旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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ココネと貌無しディレ

 リュレに偵察に出ていた同胞が戻ってきているのを見付けたのは、トモリさんと会った日の次の夜でした。

 

 十を超える同胞がいたはずなのですが、その半数が王国の聖騎士団に見付かり捕縛前に自害。残りは聖騎士団ではない何者かに襲われ、最終的に一人を残し死亡したと見るしかない状況。最悪ですね。

 

 その一人も、たまたまあたしが散歩に出ていなければ強盗か何かの被害者として片付けられていたでしょう。それか、幻術が解けて魔族が王都に忍び込もうとしていたと騒ぎになってしまったか。本当なら見捨てたかったんですけどね。

 

 血塗れで川流れてるわ頑丈さが取り柄の獣混じりのくせに二日も目を覚まさないわ起きれば正気を失ってるわ、散々です。かといってそのままにしておけば壁の中の連中に警戒されてしまうし……はあ、本当に嫌になるなあ。

 

「……で、つまり? リュレの終末招来は成功したものの即退散。誰がやったかはわからず、終末の撮影には成功したものの写真機を持った仲間は何者かに襲撃され破損、紛失。仲間は次々と殺されるか自害して、一人おめおめ逃げ延びました、と。まとめればそういうことですよね?」

 

 がたがたと歯を震わせるイヌの獣人に嫌味をぶつければ、言い返す気力も無いのか睨み返されるだけでした。ちょっとは正気に戻ったみたいですけど、まだ参ってるみたい。

 

「罰は……罰は受ける……陛下にこの首を差し出す……そう、そうだ! 俺は、俺は陛下に裁かれるべきなんだっ」

「はいはい狂ってんじゃないですよ、姫様の手を煩わせるくらいならあたしがここで殺すっての。いいから、他にも知ってること全部話してください。あんたの代わりに情報まとめて文にしてやってんだから」

 

 なんて言いつつ、少し考えてしまいます。正直、こんな形でもまた姫様に文を送る事になるとは思ってなかったんです。本当に、もう長いこと声を聞いていなければ文だって受け取っていないんですから。

 

 あの子は、あたしの字をまだ覚えていてくれてるのかな。なんて、らしくないことを考えてしまうわけですよ。いえわかってます、今はそれどころではないですよね。

 

「終末の姿と名前、覚えてますよね。それに襲撃者の特徴、思い出せる限り思い出してください」

「しゅうまつ……終末……白い塔……トカゲとカエル、化物の群れ……竜……お、女がいた……女、アウラアウル、アウラアウルだ! め、目が合った瞬間……ミルスが、なめ、ナメクジにっ」

「はい落ち着いて。落ち着いてください。今書いてますから」

 

 要領を得ないな……これまた発狂してるんじゃないかな? 名前は信じていいとして、カエルやらナメクジやらはちょっと信じていいか微妙なところ。

 

 ……やっぱり写真は欲しかったな。脳洗いもこの精神状態じゃアテにできないし。

 

「襲撃者の特徴は? どんなふうに襲われたんですか?」

「き、気が付いたら……レイがいなくなって……次にネールが、ルミンが……悲鳴と一緒に消えて……だ、橙、光が、二つ見えて……何か、子供の、声が……聞いたら不味いと、耳を、塞いだんだ」

 

 これまた要領を得ない。正確な情報はこいつがちゃんと正気に戻ってから……あたしじゃない誰かにやってもらうとして。さて、こいつがこうなった原因はどちらにあるのかが問題なんですよね。

 

 

 終末と呼ばれる怪物は確かに見た者の精神を蝕みます。ただ、その時点で発狂していたならここまで辿り着けないでしょう。こいつだけが狂ったなら尚の事。写真機を持っているわけでもないですし、こいつは捨て置いて退くべきです。死んだ同胞もそれができない馬鹿ではなかったはずでしょう。

 

 ……そうなると、襲撃者の方か。単純に恐ろしく強かったか、何か精神を蝕む術を使ったのか。精神に関わる術は基本的に不得手でして、正直判断ができません。少なくともあたしの知ってる壊し方じゃないな。

 

 

「はあ……文にはあんたを迎えに来るように、と付け足しときますから。姫様にお目通りかなうかはわかりませんけど、言い訳やら遺言やらは考えといてくださいな」

「ひっ……はは、ははははっ」

「うーん、これ本当にもう駄目かも」

 

 つい数日前まで散々嫌味をぶつけてくれていた同胞がこうも壊れると、さすがに少し可哀想にはなりますね。尤も、あたしにできる事は無いんですけども。

 

 できる事と言えば、お迎えが来る前に一応脳洗いして記憶を探ってやるくらいかな。凍らせるか頭開いて脳の鮮度を保っておくのも……いや、あたしそういう加減苦手なんでした。普通に壊しちゃうな。

 

「はあ。死霊術、今から覚えるとどれくらい掛かるかな……二十年くらいで基礎はいけるかなあ?」

 

 昔同胞に教わろうとしたんですけど、お前本当に才能無いよって言われてから苦手意識あるんですよねぇ。あいつ今どうしてるのかな。もう祓われてそう。

 

 あの時反骨心を出して頑張って覚えていれば、今こいつをさっさと殺してしまうという選択肢もあったんですけど。ままならないものですね。

 

 お荷物……もとい、同胞を地下室に寝かせ、音を閉じ込める結界を二重に展開。地下に通じる隠し扉も絨毯と机で物理的に隠したうえで祈術による隠匿。うん、我ながら完璧です。こういう術の扱いには自信ありますからね。

 

 もう手遅れだろう同胞の相手は程々にして、今日のお仕事を始めましょう。そろそろ子供達が教会に来る時間です。

 

 

 

 

 

 教師の真似事といっても、魔族のあたしがにんげんに教えられることはそう多くないもので。実際役に立ちそうな事といえば簡単な公用語の読み書きと算数くらいなんですよね。

 

 あとは貧民街以外での常識とかお貴族様や騎士様みたいな面倒な相手を怒らせない最低限の言葉遣いとか教えてますけど……これは覚えてくれてるって感じの手応えが無くて困ってます。必要だと思うんですけどねえ、特に前者。

 

「はあい、もうみんなもやる気無いので今日の授業は終わり――」

「ここねえ、もうさんすうあきたぁ! つりいこ、つり!」

 

 うるさ、もとい元気な声があたしの挨拶を遮りました。旧世界人の血が混じっているのか、黒い髪を伸ばしっぱなしにした女の子。確かテルさんです。

 

「……終わりだってば。釣りは昨日釣り過ぎたから駄目です、お魚は干してるからもうちょっと我慢してね」

「じゃあきのこ!」

「最近何人かここからいなくなったでしょ。ほら、スリのおじさ……誰だっけ、グルザさんだったかな……とか。あの人らが手配書出されて森まで逃げたらしいから駄目です。怖い騎士様や傭兵さんがいるよ」

「うううう……じゃあえほん!」

「それは駄目じゃないけど、今日はもうお仕舞です。明日なら読んであげる」

 

 子供の相手をするのは嫌いじゃありません。そりゃあやっぱり我儘ばっかり言われるとクソガキめとは思いますけど、嫌味ったらしい歳下の同胞とか陰湿なお爺さんを相手にするよりよっぽど気が楽ですからね。

 

「あした……あしたよんでね! ぜったいだよ!?」

「はいはい、約束ですよお」

 

 教会を出た後も振り返る度に何度も言うテルさんに、笑顔で手を振りながら見送ります。あと何人残ってるかな……たいていの子は授業が終わるとさっさと出ていくんですけども。

 

 

 おや。一人、ちょうど残っていてほしい子が残っているのを見付けられました。短い茶髪、右頬から耳にかけて火傷痕。エバン君。この教会に来てくれる子供の中では一番賢くて生意気な子です。

 

「やあやあエバン君。もう授業終わりましたけど、帰らなくて良いんですか?」

「……帰るよ。ただ、もうちょっとくらいゆっくりしてもいいだろ」

「まあちょっとなら。でもどうしたんです、普段はすぐ帰るのに」

「…………別に、いいだろ。帰ってほしいのかよ」

「そりゃあ晩酌始める前には帰ってほしいですけど」

 

 今面倒な荷物を預かっているので、けっこう本気で帰ってほしくはあるんですけどね。本当に駄目になるまでは世話をしないとですし。でも、この子がこういう我儘を言うのは初めてです。

 

 どうしたのかなと顔を覗き込んでみると、必死に涙を堪えているようでした。おやおや、首に青痣。これは絞められたかな。

 

「ああっと……ううんと……あ、そうだ。新しいお母さんができたんでしたっけ? 死んだご両親の友達だったとかいう」

 

 確か、そんな話を聞いたような。三日前くらいだったかな? その時は妹も懐いてるって嬉しそうだったんですけどね。

 

 新しいお母さん、あたしがそう言葉にするのと同時にエバン君が肩をびくりと震わせました。怯えている、首に青痣、帰りたくない。

 

 ……なるほど。なるほどねえ、なんとなく察せました。にんげんという生き物はどうしてこう、意味も無く同胞を虐げるかな。

 

「一昨日からエマさん来てませんよね。お仕事見付けたのかなと思ってたんですけど……帰ってあげた方が良いんじゃないですか?」

「わかってる……わかってんだよ……俺が、俺がエマを守らないと……でも……うぐ、うぷっ」

 

 耐え切れなかったのか、エバン君は床に蹲って吐き出してしまいました。だけども、何も食べていないようで口からは半透明の液体が出るばかり。

 

 まあ、これはしょうがないとしましょう。ラス君の置いていった洗剤がどんなもんか試せると考えましょうかね。あいつ最終的に自分でなんか調合とかしてやがりましたからね、効果無かったら馬鹿にしてやる。

 

 

 さて。目の前には大人の暴力への恐怖と幼い妹を守らなければという使命感に押し潰されてしまいそうな少年がいて、あたしは一応教師の真似事をしているわけですが。にんげんの教師って、こういう時子供を助けるんですかね。崩壊が始まる前の旧世界ならやたらと道徳意識が高かったようですし、助けたのかもしれませんけども。

 

 旧世界は滅び、今はあたし達の生きる新世界。そしてここは国から見捨てられた者の集う旧市街。嫌な言い方をすれば貧民街です。大人はきっと得が無ければ助けないでしょう。あたしも面倒事は御免です。可哀想であっても、面倒に巻き込まれない為には見捨てるべきと考えます。普段なら。

 

 そう、普段ならです。エバン君は運の良い子ですね。ちょうど頼み事をしたい時に助けを求めてくれるなんて、お互いに運が良い。

 

 しゃがんで肩に手を置くと、涙をぼろぼろと流しながらエバン君が顔を上げました。あたしは今どんな顔をしているんでしょうね。優しい笑顔を作れているかな。それとも、にんげんが憎む魔族らしい悪い顔をしているのかな。

 

「――エバン君。お姉さんと取引をしませんか? もしも君があたしの頼み事を聞いてくれるなら、今君が最も望んでいる事を叶えてあげましょう」

 

 ちょうど、にんげんの死体が欲しかったんですよね。旧市街で死体には困らないので、適当にその辺のを拾っても良かったんですけども。エバン君には一つ頼み事をしたかったので、彼が困っていて助かりました。

 

「こ、ココネ……俺、俺が望んでる、ことって」

「エマさんを守りたいんですよね。あたしもどうしたのかなって心配だったんです。エバン君も、大変な目に遭っていると気付けなくてごめんなさい」

 

 よしよし。軽く頭を撫でてやると、エバンは耐え切れなくなってわんわんと泣き出してしまいました。賢い子だけども、やっぱりまだまだ子供ですね。追い詰められている時に優しくされると簡単に揺らいでしまう。

 

 まあ、今回は利用させてもらいましょう。大丈夫、悪いようにはしませんから。にんげんとはいえ、子供を食い物にする趣味はありませんからね。

 

 あたしはただ、彼の背中を押すだけ。願いを叶えて、こちらも少しお願いするだけ。何も悪い事はありません。ちょっと一人、にんげんの行方がわからなくなるだけです。

 

「さあ、エバン君。お姉さんにお願いしてみて? 誰に死んでほしいのかな。何の為に、死んでほしいのかな」

「お、俺……俺は……」

 

 意外と裕福な家庭で育っていたのかもしれませんね、エバン君は何度か躊躇うようにを喉を鳴らしました。言葉を探すように、やはり駄目だと呑むように。

 

 だけども、最後には耐え切れず口を開くのです。自分ではできないから。目の前の人はやってくれそうだから。子供じゃなくても、願いを諦めるなんてできませんよね。

 

 

「おね、お願い。お願い、します……お礼に、なんでも、します。お母さんを……あの女を、殺してください」

「――はい、承りました。契約成立ですね。君の願いを、叶えてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 人生、案外どうとでもなるものだ。賭けの賞品として手に入れた煙草を吹かしながら、女はぼんやりと考える。

 

 詐欺と賭場でのイカサマが発覚して市民権を剥奪された時は川に飛び込んで死んでやろうかと考えたものだが、昔の金蔓の息子と娘を見掛けた事で状況が好転した。どう転ぶかわからないものだ。

 

 手狭ではあるが雨風を凌げる家に当面の資金、収入源。おまけにこの収入源は八つ当たりにも使える。ガキ二匹騙すだけでこの貧民街を楽しく暮らす為に必要なものが全て手に入った。やはり自分は運が良い。女は己の幸運に酔いしれながら煙を肺に入れてゆく。

 

 まずは賭場だ。この貧民街の賭場を牛耳った後王都にゆっくりと根を張ってゆき、自分を陥れた王都の賭場の連中に復讐してやろう。こういったことを考えながら吸う煙草が一番美味いのだ。旧世界人が遺したもので最も価値があるのはこの煙草と酒だろう。

 

「ふううぅ……にしても、エバンのやつ遅いねぇ。こりゃお仕置きだ」

 

 妹を守れず絶望する兄の前で妹を殴るのが一番楽しいというのに。短くなった煙草を床に倒れた少女の腹に押し付けようかと考え……いや、と灰皿に押し付けた。

 

 どうせなら、妹に火傷が増えてゆく様をあの少年に見せ付けてやろう。同じ位置に与えて兄妹お揃いにしてやるのも良いかもしれない。これからの楽しみににやりと笑みを浮かべ――

 

 ――こんこん。扉を叩く音が響いた。この街でそんな礼節を守ろうとする者がいるとは。あるいは、新入りか。

 

 数秒の間、こんこんと続く音を聞きながら女は考える。最近旧市街に来た新入りだとして、王都や他の街で長く暮らしていた者の場合今のエマを見られると面倒だ。興味を示せば共に遊ぶという選択もできるが、騒がれると今後に響く。

 

 この辺りは、貧民街の中でも子供が多いからか女の趣味に理解を示さない者が多い。アルステラの聖女崩れが廃教会で教師の真似事をしているのもあり、今は気付かれたくない。いずれはあの廃墟も貰い受けるつもりではあるが。

 

 扉を叩く音は今も続いている。だというのに、声はまるで聞こえない。雨風は防げているとはいえそう遠くない内に崩れてしまいそうなボロ家だ。囁くような小声でなければ部屋まで届くはずだというのに。

 

「……開いてるよ。入っといで!」

 

 エマに布団を被せ、大きな声で入るよう促す。それでも扉を叩く音は鳴りやまない。こんこん、こん、こここん。時々間隔が変わるのが、おちょくっているようで女の癇に障った。礼節を守ろうとしているわけではなかったらしい。

 

「馬鹿にしてるんだね……ようし、暇潰しに付き合ってもらおうじゃないか」

 

 女は立ち上がり、床に置いていた短剣を手に取った。旧市街に追い遣られてから禄な手入れができていないが、詐欺を始めてからずっと助けてくれている相棒だ。無礼者を一人解体するくらいはできる。

 

 短剣を右手で逆手に持ち、左手には板切れで作った簡易の盾を。強盗の可能性はある。警戒はするべきだろう。

 

「はいはい、今開けるからね」

 

 扉は外開きだ。女は荒事の経験から力にも自信がある。思い切り蹴れば外の不届き者に奇襲を仕掛ける事ができるだろう。そう考え、扉を蹴り飛ばした。

 

「あぁ……?」

 

 しかし、そこには何も無かった。確かに扉を叩く音は、女が蹴るまで続いていたはずなのに。蹴り飛ばされた扉が何かに当たった感触も無ければ、避けたような足音もしなかった。

 

「ちっ……なんだってんだい」

 

 悪態を吐きながら周囲を見回すが、何も無い。雨でも降っていれば別だったかもしれないが、石畳には足跡も無い。

 

 幽霊だとでもいうのか? 女は一瞬肝の冷える感覚に襲われたが、馬鹿らしいと頭を振った。幽霊などと、いるはずがない。あるとすれば死人に化ける魔族か混沌だろう。魔族はさておき、混沌がこの王都にいるはずもない。いればこの街は二十年前と同じように焼かれている。

 

「まったく……こりゃ、今日はたっぷり楽しまないとね」

 

 妹の方は身体が弱いのかすぐに反応が薄くなってしまうが、兄はそれなりに長持ちしてくれる。それでも耐え切れず意識を失ったところで起きるまで妹を痛め付けるのがこの兄妹の一番良い楽しみ方だ。

 

 とはいえ、もう待ち切れない。今日はお前の帰りが遅いからだと責める方向でいこう。そう考え、家へ戻ろうと振り返り――

 

「――やあやあ、こんばんは」

 

 何かが、目の前に立っていた。薄暗い部屋の中ではわからないが、若い女の声をしている。

 

「ふむ……三十代前半の女性、荒事慣れした身体付き。背丈はちょっとあたしのが低い……まあ、悪くはないかな。良くもないけど」

 

 意味のわからないことを呟きながら、娘は女へ歩み寄る。近付いた事で、女はこの娘が廃教会で教師の真似事をしている聖女崩れであると気付いた。確か、ココネと呼ばれていたか。

 

「なんだい、アンタ……聖女様が人の家に勝手に入り込んで良いのかい? そうだ、それよりエバンを知らないかい。今日はあんたに会いに教会へ行ったはずだよ」

「ああっと……そういうのやめましょうよ。事情は聞いてますし、お互い面倒臭いでしょう? それより、大事なお話がありまして」

「あぁ……?」

 

 娘――ココネが一歩を踏み出す。みしり、ばきんっ。何かが軋み、砕ける音が足元から響いた。次いで、ぶおんと何かが風を切る音が耳に届いて――

 

「――顔、要らないんですけど。落とすのと剥がれるのどっちが良いですか?」

 

 ごしゃり。問いと同時に、女の頭は砕け散った。耳障りな湿った音と共に、血と肉片が辺りへ飛び散る。頭部を完全に失った女は、首の断面から血を噴水のように撒き散らしている。

 

「あちゃあ……やり過ぎちゃった。今のは気絶させるつもりだったのに」

 

 やっぱりにんげんって脆いなあ。ぼやきながらココネは頭の無くなった女を麻袋の中に入れ、口を縛る。臭いも血も漏れているが、まあ仕方が無いとしよう。

 

 

 なにはともあれ。これで、必要なものは手に入った。あとは地下に運んで準備をするだけだ。

 

 

 

 

 

 

「エバン君、出てきても良いですよ」

 

 家の外へ声を掛けると、怯えた様子のエバン君が姿を見せました。そんなにこのおばさん怖かったんですかね。顔は似てなかったし血は繋がってなさそうでしたけど……まあ、にんげんの親子関係なんてどうでもいいか。

 

「……あ。めちゃくちゃ玄関汚しちゃいましたね。うわ、中まで飛んじゃってる。しょうがないので今夜はエマさんと一緒に教会で寝ても良いですよ」

「なっ、なん……なんなんだよ、お前……」

「掃除は大変だろうし、もういっそ引っ越しちゃえば……うん? なんなんだよ、とは?」

「何者なんだよ、お前……あんな、人の頭ぐちゃって……おぇ」

 

 あらまあ、また吐き出してしまいました。殺してくれと頼んだのだし、喜べば良いのに。これで当面の間は自分も妹も殴られずに済むわけですし。

 

「別に、何者って程の誰かじゃないですよ。戦鎚で思い切り殴られたらそりゃ頭も吹っ飛ぶでしょ。いえ、力加減間違えたのは否定しませんけども」

 

 それくらい、にんげんでもできるでしょ。答えてやっぱり思いましたけど、どうでもいいことを気にするなあ。それより明日からどう生きるかとかあたしの頼み事ってなんだろうとか、気にするべき事は多いと思うんですけどね。

 

「ほら、エバン君。あたしが何者かよりもエマさんを気にしてあげるべきですよ。手当も教会でしてあげますから」

 

 

 ぽんと肩を叩いて促すと、よろよろとした足取りでエバン君は部屋の奥に無造作に転がされた女の子のもとへ向かってゆきます。そうして、まだ息があるのを確認してぽろぽろと泣き出してしまいました。

 

 うん、これは理解できます。家族が生きていて嬉しかったのでしょう。エマさんは兄と同じで賢くて、兄と違ってあたしに生意気を言わない子です。手遅れにならなくて良かった。

 

 それにしても、この家煙草臭いですね。いえ、煙草の臭い……なるほど、エバン君の火傷跡はこれかな。となると、エマさんにもあるのかも。火傷に効く軟膏はまだ残ってたかな。

 

「さあ、帰りますよ。特別に今日は二人とも泊めてあげます」

 

 

 

 教会へ向かう道中、エバン君は一言も発しませんでした。まあ、血って臭いですしね。人払いはしてあるんですけど、効かない人がいたら余計な死体を作る事になっちゃいます。

 

「ああそうそう。お願いは聞いてあげたわけですし、あたしの頼み事も聞いてもらいたいんですけど……まあ、手当を済ませてからでも良いかな。お腹空いてるならご飯も用意しますけど」

「……エマの分だけ、頼む」

「遠慮しなくて良いんですよ?」

「また吐くから……今日は要らない」

 

 なるほど、それならしょうがないですね。納得したのでそれ以上は何も言わず、教会まで急ぐ事にしました。死体が新鮮な内に処理したいですし。

 

「なぁ……一個だけ、聞いてもいいか」

 

 どうしてだか、相手に会話する気が無さそうだから黙っていようかなと思っていると声を掛けられる時ってありますよね。まあ、いいんですけども。

 

「どうぞ。残りは教会まで我慢してくださいね」

「…………その。おかあさ……女の、死体。どうするんだ。なんか、お前……なんか、しようとして、ないか」

 

 おや、鋭い。やっぱりこの子は賢いですね。きちんと学んで運良く大人になれれば、王都でもやっていけるんじゃないでしょうか。好奇心旺盛なのと素直過ぎるのは玉に瑕かもしれませんが。

 

「ううん……答えてあげても良いんですけど、嘘と本当どっちが良いですか? 嘘でいいなら、後でする頼み事をやっぱり無しにしてあげてもいいですけど」

 

 機会くらいはあげるべきでしょう。この子はまだ経験していないはずだから、人殺しはやっぱり怖いでしょうし。その人殺しから何かを教わるのは嫌かもしれません。願われるように誘導したわけなので、願ったくせにとは思えませんし。言いはしますけども。

 

「……本当が、いい」

「そうですかあ。じゃあ、本当の事を教えちゃおうかなあ」

 

 とはいえ、たいした事じゃないんですけどね。それに、本当に本当の事を言うとは言っていないわけで。さすがに全部を言うわけにはいきませんからね。

 

 ただ、まあ。このくらいなら言ってもいいかな。なんだかんだとこの子を……というより、あたしの教師ごっこに付き合ってくれる子供達を嫌いにはなれないんです。だから、少しだけ。

 

 

 それで、受け入れられないのなら。折り合いを付けましょう。拒絶するのなら、服従か死か選んでもらいましょう。それだけなんです。子供には酷かもしれませんけど、あたしの時代から世界はずっとそうなんです。

 

 

「――――ねえ、エバン君。貌無しディレ、あるいは首無しディレ。そう呼ばれる魔族を知っていますか?」

 

 

 遠く。遠く遠く昔のお話。最もにんげんに恐れられ、最も魔族を殺した魔王の怒り。その名を知るにんげんはどれだけ残っているのでしょうね。その姿まで憶えているものは、きっと片手で足りる程しか残っていないでしょう。

 

 

 思い出す時なんて、来ない方が良かったんですけどね。にんげんも、あたしも。忘れられたままでいたかったのに。

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