旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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トモリとキユの散々な帰り道、ココネの始める散々な一日

 アンジェリーナ・クラークに映画館を追い出されてから王都までの帰り道は、トモリとキユ……特にトモリにとっては散々なものだった。

 

 かつてショッピングモールであった遺跡を囲む森は旧世界の崩壊を生き延びた獣が住まう森として恐れられており、一番森に近い村の者も罪人や口減らしを送る時以外誰も近寄らないらしい。陽が沈み割れた月がよく見える夜、キユを背負ったトモリがどうにか村まで辿り着くと「あの森に入ったのか。生きて帰ってこれたのか」と信じられないものを見るような目で言われた事をトモリはよく覚えている。

 

 ……キユが意識を失っているせいで応対が面倒だったのもトモリにとっての「散々」の一つだけれど、今思えばこの時点で村人の違和感に気付くべきだったかもしれない。その点に関してトモリは深く反省している。

 

 さておき。村人に頼み込んで井戸を借り、汚れを洗い流そうと服を脱がせたところで目を覚ましたキユに暴漢か何かと間違われ殴られたうえに怒られたまでは、トモリも今日は大変だったと思うだけで済ませる事ができた。問題はここから先だ。

 

 

 馬車の停留所がある街までは歩いて半日程掛かるのでこのまま休んではどうかと勧められ空家を借りた後、キユとトモリは着替える暇も与えられずに村人の襲撃を受けた。

 

 森の神様を怒らせた罰だなどと喚いていた気がするけれど、あまり真剣には聞かなかったので彼らの詳しい事情はトモリにはよくわからない。わかる必要も無いとは考えているけれど。

 

 数の差と体力面から制圧は難しいと判断したキユが指を鳴らし魔術で村から逃げ出したものの、キユはそれで力尽きまた意識を失ってしまった。後に聞いた説明では、魔術による長距離の瞬間移動は酷く消耗するらしい。トモリは魔力切れで気絶したキユを背負い移動する事となった。

 

 

 ……意識を失った理由自体はトモリにも理解と納得ができるものだけれど、せめて相談してから使ってほしかったというのは我儘なのだろうか。今もトモリはこれに関して少し怒っている。

 

 

 気を失ったキユを背負い街まで夜の山道を歩き続け、辿り着いた頃にはもう昼前。その後も中々王都まで行ってくれる御者が見付からず、ようやく見付けたと思えば旧世界人のトモリですらおかしいとわかる高額を要求され。キユが起きるまで街で休むかとも考えたけれど、今も村人が追ってきている可能性を捨て切れずトモリは革袋の中身を空にする事となった。

 

 キユには秘密の事だけれど。ついでに、リュレで回収した呪物も全て手放す事となってしまった。後々陰湿な老人にぶつけてやろうと丁寧に育てていたのに。

 

 さておき。そうして散々な目に遭いながら、遺跡から二日を掛けてトモリとキユはどうにか王都へと帰り着く事ができた。

 

 トモリに背負われている間にある程度体力と魔力を回復したキユは揺れる馬車の中で目を覚ました。さて、ここからがキユにとっての「散々」だ。キユは目覚めてから王都に着くまでの間、ひたすらに気不味い思いをする事となってしまった。

 

 トモリが、今まで見た事の無い笑顔で一言も発さずに圧を放っていたのだ。どう見ても機嫌の悪いトモリにキユは気を失った理由の説明と謝罪以外に何も言えず、窓の外を眺める事しかできなかった。キユにとっては、この馬車での時間が帰り道の中で一番の「散々」だ。

 

 

「……トモリさん。その、馬車代は経費として申請すれば支払われるはずですから」

 

 馬車を降りてからまずそう言葉を掛けると、無表情のトモリが振り返った。普段おどおどとしている子の真顔はとても怖い。キユは一つの学びを得た。

 

「あはは、キユさんはそうですよね。でもわたしは払ってもらえないですね。自分で稼げって言われます。お給料も出てないですけど」

「…………あの。怒って、ます?」

「どうしてですか? 怒る理由は無いですよ。何も無いです。キユさんは元気になったし、あの人達からも逃げ切れました。何も悪い事はありません。良かったですよね?」

 

 絶対嘘だ。怒っている。何も入っていない革袋を握り締めながら乾いた笑い声を上げるトモリを見て、キユは頬を引き攣らせた。今ばかりは染み付いている意地悪も口から出そうにない。

 

「あの、トモリさん」

「キユさん、知ってますか。勇者のお給料は管理官って呼ばれてる人が決めてるんです。一応基本給があるそうなんですけど、幾らなのかは多分誰も知りません。勇者はみんな何かやらかすし、絶対書面で貰えないから。それで、その幾らかわからない基本給から引かれた額が月毎に支払われるんですよ。わたし、零以外知らないんです。あ、二回零より下にされて鞄とか制服の替えとか没収されたんですよね。あはは」

 

 普段の様子からは考えられない勢いで話し、再び乾いた声でトモリが笑う。キユは笑えなかった。では食費などはどうしているのかという疑問を口にする余裕は無い。

 

 今笑えば殺される。トモリにそのような力は無いと評価したはずなのに、キユは本能的な恐怖を感じていた。対応を間違えると不味い気がする。

 

「……ねえ、キユさん。わたしの制服とか鞄、何処に持っていかれたんだと思います? 返してほしいって団長さんに何度かお願いしてるんですけど、全然返してくれないんですよね。何に使ってるんでしょうね」

「何処、です、かねぇ……? キユも余所者ですから、わかんない、といいますか。ねぇ?」

「わかんないかあ。そっか。わかんないですよね。――困っちゃうな」

 

 あはは。全く感情の感じられない声でトモリが笑う。キユはやはり笑えなかった。

 

 何をしているのかと言われれば、旧世界の研究資料にされているのだろうとは予想できる。けれど確かに、制服くらいは他にも着ている者がいるのだから返してやれとキユも思う。今更研究する事も無いだろうに。

 

 嫌がらせなのだろうな、これもすぐに察する事ができたけれどキユは口にしなかった。これ以上トモリを怒らせたくない。もう、早く報告と風呂を済ませてイザナに会いに行きたい。

 

 

 

 リュレでの騒動から十日が過ぎている。ジュウゾの言を信じれば憤怒のラス召喚、討伐までは残り三日。儀式に関しては正規の騎士や信頼できる魔術師でのみで行うようだけれど、召喚後はキユのような傭兵や勇者が最前線に立たされるのだろう。

 

 相棒の助けは望めないと考えると、キユは少しでも身体を休めておきたかった。トモリもキユと共にいては旧市街で暮らしているらしい友人に会いに行けないだろう……というのは、ここから逃げ出したい言い訳でしかないけれど。

 

 

「えぇと……団長様への報告はキユがやりますから、トモリさんはゆっくりお休みしていいですよぉ? 多分、明日か明後日には呼び出しされると思いますし」

「キユさんはオウダインさんのお見舞に行きたいんじゃないですか? わたし、代わりに報告行きますよ」

「いえいえ! その、あれです。大変な目に遭ったのでその報告と報酬の交渉もしたいですし? 上手くいったらお土産話をオウダインさんに持っていけますし! だから、その、ね……?」

 

 なんとなく。なんとなくだけれど、キユは今のトモリとジュウゾを会わせてはいけない気がしていた。

 

 あの男もここ最近虫の居所が悪い。トモリとお互いに嫌い合っている事は知っているし、今顔を合わせれば碌な事にならないとキユは確信していた。見えている面倒は避けるに限る。

 

「それなら、お願いしますけど……でもキユさんお風呂も入れてないし、悪い気が」

「傭兵ですから、慣れっこですよ! それに、お湯を沸かすのにも苦労する地域じゃお風呂なんて王族や貴族しか入りませんよ。旧市街なんかは今でもそうでしょう」

 

 資源などの問題の他に生活や技術に関わる遺物、まだ機能の生きている遺跡がどれだけ見付かっているかなどにもよるけれど。この新世界で、風呂どころか身を清める手段が全く無い生活を強いられている者は決して少なくない。

 

 それでいえば、王国は恵まれているとキユは考えている。水源が多く、居住区だったのだろう遺跡も多く残っているのだ。遺跡を利用しているらしい宿舎に住まわせてもらえないトモリは、深夜に川で水浴びをしているとキユは聞いているけれど。

 

 

 真冬の深夜に川で水浴びをして何故トモリは風邪すら引かないのか、キユには心底から理解できない。似たような事を試みた浮浪者は凍死しているというのに、この旧世界人は平然としているのだ。身体の構造からして違うのかもしれない。

 

 

「まぁなんであれ、キユは団長様と騎士の皆様方にこの臭いでたっぷりと嫌がらせをした後大衆浴場ですっきりしてお見舞に行くので、お気になさらず。トモリさんも身体を休めるなりキユ以外のお友達に会いに行くなり好きに過ごすといいですよ」

「そう、ですね……うん、はい。じゃあ、そうします」

 

 ようやく納得したのか、トモリはこくりと頷いた。それから、大きく深呼吸をしてキユを真っ直ぐに見詰める。

 

 キユは少したじろいだ。普段トモリは人の目を見て話さない。おどおどとして決して視線を合わせようとしないのだ。

 

 だから、不意に視線が合うとつい身構えてしまう。彼女の瞳は星の無い夜空のように真っ黒だ。その色が変わったら殺せという老人の言葉を、キユはどうしても思い出してしまう。

 

「な、なんですか……?」

「その、さっきは拗ねちゃってごめんなさい。きゅ……王都の、お友達に。お土産買おうと思ってたんです。でも、馬車でお金全部持っていかれちゃったから。予定通りにいかないなあって嫌になっちゃって」

 

 そう言って、トモリは頭を深々と下げる。律儀な子供だ。キユは溜息を吐きたくなった。どうにもこの子供はやり難くて仕方がない。

 

 給料が貰えていないなら何をして日銭を稼いでいるというのか。それに旧市街に友人がいる件も、秘密にできていると思い込んでいるのか。問い質すべきか考え、やめた。踏み込むとしても今ではないだろう。

 

「……その話なら、謝るのはキユの方ですよ。血塗れで意識の無いキユを背負って必死に王都行きの馬車を探していたんでしょう? そりゃ御者は吹っ掛けますよ、席は汚れるし臭いも付くわけですから」

 

 具体的な額をキユは聞いていないけれど、トモリとキユを降ろした後の御者の表情を見るに相当な額を支払ったのだろうとは想像できる。

 

 稼ぎの件も含めてトモリにそのような貯蓄があるとは思っていなかったけれど、それに関してはこのまま見逃してやろうとキユは考えている。一応ではあるけれど、助けられた借りをこれで返すとしよう。

 

「最悪、今も王都を目指して歩いていたかもしれないんです。あの村の人達に追い付かれていたら死んでたかもしれませんし。……ね、トモリさんはよく頑張りましたよ。拗ねる権利くらいはあります。助けられたキユにはトモリさんの機嫌を取る義務があるから報告を代わるんです。ついでにむかつく制服さん達に嫌がらせできますし。うぃんうぃんですね?」

「あ、はは……そっか、うん。そうですね」

 

 慣れない旧世界の言葉を使って、キユは意地悪に笑ってみせる。トモリは一瞬きょとんとして、それからキユの笑顔を真似てみせた。

 

 それは、あまりにもへたくそな悪い笑顔だった。よく水面を鏡に笑顔の練習をしているようだけれど、こういう表情は練習してこなかったらしい。時折見せる気味が悪い程に自然な作り笑いとは違う引き攣った笑顔にキユは噴き出し、十数秒程肩を震わせる事となってしまった。

 

「トモリさんは悪い顔というか、怖い顔の練習をした方がいいですねぇ。この世界で生きるには必須の技術ですよぅ?」

「そ、それは嘘だってわかります……」

「本当ですって! オウダインさんなんか顔の怖さでご飯食べてるようなものなんですから」

 

 あ、これは内緒ですよ。そう言って、右の人差し指を唇に当ててみせて。

 

「……それじゃ、キユは行きますから! 早く報告を済ませないと浴場が混んじゃいますし!」

「は、はい。えっと、頑張ってください!」

「はいはぁい!」

 

 笑顔で言葉を交わし、手を振り合い別れる。手を振り合って人と別れるなんて、ずっと幼い頃にしたきりだ。少し恥ずかしくなりながらキユは駆け出した。

 

 

 そうして、キユの姿が見えなくなってから。トモリは短く息を吐き出した。振っていた右手を見て、今度は深く溜息。

 

 

「……はあ。良い人なんだよなあ、やっぱり」

 

 キユはいつかトモリの敵となる。トモリが王国から逃げ出すのであれ、滅ぼすのであれ。

 

 トモリはそれを確信している。どちらであれ、その時になって邪魔をするのであれば殺す事になる。わかっているけれど、トモリはキユを殺している己を想像できなくなってきていた。

 

 瞬間移動の魔術が厄介なのは言うまでもない。それを抜きにしても動ける方であると森の一件で確信した。逃げられれば追うのは難しい。けれど、一番の問題は。

 

 殺したくないな、死なせたくないなと情を抱いている己がいる。ハクと名乗る子供にも抱いてしまった情だ。

 

 過度な情は判断を鈍らせ事態を悪くする。何も憶えていなくとも、それは理解していたはずなのに。トモリは己を薄情なひとでなしであると自認していたはずなのに。

 

「ココネさんと会ってからかなあ……はあ。責任取ってほしい、なんて言ったらどんな顔するんだろ」

 

 驚いた後に笑うのかな。ココネの反応を想像して、トモリはくすりと笑った。あの人はトモリにそういった変化が起こる事を喜んでくれる気がする。本当に良い事かはさておきとして。

 

 

 本当にそんなことを言える日が来るとは、トモリも思っていないけれど。リュレでの一件から、あるいはキユと出会ったあの時から。トモリにはずっと嫌な予感がある。

 

 嫌な予感、悪い予感というものはよく当たる。外れてくれればとは思っても、外れてくれるとは思えない。この新世界で目覚めてから、あるいは旧世界の頃から。トモリのこういった予感は外れた事が無い。

 

 

 だから、そう。きっといつか、トモリとキユは――

 

 

 

 

 

 

「――こいつら、ここで死んでくれるのが理想ですよねえ」

 

 机の上に並べた駒を二つ指で倒してそう言うと、目の前の青年が驚いたような顔をするのが見えました。なんですかね、あたしが意見出してきたのが意外だったのかな。

 

 リュレでのあれやこれやから十日後のお昼時。子供達への授業はお休みにして、教会の地下でラス君と作戦会議をしています。

 

 ……まあ、作戦会議とはいっても最後にちゃんと確認を取り合っておこうねってくらいなんですけども。こういうのってどれだけ綿密に詰めてもどこかで狂いますし。

 

「珍しくやる気だなァ?」

「珍しくって程会ってないでしょ。ただ、最低限はやらないと後で他の同胞にお叱りを受けそうだなあってだけですよ」

「お叱りで済むかねェ。王国に与したとか言いそうじゃねェか、ルトあたり」

「君が嫌われてるせいなんですよねそれ」

 

 ゆるゆるとお話してますけど、実は今大事なお話をしています。具体的には首が懸かってるんですよね。物理的に。

 

 意地悪な同胞はあたしが知る必要は無いと思って教えてくれなかったし、ラス君は恐らくは素で今日まで忘れていたんだと思うんですけど。今日は新世界の各地に潜む同胞が一斉に蜂起をするのです。

 

 いやほんと、ラス君にはちゃんと覚えて教えてほしかったです。一発蹴っても良い気がしてます、我慢してますけど。

 

 王国もあたしとラス君が王都を攻めるだけでなく、他の都市を攻める同胞がいるようですし。大きな作戦みたいなんですよね。あたしはなんも知りませんでしたけど。

 

 つまるところ、ここであんまり下手を打つと本当に首か腹で詫びるしかなくなります。逆に手柄を挙げれば……というのは楽観的が過ぎるかな。姫様、その辺りの考えが古風というか厳しいんですよね。

 

「一応言いますけど、やる気ってわけじゃないですよ。知ってるでしょうけど、戦うの好きじゃないんです。ただ、法国の傭兵は殺せる時に殺しとかないと後々厄介でしょ。旧世界人が記憶を取り戻した時、一番邪魔になるのは法国です」

「来てんのは精々先触れとか猟犬って呼ばれる雑魚だろ、そこまで判断する知識と権限は無ェと思うが。……いや、鼻が利くからこそ猟犬と呼ばれるわけだしな」

 

 確かに気にはなるか。そう呟いて、ラス君は机の上の地図に視線を落としました。ううむと唸った末に、筆を手に取りばってんを一つ。これで地図に描かれたばってんは三つ目。

 

 

 憤怒のラス召喚、討伐作戦。王都や各都市の騎士団に潜り込んだ同胞から得た情報を元に彼らが召喚の儀を行う祭壇へ強襲。それが今回のあたしとラス君のお仕事です。要は呼ばれる前にこっちから行ってぶち壊してやろうって話ですね。

 

 騎士や傭兵はできる限り減らしたいので殺す。勇者は可能であれば説得……聞く耳を持たなければ極力殺さない方針で応戦、可能なら無力化して確保。作戦といっても、それだけです。あたしもラス君も行き当たりばったりなところがあるから、正直これが作戦とは呼べないお粗末なものではあるという自覚はありますけども。

 

 

「うちからは何人出てくる予定ですか?」

「五十。三十五が結界の外、十五が内側だ。なんとか穴ァ作ったっつう体にするならこんなもんだろ」

「弁えてる子を選びましたか?」

「内側はにんげんへの憎しみが少ない者を、外側は旧世界に関心がある者を。特に内側は信頼できるやつに監視を任せている。やらかしはさせねェよ」

「けっこう。それならあたしから言うことはもうありません」

 

 あくまで主導はラス君で、あたしは手伝いですし。やり過ぎて大元の計画を狂わせなければ多少の()()()は目を瞑ってあげましょう……なんて思ってたんですが、問題無さそうですね。

 

 いえまあ、この子とその配下は意外と真面目なところがあるので目的を見失った事はあたしの覚えてる中では無いのですけども。腑抜けた印象はありますけど、その点は変わってないのでしょう。あたしのが心配されてるかも。

 

「お前さんも、傭兵嫌いは構わんが派手に暴れ過ぎるなよ」

「あたし、傭兵さん嫌いなんて言った事ありましたっけ」

「見りゃわかんだろ。古い付き合いのやつで知らんやつはいねェと思うぞ」

 

 ほら、やっぱり。あたしってそんなにわかりやすいかな、なんて問おうとしてやめました。どうにもこの子は会わない間に気遣いというものを覚えたようで、今問うてもあたしが恥ずかしい思いをする事になりそうです。こういうの、絶対にんげんの悪影響ですよ。

 

 

 ……傭兵という存在自体を憎んでいるわけではありません。已む無く選んだ者もいるでしょうし、それで成り立っている国や種族もある。にんげんと魔族でもそれは変わりません。何かに特別秀でている者はそれを不得手とする者に売り込み生活の糧を得る。戦に限らず何でもそうですよね。何もおかしくありません。

 

 別に、嫌ってはいません。ただ少し、幾人か友の恨みがあるだけ。それだけです。だいたいの仇は討ちましたし、討ち損ねた者もとっくに寿命か何かで死んでいる。わかっています。仮に弟子や子孫が生きていたとして、それを恨むのはお門違いというものだと。

 

 

「……まあ、あたしの私怨はどうでもいいじゃないですか。それを優先して良いなら今頃四つくらい国の名前が地図から消えてますよ」

「いやいや、足りねェだろ」

「やだなあ。……ほんと、最近は減らす努力をしてるんですよ。どうせ戦争で勝手に滅びるとか、今代の王はまともそうとか。理由を探して減らしてるんです」

 

 それで減らしても、四つはこの手で滅ぼしたい憎しみが残るけども。

 

 王国はその内の一つです。勝手に滅びるのを待とうとしていたのに、妙に運が良くてずっと残っている一番嫌いな国。さすがにそろそろ終わりが見えてきましたけどね。だから、攻め時ってわけです。

 

 まあ、これもどうでもいい話なんですけど。姫様の願いは「魔族をにんげんと認めさせる」であって、「にんげんを滅ぼす」ではないのですから。あたしがナルカサテラという国にどういう感情を抱いていようと、関係無いのです。そこの首都にあたしを送り込んだ姫様は本当に何を考えているのかとか、どうしても考える時はありますけど。

 

 

 ……本当にもうやめましょう。それよりも、今はやるべき事をやらないと。

 

 

 ラス君から筆を借り、地図に丸印を描きました。丸で囲んだのは、二十二番街と書かれた地区。かつては多くの民で賑わった商業区で、今も多くの市民権を持たない民が暮らす旧市街の一画です。

 

 かつては大学と呼ばれていたらしい遺跡はほとんど倒壊していますが、講堂は地中に沈みながら今も残っているそうです。牢獄になったり死体安置所になったり、かつての用途からは遠く離れた使い方しかされていないようですけど。

 

 旧世界の頃の話はさておいて、重要なのはこの区画であれば儀式の生贄とその後の囮に困らないってわけです。火炙りの処刑場もこの区画の広場にあるので、呪術的にも怨念が溜まっていて良い位置のはず。あたしは魂とやらが見えないので実のところはわかりませんけど。

 

「ここです。あのお爺さんなら、ここを祭壇に選びます。……最近妙に火刑が多い気がしてたんですけど、儀式の為にそうしてたのかも」

「向こうも仕込みは上々ってェわけだ。その爺は焼いちまって良いのか?」

「こちらとしては用済みなので、可能であれば。ただ、腐っても騎士団長なのでそれなり以上にやると思います。深追いは無しで。用済みかつ厄介ですが今すぐ殺す必要性は薄いので」

「必要無ェわけじゃねェと。まァ、狙ってはみるかね」

 

 この器でどこまでいけっかねェ、楽しそうに青年の姿をした竜が笑います。正直に言えば、本当の姿を見せて全部焼いてほしい気持ちもありますけども。頼むにしても勇者の回収を終えてからかな。

 

 

 さてさて。なにはともあれ、今日は大事なお仕事の日です。エバン君への頼み事に、彼のおかげで用意できた人形。嫌味な同胞は今頃故郷の土で眠っているでしょうし、やれる事はやりました。後は状況次第かな。

 

 

「さあ、ラス君。始めましょうか。派手に暴れてくださいね、お互い上手くやりましょう」

「応とも。久々に楽しんでくらァ」

 

 昔のあたしなら楽しむんじゃないと怒ったかな。いや、楽しんで殺してこいと言ったのかも。にんげんの中に潜まなくちゃいけなくなる前と今で、にんげんへ向ける憎しみは形を変えた気がします。総量は変わらないと思うんですけどね、自分でもよくわからない。

 

 

 まあ、どうでもいい話です。やるべき事をやりましょう。今日はあたし達にとって全ての始まり、やる気は無くとも気合いを入れねばなりません。

 

 あたし達をにんげんと認めさせる為の。あたし達の聖地を取り戻す為の。あたしの名を思い出させる為の。

 

 

 ――魔王の怒りを、ここに示しましょう。

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