな。占領街区での要人確保か。」
「総司、殺さない方向でまとまったのか?」
「いや。迷っている。」
四人で沈黙しながらグラスと瓶を傾ける。憂鬱な酒になってしまった。
「カルナップは直情的だったけど仕事は出来たね。ドイツ人らしく堅物だったけど。」
「タインは元々港湾職員で入社して来た。少々悪ノリするところはあったが向上心のあるいい奴だった。」
「キャクストン、オスカー、どう飲み込んだらいい?」
「総司に提案があります。」
「オスカーの提案は無駄がない。聞くよ。」
「双子は腐った大人のせいで真っ当に生きることが出来ませんでした。真っ当な世界とは言えませんが…せめて我々くらいまで連れ戻す救出作戦としたらどうでしょう?」
「なるほど。言い方だね。」
「総司、俺はオスカーの提案に乗りたい。」
詭弁とも取れるオスカーの見解にキャクストンが賛同する。キャクストンは子供の殺傷に忌避感が強い。
「父さんはファンさんに手を出した少年二人の指を切り落とせと言った。双子はカルナップとタインを死に追いやって、シグを負傷させる力を持ってる。ただの子供とは言えないよね。」
「その時まで悩んだらいいんじゃないか?俺は総司が悩んだ結果、出した結論をバザーク・ルワンは尊重する。」
「そうですね。」
「それもそうだな。」
翌朝、久しぶりの二日酔いに出会うくらいには飲み散らしたらしい。朝起きると自分の体が酒臭く、カーテと來斗にこの上ない程に渋い顔をされた。
頭蓋骨にヒビが入ったか、脳みそにガラス片でも刺さっているであろうと感じられる頭を抱えて事務所に入ると似た様な人間が三人いた。
「おはよう、みんな。今日は静かに過ごそう。大声は控えようね。」
「あぁ。同意する。」
「そうですね。」
「そうだな…プレデターかターミネーターでも来ない限り俺も静かにしてる。」
「ルワン、張にアポ取ってくれる?」
「わかった。用件は?」
「重要な話がある…とだけ。」
「わかった。」
午前中はいつもと比べて妙に静かな事務所でいつも通りに書類を片付けた。いや。傷病申請は時々あるが葬式の手配と、見舞金の決済は珍しい。というか、ほぼ無いと言っていい。正直、あまり目にしたく無い書類だ。
「見たくは無いが…避けられないな。」
「総司、張が来た。応接室だ。」
「ありがとう、ルワン。」
「あと、濃いコーヒーお願い。」
「あぁ持っていく。」
相変わらず痛みの引かない頭を抱えながら応接室に行くと、張がすでにコーヒーを啜っていた。
「昨日は随分盛り上がっていたらしいな。呼ばれたかったよ。」
「これがその結果だ。頭が割れる5秒前って感じだね。」
「で、デリケートな話ってのは?」
「今回の犯人についてだ。」
「ほう?子供で、双子のルーマニア人だってのは聞いているぞ?そんな周回遅れの話をする為に呼んだんじゃないだろう?」
「銀髪、喪服を着ている。十二歳前後で男女だ。出元はほぼ確定でブーゲンビリア。名前はヘンゼルとグレーテル。」
「名前まで分かっているのか?」
ルワンが用意してくれたコーヒーで口を湿らせて続ける。
「ルワンたちがローワンの‘取扱商品’から見つけた。ヘンゼルとグレーテルは商品タイトルだよ。」
「それはそれは。ローワンも可哀想に。どうせ港湾の屈強な連中を連れて行ったのだろう?」
「そんな連中がスナッフビデオとキッズポルノを片端から見て行った訳だ。聞く所によると、ローワンの座り込んだ床には水たまりがあったらしい。」
「哀れな男だ。それで?アクシズはどう動く?」
「狩り出す。子分を取られたままではメンツが立たない。」
「わかった。今回も協力しよう。なにかいい役回りを期待する。」
「ありがとう。」
「じゃ、俺も祭りに参加する用意をしに帰るよ。」
「祭り?」
「なんだ知らないのか?もう街は殺し屋で溢れかえっているぞ?」
「銭ゲバども…」
「なにせワトサップたちもいるくらいだ。‘お巡りにも賞金は出るんだろ?’ってな。」
「汚い豚だな。」
「違いない‼︎」
「大声出すなって…」
二日酔いで弱っているところを散々、いじられた後、張は帰って行った。