日本編、生き残って欲しい人に生きてもらいました。
鷲峰の一行と別れた後、勝手知ったる横田基地の待機室へ向かおうとすると別室に通された。天候不順だとかで、フライトがずれると説明された。回復の見込みは今のところ立っていないそうだ。そして、そこには一人の人物が立っていた。これは少し予想していた事でもある。
「抗争自体は約束通り収めてくれたが、まさか年越しまでするとはな。」
「お会いしたいと思っていました。鷲峰組のご厚意ですよ。」
「開き直りというのか、思い切りというのか…奇遇だな。もう一度会いたいと思っていた。」
「この度の配慮には心よりお礼を。」
「政治家の貸しは高額だぞ。覚悟しておくんだな。」
「お返し出来るよう、精進します。」
「殊勝な心掛けだが、日本では遠慮してくれ。」
苦笑しながら海田はタバコに火をつけてソファに腰を落ち着けた。
「本題だが…父親は元気なのか?」
「えぇ。おそらく、知っていた頃とは随分と変わっていますが、元気ですよ。」
「そうか…会いたいな。」
懐かしむような口調ではあったが、その表情からは感情までは読み取れなかった。
「どう言った関係ですか?」
「そうだな…君の父親を逮捕することに執念を燃やしていた警察官だった。」
「そう言う…では、所在がわかれば逮捕しますか?」
「無理だ。もう僕は警察官ではないし、被疑者不明で時効を迎えている。」
「でしたら…お会いになりますか?」
「引退したらか、もう一段出世してから会おう。そうだ。プロ野球を見に行って温泉に入ろうと言ってくれ。どうせあの手この手で入国してくるんだろう?」
政治家でありながら、不法入国を見透かして何もしないのは如何なのだろうと、どちらの味方かわからない結論に至る。だが、それでも会いたいと思うのだろう。
「父も日本のプロ野球は好きでよく見ていますよ。実は数年前に日本に来ましてね。みんなで見に行ったんです。確か…あの虎のチームを強力に、尋常ならざる熱量で応援していました。読売?でしたかね。相当、罵倒していました。」
「タイガースか‼︎やっぱり相容れないな。僕はその読売の熱心なファンでね。そうか…なら同じ空間には居たな。この10年、東京での試合は選挙中でも欠かさず球場に足を運んでいた。」
「それはそれは…奇遇ですね。父が聞いたら驚きます。」
「全くふざけた奴だ。それでだが…今回随分と君たちの為に我々は泥を啜った。啜ったどころが飲み干したと言っていい。特に僕の後輩の警察庁長官は責任問題となる。責任をとって辞任、再就職も難しい。」
「それは申し訳ないことをしました。」
「いいさ。君の友人の引き渡し要請を釈放で誤魔化して、その友人の所でアジア圏の警察構造のアドバイザーとして抱えて貰う事になっている。」
「手回しがいいですね。」
「お互い様だろう?それにしてもどうやって手打ちにした?実は四日目に関係各所の組長クラスを逮捕するつもりでいた。」
なるほど、やはり政治家だった。三日以内の終結がなければ、鷲峰も香砂も和平会もトップを失っていた訳だ。いい保険の掛け方だろう。
「そうですね…今回の抗争を終結させたのは小沢夏樹ですよ。」
「はぁ?と言うか少し前の同時ガス爆発事故も君らだろう?どこか広島抗争に近いと思っていた。」
「さて…何のことでしょう?」
「香砂会本家のロケット弾はそうだろう?完全に小沢の思考に似ている。お陰で香砂政巳は毛筋ひとつ残っていない。」
「あれが手打ちの決め手でしたね。」
「やっぱりな。君たちは何を目指しているんだ?」
何者かは聞かれるが、目指すところを聞かれる事はあまり無く、少し黙ってしまった。オスカー、キャクストン、ヴァルターを見やって思い至る。
「弱きを助け、強きを挫くカタギに愛されるヤクザ…ですかね。」
呆気に取られてから海田は今回は腹を抱えて笑ってしまった。大の大人がここまで豪快に笑うのかと思うほどに。
「なるほどなるほど。君は小沢夏樹の息子らしい。そして、やっぱり小沢夏樹は僕の警察人生を懸けるに値する奴だったな。何も変わらないじゃないか‼︎」
「少なくとも、いい父に拾われたと思っています。」
「君に土産を渡そう。ずっと僕が預かっていた物だ。」
海田は息を整えると、傍に置いていたアタッシュケースをテーブルの上に開けて見せた。拳銃が三丁と、白い布に包まれていたのは壊れた懐中時計だった。
「コルトガバメントと…古いブローニングに…これは日本軍の拳銃?それと焼けた懐中時計…ですか?」
「そうだ。この国ではこれらの所持は違法で、即実刑に繋がる。だが、ある人間から預かって以来、捨てられずにいたんだ。時計は…ある事件の現場から回収された物で、保管期限が切れて廃棄される所を拝借した。」
「これはどう受け取ればいいんですか?」
「父親に渡せ。特に時計だな。小沢が持っているべきだろう。」
突然、真顔になった海田はどこか悲しみを感じさせる表情だった。
「そうですか…確かにお預かりします。」
「では、そろそろ天候も回復する予定だ。」
「天候回復の見込みは立っていないと聞いていますが?」
「ここは米軍基地で、法的には米国だ。だが、日本の国土で領空なんだ。そして、僕は日本の政治家だ。ありもしない天候不順を発生させて、フライトプランを見るくらいの貸しは前払いしてるのさ。」
「政治家はずるいですね。」
「小沢の息子に教えることがあるとはな。政治家はずるいんだぞ?」
「心しましょう。」
「次は正面玄関から来てくれ。」
そう言って部屋を出ていく海田は晴れやかな顔をしていた。
横田をからしばらく、天候に問題があったとは思えない空を抜けて我らの街、ロアナプラへと帰ってきた。諸々の荷物をオスカーとキャクストンに任せて喫茶店へと向かう。アタッシュケースと刀、ヴァルターだけ連れて昼のロアナプラを歩く。やっぱりアロハは落ち着くもんだ。
昼下がりの喫茶店に入ると懐かしい顔を見つけて同席する。
「久しぶり父さん。帰ってきたよ。」
「おー総司、日本はどうだったよ?」
「日本の冬は冷えるね。ロアナプラで育った僕は結構、堪えるね。」
「そうかそうか…ダイスラー、コーヒーとジュースをくれ。あとキッシュを。」
「承知しました。少々お待ちください。」
そう言うと義父さんはコーヒーを準備し始め、店の中には芳醇な香りが充満する。
「さて、何から聞こうかな…まず名前は知っているぞ?カーテから聞いてる。ヴァルター、初めましてだな。」
「え?初めまして…ヴァルター・東郷です。」
「いいよ。ここでは小沢でいいんだ。」
「オザワ?」
「俺はここらではトーゴーと呼ばれている。本名は小沢夏樹、総司の本名も小沢総司。つまり君もヴァルター・小沢だな。」
「そうなの?」
「そして、俺は君の祖父さんだ。あそこのマスター、あれも君の祖父さんだよ。君の家族だ。」
父さんはそう言うと笑った。カーテからだけではないだろう。留守の間、ルワンの仕事を手伝っていたと聞く。
「留守の間に色々と小細工をした。色々口を聞いて貰って、俺はこの国の戸籍と永住権を持つ日本人と言う事になった。それに伴って、総司とヴァルターの戸籍も整理した。晴れて小沢だ。普段はトーゴーでいいだろう。」
「ありがとう父さん。そう色々と預かり物があるんだ。まず大友のオヤジさんから手紙と刀。このアタッシュケースは海田昭一って日本の政治家から。」
そう言ってテーブルのコーヒーとジュースを避けて、目の前に置く。「海田にも会ったか‼︎」と笑顔になりつつ、最初に手を伸ばしたのは大友のオヤジさんが預けてくれた手紙だった。
手紙を読む父さんはどう言う気持ちだったのだろう。どこか申し訳なさそうだった。読み終えて白鞘と呼ばれる刀を撫でるその姿は、年老いて見えた。
「勝利はすげぇヤクザだな…俺なんて足下にも及ばない。」
「そう…これ海田さんから預かったんだけど…拳銃が三丁と時計?かな?」
「時計?」
疑問符を浮かべながらケースを開けると驚いていた。
「懐かしいな…海田が持ってたのか。野崎あたりが処分したと思ってたんだがな…この拳銃は俺が日本でヤクザやってた時に使ってたんだ。この十四年式は軍人だった頃に使っててな、ブローニングは終戦の時に上官にもらった。コルトの45口径は…確かノシた米兵から取り上げたんだ。」
「へぇ…父さんも結構、暴れてるじゃん。」
「昔はな。ブローニングとコルトはまだ使えるだろう。キャクストンに聞いて総司が使うといい。十四年式は…部品も弾も手に入らないだろうな。」
「そっちはオロホフさんに聞いてみるよ。」
「十四年式は小口径で反動が少ない上に銃声も大きくない。悪くない拳銃だよ。」
説明しながら、ケースの端に置いてあった白い包みを開いた父さんは固まった。
「これも…海田が?」
「うん。父さんが持ってるべきだって。」
「そうか…そうか。」
「どうかした?」
「いや…この時計は俺が買って、弟分にやったもんだ。残ってるとは思わなかったんだ。」
「弟分って上田…さんだっけ?」
さっきとは打って変わって、父さんの言葉は続かなかった。大友のオヤジさんには殺されたって聞いた。
「上田透っていい男がいたんだ。生きてりゃ勝利にも負けないヤクザになってたさ。」
「そうなんだ…生きてたら叔父さんだったんだ。」
「俺が殺したんだ。」
「へ?」
「俺の親と上田の親が戦争になってな。上田は真っ先に俺をマトにかけた。俺は怪我して入院する事になって…退院した後、俺が殺したんだ。」
「そういうこと…なんか納得したよ大友のオヤジさんに聞いた。」
「上田は他の人間の意思で俺を殺されるのが嫌だったんだろうか…俺は他の人間が上田を殺すってのは堪えられなかった。それしかなかった。曲げられない事があったんだ。俺は…上田が大好きだった。」
残った右目からは涙が流れていた。いざとなった時、弟分を殺せるだろうか?
近い存在で言うならオスカーか。僕に殺せるだろうか。そうしてまで親に従った父さんのヤクザとしての覚悟を僕が持てるか自信は無かった。
ちょっとサービス回…のつもりです。