旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユと終末の後始末

 終末との戦いで一番苦労するのは、戦闘よりも後始末だ。

 

 前準備は知識と時間があれば基本的にそう苦労をしない。戦闘は前準備ができていれば楽に済む。できていなくとも知識と実力があればどうにかはなる。ならない相手の場合準備も何も無く、顕現すれば死ぬ。

 

 今回は散々な目に遭ったが、まだどうにかできた方だろう……と、いうことにしておく。実際がどうかはさておき。

 

 

 問題は後始末。呪いやら信者に眷属やらという面倒な置き土産を処理しなければならないうえ、再来させない為に地域一帯の浄化などもしなければならない。生き残りがいれば保護、あるいは処理の必要があるし、いなければいないで何故もっと早く退散できなかったのか、救護ができなかったのかなどと面倒な連中から責められる。兎にも角にも人と金と手間が掛かる。だからといって放置すれば世界が滅ぶ。終末狩りとは、戦闘以外面倒で誰もやりたくない仕事なのだ。

 

 アウラアウルに蹂躙されたリュレは、焼かれて熔けた石と鉄、そして血の臭いに満ちた地獄となってしまった。何度も見てきたありふれたものではある。だからといって慣れるというものでもないが。

 

「あの、キユちゃん……もう少し、その……」

 

 耳元で弱ったイザナの声が聞こえた。瓦礫の下で気を失っているのを見付けてどうにか助け出し応急手当をしたまでは良かったが、私の背丈ではイザナを上手く背負えないので引き摺る形になってしまっている。

 

 気合で横抱きをしようかと言ったところ拒絶されてしまったので、こうして引き摺るしかないのだ。こいつが大女なのも悪いが、私の背がもう少し伸びていればと申し訳ない気持ちにも少しなる。

 

「傷が痛みますか? 耐えられないなら少し休憩を取りますが」

「いえ、その……揺れが足りないといいますか、もう少し乱暴に引き摺ってもらえると傷に響いて良い感じといいますか」

「おまえ本当にぶん殴って捨てますよ」

 

 こいつ、心配するような出来事がある度によくわからないことを言って心配して損したと思わせるのを本当にやめてほしい。

 

「……キユちゃん。あれは、どうなったのですか」

 

 歩き続ける中で、少しだけ真剣さを感じる声でイザナが私に問うた。あれとは領主のことか、それともアウラアウルのことか。いや、両方か。

 

 

 翼の生えたトカゲやカエル、そして終末であるアウラアルを肉の匣へと変えた何か。詠唱や陣が見えたわけではないが、恐らくは封印術の類。後になって冷静になったことで思い至ったのだが、あれは人間を対象外とした術だったのではないかと考えている。

 

 化物の群れとアウラアウルの腕を焼いた奇妙な光が放たれ、アウラアウルが肉の匣にされている間も見詰めていた方角へ進んでゆくと、幾つもの建物が熔けて崩れていた。これは一部の竜や、まだ稼働している旧世界の兵器が放つ光線の後に見る光景とよく似ている。

 

 怪物は私に見える限り全て光に焼かれて消えるか肉塊となっていた。何処から放っていたのかはまだわからないが、アウラアウルを狙えた以上私が見えていなかったとは思えず、私の呪いへの耐性が終末と呼ばれる怪物よりも高いとは思えない。働いている力を知覚できず術者を見付けられなかったので推測でしかないが、肉の匣に関しては人を対象外とした封印術であったと考えれば納得はできる。

 

 あるいは、私を避けて術式を起動させる技量を持っていたか。いや、非現実的な話だ。できるとすれば、それこそあれと同じ終末や英雄の類だろう。

 

「大雑把な計算ですが、これから一時間後にはツクモ商会、そこから更に十五分後には王都からの聖騎士団が到着するでしょう。とりあえずあれらと遭遇したくはないので館の調査後はさっさと撤収します」

「トモリノドカはどうしますの? 脱走したと判断された場合、わたくし達の責として追跡を命じられるのでは」

「適当に死体を()()()()持ち帰ります。その後王国の脅威となろうとキユ達には関係ありませんし、ただの幸運で逃げ延びたのならそれでもよいでしょう」

 

 街の中にも生存者がいないわけではなかった。もう助けられる状態ではない者ばかりではあったが、トモリの声は聞こえなかった。すでに死んでいるというわけではなければ、あるいは領主の館に向かう途中で見付けられる可能性もある。あの領主、どうにもトモリに用がある様子でもあったし。あるいはの可能性はまだ残っている。

 

 

 ……別に、私はあの子に死んでほしいわけではないのだ。いつかは殺さねばならないが、王国が先に滅びてくれれば殺さずに済むかもしれないのだから。

 

 

 

 何かしらあるかもしれないと領主の館に向かう途中、イザナが何か声が聞こえると言い出した。まず呪いの類を疑ったが、私の耳にも聞こえ始めたところでそうではないと確信した。聞き覚えのある泣き声だったのだ。

 

「けっこう近いですわね。これ、トモリさんですわよねぇ……?」

「そうでしょうね。どう思いますか?」

「ただのぎゃん泣きしてるガキとしか……これ、わたくし達には気付いて……なさそうですわよねぇ」

「罠の可能性も無さそうですか」

「他に人は見えないし聞こえませんわ。まぁ、仕掛けたか発動させた当人は死んでいて罠の中に死人の声だけが取り残されているというのはありそうですけれど」

 

 あのお馬鹿はそういう馬鹿をやる。これは思ったがなんとか呑み込めた。言うと本当にやらかしていそうで怖い。

 

「……目と耳に異常はありませんね? 頭痛などは」

「心配性が出てますわよ。足手纏いは嫌ですもの、そうなったらすぐに言いますわ」

 

 嘘を吐け、おまえそういう時黙って消えようとするだろ。これも言い掛けたが口にはしなかった。指摘するとまた誤魔化し方を変えられる。

 

 慎重に声のする方へ足を進めてゆくと、慎重に進んでいるのが馬鹿らしくなる程に泣き声が大きくなってきた。もうこれは鳴き声と呼んでもいいのかもしれない。

 

「だっ……だれか、だれかぁ! だれかいませんかあ……うっ、ううう……ぐすっ」

「これはもう、お手本のようなぎゃん泣きですわね」

「言っている場合ですか。はぁ……トモリさん、聞こえますかぁ!? 聞こえているなら返事をどうぞ!」

 

 泣き声がしている辺りに向けて大声を掛けてみると、ひっと悲鳴のような反応が返ってきた。さすがに確信していいだろう。この声は間違いなく本物のトモリノドカだ。

 

 ついでに何処に埋もれているのかもわかった。大きな声で呼び掛けると、少し先の方の瓦礫の山から情けない悲鳴が返ってきたのだ。

 

「こ、この声……キユさんですか?」

「はぁいキユちゃんですよ。まったく、宿にいないから何処に逃げたのかと思ったらこんなところで埋まってたんですか」

「な、なんか怖い人達から逃げたら空をビーム飛んでって……地下に逃げて助かったんですけど、今度は出られなくなってえ……!」

 

 鼻を啜っているのだろう、ぐずぐずとした情けない涙声が聞こえる。問い質したいこともあるが、まずは瓦礫をどけるべきか。

 

「……オウダインさんと二人で瓦礫をどけますけど、少し時間が掛かるか乱暴になります。とりあえず煩いので泣き止んでください」

「は、はい……あ、オウダインさんもいるんだ! ……良かった、無事だったんだ」

 

 人の心配をしていられる状況ではないと思うのだが、指摘してまた泣かれても面倒なので黙っておくことにした。イザナも空気を読んでいるようだし。

 

 瓦礫をどかして見えたのは、ひしゃげた大きな鉄の扉だった。元は旧世界の倉庫か何かの遺跡なのだろう、ひしゃげて隙間ができていなければこの情けない泣き声がこちらに届くことも無かっただろうと考えると、本当に運が良いのか悪いのか。

 

 

 …………この歪み、こちら側だ。トモリが体当たりでもしたのか? 頑丈なだけでそんな力は無いと思っていたが。

 

「トモリさん、けっこう力があるんですねぇ?」

「えっ? どうしてですか?」

「いえ、扉がこっち側にひしゃげてるので。頑張って体当たりしたのかなって!」

「う、ううん……中にイノシシの死体があるんですけど、多分その子が頑張ったからじゃないかな。わたしも、そのお陰で中に入れて」

 

 ここから脱走しようとしたイノシシが鉄扉に体当たりを繰り返し死亡、その後やってきたトモリが中に入れると気づき避難。そんな幸運有り得るか? そもそも何故ここにイノシシがいる。いや、疑い過ぎるものではないとも思うが。

 

 今はいい。だが、これは覚えておくべきだ。殺すのであれ生かすのであれ、何か隠しているのなら知っておくべきだ。

 

 

 それにしても、手作業で瓦礫をどけるのは時間が掛かるし面倒だな。あまりやりたくなかったが、ここで時間を掛け過ぎて撤退が間に合わなくなるよりはマシか。

 

「……トモリさん、手を出してください」

「え、あっはい」

 

 トモリが扉の隙間から手をおずおずと出してきたので、右手で繋ぎ左手の親指と中指を合わせて力を込めた。

 

 やはりどうしてこうなったのか疑問はあるが、扉に手を出せるだけの隙間があってよかったと思うことにしよう。そうでなければ、より面倒なことになっていた。

 

「はい、握手。少し吐くかもしれません」

「はい……えっ?」

 

 返事を聞く前に指を鳴らし、転送の術式を起動した。三秒数えて後ろに一歩、右に身体を回して……ここだ。左手を突き出してぐっと握ろうとした瞬間、手の下に人が現れた。落ちる前に襟首を掴んで、どうにか顔面を地面に叩き付けることだけは防いでやれた。

 

「これは未だに理由の解明されていない面白い話なんですけどね。転移、転送の術に慣れていない人は必ずうつぶせに現れるんです」

「……はい」

「そして、状況を理解する前に腹と顔面を強打するんです。キユもよく鼻血を出しました。それ以上に他人の鼻骨と前歯が折れましたけど。あと、荷物を破損させて怒られたりしましたね!」

「うぷっ……はい」

「おや、意外と耐えますねぇ。吐いている間心を落ち着かせる為に雑談でもしてあげようという心遣いだったんですけど。背中さすりますか?」

「だ、だいじょっ……ぶ。全然、大丈夫。です。ちょっと、びっくりしただけ」

 

 そうは思えない声をしているが。顔を覗き込むと、やはり今にも吐きそうな顔はしている。吐いてしまった方が楽になれると思うが、耐えられると思っているならそのままにするべきか。ところどころ汚れてはいるが、傷は見当たらない。無事といっていいだろう。

 

 

 ……ただ。あまり嗅がない類の匂いがする。妙に甘く、重たい。いや、これが何の匂いであるかはわかるのだ。何故かはわからないが、確信がある。

 

 これは、血の匂いだ。どれだけ注意深く見ても外傷は見当たらない。上手く隠している可能性もあるが、それよりも気になるところがある。

 

 ……そうだ、ずっと。トモリの口から、甘い匂いがする。口元から甘い血の匂いがする。

 

 旧世界人の血の臭いは何度も嗅いだ事がある。甘いと感じた事なんて、ただの一度も無いはずなのに。この子の血は、妙に甘い匂いがする。何かの体質か?

 

 

「トモリさん。血を吐きました? 口の辺りが汚れてますけど」

「え? ううん、……ああ、いや……えっと。はい。ちょっと、吐きました」

「どうして吐いたのかわかりますか?」

「多分、呪いか何かなにかで……。えっと、あそこにあった大きなお屋敷に逃げたんですけど。そしたらゾンビに襲われて……逃げ込んだ部屋に電話があって。それが鳴ってたから、思わず出ちゃったんです。怖い声がしたからすぐ切ったんだけど」

 

 ぞんび……? 一部意味のわからない単語があったが、まあなんとなくの理解はできた。トモリが指差した先には焼けて崩れた領主の館だった廃墟が見えた。

 

 元は遺跡だったのだろう、石と鉄でできた部分はまだ形を保っているところが多いが木でできていた部分は完全に焼け落ちてしまっている。資料か何かを見付けられればと考えていたのだが、難しそうだ。

 

「えっと……それで、気持ち悪くなってたらお屋敷も燃えちゃったから逃げて。ここに逃げた後も、しばらく吐いてました。もう何も出ないから、呪いも大丈夫だと思うんですけど」

「それは胃の中身が無くなっただけじゃないですかねぇ。オウダインさんは呪術の専門家ですので、後できちんと見てもらいましょう。まずキユ達の治療を済ませてからにはなってしまいますけど」

「うん……大丈夫です。わたし、頑丈ですから。それより、本当にキユさんとオウダインさんは大丈夫ですか? その、二人とも血だらけで」

「……キユのこれはほとんど返り血です。オウダインさんは別ですが」

 

 視線を寄越してみたが、返事は無い。冗談を挟む余裕も無くなっているようだ。私も魔力が少ない。長距離の転移、転送は計算が合っていたとしても今の状態では正確に跳べる自信が無い。

 

 ……リュレに隠された遺物や呪いは、ツクモ商会かどうせ別命を受けて忍び込んでいるであろう同輩が見付けてくれるはず。王国の連中は何も手に入れられず、ここで優秀な戦士の数を減らすだけに終わるだろう。

 

 何も問題は無い。ここから先の私の判断は、何も間違っていないはずだ。

 

「歩けますね? あと三十分もすれば聖騎士団の方々がこの地にやってきます。残りの仕事は聖騎士なんて呼ばれちゃう精鋭の方々に任せて、キユ達は安全なところに逃げましょう。オウダインさん本当に死にそうですし!」

 

 トモリの右手を取り、少し力を込めた。痛みを感じているようには見えないが、反論を許すつもりは無いことは伝わっただろう。脅しと取られているか緊張や恐怖に苛まれていると取られているかはわからないが、どれでもいい。ここで抵抗するのなら意識を失うまで殴るだけだ。

 

 それに、どうせトモリは抵抗しない。この子は死にたくない臆病な子供なのだから。

 

 はい、とトモリが私の手を握り返す。抵抗が無かったことに安堵しつつ引っ張り上げると、小さくトモリの口が動くのが見えた。

 

 何かを呟いている。そう気付いた瞬間、耳が声を拾ってしまう。拾ってしまった。

 

 

「――――聖騎士。へえ、聖騎士。そっか、来るよね」

 

 

 その声は、注意して見ていなければ聞き逃していただろう小さなもので。身震いする程の重たさと冷たさをもったもので。聞いた者に恐怖を与える、強い憎しみと殺意に満ちた声だった。

 

 すぐにまた、おどおどとして情けの無い見覚えのある表情に戻ってしまったが。本当に、この子はどちらが本当の顔なのだろう。

 

「……? キユさん、どうしたんですか? あ、わたしがオウダインさんを背負いましょうか? わたしのが身長上だし」

「…………いえ、なんでもありません。それと、むかつきましたのでキユがイザナを背負います。よいですか、背負うとは背丈だけでは行えないものなのです。筋力と技術が何よりも求められるものなのですよ」

「ご、ごめんなさい……でも、その……イザナさん、ずっと足引き摺られてるけど。大丈夫なのかな?」

「…………ちょうど靴を新調しようと思っていたところなので、何一つとして問題ありませんわ……揺れてると痛みで意識を保てますの」

「そ、そっか……じゃあ、大丈夫です、ね……?」

 

 それ本当に大丈夫かなあ。トモリの小さな声が聞こえたが聞こえない振りをした。正直なところ、私も大丈夫ではないと思っている。ただ、今トモリに任せたら確実にイザナは暴れて抵抗する。その嫌な確信があるからこうなっているだけだ。

 

 イザナが眠ったらトモリにイザナを背負わせよう。私が警戒しながら進んだ方が確実に安全だし速い。気付かれぬよう計画を立て、リュレを出る為に歩き出した。

 

 

 

 ……トモリが私達と離れている間に何をしていたのか。聖騎士と呼ばれる連中に対してこの子は何を思っているのか。知りたいことを知れるのは、きっとずっと後のことだ。身体の頑丈さを抜きにしてもこの子に拷問が効くと思えないから、もしかすると一生知ることはないのかもしれない。

 

 

 あるいは。秘めた過去を暴こうとする何もかもに屈さずに、全てを抱えて死んでくれるのなら。脳と魂、どちらからも記憶を辿れぬように死んでくれるのならば。

 

 

 それにしても、最近は面倒事ばかりだ。この子にはそう遠くない内に死ぬか消えるかしてもらわなければならないし、王国との契約が切れる前に爺の首も刎ねなければならない。

 

 本当に、面倒事ばかりなんだ。本当はもうとっくに私とイザナの手には負えなくなっているのではないか、そう誰かに問いたくもなってくる。

 

 

 

 

 

 ――――どうせ、いつか。全ては滅んで終わるのに。こんなことを続けて、何になるというのだろう。

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