旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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トモリとキユと映画館

 王都に戻ってから五日後の朝。トモリはジュウゾの指示で、キユと共に馬車に乗っていた。

 

 本来は三人で馬車に乗るはずだったが、イザナはリュレでの負傷が癒えずまだ入院中らしい。二人で乗る馬車は贅沢ではあるけれどどこか気不味い。

 

「あの……キユさん、この馬車って何処に向かってるんですか?」

 

 トモリがおずおずと問い掛けると、キユは一瞬悩むような表情を見せた。それから、まぁいいでしょうと小さく呟きトモリへ顔を向ける。

 

「トモリさんは、終末観測所って知ってますかぁ?」

「いえ、ないです」

「ではまず、そこから説明しますね。と言っても、キユもそんなに知らないんですけど」

 

 そう前置きして、キユは終末観測所と呼ばれる組織についての簡単な説明を始めた。

 

 

 曰く。終末観測所とは、その名の通り終末の観測者を自称する者の集まりである。

 

 主な活動は顕現した終末の記録に分類、封印された終末の封印維持、管理。

 

 それから、喚ばれずともやってくる一部の終末の顕現時期の予測。そういったことを遠く昔から続けている組織であるらしい。らしい、と締めたのはキユも実態は知らないからなのだろう。

 

 

「終末の専門家さん達、っていう感じなのかな」

「そう言うのが一番わかりやすいですね。リュレにも来たそうですよ、全部片付いた後ですけど」

 

 ほら、とキユがトモリへ紙束を差し出した。何か絵と文字のようなものがびっしりと書き込まれているが、トモリには意味が全くわからない。トモリはなんだろうとしばらく考え、これが新聞であることに思い至った。

 

「あの、ごめんなさい……新聞読めないです」

「キユが渡した地図、読めてましたよね?」

「単語とか簡単な文は読めるんですけど、新聞とか手紙みたいなのになると全然駄目で……。なんとなく、英語とかに近いのはわかるんですけど」

「エイゴ……旧世界って妙に言語の数多いですよねぇ。統一すればいいのに」

「あはは……」

 

 仕方ないですねぇと言いながら新聞の内容を読み上げてゆく。申し訳無いとは思うけれど、記事の内容はトモリにとってどうでもよいものだった。

 

 キユの声を聞きながら、トモリは考える。言語の疑問に少しでも答えるのなら、バベルの塔の話でもするべきだろうか。あるいは、月から化物が降ってくる中でも言語を統一する為に隣国と戦争を始めて滅んだ馬鹿な国の話でもするか。

 

 悩んだけれど、どちらもやめた。神話の話はあまり詳しくないし、旧世界の末期の話はあまり覚えていない。覚えていてもその話は新世界人には極力したくない。

 

「……とまぁ、ざっとこんな感じです。ところで疑問なんですけど、なんで勇者の人達は共通語で会話はできるのに読み書きができないんですかぁ?」

「えっと。そう、ですね」

 

 キユの問いにトモリは再び考える。これは答えるべきか、黙っているべきか。

 

 何故旧世界人は新世界の言葉で会話ができるのに読み書きはできないのか。その理由は多少記憶が残っている、あるいは思い出した旧世界人であればすぐに察する事のできるものだ。新世界人に理解できるか、伝えたいかは別として。

 

 

「……わたし達は、母国語で会話してるつもりですよ」

「キユ達の言葉が元々旧世界と同じってわけじゃないですよね? トモリさんもですけど、旧世界人って時々よくわかんないこと言い出しますし」

「わたし達にとって母国語じゃない単語とかはそのまま伝わってるんじゃないかな、と思います。わたしは日本語が母国語だから、他の国の言葉を使うと新世界の人には上手く伝わらないんだろうなって」

「ふむ……? さっぱりです。つまり?」

 

 頭の上に疑問符を浮かべているような表情でキユが続きを促す。その表情に可愛らしさを感じながら、トモリはどう伝えるのがわかりやすいか考えをまとめてゆく。

 

 トモリにとってキユは、信頼できるかはさておき嫌いではない新世界人だ。旧世界のことを知ってもらいたいと思うのは悪くない感情のはずだ。僅かに感じる抵抗や嫌悪感を、トモリは息を吸い呑み込んだ。そうして、ゆっくりと口を開く。

 

「……これは、他の人と話し合ったわけじゃないから違うかもしれないんですけど。わたし達の世界が終わる前、急に海の外の人とも普通に言葉が通じるようになって。と言っても、電話とか無線だと普通に向こうの言葉になっちゃうみたいだったんですけど」

 

 ある日突然、言葉の壁に穴が開いた。音声、それも肉声のみと限られた穴ではあったけれど、それでも人類は僅かに希望を取り戻したのだ。言葉が通じれば手を取り合える。月に棲む化物ともまだ戦えると。

 

 

 魔法や魔術、奇跡というものが存在しない、存在を認められなかった旧世界で。そうとしか言いようのない現象を引き起こした。否、事実として()()()()()のだろう。何処か別の世界の理を用いて、旧世界の言葉の壁に穴を開けた少女がいた。顔と名前は忘れたままだけれど、どう呼ばれていたかは覚えている。

 

 選ばれるのは少女ばかり。程度に差はあれど、皆何かを願い現実的ではない叶え方をされている。そうして、人の形のまま人でない何かにされた彼女達は超常の力に呑まれ狂ってゆく。彼女達を言い表すのにぴったりな呼び名が、崩壊前の旧世界には存在していた。

 

 

「――魔法少女。アニメに出てくるそれにそっくりだからと、そう呼ばれる子供達がいました。わたし達の言葉がお互いに通じるのは、最初の魔法少女が遺した魔法によるものだそうです」

 

 最初に観測、登録された魔法少女は人間が言語の違いによる誤解無く意思を伝えられる世界を望んだとトモリは聞いている。

 

 その後どうなったかまでは知らないが、きっとすぐに心折れ絶望したことだろう。言葉が通じるようになったところで、人間は何も変わらなかったのだから。

 

 その後の少女達は何を望んだのだろう。トモリには知る由もないことだけれど、一つだけ心当たりがある。

 

 旧世界が終末を迎え、新世界人の始祖による世界の上書きが行われてなお残っている旧世界の街並み。あれはきっと、街を守りたいと願った少女の魔法によるものなのなのだろう。『妖精さん』の出没例は日本が最も多かったらしい。遺跡が多いのも、旧世界の戦士が勇者として発掘されるのも。恐らくは、少女達の願いによるものだ。

 

 本当にそうと望んで叶えられたのか、最期まで願った事を後悔しなかったのか。やはりトモリには、わからないけれど。

 

 

 ――――ああ、そうだ。『妖精さん』達。あいつらも、見付けたら殺さないとな。過去を思い返す度に、トモリは殺すべき何かが増えてしまう。大半はもう勝手に滅んでいるだろうけれど、あれらは別だろう。きちんと見付けて殺さないと。

 

 

「キユさんは、妖精って見た事ありますか?」

「急になんですか? ……キユ、あんまりそういうの見えないんですよねぇ。オウダインさんは時々幽霊とか見るって言ってたかな?」

「そうなんですね。今度、オウダインさんのお見舞いに行ってもいいですか?」

「取材は退院後にしてくださいねぇ。あ、キユも一緒の時にしてくださいね! オウダインさん、急に殴ったりするから怖いですし!」

 

 そうだろうか、とても優しそうに見えたけれど。トモリは口にするべきか少し悩んで、呑み込んだ。陰口というものは反論すると空気を悪くするのだと誰かから聞いた覚えがある。

 

「……まぁ、旧世界の言葉の話はまた今度ですね。そういう話はオウダインさんのが好きですし、目的地が見えてきちゃいましたから」

 

 キユがそう言うのと同時に、馬車の揺れが小さくなった。舗装された道……アスファルトの上を走っているのだろう。外を見れば崩れ掛けのビルやアパートが並んでいる。遺跡群の中に入ったらしい。

 

 住宅街だったのだろう廃墟群を抜け、アスファルトの地面以外何も無い広い空間に入って少し後。馬の嘶きと共に馬車が止まり、御者が扉を叩き、扉を開く。

 

 キユがひょいと飛び降り、トモリも降りるよう促す。後に続いたトモリが目にしたのは、巨大な遺跡だった。

 

 そうと知らぬ者が見れば巨大な壁と見紛う程に高く広く、上部には文字化けや破損で読めなくなっているもののいくつもの看板が並んでいる。

 

 トモリはこの建物を知っている。同じ場所かはわからないけれど、一度だけ来た事がある。そう、ここは――

 

「――しょっぴんぐもおる、って遺跡らしいです。王国は遺跡が多いですけど、さすがにこんな大きな遺跡は滅多に見れないですよ! それで、ここの四階にあるえいがかん? っていうところで待っているそうです」

 

 よくわかっていない声でキユが言う。それと同時にかあ、と黒い鳥の鳴き声がした。

 

 カラスだ。異常な個体もいるそうだけれど、大半は新世界の動物にしては珍しくトモリの知る姿形と大きさを保っている。

 

 馬と牛、犬、猫に鳥。今のところトモリが知る姿を保っている動物はこのくらいか。勿論化物に成り果ててしまったものも多く見るけれど、旧世界の動物が姿形を変えずに今も生きているのはトモリにとっても嬉しいことだ。

 

 

 それが、トモリをじいっと見詰めていなければ、ではあるのだけれど。これで十度目。覗き見されるというのは気分が悪い。次は仕置きを与えるべきか。

 

 

「トモリさん? キユ早く中見てみたいんですけど。こんなに大きな遺跡の中に入れる機会本当に無いんですからねぇ!」

「わっ……す、すぐ行きます」

 

 自動ドアが割れて無くなってしまった入り口の前で手を振るキユを見て、トモリは慌てて追い掛ける。背後の視線はまだ無くならない。

 

 

 動物や虫の視界を借りる術は、旧世界にも存在した。魔術なのだろう、トモリの知る術とは違う力を使っているようだけれど仕組みは大体同じだろう。同じであれば、術者が何処にいるのか見付けるのも容易い。

 

「――見てるの、気付いてますからね」

 

 次はお仕置きですから。唇だけを動かして、じっとこちらを見詰めるカラスに告げて。トモリはショッピングモールであった遺跡に足を踏み入れた。

 

 

 

 遺跡の中は、やはりトモリの知る光景に近いものであった。

 

 カフェやレストラン、酒屋に薬局。様々な店舗の残骸こそ見付けるけれど、今は略奪の後のように荒れていたり住処か何かに改造されていたり、何かの骨が山と積まれていたりと散々な光景だ。

 

 ……けれど、荒れていたのは旧世界の末期も同じこと。だから、気にする程ではない。トモリは口を閉じたまま呟いた。

 

 トモリの知るこのショッピングモールは、大勢の人が行き交う賑やかな場所であった。けれど、あれは一度だけ、まだ平和だった頃に見た景色だ。それもきっと、すぐに今と似たような景色に変わってしまったのだろう。

 

 

 そう思わなければ、悲しくなってしまう。今悲しくなったところで慰めてくれる人もいない。感傷に浸るべきではない。

 

 

「この階段……変な素材でできてますよねぇ。昔は動いたんですっけ」

「エスカレーターです。下に階段を動かす機械があって……詳しい仕組みはわたしもわからないんですけど」

「えすかれえたあ……聞いたことあります、えれべえたあのお仲間ですよね! あの籠は再現してる国もけっこうありますよ」

「すごいですね、いつか見てみたいな……あ、そっちだと映画館に行けないです。反対側のエスカレーターからですね」

「むっ……不親切な設計ですねぇ。一番不親切なのは迎えも寄越さなければ案内や灯りも置かない観測所の人なんですけど!」

 

 薄暗い遺跡の中をトモリとキユは歩んでゆく。照明などは全て死んでいるこの遺跡の中で薄暗い程度に済んでいるのは、天井の一部が崩落したのか少し光が差していることと、キユがランタンに火を灯したおかげだ。

 

「トモリさん。えいがかんっていうのはあれですよね、ふぃるむとかでぃーぶいでぃーとか……あれと関係あるやつですか?」

「はい。大きなスクリーン……白い幕に映写機で映画を移すんです。映像も音もすごく大きくて、でもそのおかげで特別な感じがして。わたしも、映画館で観れたのは一回だけなんですけど。すごく楽しかったですよ」

「へぇ、それはそれは。……楽しかったこと、思い出せたんですねぇ?」

「……えっと」

 

 失敗したかな。トモリは一瞬後悔した。荒れ果てているとはいえ懐かしい場所に足を踏み入れる事ができ、質問に答えてゆく中で思い出に触れてしまった。気が緩んでいたのだろう。

 

 

 キユは、いつか敵になる。勘でしかないけれど、トモリはそう思っている。嫌味な言葉遣い程度では隠せないお人好しだけれど、どうしようもなく血の臭いが染み付いている。諦めの混じった優しい目をしている。トモリはその目をした人の末路を知っている。

 

 こういった人は、いつか疲れて壊れてしまう。壊れてなお使命を果たそうとする。この小さく親切な新世界人は、いつかトモリに刃を向ける。疲れ果て、何もかもを諦めた目で壊れた笑い声を上げながらトモリに刃を向けるのだろう。嫌な確信がトモリにはあった。

 

 そうなる前に、為すべき事を為し終えていたならば。あるいは、彼女を最期に。一瞬過った考えを、トモリは気付かなかった事にした。今考えるべきではない。

 

 

「そんな怯えた顔しないでください、よかったですねって言いたかったんですから。あ、ちゃんと言っておくと、キユは団長様には言いませんよぉ。だってあのお爺さん、絶対映画とか興味無いですし!」

 

 ぴっと右の人差し指をトモリの鼻先に突き付け、キユが笑う。背丈と幼い容姿からは想像のできない、大人びた笑顔だ。幼い子供を安心させようとしている姉のような、穏やかで優しい目と声をしている。

 

 

『――――映画、楽しかったでしょ? ちょっとちょっと、なんで泣きそうなの。良いんだよ、楽しいって思って。お姉ちゃんはね、みんなの楽しいを守ってるの。自分が守ってるものが何かを知る権利くらい、当たり前に認められるべきでしょ』

 

 

 いつか、トモリを映画館に連れ出したあの笑顔と。重ねてはいけないのに、重ねてしまうのは。

 

 

「……キユさんは、やっぱり良い人ですね」

「はぁっ? ……今馬鹿にしましたね、馬鹿にしましたよねぇ!?」

「し、してないです! 本当に……オウダインさんもですけど、良い人に会えて良かったなって」

「オウダインさんを良い人……いやいや。キユはまだわかるとして、正気ですか?」

「えっと、その。オウダインさんは、キユさんを見る目が優しかったです。リュレから出る時も、一番怪我をしてるのにずっとキユさんを気にしてましたし」

「んなっ……」

 

 トモリの答えは予想外のものだったのか、キユは黙り込んでしまった。また失敗したかなと思ったけれど、キユの耳を見る限り間違えたわけではなさそうだ。

 

「真っ赤ですね」

「なんですかうるさいですね、今すぐトモリさんをこの頭巾と同じ色に染めてやってもいいんですよ」

「えっと、わたし頑丈だから……」

「むかつくこと言いますねぇ本当に!」

 

 苦笑するトモリにぷんすかと地団駄を踏んで怒るキユ。そうして遺跡の陰鬱な空気に呑まれないよう話しながら進んでいる内に、映画館へ繋がっているエスカレーターの前へ辿り着いた。

 

 足を乗せると同時にがたんっと嫌な音が響いたけれど、一人ずつ上がれば問題は無さそうだ。

 

「……わたしから行きましょうか? ここ、一応知ってる建物と同じ構造みたいですし」

「違うかもだし、同じだとして遺跡になる前じゃないですか。うぅん……いえ、任せます。トモリさんは頑丈なんですもんねぇ?」

「はい、任せてください!」

 

 トモリがどんと胸を叩いて言うと、キユは嫌そうな顔をしてしっしと手を振ってみせた。これは望んでいた答えではなかったらしい。

 

「嫌がった方が良かったのかな……?」

「いいですから、行ってください。最悪キユは跳ぶので、トモリさんが安全な着地点を見付けてくれるのは実際助かるんです」

 

 ぱちんっと軽く指を鳴らしながらキユが言う。キユの行う瞬間移動は魔術の一種であるらしいけれど、トモリには魔力というものを理解も感知もできないのでよくわからない。便利そうだなとは思うけれど。

 

 ぎしぎし、がたん、ばぎんっ。もう動く事の無いエスカレーターを一段踏む度に、嫌な音が足元から響く。武具や鞄などの装備があるとはいえ、トモリの体重でこれならば鎧を着込んだ騎士や成人男性は恐らく上れないだろう。別の出入り口があるのかもしれない。

 

 上階が近づくにつれて、不快な音が強くなってゆく。走った方が良いかもしれない。そうトモリが考え始めたところで、朽ちたエスカレーターの上げる悲鳴とは違う音が聞こえ始めた。

 

 

 それは、誰かの声だった。緊張した声色の若い男女が何かを言っている。演説や宣誓のようだった。その声に、トモリは聞き覚えがあった。

 

 ものすごく嫌な感覚がする。トモリは頭がずきりと痛むのを感じた。どうにも最近、嫌なことを思い出させようとする何かにばかり遭遇する。

 

 

 階段を上り切った瞬間、ふっと空気の変わったような感覚がする。これは結界の類に入った時と同じ不快感だ。周囲を見回すけれど、この薄暗い廃墟には命の気配がまるで無い。

 

 予告編を映していたはずの液晶にはもう何も映らず、飲み物や軽食を販売していた売店とシアター前の受付には誰も立っていない。キユに合図を送り合流後に共に売店を確認してみれば、パンフレットや当時上映していた映画のグッズがまだ棚に残っていた。けれど、食べ物の類は綺麗に掃除したように何も無い。獣や虫の痕跡すら無いのだ。

 

 

「……トモリさん。さっきから奥から何か聞こえるんですけど、あれは?」

「……映画か何か、だと思います。どうやって上映してるのかはわかりませんけど」

 

 トモリは一つ嘘を吐いた。恐らく、奥で流れているのは映画ではない。けれど、キユには説明しても理解できないだろう。

 

 荒れ果てたショッピングモールで、唯一綺麗に保たれた映画館。トモリは嫌な予感がした。ここに誰かの執着を感じる。こういった執着を持つ者は危険で厄介だ。

 

「キユさん。わたしを連れて指を鳴らしたら、どれくらい遠くまで跳べますか?」

「……ここからなら、一階か上空に跳んでそれから馬車の中に転移ですかね。まだ待っていてくれればですけど」

「お金渡してましたよね……馬車をアテにできなかった時は」

「見える限りの遠くまで跳びますけど、遺跡群を出ると森の中です。視界が悪いし知らない場所なので、一回じゃあまり遠くへは跳べませんね」

 

 便利そうに見えて意外と面倒な術式らしい。まあ、瞬間移動の真似事がそう簡単にできるはずもないか。トモリは言葉にはせず納得し、受付へ足を向けた。

 

 やはり綺麗だ、埃も積もっていない。旧世界の崩壊前に掃除をしてから閉館したとして、それでもここまで綺麗に保たれているのはおかしい。魔法少女の遺した魔法がショッピングモールとは別に映画館を守っているとして、それでも埃は積もるだろう。

 

 キユと顔を見合わせて奥へ進むと、声がより大きく聞こえるようになった。まるで声のする方へ誘導しているように感じられ、トモリは気分を悪くする。

 

 そうして辿り着いたのは、シアター9と書かれた看板のある扉の前だった。トモリは九という数字が嫌いだ。ますます気分が悪い。

 

 

「……トモリノドカ様に、キユ・レッドラム様ですね。お待ちしておりました」

 

 壁と同化するように立っていた大男が二人――門番なのだろうか。その内の一人が深々と頭を下げる。キユは左手を懐に入れ、にこやかな笑顔を浮かべてみせた。

 

「こんにちは! お迎えくらい寄越してくれてもよかったんですけどねぇ?」

「懐かしい景色を楽しむのに邪魔が入ってはよくないと、天使様は仰られました」

「天使様ぁ……? なんですかそれ」

「どうぞ、トモリ様。レッドラム様はこちらでお待ちを」

 

 キユの問いは聞かずに扉を開け、大男の一人がトモリを中へ入るよう促す。もう一人がキユを遮るように一歩前へ出ると、キユはにっこりとした笑みをより深めてみせた。

 

「命じられたって話で言えば、キユもトモリさんをそのアンなんたらさんと会わせろって団長様に命じられてるんですよねぇ。キユにあの意地悪お爺さんに怒られろって言うんですか?」

「……あの、わたしもキユさんが問題無いなら二人が良いです。一人で会わなきゃいけないなら、わたしだけで行けと言われたはずですし」

 

 トモリは少し嘘を吐いた。トモリは基本的に監視されている。今回キユがトモリを連れ出したのも、王都で行なっている儀式などで人手が足りない為なのだろう。

 

「レッドラム様。これは最後の忠告です。このまま王都へ戻ることを勧めます。天使様はこの先に余計な者を入れるなと仰られました。お帰りください。トモリ様は我々が責任をもって王都へ送り届けます」

「最後もなにも今初めて忠告されましたし、それを素直に聞くと思います? キユね、あなた達のこと嫌いなんですよ。胡散臭いし役立たずの終末観測所が嫌いなんです。そんな連中の言うこと聞くと思います?」

「……はぁ。忠告はしました。ではどうぞ、この先で貴女がどうなろうと、我々の知るところではありません」

 

 深い溜息。けれど、それ以上は本当に何もする気が無くなったようだ。二人の男はただ扉が閉まらぬように押さえ、トモリとキユが中へ入るのを待っている。

 

 気になる言葉があったけれど、すんなりと退いてくれた事に安堵してトモリは息を吐いた。隣を見れば、キユも何かが気になるようで眉を顰めている。

 

「キユさん、やっぱりやめますか……?」

「……いえ、行きましょうか。二人もこんなに大きな扉を押さえていたら腕が疲れちゃうでしょうし?」

 

 男達が気に喰わないのか、煽るようなことを言うキユに苦笑しながらトモリがシアターへ足を踏み入れ、続いてキユも入った。二人が入るのを確認した後、男達によって静かに扉が閉められる。

 

 シアターの中では、やはり何かが上映されているようだ。トモリはそちらに視線を移し、ずきずきと頭の痛みが強くなるのを感じた。キユがいなければ舌を打っていただろう。

 

 

 スクリーンには、トモリにとって見覚えのある若い男女が映っていた。名前はまだ思い出せないけれど、トモリの知る中でも実力のある旧世界の戦士だったはず。いつの記録かはわからないけれど、インタビュー映像のようだ。

 

 ……トモリの記憶にある少年はもう少し背が高く顔は傷だらけで、少女は片目を失くして陰のある表情をしていた。けれど、面影は残っている。確かにトモリが顔を知っている二人だ。

 

 スクリーンから座席へ視線を移せば、ちょうど中央の辺りに座っている人影が見えた。顔は見えないけれど、こちらに顔を向けている。恐らくは、トモリを見ている。

 

「……トモリさん。あれに映ってる二人は、ずっと何を喋ってるんですか? 実は呪文とかじゃないですよね」

「機械を通した旧世界語だからわからないだけだと思います。ただのインタビューですよ」

 

 ただのインタビュー映像を何故上映しているのか、そもそも何処で手に入れたのかも理解はできないけれど。それよりも、今は気にするべき事がある。

 

 キユもそれはわかっているのだろう、呪術の類でないことを確認している間も座席からは目を離していない。

 

「いんた……いえ、いいです。ゆっくり近付きますよ」

 

 小さく言ったキユがトモリの前に出て、慎重に足を進めてゆく。後に続くトモリは、ずきんずきんと頭が強く痛むのを感じながら座席の人影を見詰め――目が、合った。

 

 

 それは、金の髪を持つ美しい少女だった。瞳を碧に煌めかせ、柔らかな笑顔でトモリを見詰めている。どこか神秘的で、確かに天使などと呼ばれるのも理解できる容姿をしている。けれど、彼女がそう呼ばれる理由は容姿ではないのだろう。

 

 白い光の輪を、冠のように戴いて。背から生えた白い翼が、窮屈そうに背と座席に挟まれている。旧世界の伝承や創作で見るそれによく似ていることから、新世界人からも天使と呼ばれているのだろう。

 

 けれど、あれは天使などでは決してない。トモリとキユは少女が頭に戴く光の輪に気付くと同時に直感した。あれをなんと呼ぶか、二人は知っている。

 

 

 アンジェリーナ・クラーク。こたえるもの(アンサラー)。あるいは大書庫の司書。破滅の御遣い、エンドロール。

 

 あれは、終末だ。旧世界から今に至るまで、世界を呪い続けている――本物の、終末だ。

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