ロアナプラを震撼させた日々からしばらく。平穏な日々を送っていた。喪服のままでは目立つので服を買ってくれ…とカーテに頼んでいたら、何故かカーゴとアロハを着たヴァルターが家にいた。
「どうしてこうなった…」
「どうしてって…僕はどう言う服を着たらいいかわからないからおじ…お父さんの真似をしただけだよ。」
「うん…仕方ない。じゃあ俺が拾ってくれた人に教わったことを教えて行こう。日本には働からざるもの食うべからず…と言う言葉がある。子供の仕事は勉強だ。」
「へぇ…面白い考え方だね。」
「そうだろう?戸籍の問題があるから学校に行けないので先生をつけてやろう。英語はそれなりだからルワン、数学はオスカー、社会常識は俺と一緒に学べばいい。筆記だけじゃつまらないだろうから、キャクストンに体育の授業をお願いしようか。」
「分かったよ。えーと…」
「なにかして貰ったら‘ありがとう’って言うんだ。」
自分が受けた恩は忘れるなと言っていた父さんの教えは、こう言うことだろうか?
受けた恩を誰かに返せと。迎えが来たとカーテが知らせてくれたので出勤する支度をする。ヴァルターを連れて事務所へ向かった。
事務所に入ると、既にみんなが出勤していた。何故かルワンとキャクストンは笑いを堪えていた。とりあえず空いているデスクにヴァルターを座らせると、遂に二人は吹き出した。
「言いたいことは言ってくれると嬉しいんだけど?」
「だって、だってなぁキャクストンなぁ?」
「あぁ。これはリトル・トーゴーの再来だなぁ?」
「噂には聞いています。昔の総司はこんな感じでしたね。」
「お父さんも?」
「いいかヴァルター。その服装はな先代の総司の父親、トーゴーがしてた格好なんだ。パトロールキャップを被ればもうトーゴーだ。」
ルワンの半笑いの言葉に、そう言えば父さんはいつも米軍のキャップを被っていた事を思い出した。
「それはそれとして、ルワンには英語、オスカーには数学、キャクストンには体育を教えて貰いたい。」
「それじゃ本当に総司と同じだな。」
「ルワン、学校に行かせられないんだ。仕方ないだろう?」
「そうだ。大友組長から手紙だ。」
ルワンから渡されたエアメールを封切ると、いつもの癖のある字がそこにあった。
「そう言えばそろそろ大友組長の引退時期じゃないのか?」
「キャクストンの言う通り。大友組長から日程の通知だ。」
「そうか。手配は間に合いそうか?」
「もう既に頼んであるよ。準備してある。」
「俺とルワン、キャクストンとオスカーで行こう。父さんは…聞いてみよう。」
と、言ったところでヴァルターを見やる。どうしようか…。
「また日本か。懐かしい…」
「キャクストンとルワンは一度行っているんですよね。」
「トーゴーは随分ベースボールに入れ揚げていたな。」
「父さんはこだわりが強いからね。」
そう言いながら、デスクから四通のパスポートが出てくる。アメリカの友人から送られてきたモノだ。
「ところでヴァルターはどうするんだ?」
「ルワン、連れて行こうと思う…少し友人に無理を言ってみよう」
「世界を知ると言う点ではいい事じゃないか?継承式では世話になったし、トーゴーの義兄弟だ。大友組長の引退式…さぞ立派だろう。」
「私は日本に行った事がないので楽しみです。」
そうして再びアクシズの日本旅行となった。
ちなみに、ヴァルターはキャクストンの体育は熱心らしい。ナイフを使った近接戦闘はかなりのものと聞く。キャクストンに体育というものが何かを問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
フィリピンの米軍基地から飛ぶ事数時間、岩国の米軍基地に降り立った我々は、友人の用意してくれたキャデラックに乗り込んで広島市内を目指した。ヴァルターは外の世界が新鮮らしく、年相応にキャッキャしている。そう言えばまだ11歳だった。怖い怖い。というか、アメリカ人は本当にキャデラックが好きなんだな。ちなみに運転手はオスカー、ナビはキャクストンだ。
「博徒大友組って場所はわかってるのか?」
「あぁ。そこの地図をキャクストンに渡してくれ。ここからのルートが書いてある。」
そう言われて助手席のキャクストンが地図を開く。わさわさと広げた地図を睨みつつ、右だの左だの間違えただのと言いながら旅路は始まる。
地図を道の通りに走ると、絵に書いたような日本の豪邸の前にたどり着いた。監視カメラがワンサカとついている。
「ルワン、これがそうか?地図通りにナビはしたんだが…住所に間違いは?」
「いやあってるはずだ。さっきのが広島駅だからあってる。門の横に漢字が書いてるだろう?あれは博徒大友組って読むんだ。ヴァルター、あれは日本の漢字という文字だ。」
「見たことはあるよ。チャイニーズタウンも同じ字があったよね。」
「よく見ているな。元々は中国の字なんだ。」
「ふーん…面白いね。」
「俺は少しわかるから教えよう。難しい事は総司に聞くといい。」
「わかった‼︎」
どうしたもんかと思っているとキャクストンから声をかけられる。
「総司、車はどこに?」
「ちょっと聞いてくるよ。」
車から降りて門を潜って、インターフォンを鳴らす。すると、中から若者が出てきた。
「どちらさんで?」
「タイから来ました。大友組長の…甥になるんでしょうか?」
「オヤジの…?ちくと待ってつかあさい。確認とりますけん。」
「車を停めたいんだけど、それは…」
「うちの前の駐車場使うてつかい。1から4は来客用ですけん。」
「ありがとう。」
オスカーに車を停めて貰い、五人で玄関で待つとさっきとは違う、少し俺より年上の着流しを着た男が来た。どことなく知った顔だった。果たしてそれは正しかった。
「博徒大友組組長代行、大友勝利が長子、大友勝紀言います。そちらさんは。」
「ロアナプラ、アクシズ総代、東郷総司。小沢夏樹の子です。」
「お待ちしとったがです。聞いとります。親父は離れにおりますけ。こちらへ。」
雪駄のペタペタと言う足取りについて、日本庭園を眺めつつ離れに向かうと縁側から上がる。
「オヤジ、お客人ですけ。ロアナプ…」
「総司‼︎よう来た。上がらんかい。」
電光石火とはこの事を言うのか、障子が目も止まらぬ速さで開く。なんかデジャヴだ。病室のドアを思い出す。
五人で畳の上に座ると、大友親分がお茶と菓子を出してくれる。
「ほうじ茶ともみじ饅頭じゃ。美味いど。」
「いただきます。」
「この饅頭、いけるぞ。ほうじ茶も美味い。ロアナプラじゃお目にかかれないな。ルワン、取り寄せよう。」
「日本の菓子は上品ですね。父がアンコにこだわるのも分かります。」
「総司、この茶も送ってもらおう。茶葉ならいけるだろ?」
「へぇ…初めて食べたよ。美味しいね‼︎」
四人とも気に入ったらしい。確かにこれは美味い。緑茶じゃないところがいい。大友組長は服装といい、食べ物といいセンスがいい。
「大友組長、招待状ありがとうございます。御引退されるのですか?」
「そう畏まった話し方するない。夏樹が引退した。ワシも頃合いじゃろう。アレが死んどったなら死ぬまで渡世におったろうの。巡り合わせじゃ。そん子供は…拾った言うんじゃなかろうの?」
「ご明察。その通りです。」
「そこも似ちゅうんか。」
「そう言えば、父は先に行くと言っていたのですが…」
「肝のちんまい奴よの。昨日までおったわい。」
「なるほど。父らしいですね。で、式場はどちらで?」
「明後日じゃ。今日は行くところがあるけんの。ちと顔貸せや。」
そう言って若いのを呼びつけて、家の正面に車を回す。
しばらく走って、掃除用品とビールと日本酒、花と線香を買うと更に車を走らせ寺に着いた。車に運転手を残して、買ったものを持って歩き始める。
「どちらへ行かれるんで?」
「墓じゃ。こんなに話したろう。ついて来。」
しばらく、何かのテレビでみた墓石が並ぶ中を歩いてゆく。
「総司、こりゃなんだ?」
「これは墓だよ。日本はこう言う墓を建てるんだ。アメリカは色々あるみたいだけど。」
「どちらかと言えばアーリントンみたいだな。」
「日本人は無宗教に見えて信心深いですね。」
「俺たちとは違う何かを見てるんだろう。いい民族だ。」
少し坂を上がったところで、大友組長が歩みを止めた。
「ここじゃ。読めるか?」
「上田家…墓?」
「‘うえだけのはか’じゃ。上田透、こんなのオヤジの弟分じゃ。手合わせとき。」
掃除と草むしりを手早く終えて、酒とビールを備えて花を活ける。
「上田よぅ。おどれの兄貴はこがな子分抱えて南の国でまた組持ってたんど。色々あったがの、面出させよったんじゃ。天上から見とくんじゃの。」
そう言って花の包みを敷いた上に座ってビールを飲み始める。
「おう。こんならも飲まんかい。ビールは温くなったら馬の小便ぞ。」
「みんな、飲もう。大友組長の誘いだ。」
「待て総司‼︎ここで飲むのか?」
「いくらなんでも…ここは墓地ですよ?」
「日本人は不思議だな…」
三人は墓で飲む事に抵抗があるらしい。確かに、こんなところで飲んでいいものか。ヴァルターはもみじ饅頭を抱えて笑顔になっている。
「おう。どうしたんなら飲まんのかい。」
「彼らは墓で飲む事に抵抗があるようです。」
「ほうか。ほうなら言ったれ。トーゴーはここで飲んでたちゅうてな。」
「分かりました。いただきましょう。みんな、父さんはここで飲んでたそうだ。」
「トーゴーが?やっぱり突拍子もない奴だ。」
そう言ってキャクストンが飲み始めたのを見て、二人も続く。しばらくの雑談の後、大友組長は呟き始める。
「上田はの、夏樹といつも一緒におった。夏樹に憧れとったんじゃろう。」
「そうですか…弟分って事は父より若いのでは?何があったので?」
「ん。殺されたんじゃ。親と兄弟、どっちに義理立てるのか。その中で死んでいった奴らがえっとおった。そう言う時代じゃった。」
大友組長の横顔はどこか悲しく、寂しそうな表情だった。