励みになります。
後遺症なのか、なんなのかずっと体がだるく、咳が出ます。本当に体調管理、気をつけましょう。
香砂会本家と呼ばれる邸宅は、今回の作戦行動が始まってから機動隊により警備という名の監視を受けていた。
「日も暮れ始めた。ここはポイントを一つ捨てる事を前提に狙撃を仕掛けよう。」
「軍曹、放棄しても支障ないポイントはどこか?」
「ポイント5ですが、選抜射手の限界点であります。ここであれば放棄しても惜しくはないと考えます。」
そう言うと軍曹は卓上に広げられた地図に書き込んでゆく。
「日本のヤクザの手法に倣って、香砂会の本家に銃撃を仕掛ける。これまでは事務所を狙ってきたが、今回狙う本家には香砂政巳の家族も住んでいる。威嚇やら圧力をかけると言う点で有効な手段だろう。」
「なるほど。それで本家から避難するところを狙うという事か。」
「そういう事ですね。監視はホテルモスクワが続けていたのでは?」
「我々は今も監視を続けています。状況は逐一大尉に報告を。」
「定時で報告が来てるわ。何か動きがあればその場で報告があるはずよ。」
「よし。では、銃撃を1900時に決行。狙撃ポイントは放棄して撤収。証拠は残さなくていいよ。2100時に六本木のクラブで会おう。」
「諒解。そのように指示するわ。」
バラライカたちが自前の拠点に戻った頃、時間を確認してもまだ夕方だった。
「キャクストン、ゲールたちは?」
「それぞれホテルに分散している。」
「なるほど。じゃあ我々は食事と行こうか。」
「どこかアテがあるのですか?」
「ちょっと行きたい店があってね。」
冬の東京でアロハという訳にはいかないので黒いワイシャツにカーゴ、半長靴にトレンチコートを着て東京の街に繰り出した。なお、案の定というか何と言うか、ヴァルターは同じ格好をしていた。
「どこへ行くのですか?」
「キャクストンは前回の日本で経験している。牛丼という料理を食べに行く。」
「牛丼は日本の料理?」
「ヴァルターは見た事ないか。ライスに煮込んだ薄切りの肉を乗せた料理だ。俺もトーゴーに連れられて行ったが衝撃だった。」
「キャクストンが衝撃を受けるというのも珍しい話ですね。」
「まぁ食えば分かるさ。キャクストンの焦り様は忘れないよ。」
「オスカーも焦るさ。」
そんな雑談を交わしながら山手線に乗って、坂東の指定した店の近くにあるその店の前に立つ。オレンジ色の看板にコの字型のカウンター、この店だ。四人で入った為にカウンターではなく、テーブル席に通された。席に着くと熱い緑茶が提供される。同時に、父さんに教わっていたセットを注文する。
「このお茶はいくらです?緑茶はロアナプラは高級品ですからね。」
「オスカー、聞いて驚くな。この店では緑茶がタダなんだ。しかも、何杯飲んでもいい。」
「騙そうと思っても無駄です。そんな話があるはずありません。」
「それがタダなんだ。俺の驚いた点その1だな。」
「お父さんがさっきお店の人に言ってた呪文みたいなのは何?」
「あれは店の人に注文してたんだ。‘牛丼ネギ汁だく大盛り生卵とごぼうサラダ、味噌汁を四つ。一つは並で。’と言ったんだ。」
「ふーん…まだ日本語はわからないや。」
「少しずつ覚えたらいいのです。ヴァルターにはまだまだ時間があります。」
そうこうしていると、全員の前に料理が揃う。僕とキャクストンは慣れた手つきで卵を丼に落とす。
「待ってください…まさか…」
「そのまさかだ。これをチャッと混ぜて食べるんだ。」
「ねぇ、生卵って食べれるの?」
「聞いて驚け。日本では食えるんだ。そして、美味い。驚いた点その2だ。」
オスカーとヴァルターも我々に倣って、卵を落として食べ始める。二人の驚いた顔と言ったら…この二人の笑顔、カーテにも見せたかった。ロアナプラにもこの店、来てくれないかな。
早い、美味い、安い。日本の豊かさが羨ましい。
ヴァルターに箸の使い方を教えてやらねばならないと言う課題を抱えて、指定されたクラブへと向かった。事前に伝えていた為にヴァルターも問題なく入れた。やはりと言うかうるさい。
こちらが客であると言う事で坂東を始めとした鷲峰組の面々は揃っていたが、バラライカやレヴィ、ロックも既にいたのは驚いた。指定時間の30分前というのに揃っていた。
「申し訳ありません。お待たせしましたか?」
「いや、こちらが早く来てただけや。気にせんといて下さい。」
「ありがとうございます。では、報告を始めます。」
座って、ビールが出た所で話を始める。座ると同時にバラライカが狙撃に成功している旨を耳打ちしてくれた。ここまでの襲撃とその成果、現状の警察と香砂会の反応などを坂東に報告する。
「流石の手際ですわ。で、この先も継続されるんで?このままいけば流石に気付くでしょうが。」
「まだ喜ぶには早いです。身代の大きさからまだまだ不十分です。なので、そろそろ状況を転回させたいと考えています。その手始めに、1時間と少し前に我々は香砂会本家への銃撃を成功させています。」
「なるほど。来る道すがら、耳にしたニュースで聞いとりますわ。転回と言われますと?」
「我々はそろそろ状況の収束に向けた行動に入ります。」
「話が…見えてきませんな。」
渋い顔で坂東が睨んでくる。この後に及んでこの程度で収めたいとか言うんじゃないだろうな。
「当初、説明した通りです。どこの組織も変わらない。いわゆる斬首作戦です。」
「斬首作戦?」
「そう。香砂政巳とその周辺の排除、殺害と受け取っていただいていいでしょう。」
「周辺とはどう受け取ったら?」
「バラライカ、現在の標的の所在地は?」
「香砂政巳、その妻と娘は本家から出てきていないわ。」
ここまで言えば鷲峰の連中も理解してくれた。顔色が変わるのがこちらにも伝わった。口を開いたのは吉田と坂東、ほぼ同時だった。
「カシラッッ…」
「アカン。水を差して悪いが、それだけはアカン。」
坂東の言葉を聞いてタバコに火をつける。雲行きが怪しい。ここにきて我々の行動に意見されても困る。
「どう言う事でしょうか?」
「お宅らに求めたんは香砂会からの圧力を緩めるようにする、そんな‘ケンカ’や。」
「ほう…ケンカ。」
「適度に暴れてくれたら口八丁で手打ちに持ち込める。拗らせすぎると誰が間に立っても収まりがつかんのや。」
ここまでをロックが通訳してくれたので、みんなが坂東の言う事を理解した。思わず額に手を当てて下を向いてしまった。恐らくだが、香砂政巳の殺害はリップサービスくらいに考え、坂東は適当なところで手打ちにする腹でいたのだろう。チラッとバラライカを見ると笑いながらボリスと会話している。何となく言っていることは分かるのだが、全くもってその通りだ。
「なるほど。では、言わせていただく。我々は最初に作戦行動と言った。これはケンカではない。戦争です。手前配下の兵隊に行動させ、傘下組織に作戦を遂行させている。我々はここで多くのリスクを負い、得る利益は非常に少ない。あまり舐めた事を言わないでいただきたい。」
ここまで言い切って坂東を睨みつけると、彼は目を見開き握った拳を振るわせていた。ここで鷲峰組の組員の間の抜けた着信音が鳴り響き、吉田が怒鳴っていた。
「お騒がせして申し訳ない。このことは一度持ち帰りたい。みんなで話さなあかん。」
「だ、そうだ。キャクストン、バラライカどうだろうか?」
「作戦に支障がなければいいんじゃないか?」
「そうね。お互い祝杯をあげられるといいわね。」
「仕方ありません。では、飲み込みやすくしましょう。香砂政巳一人に狙いを絞りましょう。これ以上の譲歩は不可能だ。」
「分かった…時間を貰いたい。」
「わかりました。二日…で、どうでしょう?」
「承知した。」
ここからは社交としましょう…そう言う坂東の言葉をキッカケにロックとレヴィ、ボリス以外の遊撃隊と鷲峰の組員たちが別室へと移る。露出の高いドレスを着た女性が何人か入ってきて、卓上の酒をグラスに注ぐ。日本式の接待様式の一つらしい。六本木ということもあって、彼女たちはそれなりに英語が通じる。バラライカは興味なさげだが、ヴァルターはお姉様方に随分と人気がある。日本においてシルバーブロンドの少年というのは人気があるのだろうか?
程々の時間となり、ヴァルターの口数が減ってきたところで中座の意思を示すと、坂東たちが見送ってくれるということだった。廊下を歩いていると、ロックが先ほど電話を鳴らしていた鷲峰の組員と揉めて…というより一方的な暴行を受けていた。反応はそれぞれ、レヴィは今にも発砲しそうである。
「総司、これはどう理解するべきかしら?」
「どう見ても一方的な暴行だろうな。」
「ですね。対等に喧嘩しているとは思えません。」
「ねぇお父さん、殺していいかな?」
「待て待て。坂東さんこれは…」
振り返ると同時に飛び出てきたのは吉田だった。
「なにやっとんならっ‼︎チャカ‼︎」
そう言って汚い金髪の青年をロックから引き剥がした。
「お前なにさらしとんねん‼︎場所と相手、見やガキ‼︎」
「あ、すんません。ちょっとジャレてただけっすよ、やだなぁ吉田さん。」
「兄さん、えらいすんませんな…厳しく言っとくさかいに。」
坂東がロックに謝罪しているが、問題はその程度のことではない。
「坂東さん、彼は我々の外注業者だ。彼は鼻血を流し、怪我をしている。私は彼の雇用主に謝罪と補償をしなければならない。この意味がお分かりいただけるだろうか?」
「それは…えらいご迷惑を…」
「坂東さん‼︎彼もロアナプラでは骨のあるアウトローとして知られている。同業者だ。我々の手前彼らはやり返さなかったが、顔で食べているのは変わらないはずだ。」
「もっともや。」
「事が済み次第、ケジメをつけていただこう。」
「承知…した。」
こうして今日の会合は進捗の報告のみで終わった。というより、禍根を残すこととなった。
指揮所に全員で戻り、ヴァルターを寝かせてから今後について少々話し合った。
「無能な上官に統制の取れていない兵隊、たまらんな軍曹。」
「戦場であれば良かったですな。戦死で厄介払いができた。」
「二人の言わんとすることは分かる。問題は今後だ。」
今後、と言った瞬間一同の顔が曇る。現状、鷲峰の協力を得ずに行動することとなる。ホテルモスクワの拠点をこの地に設けるという目標は今も健在ではあるが、些かやりにくい。
「そう言えば標的が減ったわね。」
「当たり前だ。あの反応を見ただろう?」
「確かに。あのまま押し切っては香砂と鷲峰を敵に回すことになりかねません。」
「だろうな。いくら戦力があるとは言っても友好団体抜きで市街地戦は厳しいだろう。」
「拠点を手にすることは可能ですが、友好団体がいないのでは永続した拠点とはし難いところでしょうね。」
「そうだ。ラプチェフの二の舞だろう。総司、大友組の紹介でどこかいないのか?」
「難しいよ。彼らは西の団体だ。神戸より東には繋がりが薄い。」
「考え方を変えましょう?敵の嫌がる事は何かしら?」
バラライカの言葉に一つ、光明が見えた気がした。