旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユと終末

 結論から言うと、トモリは宿にいなかった。より正確には、宿が無くなっていた。燃えているのだ。今夜使うはずだった宿が、それはもう派手に燃え盛っている。

 

「……この状況は、想定していませんでした」

 

 消火作業に奔走する宿の従業員や自警団であろう慣れた動きの連中と、燃える宿を見ながらやいのやいのと騒いでいる野次馬共。それらを少し離れた物陰から観察しながら、私は溜息を止められずにいた。

 

 宿を決めたのは今日の昼だ。馬車を降りてすぐ、乗り場で客を探していた従業員を捕まえ予約を取った。偶然放火にでも遭った? あるいは乗り場のあいつかあの宿が領主に通じていたのか?

 

 いや、襲撃か事故かは今はいい。それよりも先に考えなければいけないことがある。

 

「……イザナ。トモリの姿は確認できましたか」

 

 前に立っているイザナに声を掛けると、短くいえと否定が返ってきた。

 

 イザナは私よりも、というよりも私の知るたいていの人や獣よりも目と耳が優れている。彼女が確認できなかったと言うのなら、本当にいないか上手く隠れているかだろう。

 

「考えられるところで言えば、まずトモリノドカが放火して脱走、あるいは自殺。勇者はわりとそういうことをしますので、可能性はありますわよね。その次に領主の差し金、最後にただ偶然起こった火事。わたくしはこの三つのどれかだと思いますけれど、キユちゃんにはどう思いますか?」

 

 これ以上の観察に意味は無いと判断したのか、振り返ってイザナが私に問う。どう思う、と問われれば私はあの領主の少年を一番に疑っているが、トモリが脱走した線は確かに捨てるべきではない。

 

 あの子に宿に火を放って行方を晦ますような頭と度胸があるかと言われれば、私は無いと思っている。ただこれは、十数日程情けないところばかり見てきたせいで私がそう思い込んでいるだけかもしれない。あれも確かに勇者のはずなのだ、何もできないわけはない。

 

「……答えはまだ出しません。が、一旦トモリのことは考えずに動きましょう。脱走兵と終末信者、キユ達が優先するべきは後者です」

「同じ子供を殺すなら少しでも知らない方が良い、なんて考えていませんわよね?」

「キユがそんな甘ちゃんに見えますか」

「――いえ、失言でしたわ。お許しを」

 

 今、何か含みを感じたな。こいつ、忠犬だなんだと自称するわりにこうやって噛み付いてくることがあるのはなんなんだ。

 

 ……まぁ、いい。盲信されるよりは疑われる方がよいのは確かだ。期待を裏切ってしまった時にお互い傷が浅く済む。

 

 

「イザナ、地図を見せてください」

「はい、こちらに。いくつか目星は付けてありますわ」

「おまえの仕事が早いところは好きですよ」

 

 終末信者が儀式を行うなら何処を選ぶか。それを特定する為に地図を見ようと考えていたのだが、移動中にイザナがある程度候補を絞ってくれていたらしい。こういうところは本当に助かる。

 

 候補として丸印が付けられているのは主に遺跡。終末と呼ばれる怪物はその大半が旧世界に顕れ、新世界を迎える前に封印されるか自ら眠りに就いている。もちろん、例外はあるが。

 

 さておき。旧世界の終末を呼び起こすのであれば、所縁のある遺跡の中か遺物を使って行う方が成功率は高くなる。この街は遺跡と共存するように発展し、状態の良い遺物も多く保存していると聞く。私が彼らならこの環境を利用しない手は無い。

 

「館を候補から外したのは何故ですか?」

「あくまで印象ですけれど、あそこは儀式の場には不向きに感じましたの。こう、力の流れが悪いといいますか……別の力の流れが邪魔をするといいますか」

 

 力の流れ、ね。私にはわからない何かがあるのか。これは呪術や魔術の類に詳しい者にしか理解のできない感覚なのだろう。他に専門家がいない以上、イザナを信じるしかない。

 

「力の流れとやらを見て、儀式に向いていると思うのは何処になりますか?」

「そうですわねぇ……中央の遺跡群に祭壇を築いたのは間違い無いとして、終末の召喚に最適な場所と言えば……ふむ……病院、研究所、学校……今夜は月が三つ揃っている。それなら、やはり」

 

 違う、これも違う。イザナは小さく呟きながら、丸印に指を当ててゆく。そうして、最後に指を当てたのは。

 

「――――ここですわね。わたくしなら、ここで儀式を行います」

 

 処刑場。そう記された、一つの遺跡だった。

 

 

 

 旧世界では基地や研究所などと呼ばれていたらしい遺跡の群れのはずれにあるその建物は、外からでもわかる程に血の臭いで満ちていた。開け放たれた扉から血が外まで流れてきてはいるが、死体は見当たらない。

 

 外観は遺跡を利用しつつ増築したのだろう、石鉄と木の混じった建物。なんたら教会とかろうじて読める朽ちた看板があるので、教会として使われていた時期があるようだ。

 

 処刑場だった建物を教会として利用する精神はまったく理解できそうにないが、これは考えるだけ無駄か。

 

 この遺跡群に辿り着くまでの間に、放火や強盗といった騒ぎをいくつか目にした。妙に慣れた動き……というよりは、なんだろうな。練習した、訓練されたと言った方が正しいか? そういう連中が騒ぎを起こしているのを数件見た。

 

 これは私やイザナにも言えることだが、歩き方というものは一度仕込まれるとそう簡単には抜けない。あれは、よく躾けられた兵士の歩き方だった。そう、館の連中のように。

 

 

 そのような連中に見付かれば面倒になる。なので見付からないよう動いていたら、あまりにもすんなりと此処に辿り着いてしまった。そして、遺跡群に入ったあたりから人の気配がしなくなった。どうにも上手くいきすぎている。

 

 ……これは誘導されているのだろうな。私達をなのか、新たな生贄をなのかはまだ判断できないが。いや、同じか。

 

「……イザナ、呪術や奇跡の気配は」

「しませんわね。結界の類も……いえ。街に張ってあるもので充分というだけかもしれませんけれど」

「……すでに儀式を成就させた可能性は」

「有り得ませんわね。こういうのは幾月、幾年と時間を掛けて行うものですわ。そうして積み重ねた呪いというものは隠せませんもの。それに、成就しているならわたくし達はとうに死んでいるか狂っています」

 

 咽てしまいそうな程の血の臭い、しかし見当たらない死体。行方不明になった者達は此処に連れて行かれたのだとして、死体は何処にいった?

 

 焼くなり埋めるなり何かしらの処分をして隠したならまだいいが、そうではないだろうという嫌な予感がある。あれらはいかれている。何かしらに使っているはずだ。

 

 

「……ここ一年の行方不明者の総数は確か二十八人。年齢は皆三十以下、男女十四人ずつ。これで喚べる終末に心当たりはありますか」

「贄としては少ないですわねぇ……今日は月が青い、おまけに三つ揃っているとはいえ、贄だけを見れば精々眷属の怪物を喚べるくらいではないかと。ちなみにキユちゃんは何が喚ばれると思っていますの?」

「月の色が関係あるのですか……? いえ、聞きたくないのでいいです。キユ個人の印象で言えば、黒波アルガや刃毀れミツミを喚びたがる馬鹿が多い印象はありますが」

「あぁ、人気ですものねあのあたり……失敗しても何人かは巻き込んで殺せるので、特にお金や時間の無い人に人気ですわね」

 

 

 この世界は、終末を望む者に蝕まれている。あるいは、彼らとそれを信じる狂人共の言を信じるのならばこの世界自身が終わることを望んでいる。

 

 黒波アルガは黒い波と呼ばれる獣の群れをただ一人で討ち滅ぼす旧世界の英傑だった。彼は出征中に国へ迫った波を鎮める為の贄として娘を捧げられ、守り続けた国を無へと還す黒波となった。大切な人を喪った絶望、裏切りへの怒りと共感しやすい逸話が残っているからか似たような経験をした者が喚びたがる。成功例は記録では二件程だが、成功すればまず国が滅ぶ。

 

 刃毀れミツミは剣聖と呼ばれる優れた戦士だった。何があったのかは伝わっていないが、彼は血に狂い目に映る全てを斬る剣の鬼となったそうだ。新世界の、かつ封印中の終末だがあれを喚びたがる馬鹿は多い。まともだった頃の武勇が広く伝わっているせいだろう。成功例は記録に無いが、あれは失敗しても術者を乗っ取り軽く十は斬り殺す。最大で八十二まで数えられているのだったか。

 

 

 終末の使徒、あるいはただ終末と呼ばれる怪物達は、理の外にいる。多大な犠牲を払って殺しても、いずれ蘇り世界を終わらせようとする。封印したとていつかは破る。彼らが終末に堕ちた原因である絶望を癒すか、殺し続け心を折らない限りそうだという。尤も、私はそれができた例を知らないが。

 

 

「なんであれ、本当に終末が喚び出されたら、わたくしキユちゃんを置いて逃げてしまうかもしれませんわ」

「では、報告はおまえに任せます」

「……逃げるなと言うところですわよ、今のは」

 

 特に言いたいことも無いので、これには何も返さなかった。 私だって逃げ出してしまう可能性はあるし、実際言えることが無い。

 

 

 それに。私が死んでこいつが生き延びるならそれでいい。器用なやつだ、上手く生きていくだろう。

 

 何年かは憶えていてほしいなんて我儘な欲もあるが、どこかで私を忘れてくれればそれでいい。

 

 

 ……いや、それがいいんだ。上手く生きて、どこかで幸せに死んでほしい。

 

 

「さて。扉を叩く必要は無いようですし、お邪魔するとしましょうか。イザナ、手土産の準備は?」

「鉛弾がたっぷりと。……はぁ、やっぱりこうなりますのね」

「本業です、覚悟を決めなさい」

 

 なんであれ、今はやるべきをやるだけなのだ。殺すべきを殺す。それが誰であれ、何であれ。

 

 腰から得物――大鉈を抜き、息を吐く。釘は何本持ってきていた? 鋏と短剣の手入れは充分だったと言える? 最後に魔術を使って戦ったのはいつ? 疑問を幾つも浮かべては大丈夫だと自答する。

 

 頭巾を目深に被り、意識を切り替えるよう集中する。大丈夫。私は優秀な戦士だ。狩人だ。狂人共の妄言で私は揺るがない。やれる。殺せる。さあ、一歩踏み出せ。

 

 

「――――おや、アテが外れてしまいましたね。貴女方は屋敷に行くと考えて罠を仕掛けていたのですが」

 

 教会に足を踏み入れた直後に聞こえたのは、嘲りを含んだ少年の声だった。何で見ているのかはわからないが、奇襲はできなさそうだ。

 

 伝声管があるのか、少し声が籠って聞こえた。耳を澄ませてみれば、確かに奥の方から物音と声が聞こえる。まるで招いているようだ。

 

「儀式だのなんだのを企む人ってたいてい教会や墓地を選ぶんですよ! キユ達経験豊富なので、わかっちゃうんです」

「なるほど、そういうものなんですね。はあ、知ってれば良かった。ここには貴女方のご友人が来ると思っていたんです。ほら勇者、旧世界人の方がいるでしょう? 歓迎の準備もしていたのにな」

 

 顔が見えなくてもわかる演技臭い声。トモリを知っていて狙っていた……が、ここには来ていないのか。嘘を吐いて私達の反応を探っている可能性もあるが。

 

 ここで儀式を行なっているだろうというイザナの予想は当たったが、この子供は何を企んでいる? 捕らえて吐かせる余裕があればよいのだが。

 

 

「あぁそうだ。一応掃除はしたのですが、まだ床が滑るかもしれないので足元には気を付けてくださいね」

「お掃除が下手なんですねぇ、床がびしょびしょです。専門家を雇ったらどうですかぁ?」

 

適当な会話を続けながら進んでいると、血の臭いが強くなってきた。暗くて見え難いが、確かに床を雑に拭いた痕がある。少年の肉声も近い、臭いの元へ近付いている。

 

 ぽたぽたと水の垂れる音、それに気付くとほぼ同時に足元でも粘着いた水音が響いた。血溜まりだ。ここから拭くのを諦めたらしい。

 

 

「――やあ、こんばんは。ようこそ、儀式の場へ。少しばかり散らかっていますが、どうぞ寛いでいってください」

 

 そろそろ顔が見える頃かと踏み込んだ瞬間、窓から月明りが差し込んだ。映し出されたのは、死体の山の上に座る少年だ。

 

 にったりと意地の悪い笑みを浮かべている。あるいは、狂気に満ちた笑みと言うべきか。

 

「演出ですか? ここから生きて帰れたらそれで商売を始めるべきですね」

「ははっ、生かすつもりもないくせに」

 

 乾いた笑い声。当然ではあるが、こちらが殺すつもりで来ていることには気付いている。それでも余裕を感じるのは何故? 自棄になっているのか、あるいは。

 

「あぁ、そう警戒しないで。わかりますよ、泳がせてくれているのでしょう? 一目でわかりましたよ。本当なら貴女は、館で私を殺せたはずだ。その大鉈を抜いて、私の首を刎ねられたはずだ。私の騎士は皆優秀ですが、貴女方には敵わない。容易だったでしょう。なのにそうしなかったのは儀式に興味があるから。違いますか? 違うなら、どうしてここまで殺さないでくれたのかわからないな」

 

 ぺらぺらと、捲し立てるように少年が言う。暗くて見えていないだけだと思っているのか私が一人で来たと思っているのか、あるいは話に夢中でどうでもいいのか。イザナの姿が見えないことは気にしていないようだ。

 

「キユが優秀でつよつよな傭兵であることは否定できない事実ですけど、儀式に興味があったというのは否定しますねぇ。世界に終わってほしいお馬鹿さんのやることなんて、興味持つわけないじゃないですか。いいとこで邪魔しに来ただけです」

「そうですか、では丁度良いところに来ましたね。えぇ、本当に丁度良いところに来ました。実を言うと儀式自体はもう終わっていまして、あとは時が来るのを待つだけなんです。ですのでもう、邪魔はさせてあげられないのですが。代わりに良いものを見られるはずですよ」

 

 儀式は終わった? 時が来るのを待っている? 時間か何かが関係しているのか? だとしたら、私達が来たから急いだわけではなくそもそも儀式を行う予定だった日に私達は来てしまったのか?

 

 

 あの糞爺。やりやがったな。手伝ってやってくれとは、儀式の成就をか。あいつはいつかできる限り苦しめて殺してやる。

 

 

「怖い顔をしていますね? 可愛らしい頭巾でも隠せていませんよ」

「キユはいつだって可愛いですよ? この頭巾もお気に入りなんです。ほら、真っ赤ですっごく可愛いでしょう?」

「えぇ、赤は良いですね。昔は嫌いだったんですが、ここ三年ですっかり好きになりました」

 

 三年ね。三年前から準備をしていたわけか。そして恐らく、ジュウゾの爺はずっとそれに協力していた。

 

 この子供を捕まえるか、館に手紙などの遣り取りが残っていればそれを使ってあの爺を失脚させられる。上手くやれば手続き無しの現場判断で処刑までもっていけるだろう。問題は、捕縛も証拠の回収も難しいだろうという点だけ。

 

「そうだ、少し昔話をしましょうか。もう最期にお話する人ですから、貴女には私を知ってほしい。どうか、私の――僕の終末(ぜつぼう)を、知ってくれませんか」

「……どうぞ。キユは優しいので、聞いてあげますよ」

 

 心底からどうでもいい。本当に、心の底からどうでもいい。が、少し時間を稼ぎたい。なら、利用すべきだろう。

 

 

 

 ――少年の語る絶望は、この新世界ではありふれたものだった。ああ、本当に。何処にでもある、誰にでもある。くだらない、不幸と絶望だ。

 

 

 領地を豊かにしたいと、腐敗した王国を変えたいと希望を持っていた兄が成人を迎える前に賊に襲われ死んだ。調べるまでもなく、暗殺だった。それを切っ掛けに父が狂い母を斬った後に首を吊った。そうして領主の座を継がされたのは十になって少しの頃。

 

 遺物の発掘以外の価値を認められていない領地。掘れば掘る程に価値のある物が減ってゆく遺跡。もう何も無いというのに攻めてくる隣国の騎士崩れや王都からの脱走兵共。ウサギやクマといった恐ろしい獣の被害も増すばかりで誰も助けてくれない。いつか隣国が侵略を再開したら、魔族がもう何も無いリュレの遺跡に興味を持ったら。

 

 いくつもいくつも不安と不満が積み重なる。兄が生きていれば、父が狂わなければ。あるいは、己も死んで誰か別の家の者が遣わされ領主となっていれば。周囲から悪意と憎悪をぶつけられながら少しでも兄の望んだ世界をと頭を回して、それでも何も変わらずに。

 

 何度も、何年も。何も変わらずに。それどころか悪化して。そうして、十二の時に気付いたのだ。

 

 誰より正しく優れ、希望を持っていた兄が死んだ時。僕の世界は終わったのだと。それでも続いているこの世界は、間違っているのだと。それから三年を費やして、やっと願いの成就する時がやってきた。恍惚とした顔で、少年は絶望を語る。

 

 

 

 ――なんて、ありふれた絶望だ。貧しくなり続ける生活も、逃れることのできない他者の悪意も。変えられないどころかどこまでも醜くなってゆく世界も。

 

 愛していた家族が簡単に殺されて、死んでしまうことも。何もかも、ありふれている。この新世界では……きっと、旧世界でも。ありふれた不幸と絶望だ。だからこそ、誰にも否定できない。私には、否定できないものだ。

 

 それでも。私は否定する。しなければ。

 

 

「くだらないですね。家族が死んだだの自分が無能なせいで領地を豊かにできなかっただの、その程度でいちいち呼ばれたら止めるキユ達だけでなく呼ばれる終末だって迷惑でしょう」

「……貴女方はそう言うと思っていました。絶望を知らない貴女方は、きっとそう言うのだろうと。ですので、怒りはしませんよ。わかってほしいとも思いません。それでも、知ってほしかったんです。終末を望む者の絶望を」

 

 この酔っ払いの糞餓鬼が。そう言えれば少しは楽になっただろうか。いや、自分が惨めになっただけだな。何かを言ったところでこの糞餓鬼が考えを変えることは無く、私の絶望も伝わらない。

 

 

 誰にも伝えなければ、誰にも知られなければ。絶望は、無いも同じだ。なれば、私は絶望していない。甘ったれの終末信者共に仲間意識を持たれるくらいなら、その方がいい。

 

 だから、ここから先は簡単だ。自分語りを済ませた終末信者は満足気に息を吐いている。私ですら正確な位置のわからない何処かからイザナが殺意を研ぎ澄ませている。

 

 右手の大鉈を強く握った。大丈夫だ。手は震えてない。殺せる。問題は無い。

 

 

「お話に付き合っていただけて嬉しかったです。おかげで、気持ち良く生を終えられそうだ」

「キユとしては、泣き喚いて後悔しながら死んでほしいんですけどねぇ?」

「申し訳ありませんが、それは叶いません。だって、もうっ」

 

 こん、右の爪先で床を蹴り叩いた。撃ってよしの合図だ。それとほぼ同時に、少年の鼻から上が破裂するように弾け飛んだ。

 

 気味の悪い笑顔を浮かべた鼻から下が、どろどろと溶けて赤い泥のようになってゆく。腰掛けていた死体の山を呑み、びくびくと一度大きく震えた後、高く高く背を伸ばして。

 

 

「…………本当に。これで終わってくれてよかったんですけど」

「だって。もう。もう、もう。だって。もう。もう。だって。だっ」

 

 口はとうに溶けて無くなっているというのに、意味の無い言葉を繰り返しながらそれは背を伸ばし続けてゆく。赤い泥のようだった肉の塊は、少しずつ硬く白く変わってゆく。イザナが何発か撃っているようだが、効いている様子が無い。

 

 

「だって。だって。終わる。終わらせないと。兄さん、ぼく、わたしが。終わる。終わらせる」

「はぁ。もうお話を聞くのは無理そうですね」

 

 

 雲へ向かって伸び続けている、腕の形をした白い柱は聞いた覚えが無い。柱から産まれるように現れるトカゲの頭の群れも知らない現象だ。柱から生えるように伸び、祈るように組まれた人の手のようなものも見たことが無い。目の前のそれは、何もかもが未知の存在だ。

 

 だが、確信できていることがある。知識と経験と本能が、間違い無いと告げている。あれをなんと呼ぶか、私は知っている。

 

 柱が伸びるずっと先、雲の少し下に見えるそれは。眩く輝く、白い光の環。光輪、天輪……あるいは、へいろうなどと呼ばれるそれを戴くものは。旧世界から新世界まで、変わらずこう呼ばれている。

 

 

 ――終末。あれは、終末だ。私はそれを、知っている。

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