バラライカに幾らかの指示を出した翌日の夕方より少し早い時間、ヴァルターを連れて鷲峰の本家を訪れていた。
「お時間いただいてありがとうございます。坂東さんと…松崎さんでしたか?」
「こちらこそご足労いただいて。」
「松崎銀次ってぇいいます。」
昨日も会った坂東だが、この松崎という人物は会合にも出る様子がなかった。どう言った立ち位置で居るのかは測りかねるが、ここにいると言う事は影響力は吉田より大きいのだろう。とりあえず、ヴァルターには人形焼とお茶を預けておく。
「電話口のご提案っちゅうのを聞かせて貰いましょか。」
「先ほどの提案は過激すぎた様だったので、少し考え直してきました。」
「日本の事情に合わせて貰えるっちゅう事ですかの?」
「そうです。我々はこれから鷲峰組の行動であると分かる様に幾度か行動します。」
「ちょっと待っておくんな客人。嫌と言うわけじゃネェがあっしらも行動とやらに出るんで?」
意外な人物の発言に少し、驚いてしまった。この松崎なる人物、傅役か何かなのだろうか?
「別に参加しろとは言わない。名前だけ出させてほしい。」
「銀公、申し訳ねぇんだが、これは一つの手だ。身元が分かれば早々に手打ちにできる。」
坂東を無能な指揮官とバラライカは評したが、ヤクザの揉め事としたら頭が切れるのかもしれない。
「その結果として和平会会長を引き摺り出し、手打ちにする。」
「それはどこまでやるんで?」
「香砂政巳と和平会の組長クラス、加藤組と天野一家あたりを狙って二名ほど。」
坂東は少し渋い顔をする。これでもまだ日本では厳しいと言う事だろうか。
「本当に手打ちにできる自信が?」
「しなければ焼き払うまでです。毒を食うなら…と日本では言いませんか?」
「即答はし兼ねる。」
「は?」
そう言って卓の向こうの坂東はいう。面食らってしまった。
「わかりました。やはりお待ちします。」
「すんまへんな。」
玄関まで送って貰った時、女子高生とすれ違った。鷲峰雪緒だろう。先代には娘がいた。
夜中、坂東の呼び出しを受けて指定された場所にオスカー、キャクストンを連れて向かった。
「ここで収めて肩を並べる…そんな事にはならんですかの。」
「悪くないだろう。だが、それでは状況は変わらない。だが、それは我々が問う言葉だ。」
「そうか…それは残念なこっちゃで。」
「僕もです。この関係が続いてくれたらよかった。父の残した財産の一つだった。」
そう言って車に乗り込もうとすると、知った気配を感じた。それは正しかった。
「待たんかい。まだ始末が残っとるんや…こん外道‼︎」
そう言いながら坂東は短刀を構えて走ってきた。咄嗟に顔面に肘をぶつけて短刀を叩き落とし、右腕を捻り上げて首を拘束してしまった。体は覚えているものだ。坂東はこの手口に慣れていたのだろう。オスカーとキャクストンでさえ誤射を警戒して、発砲することが出来なかった。
「済まない。体が動いてしまった。正直に言わせていただく。我々は友人のためを思ってここに来た。だが、その手を振り払ったのは貴方だ。ホテルモスクワの支部がどうなろうと知った事ではない。収益が悪いのなら損切りでいい。二兎を追ってしまった僕の手落ちだろう。」
首を固めている以上、言葉が発する事が出来ないのは分かっている。なので更に言葉を続け、少し首の拘束を緩める。
「今一度確認したい。あなた方の最終地点はどこにある?」
「鷲峰の存続、お嬢の安寧。」
「それが勝ち取れたら自分の命は要らないと?」
「組のため、親のため、命張るのがヤクザや。」
「わかりました。まだ利害は一致する。それを僕が約束したら?」
「死ぬ甲斐もあるっちゅうモンや。」
「そうですか。では、気持ちを曲げて、承知してもらいたい。後は貴方の口八丁に期待しましょう。」
そう言って坂東の右腕を肘の関節から外した。
「カァッ…」
「徹底的に香砂と和平会を叩く。だが、必ず鷲峰組の存続と娘御の安寧を保障してやる。坂東さんの侠気に応えるとするよ。」
「突然…なんや。」
「知らんのか?俺たちはヤクザだ。」
思いがけない襲撃はあったものの、事を進める事が出来る。一つ前進と言えるだろう。翌朝、バラライカたちも呼び出す。
「坂東との話はどうなったの?」
「昨日、坂東から襲撃を受けた。作戦を続ける。が、今日から襲撃前は鷲峰組で集合する。」
「襲撃?本当に無能なのね。」
「そうだな。だが、これからは基本に立ち返る。我々は軍事的である以前にヤクザだ。大友のおやっさんに聞いた、父さんの手に倣おうと思う。」
「トーゴーの?」
「そう。キャクストンは聞いてない?」
「聞いたな。トーゴーはかなり派手に動いたと。」
「そう。それだよ。明日から動くよ。」
こうして、もう一度行動を始めた。
早朝、状況を整理して動き始める。結構な範囲で香砂会のシマを焼いている事から、これらの地域に日本語がわかるホテルモスクワの事務方をつけて、バラライカには支部を出させてみかじめ料の回収を始めた。もちろん昼過ぎには代紋とある程度の人員を鷲峰に出させて運営をさせている。
「状況は。」
「香砂会はそのシマの15%を失陥、我々は10%を占領し運営を鷲峰に委託しました。」
「十分だな。25%まで範囲を広げたら手を止める。和平会は?」
「加藤組の加藤正志の行動は徹底して24時間マークしてるわ。危機感のかけらもない…毎日の様に飲み歩いているのね。天野一家の天野光雅はまだ栃木から帰ってないわ。加藤ならいつでもいいわよ。」
「よし。今晩、仕掛けよう。」
「部隊はどちらから出す?うちの連中がまだ遊んでる。」
「キャクストンは5人くらいアジア系の連中を選抜してくれ。」
「諒解した。指揮官にはゲールを据える。総司の護衛はどうする?」
「ヴァルターでいい。その方が目立つ。」
「おでかけだね‼︎」
地図を広げ、バラライカに問う。
「夜、加藤を襲撃する。出かけた先を教えてほしい。」
「諒解したわ。」
夜、銀座の通りに大使館のナンバープレートをつけた車が路肩に止まる。後ろを振り返るとゲールとその部下たちが座っている。
「今回はあまり軍事的な行動ではない。マフィア的な行動になる。内偵の報告では店内に監視カメラがある事を確認している。そして、標的は4人で奥のVIPルームに入ったことも確認済みだ。部屋までのルートを記憶しておけ。店に入ったら顔を隠せよ。」
「写真にある人物の殺害と言う事でよろしいですか?」
「そうだ。ゲールは退路の確保、4人は俺と制圧に向かう。それ以外の殺傷は認めない。」
「「「「「応‼︎」」」」」
エレベーター内の情報を聞いていなかったので、階段で2階のクラブへと向かう。キャバクラと呼ばれる日本のクラブだそうだ。ヴァルターを連れているので騒ぎになるだろう。勢いに任せてドアを開けると騒がしい音が耳に流れ込むと同時に、ボーイが対応に来た。
「いらっしゃいませ。何名さ…申し訳ありません。お子様のご入店はお断りしています。」
「大丈夫だ。客ではない。」
そう言ってボーイを押し退けて部屋へと向かう。その道の中でワルサーのスライドを引いて初弾を装填、安全装置も外す。ドアを開けると4人が雪崩れ込んで、加藤以外の人間を素早く制圧した。女たちが叫ぶが、無視する。
「てっ…てめぇら何者だ⁉︎誰か分かっててやっているのか‼︎」
「承知している。だが、やらねばならんのだ。では、さようなら。」
ワルサーの照星の先に加藤の顔面が見える。
「待て‼︎望みはなんだ‼︎」
「破壊と制圧。じゃ。」
三発の銃弾が加藤に吸い込まれ、ソファから崩れ落ちる。
「撤収だ。警察が来る。帰るぞ。」
騒然とする店内を堂々と帰る。どう言うことか懐かしい気持ちになる。指揮官先頭とはこう言う事だろうか?
翌日、昼食を摂りに外出していると、数人のスーツを着た男たちに囲まれた。オスカーとキャクストンが身構える。これも想定内だ。
「失礼。同行を願いたいが、よろしいだろうか?」
「どなたか?面識は無いと思うが?」
「警察庁の畑中…と名乗りたい。」
日本の警察のバッヂを見せられ、意味を理解する。
「なるほど…所属は伏せると言うことか。オスカー、‘叔父さん’と‘友人’に状況の連絡を。キャクストンは作戦目標を遂行、三日かけて完結させろ。ヴァルターは娘御に預けてこい。次席指揮官はオスカーだ。」
「よろしいのですか?」
「諒解した。いいんだな?」
「構わない。」
聞かれても困らない程度に指示を出して、畑中と名乗った少し年上と思われる男に向き直る。
「では、行きましょう。」
「ありがとうございます。こちらへ。」
指された車に乗り込むと、両脇にも男たちが乗り込んできた。逃さんと言うことらしい。