各所から聞こえる銃声が徐々に近づいてるのがわかる。誘引に成功したんだろう。予定通りのルートで来ていると言うことか。フィルターまで吸ったタバコを踏み消すとキャクストンから無線が入る。
『総司、再捕捉したがパッケージはトマホーク持ち一人だ。』
「そう…まぁいいよ。作戦続行。状況を進めて。」
『諒解した。もう直ぐレイの分隊が広場に追い込む。』
「負傷者は?」
『今のところ双方に負傷した形跡はない。』
「ならいいよ。最後まで気を抜かないように。」
わずかに残ったボルヴィックを飲み切ると、足元に並べた空のボトルに追加する。朝日が眩しい。サングラスを持ってくるんだった。
しばらくして銃声が止んだ。つまりはもう追い込みが完了したんだろう。タバコをもう一本…と思ったが空だった。新しく封を切って火をつける。
「おい、いるんだろう?出て来なよ。」
「気づいてたんだ…鋭いね。追いかけっこしてたのに一人も殺せなかったよ。おじさんの部下も優秀だね。」
木陰から出て来たのは喪服を着た、銀髪の少年だった。
「おじさんか…傷つくな。」
「折角だから何かお話でもする?僕らが戦ったあの男の話とか。左腕を切り落として、普通なら意識を失うところだけどずっと撃ち返して来たよ。最後まで総司に伝えてくれって、叫んでた。ずーっとね。」
「そうか。カルナップは結局、死んだよ。」
「冷たいなぁ…でもね、おじさんも直にあの男に会えるよ。時間がないのが残念だけど。」
「まず、そのおじさんってのはやめようか。総司だ、東郷総司。そして時間ならあるさ。」
背中から抜いたトマホークの刃に朝日が反射する。幼い子供がトマホークを振り回すなんて…お兄さん悲しいよ。
「ガキンチョには悪いけど、ここで終わりなんだよ。なぁ、とりあえず謝ろうか。悪い事をしたら謝らなきゃいけないんだ。俺も時々、会社でやるんだが、謝る時は膝をついて頭を下げるんだ。とりあえずそこに跪こうか。」
「ふふふん…そんなこと言って。」
「跪けよ。」
言うが早いか屋上から発砲音と同時に、少年の右足があらぬ方向に折れ曲がり倒れ込む。子供に当たるとゴム弾でも凄まじい威力となる。
「ふぅっ…くぅうっ…」
トマホークを左手で振り上げた瞬間、再び発砲音が響く。トマホークが吹き飛ばされた。
「痛いだろう。ゴム弾はな、一回喰らうと二日三日は熱が引かない。しかもすげぇ痛い。」
「ふっ…ふう…くうっ…」
「少し考えたら分かっただろうに。自分が狩場に飛び込んだって。お前は簡単なこともわからないまま、ここで終わるんだ。」
そう言いながら腰に差して来たP38を抜いてスライドを引く。
『総司、待て。何する気だ‼︎』
無線からキャクストンが喚く声が聞こえる。
「ふふっ…おかしいや。何…言ってるの?僕は死なない。死なないんだ。こんなにも人を殺して来たんだ。一杯いっぱいイッパイ…殺して来てる。僕らはそれだけ生きることが出来る…命を増やせるの。僕たちはネバーダイ…永遠なんだ。」
「そうか…そう言う宗教か。新しいな。流行りそうな思想だ。それならカルナップはまだ生きていたはずだ。優秀な軍人だったからな。と言うことは、正解は命は一つ。Q.E.Dってな。どっかで聞いた歌にもそんな歌詞があったな。さて、お前の処遇だが…ハチミツ塗って通りに放置するとか、手酷く責め抜いて殺してもいい。失った部下たちと負傷した奴のことを考えたら…腹が収まるわけがない。」
手にしたP38を照星を少年の額に合わせたまま立ち上がり、近付いて少年の額に銃口を当てる。自分の死に直面したからか、足の痛みからか泣いていた。
「うっぐ…へっぐ…ふっ…」
「なぁ、お前、名前は?」
「知らない…へっ…うっ…ぐ…」
「死にたいか?」
「わからっ…ない…」
「そっか。」
安全装置を外して引き金に指をかける。無線から相変わらずキャクストンが叫ぶ声がうるさい。そこに突然混じったレイにの声に人差し指が止まった。
『総司、ここで引き金を引けば戻れなくなるぞ。』
「どこに戻るってんだよ。カルナップは、タインは死んだぞ。」
『ルワンが言っていた。‘ヤクザは弱きを助け強気を挫く’と。だから俺はアクシズに来たんだ。』
「兵隊より強い子供が弱いはずがない。」
『今、総司の前で泣いている子は弱き者じゃないのか⁉︎』
「まだ…もう一本トマホークがある。」
『トーゴーは‘上に立つものは理想を語らねばならん’って言っていた。俺たちがいても総司は綺麗事を言えないのか‼︎』
「それはズルいな…」
『まだ学ぶことがあったな。大人はズルいんだ。』
もう一度少年を見やる。涙を流す少年は、年相応に見える。
「誰かが少し優しければ、誰かに少し余裕があれば、お前はここには来なかったんだろう。18年前、俺は拾われたんだ。それから俺は色んな人に愛されて来た。お前は、拾われなかった俺なんだな。」
少年の額に当てた銃を下げて、前に座る。自分の頬に涙が流れるのがわかる。
「泣くなバカもん。」
一頻り泣いた少年の涙を袖で拭いてやる。綺麗な顔して随分、凶悪な事をしてくれたもんだ。
「どこに行くつもりだったんだ?」
「わからない…姉様が逃し屋を探すはずだったんだ。」
「そうか…雇い主殺してるんだもんな。お前はどうする?」
「わからないよ。誰かが買ってくれたらその人のところに行く。」
人買いから人買いへ流れる孤児。虫唾が走るというのはこう言う気分か。本当に嫌になる。この子を見ていたら過去の自分を思い出す。深く考えず口走ってしまった。
「お前、家に来るか?」
「おじさんが買ってくれるの?」
「いや…俺の子になるか?って事だな。」
「どうして?」
「お前を育てて一人前にする。カルナップやタインが社会に貢献するはずだった分の役回りをお前に任せる。人の何倍も努力して、何倍も社会に貢献するんだ。そうすれば…少しは報われるだろうさ。」
「何を言ってるの?」
「わからないか…そうだよな。みんなに俺は愛されて来た。次は俺がお前を愛そう。世の中、そう捨てたもんじゃないんだ。」
「いいの?」
「どうせウンコの世の中だ。少しくらい偽善があってもいいだろう。」
「おじさん、は何?」
「聞いてないのか?ヤクザだ。」
こうしてロアナプラを震撼させた日々は終わりを迎えた。最後の言葉が震えてなかったと信じたい。
全員を撤収させて完全に陽が昇った頃、ヘンゼルと呼ばれていた子供を背負って家に帰った。なんてカーテに説明したものかと悩みながら家に入る。
「カーテ少しいい?」
「わかってる。その子でしょう?」
「孤児なんだ。」
「ようこそ。あたしはカーテ・フォン・東郷。あなたは?」
「名前…ないんだ。」
「そう…ならあたしがつけてあげるわ。あなたは今日からヴァルター・東郷ね。」
カーテが少年、もといヴァルターの頭を撫でる。ヴァルターと言うのはいつも持っているP38からきたんだろうか。それでも受け入れてくれた事に安心する。
「カーテ、ありがとう。」
「自分と被ったのね。」
「まぁ…そう言う事だね。」
ヴァルターをソファーに座らせて、膝に薬を塗って湿布を貼ってやる。
「おじさん、家族がいたんだ。」
「お父さん…な。今は上にいるが、6歳の子もいる。來斗ってんだ。ヴァルターの弟だな。」
「僕に弟?姉様は?」
「どこにいるかわからない。とりあえず、足の腫れと熱が引くまで休んどくんだな。」
少し心が痛む。ヤクザなんて生き方をした事に嫌気がさす。
ヴァルターをカーテに任せて、事務所に戻るともう夕方に差し掛かっていた。会社はいつものローテに戻っている。日常に戻った…と言う事だろう。簡易キッチンに寄るとキャクストンに声をかけられる。
「どうだった?」
「大丈夫だよ。」
「ワルサーを抜いた時は疑った。トリガーに指をかけっぱなしだった。」
「もう少し信じてくれてもいいんじゃない?」
「あぁ。自分を恥じたよ。」
あらかじめ長引いた時のことを想定して、書類を片付けていたためにデスクはさっぱりしていた。ポットのコーヒーをステンレスのカップに注いでデスクに座るとルワンから報告を受ける。
「張から電話が来てたぞ。デリケートな話だそうだ。」
「分かった。応接室からかけるよ。」
「頼んだ。」
「それとデニーギンを呼びつけてくれ。今回の不始末について話がしたい。」
「連絡しておく。」
カップを持って応接室に入って、座る。タバコに火をつけてコールする。
「張、悪いね。ちょっと家に帰ってたんだ。」
『聞いてる。子供を引き取ったらしいな。』
「あまり突っ込まないでくれ。事情ってもんがあるんだ。」
『まぁいい。仕事を請け負ったのはラグーンとエルロイだ。』
「それで?ラグーンは金で靡くとは思えないけど。」
『エルロイだよ。息子が癌なんだそうだ。50万で引退、それと本家の伝で病院を紹介した。日本の浪速大学にその手の若き権威者がいるって話だ。』
「そう。こっちで払おう。」
『いやいいさ。うちの連中の仇だ。』
「わかった。何かで返すよ。」
『律儀なことだ。期待しておく。』
受話器を置いて灰皿に目をやると、タバコの火は消えていた。本当にクソな世の中だ。
翌日、呼びつけられたデニーギンが事務所に来た。オスカーとシグを連れて、応接室に入る。いいスーツを着た紳士が待っていた。どうにも気分がささくれる。
「総司、今回のことは我々は何も…」
「知らねぇで済まされると思ってんのか‼︎」
襟首を掴んで引き上げて覗き込むと、その目に恐怖が浮かぶのがわかる。
「本当に知らなかったんだ…っ」
「子分の不始末は親分の責任だ。お前が責任をとれ。」
「もちろんです。この不始末は必ず…」
「オスカー、シグ。左手出して押さえつけろ。」
「諒解です。」
「わかりました。」
左手がテーブルに出された状態でデニーギンが押さえつけられる。
「いっ…いったい何をするんです?」
「そう怯えるな。ヤクザは責任を取る時、指を詰める。それだけだ。」
「そっ…そんなバカな話がっ…」
デニーギンに構うことなくワイヤーカッターを取り出すと、小指を挟んで切り落とす。どこから出したのか不思議な叫び声を上げるデニーギンに話しかけながら、薬指をカッターで挟む。
「うるせぇぞ。上納金が遅れたら困るのはこっちだ。シマはそのままにしてやるよっと。」
薬指も飛ばす。相変わらず謎の叫び声をあげている。ロシア語だろう。言いたいことは英語で言え。意味がわからん。中指を挟んで言葉を続ける。
「そう言えば東京支部の上がりが悪い。うちで調整に行くからなっと。」
中指が飛んだ。もう何かしらの言語を発しているのかすらもわからない。だが、止めることなく人差し指を挟み込む。
「それとお前は引退だ。お前の下にいた…スミルノフが跡目だっと。」
人差し指を飛ばすとデニーギンは気絶した。
「オスカー、シグ。掃除しておいてくれ。この白豚は…ウラジオストクの路地にでも捨てておけ。」
「諒解しました。出荷しておきます。」
後日、ホテルモスクワはデニーギンが行方不明になった為にミハイル・スミルノフに代替わりをした。余談だが、このスミルノフと言う男、オロホフさんの幼馴染と言うことだった。