旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユの正義

 子供の頃の、愚かな夢。

 

 誰かを守れる人になりたかった。悪を許さない強い人になりたかった。正義の味方になりたかった。だから、騎士や勇者になりたかった。

 

 子供の頃の、愚かな罪。

 

 己こそが弱者であると知らなかった。悪とは何なのかを考えることもしなかった。正義をただ盲目に信じていた。だから、気付けば間違いばかりを犯していた。

 

 

 愚かな夢と罪に、与えられる罰は。

 

 

「――――レッドラム四等騎士。今回もご苦労だったね。君のことは信頼しているが、やはりこうして報告に来てくれるまでいつも不安なんだ」

 

 長い白髪を後ろで一本に結った初老の男――騎士団長と呼ばれる男の言葉に合わせて小さく礼をした。それから、意地の悪く生意気な笑顔を意識して浮かべてみせる。

 

「簡単なお仕事でしたよ? わざわざキユにお願いするのが理解できないくらい!」

「さすがだね、やっぱり君達を法国から借りて正解だったよ。おかげで面倒事がさくさくと片付いている」

「それ、ちゃんと上にも言ってくださいねぇ? キユの評価に関わるんですから。あ、ここでの階級を上げてくれてもいいですよ! キユ、一部の人に特等騎士殿って呼ばれてるんです! 本当にしてくれてもいいんですよ?」

「はは、それもいつかね。ところで、君は世辞や嫌味というものを理解できる程度の頭はあるのかな?」

「さて、どうでしょうねぇ?」

 

 にっこり。まるで感情の込められていない笑顔を向けられた。ので私も笑顔を作って返した。まぁ、似たようなものなのだろうが、この爺よりはマシな作り笑いができているだろう。自称忠実な部下からはこの世で一番笑顔が可愛いとしつこく言われているし。

 

 

 ――私、キユ・レッドラムは法国と名乗る傭兵団から王国へ貸し出された猟犬の一匹。意地が悪く生意気で金に汚く、傭兵としての実力以外に評価できる点が全く無いろくでなし。

 

 ……そういう設定だ。所属は正しいが、実際の私の性格は意地が悪く生意気ではあっても金には然程興味が無い。

 

 仕事の目的と見た目から他者に与える印象や相方の動きやすさを考えた結果とはいえ、この設定の通りに演じるのは疲れるし無理があると毎回思っている。もう一月続けているし、あと六月程はこの王国で耐えなければいけないのだが。

 

「どうにも最近、王都に潜り込もうとする魔族やそれに与する裏切者が多くてね。うちの子らに悪い影響があると困ると思っていたから、君達のおかげで助かったよ」

「そうでしょうそうでしょう、王国の騎士って名ばかりのよわよわさんばっかりですもんねぇ、やっぱりお友達殺したくないよぉえーんってまた裏切っちゃうかもしれませんもんね!」

「はは、耳が痛いよ。ところでオウダイン四等騎士はどうしてここにいないのかな?」

「こんな簡単な報告なんてキユだけで充分、だからオウダインさんは帰って銃の整備しますって! 酷いですよねぇキユに押し付けて、でも断ったら殴られるし……あ、弾代の請求書は預かってるんでありますよ」

 

 ぴくり、爺の片眉が痙攣した。それなりに苛ついたらしい。さて、どれが一番効いたのか。あるいは重ねたのが良かった、もとい悪かったのか。

 

「……法国の傭兵は、君みたいなのばかりなのかな?」

「やだなぁ、みんながキユみたいに可愛くて強いわけないじゃないですか! あ、オウダインさんみたいな堅物も少ないですよ。ほら、あれです。れあきゃら? ですよ!」

 

 自分で舌を噛み切りたくなる程にぺらぺらと喋っていて報われたと感じるのは、きちんと相手の不快感を煽れていると感じられた時だ。あと少し突けば向こうから手を出してくる、それを感じられた時だけは、少しだけ楽しいと思える。

 

「団長様ったら怖い顔してますよ。怒りました? 怒っちゃいました? でも我慢しないとですよ。キユだって団長様の部下さんに襲われてもしばらく剣を握れなくするだけで許してあげてるんです。本当は椅子やお面にしてあの人達の家族に送ってあげたいのに、王国ではずっと我慢してるんですよ。せっかく道具を持ってきたのに、オウダインさんも駄目って言うから」

 

 泣いて喜んでくれるはずなのに。冗談交じりに言うと、爺の瞳に侮蔑が宿るのが見えた。怒りよりも蔑みが強くなった。あとは少し、無自覚な恐怖。

 

 これでいい。今私に向けられているのは殺意ではなく、蔑みと恐怖だ。爺も下品な殺人鬼の血で部屋を汚したくないからここで剣を抜きはしないだろうし、脅しもかけたからしばらくは部下を差し向けもしないはず。

 

 扉の向こうで聞き耳を立てている二名は……微妙なところだな。まぁ、何か面倒なことをしてくるようなら耳を切り落とすくらいはしてもよいか。

 

 

「それじゃ、キユはもう帰ってもいいですか? キユも武器のお手入れしたいんですよね。研がなきゃいけない刃物がたくさんあるもので」

「――少し、待ってもらえるかな。君達に頼みたい仕事があったんだ。掃除は一段落ついたことだし、そろそろ頼もうかな」

 

 おや、面倒事の予感。経験から言って、こういう帰ってよいか確認を取った後に持ち掛けられる仕事というのは、たいてい碌でもないものだ。

 

 皺だらけの顔を覗き込む。苛立ちに歪んでいたそれは、今は意地の悪い笑みの形に歪められていた。余裕を取り戻したらしい。これは少し覚悟をしなければならないか。

 

「キユ達は貸し出されたわんちゃんですから。なんなりと。それでなんですか、ちょっと殺しづらい人ですか?」

「そうかもしれないね。それに、今すぐ殺してほしいというものでもないんだ。監視も兼ねている、といえばいいかな」

「キユ、ちゃっちゃと殺すの専門なんですけどねぇ。監視なんかはオウダインさんの方が目も耳も良いし向いてますよ」

「言ったろう? 君達に頼みたいって。僕の予想が正しければ、どちらか一人だけでは返り討ちに遭うかもしれないし」

「――へぇ」

 

 少し。少しだけ面白くなってきた。挑発のような言葉は、微塵も嘘を感じられなかったのだ。こいつは私の実力をある程度は知っている。そのうえで、私が返り討ちに遭うと本気で思っている。

 

「どんな化物なんですか? キユ興味が出てきました」

「見た目は普通の旧世界人だよ。この王国の前にあったニホンという国の人間で、肩まで伸びた黒い髪と黒い瞳で他の若い勇者と似た学生服という服を着ている。あとは、首輪をしているね。黒いんだが、時々青や白の光の線が見える首輪だ。他の勇者でも見た事があるだろう?」

 

 首輪……確かに見た事がある。勇者と呼ばれる旧世界人は服装や髪色こそ地域などによってまちまちだが、首輪だけは同じ見た目をしている。

 

 別の国で仕事をしていた時も旧世界人とは敵味方どちらの立場でも会った事があるが、確かに首輪をしている者が多かった。

 

「あれ、流行ってたんですか? ほんとによく見ますけど」

「あれは制御装置だよ。今はほとんどの機能が働かず無意味な飾りになっているだろうけど、あれの首輪なら最低限の機能はまだ動いているはず。首輪に赤や金の光の線が見えたら気を付けるといい。戦闘態勢に入った合図だからね」

「はぁ……随分と親切な首輪なんですねぇ」

 

 知っているが適当に頷いておくことにした。旧世界人は妙な力を使う。触れられない距離にあるはずの物に触れ、死ねと言葉にするだけで心臓を止め首を折る。そういった奇妙な力を使う時、彼らの首輪には赤や金の光が走っている。

 

 おまけに異様に硬いことも知っている。いつだったか、首輪に弾かれて勇者の首を刎ね損なった事がある。死体漁りをしていた時も首輪の壊れた死体は見た覚えが無い。

 

「……それにしても、詳しいんですね団長様? お勉強したんですかぁ?」

「王国は遺跡が多いからね、旧世界人もよく発見されるんだ。一番多いのは冷凍睡眠かな。それで、運良く会話のできる研究者を保護した事があってね、いろいろ()()()()()()んだ」

「なるほど、幸運に感謝ですね!」

 

 その研究者とやらはきっともう死んだのだろうが。拷問か脳洗いか、いずれにしろ碌な聞き方はしていないだろう。

 

 ナルカサテラ王国。この国は新世界で最も多く状態の良い旧世界の遺跡が発見され、最も多くの勇者と呼ばれる旧世界の戦士を見付け保護した国で――最も多くの旧世界人が逃げ出し、殺される国でもある。王国は、旧世界の遺した智慧に頼り発展してきた歴史を持ちながら他のどの国よりも旧世界を蔑み憎んでいる。

 

「……それで、誰を見ていてほしいんですか? どうなったら殺して良いんですか? お名前とか特徴とかもうちょっと詳しく教えてくれないとキユもお仕事できませんよ」

「ああ、そうだったね。少し待ってね、確か写真があるんだ。何処に仕舞ったかな」

「…………写真って、すっごく高くなかったですかぁ?」

「うん? いや……いや、うん。そうだね。確かあの時は友人から撮影機を借りていてね。いろいろ撮っていたんだ。その時たまたま撮れたから丁度良いと思ってね」

 

 妙に間のある返事だった。詮索しても良い事は無さそうなので、これ以上は聞くつもりも無いが。

 

 しばらくの間机の引き出しを漁って、見付けたとどこか粘ついた呟きを漏らした後に爺が私に目を向けた。意地の悪い笑みに固まった老人の顔。見慣れたはずのそれは、しかし先までとどこか違って見えた。何が違うのかと問われれば、わからないと答えるしかない些細なものなのだが。

 

「うん、よく写っている。これを見れば誰かと見間違える事は無いはずだよ」

 

 そう言って、一枚の写真が机の上に置かれる。あまりこの爺に近付きたくはないのだが、今回は仕方無いとするしかないか。さすがにここで不意討ちを仕掛けてはこないだろうし。

 

 写真という遺物自体は何度か見た事がある。見たものをそのまま切り取ってしまったかのような絵。そういった説明を受けて、実際その通りの印象を持っている。風景を写したものも、人を写したものも見た事がある。だから、少し油断していた。ただ写真を見て顔を確認するだけだと、そう気を緩めてしまっていた。

 

 

 写真に写った少女は、穏やかに笑っていた。見た人を安心させる為に浮かべているような、穏やかで柔らかい笑顔。これが写真でなく目の前で浮かべられていたら、同じように笑顔を返してしまうかもしれないような。そんな優しい笑顔。先に聞いた通りの特徴の少女が、こちらに向かって微笑んでいる。

 

 写真の少女が旧世界人でなければ、あるいは目の前の老人が旧世界人であれば。孫の自慢をしたいのだろうと考えたかもしれない。この爺に孫や家族がいるのかはさておいて。

 

 ――黄金に輝く光の線。首輪に走るそれさえ見えなければ。その意味を知らなければ。紅に煌めく瞳に怖気を感じなければ。きっと、撮影者の末路を想像する事も無かったのに。そんなはずはないというのに、写真越しに呪われたような感覚がして息が詰まるのを感じた。懐の呪い除けが砕けてないので、問題は無いはずだが。

 

「トモリノドカ。今はそう名乗っている。君達にはね、あれを監視してほしい。そして、君達を返却するまでの六月の間。あれの首輪が光ったら、あるいは瞳が黒以外の色をしていたら……いや、そうでなかったとしても。もしも、()()と思ったら。その場で殺してほしいんだ」

 

 常に浮かべている意地の悪い笑みすら浮かべずにそう言って、爺は私の顔を覗き込むように視線を向けた。瞳から感じられるのは、粘ついた殺意と憎しみ。

 

「……報酬、弾んでくださいねぇ?」

「ああ、追加で払うよ。君が金を好む人間で良かったよ。法国の傭兵はどうにもそういう欲が少ない人が多いから」

「無欲なのはいいことですね! そういう人ばっかりなおかげでキユはたくさん稼げてます」

 

 それじゃあもう行きますね、にこやかに告げて執務室から立ち去ろうとするとまた待ってと呼び止められた。いい加減に帰らせてほしいのだが。

 

「……キユ、お腹空いてきちゃったんですけど。団長様もお腹が空きません? そうだ、扉の向こうの二人でお鍋でも作りましょうか? 美味しくしますよ」

「生憎と人喰いの趣味は無いんだ。その腕は魔族を捕らえた時にでも披露してほしい。……そう睨まないで。いやね、もう一つだけ助言をしておこうと思って」

 

 助言、助言ね。これでただの嫌味だったら本当にここで手料理を御馳走してやろうか。

 

「肉団子は好きですか? 脳はお刺身が良いですかね?」

「そう警戒しなくとも、悪い話じゃないよ。本当にただの親切心さ。対象がどういう人物なのか、早めに知りたいだろう?」

「紹介でもしてくれるんですかぁ?」

「いや。僕が紹介したら警戒するからね、僕の名前は出さないでほしい。とりあえず、暇な時にでも稽古場の裏や馬房のあたりを見に行ってごらんよ。あとは十二番街の橋の下がお気に入りだったかな、あれはその辺りにいると思うから」

「普通に住んでいるところ教えてほしいんですけど」

「うん。だから言っただろう? 住んでいるところ」

「はぁ……はぁ?」

 

 どう考えても住んでいるところではない場所ばかり挙げられていたが。橋の下が辛うじて……いや、それだっておかしい。王国で勇者と呼ばれる以上そう役所で登録され身分証も貰っているはずだ。身分が保証されているなら住所が、それこそこの騎士団に雇われている勇者なら宿舎を借りるなりしているのでは。

 

「宿舎は部屋が埋まっていてねぇ。ほら、うちの団は勇者を積極的に雇うから。それで馬房になら空きがあるから貸してあげたんだけど、気に入らないのかあまり使ってないみたいだね。王都から出なければ何処でもいいんだけどさ。ああそうだ、もし王都から逃げ出そうとしたらそれも殺して良いからね。まぁ、これは他の脱走兵と同じだね」

 

 つらつらと意地の悪い笑みで意地の悪い言葉を吐きながら、爺はくすくすと笑った。扉の外からも似たような音が聞こえる。なるほど、聞かなければよかったな。私はこういう話が一番嫌いなんだ。

 

 不意に、笑い声が止まった。満足したのか、私が嫌な顔を隠せていなかったのか。ただじっと私を見詰めている。濁った硝子玉のように、気味の悪い瞳を私に向けたまま爺が口を開く。

 

「最後に本当の助言なんだけど。可哀想だと思わないでね? あれは怪物だ。人間じゃない。旧世界ですら受け入れられなかった異物なんだ。首輪の付いた旧世界人はクマやウサギといった害獣と何も変わらない。それを忘れちゃいけないよ」

「――キユ、誰かをかわいそうって思った事無いんですよ。だってこの世で一番可愛いのはキユなんですから。異物でも怪物でも、キユの可愛さの前には無力ですので!」

「……そうかい。本当に、君と話していると頭が痛くなるね。喋る虫と話したらこんな気分になるのかな」

 

 嫌味には笑顔と一礼を返し、今度こそ執務室を出た。制止は無く、ついでに聞き耳を立てていた制服を着込んだ若い男女が自分達は盗み聞きなどせず真面目に仕事をしていますと主張するかのように姿勢良く立っている。

 

 

 通り過ぎようとしたところで、ぺっと嫌な音がした。靴の爪先が濡れた。唾だ。男が唾を吐き、女は笑いを堪えているのか顔を醜く歪ませている。こいつら、主の前で気が大きくなっているな。私が何もしないか、しても守ってもらえると思っている。

 

 

 ――まぁ、いい。このくらいであれば許容範囲だ。どうせ六月後には首を刎ねるか頭をかち割っている。あるいはその前に勝手に死んでいる。

 

 この仕事で一番大切なのは、「どうせ後で殺すのだから」と余裕を持ち今殺さないように耐えることだ。短気は余計な仕事を増やす。耐えた方が最終的には少ない手間で仕事を終えられる。

 

 まぁ、靴磨き代くらいは貰っていくが。丁度汚れてきたと思っていたのだ、いい機会だと思うことにしよう。

 

 少し歩いたところで後ろへ振り返り、右手の中指と親指を合わせ、ぱちんっと音を鳴らした後に男と女を順に指差した。反撃されると思ったのか、二人揃って肩をびくりと震わせた後腰の銃に手を伸ばしている。反応が遅い。訓練不足だ。

 

「……顔、覚えました。今度キユもぺってしますからね!」

 

 ふんだっ。できるだけ馬鹿らしく怒った演技をして、二人がぽかんとした後に私を嘲笑うような笑みを浮かべたのを確認してから悔しそうにしながら歩き出した。

 

 館を出たところで外套の懐に右手を入れる。硬く、じゃらじゃらとした感触の塊が二つ。取り出してみれば中々の重みの革袋が二つある。おや、銅貨だけでなく銀貨まで入っている。

 

 王都勤めの騎士はあのように下品かつ経験不足の新兵でも給料が良いらしい。あるいは、家から貰っているお小遣いなのかもしれないが。

 

「――さて、あの二人がキユの魔術(てじな)に気付くのはいつになりますかねぇ?」

 

 きっと、死ぬまで無いだろう。

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