旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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ハクの願い、トモリの呪い そのに

 光が走る。それは瞬きよりも速く夜闇を裂き、少し遅れて路地や家々が融けて崩れ悲鳴のような音を上げさせた。

 

 翼の生えたトカゲやカエルが光に呑まれ消えていった。辛うじて避けたものも、熱に焼かれ地に墜ちてゆく。

 

 光と熱を逃れた化物が同胞の仇を取る為に光の放たれた方へ顔を向ける。と、同時に揃って動きを止めた。ぱきぱき。ごきん。奇妙な音が、そこら中から響いている。

 

 ぱきぱきという音と共に、翼の生えたトカゲやカエルが押し潰され、あるいは折り畳まれて小さくなってゆく。ばきばき、ぐちゃ。肉と骨の砕ける気持ちの悪い音と悲鳴のような鳴き声がそこら中から響いた後に――

 

 ――かちり。鍵の閉まるような、嫌な音が空から響いた。掌大の匣の形に圧し潰され固められた肉片の群れが地に落ちて、ごとごとと不快な音を立ててゆく。

 

 

 なんだこの状況は。キユはわけがわからず口を閉じたまま舌を打った。キユにはこの状況が全く理解できない。けれど、本能的に理解できる事実はある。

 

 今動いたら死ぬ。何かわからないが、目の前の終末と同等以上の脅威がこの街にいる。化物の群れを一掃してくれたのは助かったが、実際にキユを助けてくれるものなのかはわからない。

 

 なんであれ、今下手に動けば確実に巻き込まれて死ぬ。それだけは確信を持てる。キユは警戒を解かないまま左手の中指と親指をぴったりと合わせた。あとは、隙を見付けて鳴らすだけ。

 

 

「あら――懐かしい光景。そう、これは今も受け継がれているのですね。それとも、私の知る誰かによるものなのでしょうか?」

 

 場違いに穏やかな女の声がした。アウラアウルが発したものだ。光の輪さえ無ければ何処かの修道女にでも見えたのだろうその女は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて遥か彼方を見詰めている。

 

「良かったですね、助かりますよ。私は先の光で腕をやられてしまいましたから、もう貴女を殺せません。贄の質も量も足りなかったのですね、一手で子供を殺す事もできなければ、腕を生やす力も無いみたい」

 

 キユへと振り向いたアウラアウルが、肘から先の無くなった右腕と千切れ落ちる寸前の左腕を見せてくすくすと笑ってみせた。

 

 キユにはこの女が何故笑っているのか、そもそも何故穏やかにキユに話し掛けているのかが理解できない。したいとも思えなかった。そして、キユを殺せないというのも嘘だと確信している。穏やかな笑顔の形をしているが、その瞳には絶望と憎悪が渦巻いているのだから。

 

 逃げられないが何を言えばいいかもわからずただ睨み付けるキユを気にもせず、アウラアウルはくすくすと笑いながらキユに話し掛け続け、化物の群れが肉の匣となって振り注ぐのを見守っている。

 

 そうして――己の左腕がべぎんっと大きな音を立てて折れた音に、あはっと無邪気な笑い声を上げた。表情は、喜びに満ちている。

 

「なるほど……なるほど。随分とお粗末な儀式で起こされたのねと思っていたら、なるほど。そういう事だったのですね。起こされてみるものです、友人の無事というのはこのような身になっても嬉しいものですね」

 

 ばきん、ごぎんっ、ぼご。耳障りな音を立てながらアウラアウルの身体は少しずつ圧し潰され、折り畳まれてゆく。いくつも転がる化物であった肉の匣。それと同じ末路を辿っているのだと予想できないはずもないのに、アウラアウルはあはは、と無邪気に笑い続けている。

 

 不気味だ。気持ちが悪い。だが、今動けば死ぬ。逃げても仕掛けても、確実に殺される。この女が完全に肉の匣となった瞬間、そこを狙って動くしかない。大丈夫だ、そう遠くはない。すぐに時は来る。焦らないようゆっくりと呼吸を整え、指先に意識を集中――した、瞬間の事だった。

 

 アウラアウルが、キユをじっと見詰めていた。笑顔を消し、絶望と憎悪の渦巻いた瞳で。

 

 四肢を圧し潰されているというのに何故か地に落ちず、何かに掴まれ浮いているような状態で。べきごきと不快な音を立て胴へ向かって身体を折り畳まれてゆきながら。首を曲げて、アウラアウルがキユを見詰めている。

 

「――――そこの赤ずきんさん。このような場で、こうして無様を晒している私の姿を見てはとても信じられないかもしれませんが、実は今の私はとても機嫌が良いのです。機嫌が良いので、見逃しついでに一つ助言をしてあげましょう」

 

 がごん、べごんっ。ぐちゃり。不快な音を立ててアウラアウルの身体が匣の形へと近付いてゆく。だというのに、それを全く意に介さず穏やかな笑顔を浮かべ、キユへ向かって話し続けている。

 

 気持ちが悪い。吐きそうだ。キユは口から漏れ出ようとする罵倒と胃液を必死に呑み込んだ。今はただ、聞くしかない。

 

「貴女のご友人、銃を持ったあの子。彼女はここから三十(メートル)程離れたところにある廃墟で気を失っているようですね。右脚と左腕、それからお腹を子供達に囓られたみたいだけれど、まだ息はあるから助かるかもしれません。ああ、距離の測り方って今でも米なのかしら? 通じる?」

 

 抵抗しているのだろうか、あるいは終末というものはこういったキユには理解のできない力に対しても耐性があるのだろうか。他の怪物と比べて明らかに長い時間を掛けて折り畳まれながら、アウラアウルはキユへ場違いな疑問を投げ掛けた。

 

 キユの思考は疑問で埋め尽くされた。今の話はイザナのことなのか。何故イザナがどうなっているかを知っていてキユに教えるのか。何が目的なのか。どう動くのが正解か。

 

 考えて、考えて……キユは、一つの答えを出した。それは、イザナや他の仲間に知られれば職責を放棄していると糾弾され処分を受けるものかもしれないけれど。

 

 それでもキユには、己に残った数少ない希望と友情を捨てることはできなかった。もうキユの故郷と本当の名を知っているのはイザナだけだ。それが無くなれば、もうキユには生きる意味が無くなってしまうのだから。

 

「……親切のお礼に一つだけ教えてあげます」

「あら、なんでしょう?」

「この新世界でも、ほぼ全ての国で旧世界のメートル法が採用されています。便利だったのでそのまま使っているそうです」

「まあ、そうなのですね」

 

 特に興味の無い話題だったのか気の抜けた返事が返ってくると同時に、キユはぱちんっと指を鳴らした。瞬間、キユの姿は崩壊した教会から消える。

 

 あとに残ったのは、アウラアウルと呼ばれる終末が一つだけ。それも、じきに床に散る肉の匣達の内の一つとなる。

 

「もう少し、お話を楽しみたかったのですけれど。いえ、いつかまた、ですね。あの子は良い目をしていましたから」

 

 キユの気配がどんどんと遠退いてゆくことに面白い手品だと笑い、アウラアウルは彼方へと視線を戻した。どれだけ目を凝らしてもやはり見えない。やはり贄の質と量が足りないまま儀式を行われたのだろう。本来の自分であればできた事ができないというのは、随分と歯痒いものだ。

 

 けれど、それなりに収穫はあったかな。アウラアウルは満足気に笑顔を浮かべてみせた。

 

 己の目には映らないが、きっと彼方にいる彼女であれば。今まさにアウラアウルを肉の匣へと変えようとしている、あの子には私が見えているはずなのだから。

 

「――――貴女が絶望するまで。何度も、何度でも私を殺してくださいね。私、ずっと貴女を待っていますから。ねぇ、ナインさん」

 

 また会いましょう。その言葉は、音にはならず匣の中へ。

 

 

 

 

 

 

 祈り続けるアウラアウル。望まれず生まれた子供達の楽園を望んだ旧世界最後の聖女。翼が生え鱗に覆われた子供達が自由に生きる世界を望み、それ以外が子供達の餌となることを望んだ旧世界最後の魔女。

 

 友守平和は知っている。アウラアウルと呼ばれた少女の罪を、願いを。

 

『あの子達には、何一つとして罪は無いのに。ただ生まれたかった、生きたかっただけなのに。どうして、こんな』

 

 少女の慟哭を知っている。串焼きにされた子供達、それに抗い首を晒された大人達、あるいは串焼きと晒し首を指差し笑う大人達。何度見ても大声を上げて泣く少女を馬鹿みたいだと思っていたことを憶えている(思い出した)

 

『私なら救えると望まれた。私に救ってほしいと願われた。だから、私なら救えます。私が救わなければならないのです。私は、貴女と違って英雄にはなれません。それでも、私は救います』

 

 少女の覚悟を知っている。数百の穴を掘って埋めた後、涙を拭って少女が言った。貴女には知ってほしいと言った少女の誓いを、友守平和は忘れられない(思い出した)

 

『……私は、誰もが笑顔でいられる世界を作りたいんです。誰も理不尽に泣かない世界を築きたい。その一歩になりたい。なりたかったん、ですよ。……ナインさん、お願いです。もしも、私が世界を呪ったら。終末を望む怪物に堕ちてしまったら。私が何を喚いても、何も聞かずに殺してください。何度でも、何百度でも。その時の私は、わかりませんけど……今の私は、その度に貴女に感謝します。だから、躊躇わずに殺してくださいね。その為にも、貴女は絶望しないでくださいね』

 

 貴女になら託せます。そう笑った少女の笑顔を。その頭に戴いた光の輪の輝きを。友守平和は憶えている。そう望んだ者達を殺し続けてきたから。殺す度にもっと何かができたはずだと後悔してきたのだから。

 

『――――あと、一歩。門の、さき。……ぇんが……ったのに、なあ』

 

 少女の最期を、友守平和は思い出した。楽園の門を開く直前、その胸に大穴を開けられた最期を。開かぬ門に手を伸ばし、血反吐を吐いて笑う彼女の最期を。

 

 開かぬ門に絶望する怪物達の慟哭を。罅割れた光の輪を。天に顕れた光の門を。そこから降る生きることを許されなかった子供達を。彼らが起こした惨劇を。弔うことすらできず瓦礫に押し潰されてしまった少女の亡骸を。歪められた願いを謡い続けるもういない少女の声を。友守平和は、忘れてはいけない。忘れてはいけなかったことを、ずっと思い出せずにいた。

 

 

 だから。これは罰なのだ。ずっと忘れていた、思い出そうとしなかった。忘れたままでいたいと願ってしまったトモリへの、罰なのだ。一つの抵抗も無く笑い呪いを受け入れるあの少女は、忘れていたトモリをきっと責めている。

 

 

「…………触れて、手折って。その願いは叶わない。希望を絶って、かちりと閉じて、ことりと落ちて。その生が尽き果てるまで」

 

 詠唱の途中、喉の痛みに耐え切れずに咳をすると右の掌が真っ赤に染まっていた。これで終わらせないとな、焦ることなく考えてトモリは詠唱を続ける。

 

 遥か彼方で折り畳まれつつある終末は、友守平和が知るアウラアウルとはきっと別物だ。別物のはずだ。もっと贄の質が良ければ、あるいは多ければ。本物に近付いたのかもしれないけれど。今、目の前に在るそれは。ただいつかの終末を再現しただけの、醜い偽物に過ぎない。そのはずだ。

 

 そうとわかっていれば、躊躇いなど必要無い。わかっている。わかっているのに、喉が震えた。痛みのせいなのか躊躇っているのか、トモリにもわからない。

 

 

「トトキ流封印術、裏の十二。はこづめ」

 

 

 詠唱の完了と共に、彼方に在る女の身体が折り畳まれてゆく。ぶちぶちと肉を捩じ切り、圧し潰し。肉の匣を形作ってゆく。見覚えのある赤い頭巾がふっと教会から姿を消した。アウラアウルはそういった殺し方をしない。恐らくは、トモリの知らない何かを使って逃げ果せたのだろう。

 

 イザナが見当たらないのは気になったが、匣にした感覚は無い。巻き込んではいないだろうとトモリは息を吐く。

 

 はこづめ。トトキ流と呼ばれる、封印術を得意としていた旧世界人達の扱う術の一つ。骨を砕き肉を圧し潰し、無理矢理肉の匣へと変えてしまう強力な術ではあるけれど、封印術という術の性質上すぐには死なせることができない。放っておけば衰弱死はするけれど。

 

 相手がただの化物の類であれば、それで問題無いと考えることができたけれど。新世界で生まれた怪物であれば、迷わずそうできたのに。

 

「…………あれは、念入りに、かなあ」

 

 後に王国や他の何処かから騒ぎを聞きつけた連中がやってくるだろう。偽物だとしても、旧世界の知人の成れの果てが新世界人の手に渡るのは不愉快だ。確実に壊しておこうと、トモリが女に意識を集中させた瞬間。

 

 不意に、今まさに肉の匣になろうとしている女がこちらを見た気がした。トモリのいる館からアウラアウルのいる遺跡群までは遠く離れている。トモリを見ているはずはない。そうとわかっているのに、視線が合ってしまったような気がして。

 

『――――どうか、貴女は絶望しないで。何度も、何度でも。私達を殺し続けてくださいね。お願いですよ、ナインさん』

 

 いつかに聞いた最期の声が、頭の中に蘇る。聞かずに済むと思っていた声を思い出した苛立ちでトモリは舌打ちをした。頭の上に感じていた眩しい何かが消えてゆく。

 

 彼方を睨み、アウラアウルであった肉の匣を念入りに圧し潰し。血の混じった咳を吐いた後、溜息を一つ。

 

「げほっ、ぐっ……ぅ、ごほっ……はあ、それにしても。まいったな、キユさん、本当に戦える人なんだ。テレポートみたいなのは苦手なんだけどなあ」

 

 殺すつもりないけど、殺さないとってなったら大変そうだな。声には出さず呟きどうするべきかと考える。

 

 杜撰な召喚で本来の力を発揮できていなかったにしても、アウラアウルの召喚地点で戦い続け正気を保っていたのだ。手を出さなくても自分でどうにかしたのかもしれないと少し後悔したが、今は敵ではない。放っておいたら死なせていたかもしれないと考えれば悪くない選択をしたと思えなくもないだろう。

 

 そう、助けず死なせて後悔するよりは助けて後悔した方が幾分かマシだ。これは友人として正しい行いができたと誇るべきだろうと考え直すことにした。キユには気付かれていないはずだし、伝えるつもりも無いけれど。

 

 面倒な爺とその配下はさておきとして、トモリは基本的には勇者とは名ばかりの無力な弱者として振舞えている。どこかで嘘の限界が来るとはいえ、王国での探し物が終わるまではこのままでいたい。邪魔が増えると面倒になる。

 

「それにしても……ん、がほっ……うぇ。久し振りに血吐いたなあ。これだいぶ中をやられたかな……お肉食べなきゃ」

 

 制服を汚さないように血を吐き出した後に汚れた右手を何で拭おうかと少し悩みながら周囲を見回すと、両手で耳を塞ぎ目を閉じたハクが視界に入った。逃げなかったんだ。意外に思いながら声を掛ける。

 

「ハクさん、ちょっといいです? 何か要らない布……あの? ちょっと?」

 

 何度か声を掛け、耳を塞いでいるせいで聞こえていないことに気付いた。人の耳には両手を当て、獣の耳はぺたりと伏せている。そこまでしなくてもよかったんだけどな、どうしようと少し考えて。

 

「うーん、まあ……いいや。あんまり気にされないでしょ、キユさんそんなにわたしに興味無いだろうし」

 

 洗濯すればいいやと考え、スカートで右手の汚れを拭った。そろそろ強めに脅してでも替えを取り戻さないとかな。キユさんにはどう誤魔化そう。

 

 いくつか思い浮かんだことを、できる限り顔に出さないようにと意識して穏やかな笑顔を浮かべてみせる。そうしている内にトモリが近付いていると気付いたのか、ハクはゆっくりと耳から手を離し目を開いた。

 

「……トモリさん、終わったんすか?」

「やっと気付いた。とりあえず終わりましたよ。それで、わたしはこれから適当なところで生き埋めになってきますけど。君はどうします?」

「どうしますってそら逃げ……あの、なんて?」

 

 困惑した様子のハクを無視してトモリは部屋を見渡した。リュレを覆う結界を形作っていた機械は、先の光線と衝撃でほとんどが壊れている。ばちばちと散る火花はその内何処かに引火して火事となるだろう。

 

 だが、まだ無事で呪いを発し続けている物も残っている。ハクがばちばちという音に肩を跳ねさせ怯えているのを余所に、トモリは壊れていない機械を探すことにした。

 

 これでいっか。小さく呟いて、一機のスマートフォンを手に取った。ケーブルが切れ電力の供給を絶たれたはずのそれは、何故か今もぴりりりと電子音を発しながら震え続けている。

 

「はい、これ。呪術に関わる人なら高く買ってくれるんじゃないかな」

「……あの、これなんか光ってんすけど」

「電話鳴ってますからね。さっきも言いましたけど、緑の絵は触っちゃ駄目ですよ。赤い絵を押すか音が止まるまで無視してください」

「うす。んでその、これなんて書いてあるんすか……?」

「さあ。関係無い人の名前です」

 

 短く返して、トモリはハクにスマートフォンを投げ渡した。実際、この少女には関係の無い人物の名前だ。トモリにとってもどうでもよかった人達の名前でしかない。

 

「……? まぁ、いっすけど。んでその、なんで生き埋めになるんすか?」

「ここ、これから燃えるから逃げるんですよ」

「いやそれはわかるんすけど。どうして生き埋めに……?」

「迷って裏路地に入り込んだら怖い男の人達に襲われて、必死に逃げていたら今度は大きなトカゲとカエルに襲われたりなんだったりで逃げ惑い。で、最後は何処からか飛んできたビームか何かで崩れた瓦礫から逃げられず生き埋めに。これで可哀想な人になれます」

「可哀想な人になってどうするんすか……」

「可哀想は可愛いらしいので」

 

 それ自分で言うやつじゃないと思うっす。言おうか考えて、ハクは結局言葉を飲み込んだ。口は災いの元という教訓は、新世界の今も残っている。

 

「もうすぐ夜が明けるでしょ。わたしが探してる人、多分この辺りまで来ると思うので。正直に言うと、何か大怪我か閉じ込められでもしてないと脱走したって怒られちゃうんですよ」

 

 多分殺されちゃうかな。冗談めかすようにトモリは言ったが、ハクにはとても冗談を言っているようには見えなかった。実際、冗談ではないのだが。

 

「そういうわけで、わたしはその辺に生き埋めになってべそべそ泣いてくるので。どうします? 君も保護されたいなら話を合わせますけど」

 

 トモリの問いを受け、ハクは少し考えるように俯いた。そうして、すぐに首を横に振る。

 

「やめとくっす。それなりに騎士様方の恨みを買う事たくさんしてきたもんで、バレると怖いんすよ」

「そうですか。では、ここでお別れで」

「あの、冷たくないっすか……?」

 

 少し傷付いたように、涙目のハクがトモリを睨んでみせた。対してトモリは、短く息を吐き出して。

 

「君みたいな子はどうにかこうにか生きて、その内何処かでまた会うでしょ。その時わたしに殺されないように、きちんと生きる努力をしてください」

「……また会ってくれるん、すか?」

「会いに行くわけじゃありませんけど。でも、生きてればその内会うこともあるでしょ。それで、もしもわたしが困っていたら恩返しをしてください」

「それは、まぁ……そうするっす、けど」

 

 なんでそんな寂しそうにしてるの、よくわかんないなこの子。口には出さないよう気を付けて、トモリはハクの頭を左手で撫で回した。

 

 右手は拭ったが、今も少し汚れている。血で汚れた手で人を触るものではないという常識は、記憶の大半を失くしたトモリにも残っている。

 

「……きちんと働いてお金を稼いで、お風呂に入りましょう。次に会う時は髪のお手入れをきちんとしてくださいね。もうちょっとふわふわさせてください。撫で甲斐が無い」

「なんか撫でながら最悪なこと言ってません……?」

 

 にこりと適当に笑顔を返して、トモリはハクから一歩離れた。この子供がどう生きていくのか気になるが、トモリにどうこうできるものでもない。一生を預かるつもりでないのなら、半端に道を示すべきではない。

 

 これ以上会話を続けると、館の調査に来るであろうキユ達と鉢合わせてしまうかもしれない。それに、少し別れが惜しくなってしまいそうだ。そう考え、トモリはハクに背を向けた。ハクの息を吞む音が聞こえたが、気付かない振りをして。

 

「……あの。このまま王国から逃げませんか? 勇者なんて呼ばれても、碌な扱いじゃないんでしょう? あたいと一緒じゃなくてもいいから、逃げませんか」

「探し物が二つあるんですよ。一つは絶対に王国にあるんです。やねこ……んん、面倒臭いけど、それを見付けるまでは離れられないんですよ」

「そ、っすか。……あの、手伝ったりとか! その、……できない、すけど。見付かるように、祈ってます」

「はい、祈っておいてください。それじゃあ、本当にこれでさようなら」

「――はいっす。またいつか」

 

 またいつか。そう聞こえると同時にトモリの背後から気配が消えた。振り返れば、やはりハクと名乗った少女は姿を消している。

 

 キユさんといい、なんでこう上手に能力を隠すかなあ。トモリは今日何度目になるかわからない溜息を吐き出した。

 

「…………それにしても、まあ」

 

 リュレの街に掛けられた呪いの解呪を試みた時、黒電話から聞こえた呪いの声。解呪の後、アウラアウルに封印術を仕掛けている間も鳴り続けていたスマートフォンに表示されていた見覚えのある名前達。

 

 

 ――探し物は、探していたと忘れた頃に姿を現すものだよ。いつか、誰かの言葉を思い出す。ずっと忘れていた声を、呪いの電話のせいで思い出してしまった。

 

 

「アウラアウルに、貴女。今日は懐かしい声を聞いてばかりの日ですね。まあ、どちらも偽物なのでしょうけれど」

 

 電話に出た者の記憶を読み取り、最も声を聞きたくなかった者の声で精神を揺さ振り呪い殺す。あれはそういう呪いだったのだろう。トモリも扱い方を知っている。まだ全てを思い出したわけではないけれど、そういった術を使えるのならトモリもこれで誰かを呪った事もあるのだろう。

 

 

 偽物であることは、声が聞こえた瞬間からわかっている。それでも。どうしても心が揺らいでしまう。揺らいだ隙を突いて殺す。あれは、そういう呪いだ。知っている。

 

 

「――――何処に行ってしまったのですか、陽毬(ひまり)ちゃん。トモリは貴女を殺さないといけないのに、どうしていなくなってしまったのですか」

 

 その問いは、誰にも届かないとわかっているけれど。

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