嬉しい限りです。
ようやく体調戻ってきました。が、溜まっている諸々で更新、まばらです。
大乱戦から数時間、バラライカには待機を解除する連絡を入れた。
束の間の休息の後、鷲峰組の幹部連中の前に雪緒が座っていた。その脇には銀次と吉田がいる。我々は部屋の後方に陣取った。雪緒が跡目を継いでこの抗争を終わらせる旨を幹部に伝えた。当たり前だが反応は芳しくない。すると吉田が立ち上がって叫んだ。
「おどれら…香砂んところのド腐れどもに全部、掻っ攫われて、おっ放り出されるのを見ちゃおれんと…それでお嬢がここにいるんと違うんかい。お嬢自ら命張ろう言うて立ってんねん‼︎己らの侠気、どこに忘れてきたんなら‼︎」
吉田の言葉に鷲峰の連中は気勢をあげた。これで事実上、鷲峰組の総代は鷲峰雪緒となった。
鷲峰組の意思が統一された後、厳かに坂東の葬儀が執り行われた。鷲峰組と、縁のある組織から弔問が訪れた。その中には市井の人も何人か見受けられた。どういうシノギをしていたかは詳しく聞いていないが、慕う人がいたのも事実だろう。
その後、今後の方針について鷲峰組の三人へと伝達した。
「我々は残りの一日半で事態を収拾したいと考えている。広島から大友組の大友勝紀組長も東京へ来ている。」
「手打ちにするっていう話やろ。簡単やないで。かなりシマも切り取って、組長クラスまで取っとるんや。」
「それは承知しています。しかしやらねば次は違う勢力との戦争になるだろう。」
「違う勢力ってぇと…和平会の御大方で?」
「違うでしょう。ここでいう別の勢力は警察でしょうね。」
「悪いんやが、ここは日本や。アンタらが国許でどないな抗争しとるか分からんが、警察とは構えられへんで。」
とりあえずの議論をしてみるが、なかなか落とし所が見つからない。この時間に意味があるのかと言いたくなるが、これは儀式的な意味合いがある。坂東との約束はあるが、生きてる人間たちの意思を確認するための時間だった。まとまらない議論に一石を投じたのは、意外な事に雪緒だった。
「とりあえず…香砂会に行くのはどうでしょうか?」
「お嬢、そいつぁ敵地に乗り込むってぇ事だ。あまり賢いたぁ思えませんぜ。」
「悪くないんじゃないか。トップ同士で話ってのは総司もよくやるだろう?」
「多分だけど、出来なくもない。繋ぎが取れそうなんだ。でも、行き先は香砂会じゃないね。」
「敵は香砂会だろう?香砂政巳と話するんじゃないのか?」
「対ソ連戦を思い出してほしい。」
「そういうことか。」
「どうにも話が見えん。わかるように話してもろうてええか?」
吉田の言う通り、鷲峰の三人は理解が及んでいないがオスカーとキャクストンは理解できたらしい。
「和平会の五十嵐さんに会ってみよう。」
指揮所に戻り、いくつかの電話を済ませてみんなと向き直る。
「繋ぎは取れた。もう戦闘行動はないと思う。」
「どんな魔法を使ったんです?最初からそうすれば良かったのでは?」
「一つの試験に近いかな。我々はこれくらいしますよ?お話ししませんか?って感じだ。」
「いい所の落とし所…ってやつだな。戦争でもそんなもんだ。」
そんな話をしていると待っていた連絡が入る。夜にはある程度の目処が立つ事に安心した。
夜の料亭、日本庭園の見える部屋に通され待つ。連れてきたのは比較的、日本語のわかるキャクストンと鷲峰の三人に絞った。留守番を言い渡したヴァルターが不貞腐れたのは想定内だったが…雪緒の着ている着物は非常に上品だった。制服よりいいだろう。しばらく待つと、和服を着た老人とそれより少し若い男が入ってくる。老人が正面に座る。写真で見た通り、彼が関東和平会会長の五十嵐昌平だ。
「お待たせした。まぁとりあえず一杯やってくんな。」
「いただきます。」
そう言うと小さい器に透明な液体が注がれる。日本酒というらしい。甘い口当たりと、スッとした感触が喉を通り抜ける。バオにいくらか買って行こう。
「随分と暴れてくれたもんだわ。詳しくは方々から聞いてるんだがよ。手打ちにしてぇって話だな。」
「鷲峰の跡目はお約束通り直系の鷲峰雪緒が継ぎます。切り取った加藤、天野双方のシマは返上…という線から始めたいと思いますが。」
「ちょっと待ってくんな。お嬢ちゃんの継承は誰が認めたってんだ?」
「はぁ…これは香砂会の黄砂政巳からの条件と先代若頭の坂東から聞いていますけど。」
「そうか…鷲峰は香砂の傘下だからな。で、こっちは加藤と天野のシマを戻して落とし所にしろってか?」
「ですから鷲峰ではなく私が交渉相手です。我々の街、ロアナプラは港町でして、そこを出入り口とした東南アジアルートに興味はありませんか?」
「海外とのツテ…ね。それでウチと手打ちにして、香砂会とはどう収めるってんだ?」
「それについては一つ電話を。」
一言断ってから、ここへ来る前に仕込んだ連絡先へ電話をかける。2コールで相手のバラライカは出た。スピーカーに切り替えて、全員が聞こえるように話す。
『待ちくたびれたわ。東京はそこまでではないとは言え、ビルの上は冷えるのよ?』
「申し訳ないね。予定通りに始めてくれていいよ。」
『わかったわ。電話はこのままかしら?』
「そうだね。みんな聞いてる。」
『諒解した。同志軍曹、始めろ。』
そう言うと同時にスピーカーから少し間の抜けた音が聞こえた後、ちょっとした爆発音が立て続けに五発分響き渡る。
『全弾命中を確認、撤収をかけます。』
『見事だ同志諸君、これで我々の作戦は完結する。総司、後の事はよろしく頼むわ。』
「ありがとう。礼はいずれ。」
切れた電話のアンテナを折りたたんで、後ろに控えていたキャクストンに渡す。向き直って再び会話を続ける。
「香砂会、本家にロケット弾を五発ほど進呈しました。もちろん家族は伊豆の親戚宅にいるのを確認しています。生きているかは分かりませんが…この度の騒動は黄砂政巳の強欲ゆえの事と聞いています。破門していただければと思います。」
「そう来るか…戦争だなこれでは。」
そういって五十嵐は顎に手を当てる。幾分考えた後、タバコに火をつけたのを見て俺も真似た。大きく吸い込んで思い切り吐き出すと、座椅子に寄りかかって後ろの男に声をかけた。
「関村よぉっ、ちとこりゃカラいんじゃねぇのかぁ?」
「おやっさん、欲をかいたら何もかんも掻っ攫われますけん、こがなところでええでしょう。」
「そうか?そうかなぁ…東郷さんよ、もうちと色つかんかね?」
突然の崩れた態度に些か、驚いた。少しは知っているかと思って銀次に目をやるが、やはりこちらも驚いている。
「あぁ…では、ウラジオストクの大陸ルートとロアナプラに誰か置きますか?」
「海外進出な、悪かねぇんだ。だがな、手打ちには目先の利益ってのも大事なんだぜ?」
年の功というものか、少し悩む。これ以上、切り取ったシマを返すとホテルモスクワのメンツが立たない。ここは金だろうか?
「おう、東郷さんよ。ちくと助言したるけ聞いてつかい。さっきのそっちの言い様で行くんやったら香砂会はもうありゃせんのじゃ。もちろん潰したのはそっちじゃけ、空き地にはこんならの代紋が立つんじゃろうが。香砂のシマはまだ六割か七割が残っちゅう。それをこっちにくれたらええんじゃ。」
「なるほど…と言うかそれでそちらは飲んでいただけるので?」
「そもそもだ。因果は含まされてんだ。こっちが手打ちに乗らなきゃ大友に何されるか分からん。」
「大友?先代の大友組組長ですか?」
「務めで見た事があってな。刑務官に殴りかかるヤクザなんか敵にしたくねぇ。それにこの関村にも聞いてんだ。」
改めて先代の大友組長の破天荒さに驚く。刑務官に殴りかかるって…おい。だが、関村という人物に心当たりがなかった。どこかで聞いたような気もするが思い出せない。
「あり得そうな事ですが、聞くと驚きます。ですが、関村さんに関しては面識はないと思いますが?」
「おう。そっちに面識はありゃせんよ。こんなの父ちゃんに面識があるんじゃ。」
「父ですか?」
「おうよ。帰ったら関村のお陰で収まり付きようたって言うてつかや。」
「東郷さん、まだまだ青いな。今回は損より利益が大きい、だから手打ちにする。だがな、関村の助言あってのこと。もうちと修行せぇな。」
「恐縮です。では、これで手打ちということで。」
全てが終わったと思いつつ、とりあえず鷲峰の本宅に三人を送ったついでに少し上がらせてもらった。
「雪緒さんさ、手打ちのキッカケとして跡目に立って貰ったが、それは香砂会の難癖だった。手打ちが済んだら誰か跡目に立たせるといいよ。」
「お嬢、あっしもその方がいいと思いまっせ。お嬢の居ていい世界じゃねぇ。」
鷲峰組は坂東とあの…小汚いチンピラ以外の死人が出ていない。立てる人間はそれなりにいるはずだから、女子高生が総代なんて呼ばれる必要はもうない。
「私は、自分で選びました。誰かの命が、誰かの名誉が、誰かの侠気が…鷲峰のみんなの明日が私にかかっているなら。だからあの日も耐えられた。」
雪緒の真っ直ぐな目はロアナプラでも戦場でもそうそう見ない、腹の据わった人間の目だった。
「私は普通に生きたかった。覚悟を決める瞬間があったんです。私は鷲峰組の人たちが闇で生きていく事を見過ごせない。みんなを助けたい。私は鷲峰雪緒、鷲峰組の総代です。」
「そうか…そうならもう言わない。助けられる事は助けよう。もし、良ければだが。」
その先、言おうとした事は飲み込んだ。ヴァルターといくつしか変わらない女の子の決意を俺は受け取るしかなかった。
「えぇ。こんな立場に追い込んだのはあなたです。坂東さんを見習って沢山お頼りすると思います。」
「え、あ、うーん…お手柔らかに。」
こうして数日後の手打ち式で東京での仕事は終わりを迎えた。その時、勝紀から「親父からの預かり物」と言われて一振りの日本刀と父宛に一通の手紙を受け取った。抗争終結という事で海田からは音沙汰なく、雪緒の厚意で我々四人は東京で年を越させて貰った。もちろんルワンからは小言の一つや二つ、三つや四つ…小一時間にわたって貰った訳だが。
縁日と言われる日本の神社に並ぶ出店で遊ぶヴァルターと雪緒を見ている時間は平和で、心和むひと時だった。銀次の焼いたたこ焼きを食べた時は衝撃だった。カリッとしていつつもトロける中身…サービスエリアで食べたアレは何だったのだろうか。全くの別物だった。「そんなモンと比べちゃいけませんぜ。」と言われた時は謝るしかなかった。ちなみにオスカーは甘酒が苦手らしい。キャクストンは熱燗にハマった。
帰国の日、横田の基地まで見送りを受けた。
「吉田さんよ、ロアナプラに来ないかい?」
「はぁ?なんでワシが‼︎」
「いや。アンタの侠気に惚れたから、かな?」
「吉田さんは鷲峰組の若頭です。引き抜きはご遠慮いただけますか?」
「若頭ァ⁉︎」
驚く吉田を横目に雪緒に釘を刺されてしまった。それもそうか。
「そりゃあ残念。諦めるとしよう。」
「東郷氏、ちょいと待ってくんなし。」
そう言うと、銀次が車から布に包まれた棒状の物を出す。
「お嬢を助けるってぇ約束は果たして貰いやした。これはその時の約束の品です。」
「あぁ…‘あんたの誇りを貰うよ’って約束な。でも、いいのかい?この刀は…」
「あっしにはもう要りません。」
「そうか…じゃあ何かあったら連絡くれ。全力で助けに来よう。」
「それも遠慮願いてぇモンで。」
ゲートの向こうに歩いて行くと、後ろから雪緒が凛とした声で発した。
「世界中の悪党が集まる街ロアナプラ、いつか鷲峰が代紋もそこに立てて見せましょう。その日まで御壮健で。」