旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユとアルステラの聖女

 リュレで負った怪我と呪いが全て治るまでに、王都に戻ってから三日も費やしてしまった。一応功績を挙げたということで医療費を騎士団が持ってくれたのが不幸中の幸いか。

 

 私の怪我は多少骨が折れた程度なので治療と癒しの祈術を受けすぐにどうにかなったが、呪いの方が思っていたより深刻かつ高額だったらしい。イザナはその逆で、怪我が深刻であと十日は寝台から出られないそうだが。

 

 

 アルステラ大聖堂。この新世界で最も歴史があり信じられている宗教である、アルステラ教のナルカサテラ王国における拠点。正直ここには来たくなかった。神は信じていないのだ。居心地が悪い。

 

 

 ――これは余談で、私も最近知ったことなのだが。教会と王国は全くの無関係、というよりも王国がアルステラ教に確認を取らず勝手に首都の名を決めただけらしい。建国から千と二百年程の間、今に至るまでナルカサテラ王国首都アルステラは教会からその名を認められていない。否定されているわけでもないそうだが。

 

 教会の機嫌を取る為に建設した大聖堂も当初は華美なものであったそうだが、装飾はほとんど剥がして売られるなどして今は大聖堂とは名ばかりの診療所となっており、礼拝堂も存在はするが狭く今の私のような解呪や秘密の相談事など、本来の目的以外でしか使われていない。

 

 そもそも、彼らは祈りに場所や時を定めていないのだ。どういった思想なのかは知らないし興味も無いが。

 

 ……イザナはこういった歴史が好きなので見たら喜んでいるかもしれないが、私は全く興味が無いので本当に居心地が悪くて仕方が無い。

 

 

「……レッドラムさん。ここ最近で一番美味しかったものはなんですか? 食べ物でも飲み物でもいいです」

 

 居心地の悪さを誤魔化す為に適当なことを考えていると、解呪を担当していた癒し手が唐突にそんな問いを掛けてきた。

 

 アルステラ教の癒し手はもっと厳格な連中ばかりの印象があるのだが、ここ数年でそんな雑談を振ってくるように変わったのか? 以前少しは空気を良くしようと天気の話を振ったら黙ってろと怒鳴られたのに。

 

「最近忙しくてあまり美味しいものは食べたり飲んだりしてないですねぇ。そもそも王国ってあんまりご飯美味しくないじゃないですか」

「それは否定しません。麦の質は良いのでパンは美味しいんですけどね」

 

 怒らせて会話を終わりにしようかと思ったのだが続いてしまった。この女が王国出身ではないか、王国出身なうえで愛国心が無いか。どれでもよいが、アルステラの癒し手に雑談を振られるのは不気味だ。

 

「なんです、最近の教会は患者に優しいんですか? 二年くらい前に戦場でお世話になった時はキユすっごい怒鳴られましたよ。おまえの為に祈る時間が勿体無いって。というかキユアルステラの人に怒鳴られた記憶しかないです」

「蛇の杖が旧世界の医療器具の復元に成功した時から、我々も在り方を模索しているのですよ。二年前と言えば……まぁ、誰が怒鳴ったのかまではわかりませんが、許してあげてください。治療は完璧だったでしょう?」

「えぇまぁ、怒鳴りながら奇跡を詠むわ今のところ一番丁寧に傷口を縫われたわで判断には困っていますけど」

「そうでしょうそうでしょう。まぁもっとも、金の亡者か英雄願望で死にたがりの愚か者共として傭兵や騎士を嫌う者が多いのも否定しませんが」

 

 ならなんでわざわざ戦場に来るんですか。嫌味を言おうとしてやめた。どうせ真っ直ぐな瞳と声で必要だから、求められているからと返されて終わりだ。

 

 

 蛇の杖と名乗る傭兵団が戦場での医療行為を始めてからは機会が減ったそうだが、アルステラの癒し手は求められれば戦場にまで足を運ぶ。

 

 この新世界で最も信じられている神とその信者だけあるというべきか、戦場に立つ癒し手の覚悟と腕は本物だ。自陣にいれば安心して戦えるし、敵陣にいるとして彼らへの攻撃は禁じられているので治療所へ運ばれてしまえば手出しができなくなる。

 

 彼らの報復は苛烈であるし――なにより、神の加護を失うことを恐れる者は多い。それだけアルステラは信じられている。

 

 この王国が勝手に「聖母アルステラが最初にその手を差し伸べた聖なる地」として首都にその名を付ける程度には信じられている神なのだ。実際のところ、アルステラ教の連中はこの国をどう思っているのだろう。

 

 

「我らが母は言いました。手を差し伸べ続けなさい、誰も取らぬようになるまでと。優れた薬が調合され、道具が生まれ、技術が磨かれ……誰も奇跡を必要としなくなる事こそ我らが悲願ではありますが、それはそれとして稼ぎは必要なので在り方を変えてゆくのですよ」

「勝手に母の名を国の首都の名前に使う馬鹿がいなくなるまで、は足さなくて良いんですかぁ? あとそれ、余所者のキユに言ってよかったんですか……?」

「先の問いには沈黙を。後の問いには全ての命と営みは我らが母の許しのもとに。生きる為に稼ぐ事を我らが母は咎めません、と答えましょう。肥えようとする事までは許しませんが」

 

 そんなに融通の利く神だという印象は無いのだが。まぁ、信者が言うならそういう解釈もあるのだろう。

 

 

 この女、よく見れば紋章の付いた首飾りを提げている。鉄の剣と銀の剣、それに金の杯……確か、アルステラの中でも最上位かそれに近い立場、聖女や聖者と呼ばれる者にのみ与えられる紋章だったはず。立場のある者がそういった解釈をしてよいのかは……私が考えることではないか。

 

 

「最初の話に戻しますが……レッドラムさん、美味しいものを食べてください。お肉は好きですか? 野菜はどうでしょう? 星血派の方々は嫌っているようですが、お酒も良いですよ。食は人生を豊かにします。この世界は希望に満ち溢れていると思い出させてくれます」

「よく喋りますねぇ……キユ、神様信じてないので入信とかしませんよ」

「宣教は専門外ですので、私は気にしませんよ。勿論、門を叩くのならば歓迎しますが。……あ、聖剣派がおすすめですよ。お酒が飲めます」

「派閥も知らないし興味無いですけど……はぁ。最近の教会は戦に疲れた傭兵に無料で説教をくれるんですか」

 

 嫌味を返してみると、なんともいえない表情で見詰められた。何か言おうとして、結局呑み込んだ。そんな表情だ。

 

「なんですかその顔……未来の信者候補にそんな顔していいんですか」

「元気が出ませんか? 私の顔を見るだけで明日を生きる活力が満ちてくるという信者もいるのですよ」

「それは特殊な方々なのでは」

「それは否定しません。……そうですね、これ以上はお節介の域を出てしまいます。治療は完璧、解呪もした。最低限の助言まで。お代の分は働いたということで」

「本当になんなんですか……?」

 

 アルステラに限った話ではないが、どうにも神とやらに仕えている人間は言い方が独特であったり遠回し過ぎたりで結局何を言いたいのかわからない。強引に入信を勧めてこないだけこの聖女はマシな部類ではあるのだが。

 

「いえいえ、お気になさらず。ああそうそう、オウダインさんはあと十日絶対に病室から出しませんので。寂しくないようお見舞いに来てあげてくださいね」

「それは行きますけど、あの人そんな寂しがる人じゃないですよ……あの、終わりましたよね。もうキユは帰りますねぇ。お仕事溜まってるんです」

「あら、大変そう。傭兵さんって戦場以外でもお仕事あるんですか?」

「あるんですよ、上に提出する書類作ったり……!」

 

 相方が仕事をできる状態ではない以上、先に復帰した私が代わりに二人分やるしかないのだ。書類仕事は苦手なので、不本意ではあるのだが。

 

 穏やかな笑顔でひらひらと手を振る聖女にふん、と鼻を鳴らして踵を返す。やはり教会や聖堂というのは居心地が悪い。

 

 解呪を担当したこの女が独特の雰囲気で苦手だったのもあるが、神聖だなんだと言われる空間にいるとどうにも首のあたりがちくちくするのだ。

 

 神とやらを信じなくなってからだと言うと信仰心を失くした罰だと言われるが、それくらいで罰を与える狭量な神など忘れられてしまえばいい。

 

 

「――――はらからよ。正しくありたいと願うならば、正しくあると信じたいのならば。信ずるからこそ疑いたまえよ。盲信とは、信仰と忠誠から最も遠いものであり、愛と正義を穢すものなのだから。はらからよ、どうか希望の灯火を絶やさぬよう。どうか絶望に呑まれぬよう」

 

 

 大聖堂を出るまでの間、歌うように響いた聖女の声と言葉は。どうしてだか、いやに頭から離れてくれなかった。

 

 私に宛ててのものではないはずだと、思ってはいるけれど。聖句を耳にした魔族はきっとこんな気分になるのだろう。そんな気持ちの悪さを感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 復帰した翌日にジュウゾから呼び出しを受けた私を待っていたのは、覚悟していた嫌味ではなく新たな面倒事だった。

 

「アンジェリーナ・クラーク……って誰ですかぁ?」

「旧世界人だよ。トモリノドカを彼女に会わせて、反応を見てほしいんだ」

「それはまた。お友達だったかも、とかそういう感じですか?」

「いや、面識は無いんじゃないかな。クラークが出現、捕獲されたのはノルズ共和国……元はアメリカという国のあった大陸だからね」

 

 アメリカ……旧世界の国の一つか。ノルズは王国からは遠く海の向こうにある強大な国だった。四年前の内紛で滅びてはいるが、ノルズ出身の傭兵は今も戦場で見掛ける。

 

「リュレの後始末をしていた部下に観測所の遣いが接触してね。アンジェリーナ・クラークがトモリノドカと会いたがっていると」

「……終末観測所って旧世界人の方が偉いんですかぁ?」

「いいや。ただ、あれは特別なんだよ。見れば何が特別なのか君でもわかるさ」

「すっごくわかりやすいってことですね、助かります!」

 

 特別な旧世界人ね。そもそも、終末観測所と名乗る連中も特別というか特殊な部類ではあるのだが。

 

 

 終末観測所。彼らはいつ、どこで設立されたのか誰にもわからない。商売をしているわけでもなく、どこから資金を得て運用しているのかもわからない。いつの間にか設立されていて、いつの間にか終末の観測、記録、封印の維持を請け負っていた。終末に関わる事柄でしか動かないし、いなくなられては困るからどの国も勝手を許すしかない。そういう連中だ。

 

 観測所と名乗ってはいるがどこかに大きな拠点があるわけでもなく、普段彼らが何をしているのかもわからない。終末などというものに誰も関わりたくはないので、知ろうとしないというのもあるのだが。

 

 

「……で、つまり? キユ次のお仕事は、トモリノドカをその旧世界人のところまで連れて行くと。それだけなら他の人でよくないですかぁ? キユ病み上がりなんですけど!」

「丁度良いだろう? それに、正規の騎士は今忙しいんだ。おつかいくらいなら君一人でもできるだろう」

「キユってば可愛いだけでなく賢くて、おまけに優しいので聞いてあげますよ。正直こういうの契約の外なんですけどね!」

「おや、契約なんて難しい言葉を知っていたのかい。芸もできない犬なのにねぇ」

「芸は騎士様の方がお得意ですもんねぇ?」

「殺されたいのかな」

 

 この爺、妙に機嫌が悪いな。執務室が工事中なことと何か関係あるのか? さすがにそこまで突っ込んで煽りはしないが。

 

「……キユ謝りませんよ、最初に八つ当たりしたのはジュウゾ様ですもんねぇ? それじゃ、ここで!」

 

 仕事は決まったのだし、こういう時はさっさと出ていくに限る。礼儀を知らない野蛮な傭兵という印象はこういう時に不自然を感じさせないので役に立つ。

 

「少し、待ってもらえるかな」

 

 部屋を出ようと扉に手を掛けたところで、粘度を感じる老人の声が響いた。どうにもこの爺、人が帰ろうとしているところに余計な面倒や嫌味をぶちこんでくる悪癖があるな。

 

「……なんですかぁ? キユ、オウダインさんが休んでる分報告書も書かないとなんですけど」

「そう、オウダイン四等騎士にも関わる話なんだけどね。憤怒のラス討伐の話は聞いているよね?」

 

 なるほど、面倒の方か。本当に帰りたくなってきた。まぁ、帰る家など無いのだが。

 

「一応知ってますよ。今騎士の皆様がおつかいもできないくらいに忙しく儀式の準備してますもんねぇ?」

「準備は終えていてね、あとは時を待つだけなんだ」

「それはよかったですねぇ。それで? キユを呼び止めた理由は? オウダインさんとの関係は?」

「七日後に儀式を執り行い、憤怒のラス討伐戦を開始する。君の同僚は使えるようになるのか気になってね」

「……さて、どうでしょう! オウダインさんと教会の方のやる気次第ですかねぇ!」

 

 七日後。七日後か。それは不味いな。いや、助かったとも言えるのか?

 

 イザナの退院は十日後だ。少なくとも、次の戦でイザナが死ぬことは無い。この狂った老人と愉快な仲間達が大聖堂の近くで戦を始めなければ、ラスが王都を焼かなければ……と、祈らなければならないことも多いのだが。最悪、あの聖女に金を積んで奇跡を詠ませるか。

 

 やらなければならないことも多い。この爺に、というよりも王国に本当に魔王の怒りを討つだけの力があるのか。あるとすればその先に何を見据えているのか。無いのであれば何の為にラスに挑むのか。

 

 それに、トモリとアンジェリーナ・クラークとやらを会わせて何を期待しているのか。色々と見極めなければならない。これは私だけでは不足だろう。やはり無理にでもイザナを動けるようにしよう。

 

 

 ……こちらの探し物が見付かるかにもよってしまうところはあるが。春を待たずに王国の名を地図から消せるかは、この七日で決まるのかもしれない。

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